イスラエル旅行記(ブログ) 一覧に戻る
1998年の秋は、台風の目のように中東情勢が穏やかで、イスラエルの治安状況がいまよりずっと良い一時期がありました。私のように、さほど中東情勢に詳しくなく、好奇心のままにふらふらっと旅行できるくらいには。元クリントン大統領がパレスチナを訪問して歓待された、という新聞記事があったのを覚えているくらいです。ただ、その後、急速に悪化しました。本当に、台風の目のような狭間に訪れることができて、貴重な体験をしたと思っています。そして私にとって初めてで驚きの連続であったユダヤ教の伝統。やっぱり宗教伝統は、旅行スタイルに少なからず影響があります。でも、あれほど「勉強」した気がするのに、その後、縁がなければ、どんどん忘れていくもの。せっかくだからこの機会に、旅行の記憶とともに「のんびり」思い出していきたいと思います。<br /><br />(写真は、死海写本が発見されたクムランです。実際に写本が発見された洞窟までは見学していませんが、四輪駆動のジープでユダヤ沙漠を横断ツアーのときに撮りました@)<br /><br />*****************<br />9/9(水)<br />成田からウィーンでの乗り継ぎを経てテルアビブへ(利用便:エルアル・イスラエル航空)<br /><br />9/10(木)<br />テルアビブから死海へ移動<br />滞在ホテルのプライベート・ビーチで死海浮遊体験<br /><br />9/11(金)<br />現地の個人ガイドの案内(1対1)で、マサダ遺跡観光後、ティベリアに移動。<br />途中、ガリラヤ湖周辺のイエスゆかりの地を観光(カペナウム、パンと魚の奇跡の教会、山上の垂訓の教会)。<br /><br />9/12(土)<br />現地の個人ガイドの案内で、ナザレと地中海沿岸の町チェザーリアを観光した後、エルサレムへ。<br /><br />ナザレ観光:<br />マリアの受胎告知教会、大工ヨセフの仕事場があった上に建てられた聖ヨセフ教会、マリアの井戸がある聖ガブリエル教会<br />チェザーリア(またはカエサリア):古代ローマ時代にヘロデ王が建てた町の遺跡<br /><br />9/13(日)エルサレム観光1日目<br /><br />午前:旧市街観光ツアー(半日)<br />なげきの壁(ユダヤ教徒地区)、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道。イエスが十字架を背負ってゴルゴダに向かった道筋とされる巡礼地の一つ)、聖墳墓教会(キリスト教地区)、アルメニア人地区散策。<br />(※岩のドームのある神殿の丘を含むイスラム教徒地区は、前日イスラエルのどこかでテロがあり、封鎖されたため見学できなかった。)<br />午後:一人歩きで、ダヴィデの塔のエルサレム歴史博物館、旧市街のアラブ人地区などを回る。<br /><br />9/14(月)エルサレム観光2日目(博物館にこもった一日)<br /><br />午前:聖書考古学博物館<br />午後:イスラエル博物館(死海写本館、西洋近現代美術部門、ユダヤ美術史部門)<br /><br />9/15(火)エルサレム観光3日目<br /><br />ユダヤ沙漠サファリ・ツアー(ユダヤ沙漠とワジ(枯れ河床)、死海に近いキブツの一つを見学、ヨルダン川や死海写本発見の洞窟クムラン近くまで沙漠をドライブ)<br />夜:イスラエル博物館再訪(2回目)(民族美術部門、ユダヤ文化コレクション)<br /><br />9/16(水)エルサレム観光4日目<br /><br />新市街観光ツアーの一日<br />(ダヴィデの塔のエルサレム歴史博物館、イスラエル博物館(3回目)の死海写本館、ハダッサ大学病院のチャペルのシャガールのステンドグラス、エイン・ケレムの洗礼者ヨハネ教会、ケネディ・メモリアル、ハダッサ、ヘルツェルの丘、クネセット(国会議事堂)前のメノラー(燭台))<br /><br />9/17(木)エルサレム観光5日目<br /><br />午前:現地ツアーでベツレヘム(イエス生誕教会)&ヤド・ヴァシーム(ホロコースト犠牲者の記念碑・博物館)を観光。<br />午後:園の墓(もう一つのゴルゴダの丘)とイスラエル博物館再訪(4回目)(ユダヤ文化コレクション)を観光。<br />深夜:イスラエル出国<br /><br />9/18(金)ロンドン着(経由)<br />スタンステット空港からヒースロー空港へ自力で移動<br />合間に半日ロンドン市内観光(ナショナル・ギャラリー)<br /><br />9/19(土)成田着<br />*****************

1998年秋のイスラエル旅行11日間(旅程一覧&第1日目:テルアビブへ)

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1998/09/09 - 1998/09/19

733位(同エリア1203件中)

11

1

まみ

まみさん

1998年の秋は、台風の目のように中東情勢が穏やかで、イスラエルの治安状況がいまよりずっと良い一時期がありました。私のように、さほど中東情勢に詳しくなく、好奇心のままにふらふらっと旅行できるくらいには。元クリントン大統領がパレスチナを訪問して歓待された、という新聞記事があったのを覚えているくらいです。ただ、その後、急速に悪化しました。本当に、台風の目のような狭間に訪れることができて、貴重な体験をしたと思っています。そして私にとって初めてで驚きの連続であったユダヤ教の伝統。やっぱり宗教伝統は、旅行スタイルに少なからず影響があります。でも、あれほど「勉強」した気がするのに、その後、縁がなければ、どんどん忘れていくもの。せっかくだからこの機会に、旅行の記憶とともに「のんびり」思い出していきたいと思います。

(写真は、死海写本が発見されたクムランです。実際に写本が発見された洞窟までは見学していませんが、四輪駆動のジープでユダヤ沙漠を横断ツアーのときに撮りました@)

*****************
9/9(水)
成田からウィーンでの乗り継ぎを経てテルアビブへ(利用便:エルアル・イスラエル航空)

9/10(木)
テルアビブから死海へ移動
滞在ホテルのプライベート・ビーチで死海浮遊体験

9/11(金)
現地の個人ガイドの案内(1対1)で、マサダ遺跡観光後、ティベリアに移動。
途中、ガリラヤ湖周辺のイエスゆかりの地を観光(カペナウム、パンと魚の奇跡の教会、山上の垂訓の教会)。

9/12(土)
現地の個人ガイドの案内で、ナザレと地中海沿岸の町チェザーリアを観光した後、エルサレムへ。

ナザレ観光:
マリアの受胎告知教会、大工ヨセフの仕事場があった上に建てられた聖ヨセフ教会、マリアの井戸がある聖ガブリエル教会
チェザーリア(またはカエサリア):古代ローマ時代にヘロデ王が建てた町の遺跡

9/13(日)エルサレム観光1日目

午前:旧市街観光ツアー(半日)
なげきの壁(ユダヤ教徒地区)、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道。イエスが十字架を背負ってゴルゴダに向かった道筋とされる巡礼地の一つ)、聖墳墓教会(キリスト教地区)、アルメニア人地区散策。
(※岩のドームのある神殿の丘を含むイスラム教徒地区は、前日イスラエルのどこかでテロがあり、封鎖されたため見学できなかった。)
午後:一人歩きで、ダヴィデの塔のエルサレム歴史博物館、旧市街のアラブ人地区などを回る。

9/14(月)エルサレム観光2日目(博物館にこもった一日)

午前:聖書考古学博物館
午後:イスラエル博物館(死海写本館、西洋近現代美術部門、ユダヤ美術史部門)

9/15(火)エルサレム観光3日目

ユダヤ沙漠サファリ・ツアー(ユダヤ沙漠とワジ(枯れ河床)、死海に近いキブツの一つを見学、ヨルダン川や死海写本発見の洞窟クムラン近くまで沙漠をドライブ)
夜:イスラエル博物館再訪(2回目)(民族美術部門、ユダヤ文化コレクション)

9/16(水)エルサレム観光4日目

新市街観光ツアーの一日
(ダヴィデの塔のエルサレム歴史博物館、イスラエル博物館(3回目)の死海写本館、ハダッサ大学病院のチャペルのシャガールのステンドグラス、エイン・ケレムの洗礼者ヨハネ教会、ケネディ・メモリアル、ハダッサ、ヘルツェルの丘、クネセット(国会議事堂)前のメノラー(燭台))

9/17(木)エルサレム観光5日目

午前:現地ツアーでベツレヘム(イエス生誕教会)&ヤド・ヴァシーム(ホロコースト犠牲者の記念碑・博物館)を観光。
午後:園の墓(もう一つのゴルゴダの丘)とイスラエル博物館再訪(4回目)(ユダヤ文化コレクション)を観光。
深夜:イスラエル出国

9/18(金)ロンドン着(経由)
スタンステット空港からヒースロー空港へ自力で移動
合間に半日ロンドン市内観光(ナショナル・ギャラリー)

9/19(土)成田着
*****************

同行者
一人旅
航空会社
ANA
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
  • 以下に続くイスラエル旅行記は、帰国後間もない1998年の秋、まだ旅行の感動も記憶もほっとなうちに、親しい友人に配るためにまとめた旅日記を編集・加筆したものです。基本的なところは変えていません。中東情勢や治安・セキュリティー対策については、当時は、アメリカはクリントン政権の最中で、3年後の2001年9月に米国同時多発テロが起きるなどとは想像もつかない頃でしたので、いまとはだいぶ違うことを踏まえて、お読みいただければと思います。<br /><br />☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★<br /><br />1日目:1998年9月9日(水)───成田からウィーンでの乗り継ぎを経てテルアビブへ<br /><br />この日について特筆すべきは、イスラエルの主要航空であるエル・アル・イスラエル航空のセキュリティ・チェックのすざまじさでしょう。<br /><br />エル・アル航空のセキュリティ・チェックが厳しいことは、参考にした二冊のガイドブック「地球の歩き方」と「Lonely Planet シリーズ」にしっかり書いてありました。出国の際は、国際線の通常の二時間前ではなく、三時間前にはチェックインしていた方が良い、と旅行代理店の担当者からアドバイスされていたくらいですし、航空券を受け取ったときに、一緒にセキュリティー・チェックについて簡単な説明が書かれたメッセージが渡された中にそのように書かれていました。なので、私なりに覚悟していったつもりでした。しかし、あれほどとは思いませんでした。<br /><br />テルアビブへは直行便がないので、途中で乗り継ぎをします。行きはウィーンで乗り継ぎでした。そこまで全日空でしたので、噂の厳しいセキュリティー・チェックを受けたのはウィーンの空港からエル・アル機に乗る前のことでした。<br /><br />まず、イスラエルの保安当局から派遣された二人の担当官から別々に同じ質問を2回受けます。両方の質問に同じように答えられるかどうか試すためのようです。職業や家族のような私の個人情報から始まり、旅の目的・日程、滞在先、旅行会社にいくら払ったか、などなど。担当官が特にこだわっていたのは、今回イスラエルに行くにあたって、私がアラブ人と接触を持ったかどうか、という点でした。なにしろ、イスラエルは、飛行機にかかわらず、爆弾を持ち込んだ自爆テロに悩まされてきたのですから。知らずにテロリストの手先にされてる可能性だってあります。ということをあの時気付けば納得できたかもしれませんが、あの時は、事前の覚悟以上のしつこい質問の嵐に、なんでこんなことまで聞かれなくちゃならないの? と戸惑いました。どうしてイスラエルに行くことにしたのか? なんて聞かれても、行きたくなったら、としか答えようがありませんでしたし(実際には、聖書の舞台の地だの歴史に興味があるだの言って、ガイドブックに書かれてあるような観光魅力をべらべらと並べ立てました)、私のスケジュールは旅行パンフレットに載っていた日程に3日の延泊を加えたものだったのですが、その間、ホテルが予約されていないことについても、特にしつこく問い詰められました。日本人の個人旅行者が、フリー行動日のホテルを現地で探すなんて、そう珍しいことでもないと思っていた私にとっては、うんざりな質問でした。<br /><br />しかし、この執拗な質疑応答も、その後の荷物検査の比ではありませんでした。<br /><br />その時はすでに、飛行機の離陸時間まで30分くらいしかなかったと思います。なんと、飛行場の隅にあるプレハブの建物へ、スーツケースと共に、複数の係員に囲まれて案内されたました。その段階で、なんか被疑者として取調べでも受けるようなかんじでいい気分はしませんでしたが、建物の中で身体検査、手荷物、スーツケース……と、不審物がないかどうか徹底的にチェックされました。しかも、私一人の荷物に対して、いつのまにか4人もの係員がかかりっきりになっていました。いまにして思えば、時間がなかったので人海戦術ということだったのかもしれません。なにしろ、プラスチックのカゴをいくつも用意して、中身を全部その中に開けてしまうのですから。それも、化粧ポーチからコンパクトを出して開けてみたり、口紅もちゃんと出してみたり、ペンケースからシャーペンやボールペンを取り出して、カチカチ芯を出して確認したり、という念の入れようです!  カメラや目覚し時計からは電池が抜かれ、あらかじめセットしていたフィルムは取り出され、妹にせがまれて成田空港の免税店で買った土産の香水も、きれいに包装されてあったのに開けさせられました。そうやって例外なく一つ一つ金属探知器にかけられ、かけた後はかけた後で、大丈夫なもの、更にチェックする必要があるもの、という風にプラスチックのカゴに分類されていました。日本茶のティーパックは金属探知器にひっかかったので、携帯のみそしるやのど飴と同じ袋にしまっておいたのに別々にされ、アルコール・テッシュもひっかかったので洗面用具用の袋から取り出され……もうっ、せっかく人が使いやすいように分類しておいたのにっ! <br /><br />挙げ句の果てに、飛行機の離陸時間2、3分前になって、「まだあなたの荷物検査は終わらないので、もし荷物が飛行機に間に合わなかったら、明日、あなたのホテルに送らせるようにします。テルアビブ空港についたら携帯品紛失届のカウンターに行ってください」と言われてしまいました。えええっ! びっくり仰天! まさかそこまでやるの?<br /><br />───幸い、荷物は間に合って飛行機に積まれて、テルアビブ空港で無事、受け取ることができました。ホテルに着いた時には夜中の1時を過ぎていましたが、すぐさま荷物を解き、適当に放り込まれたものを分類し直して、紛失してるものはないことをちゃんと確認してやっと、一息つけました。やれやれ。<br /><br />今にして思えば、乗り継ぎ地のウィーン空港では、テルアビブ空港にあるような精密なX線による荷物調査ができなかったから(成田でスルーチェックインでテルアビブまですべて手続きがすんでしまったため、入るのにセキュリティチェックが必要となるエリアの外に出る必要がなかったせいでしょう)、ああいう古典的な方法で中身を洗い直すしかなかったんだろうと思います。その証拠に、イスラエル出国の日のテルアビブ空港でのセキュリティー・チェックは、同じくエル・アル航空に搭乗しましたが、少なくとも荷物検査の方は、マシンチェックでひっかかったものの中身を開けるだけにとどまったからです。その程度ならどの空港でも行われるので、それほど厳しいとは思いませんでした。<br /><br />もっとも、帰国のテルアビブ空港での保安官の質問は、ウィーンの時に劣らず微に入り細に入り、やはりうんざりするほど細かかったです。矢継ぎ早に出される質問についていけない私を見て、私が不快に思っているせいかと勘違いした担当官は、「実際に飛行機に乗るのはあなたであって、私ではないんですよ。危険な目に合うのは、あなたなんですよ。あれこれ聞くのはあなたのためなんですよ」とまで言っていました。単に、どんどん早口になる英語に、深夜で眠くなっていた私の頭がついていけなかっただけなのですが……、いやはや、お役目、ごくろうさま!って内心では言いたくなりました。<br /><br />(写真は、テルアビブの信号機です。到着の翌朝の朝食後に、現地ガイドの迎えまで時間があったので、ホテル近くの海岸を少し散歩したときに撮ったものです。歩行者用ボタンを示すイラスト標識がなかなか味があるなぁと気に入って撮りました。ちなみに、イスラエルでは、1998年のこの旅行の最中に私が見た限りでは、信号機はこのように縦型のものばかりで、電球が横に並んでいるのは見かけませんでした。)

    以下に続くイスラエル旅行記は、帰国後間もない1998年の秋、まだ旅行の感動も記憶もほっとなうちに、親しい友人に配るためにまとめた旅日記を編集・加筆したものです。基本的なところは変えていません。中東情勢や治安・セキュリティー対策については、当時は、アメリカはクリントン政権の最中で、3年後の2001年9月に米国同時多発テロが起きるなどとは想像もつかない頃でしたので、いまとはだいぶ違うことを踏まえて、お読みいただければと思います。

    ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

    1日目:1998年9月9日(水)───成田からウィーンでの乗り継ぎを経てテルアビブへ

    この日について特筆すべきは、イスラエルの主要航空であるエル・アル・イスラエル航空のセキュリティ・チェックのすざまじさでしょう。

    エル・アル航空のセキュリティ・チェックが厳しいことは、参考にした二冊のガイドブック「地球の歩き方」と「Lonely Planet シリーズ」にしっかり書いてありました。出国の際は、国際線の通常の二時間前ではなく、三時間前にはチェックインしていた方が良い、と旅行代理店の担当者からアドバイスされていたくらいですし、航空券を受け取ったときに、一緒にセキュリティー・チェックについて簡単な説明が書かれたメッセージが渡された中にそのように書かれていました。なので、私なりに覚悟していったつもりでした。しかし、あれほどとは思いませんでした。

    テルアビブへは直行便がないので、途中で乗り継ぎをします。行きはウィーンで乗り継ぎでした。そこまで全日空でしたので、噂の厳しいセキュリティー・チェックを受けたのはウィーンの空港からエル・アル機に乗る前のことでした。

    まず、イスラエルの保安当局から派遣された二人の担当官から別々に同じ質問を2回受けます。両方の質問に同じように答えられるかどうか試すためのようです。職業や家族のような私の個人情報から始まり、旅の目的・日程、滞在先、旅行会社にいくら払ったか、などなど。担当官が特にこだわっていたのは、今回イスラエルに行くにあたって、私がアラブ人と接触を持ったかどうか、という点でした。なにしろ、イスラエルは、飛行機にかかわらず、爆弾を持ち込んだ自爆テロに悩まされてきたのですから。知らずにテロリストの手先にされてる可能性だってあります。ということをあの時気付けば納得できたかもしれませんが、あの時は、事前の覚悟以上のしつこい質問の嵐に、なんでこんなことまで聞かれなくちゃならないの? と戸惑いました。どうしてイスラエルに行くことにしたのか? なんて聞かれても、行きたくなったら、としか答えようがありませんでしたし(実際には、聖書の舞台の地だの歴史に興味があるだの言って、ガイドブックに書かれてあるような観光魅力をべらべらと並べ立てました)、私のスケジュールは旅行パンフレットに載っていた日程に3日の延泊を加えたものだったのですが、その間、ホテルが予約されていないことについても、特にしつこく問い詰められました。日本人の個人旅行者が、フリー行動日のホテルを現地で探すなんて、そう珍しいことでもないと思っていた私にとっては、うんざりな質問でした。

    しかし、この執拗な質疑応答も、その後の荷物検査の比ではありませんでした。

    その時はすでに、飛行機の離陸時間まで30分くらいしかなかったと思います。なんと、飛行場の隅にあるプレハブの建物へ、スーツケースと共に、複数の係員に囲まれて案内されたました。その段階で、なんか被疑者として取調べでも受けるようなかんじでいい気分はしませんでしたが、建物の中で身体検査、手荷物、スーツケース……と、不審物がないかどうか徹底的にチェックされました。しかも、私一人の荷物に対して、いつのまにか4人もの係員がかかりっきりになっていました。いまにして思えば、時間がなかったので人海戦術ということだったのかもしれません。なにしろ、プラスチックのカゴをいくつも用意して、中身を全部その中に開けてしまうのですから。それも、化粧ポーチからコンパクトを出して開けてみたり、口紅もちゃんと出してみたり、ペンケースからシャーペンやボールペンを取り出して、カチカチ芯を出して確認したり、という念の入れようです!  カメラや目覚し時計からは電池が抜かれ、あらかじめセットしていたフィルムは取り出され、妹にせがまれて成田空港の免税店で買った土産の香水も、きれいに包装されてあったのに開けさせられました。そうやって例外なく一つ一つ金属探知器にかけられ、かけた後はかけた後で、大丈夫なもの、更にチェックする必要があるもの、という風にプラスチックのカゴに分類されていました。日本茶のティーパックは金属探知器にひっかかったので、携帯のみそしるやのど飴と同じ袋にしまっておいたのに別々にされ、アルコール・テッシュもひっかかったので洗面用具用の袋から取り出され……もうっ、せっかく人が使いやすいように分類しておいたのにっ! 

    挙げ句の果てに、飛行機の離陸時間2、3分前になって、「まだあなたの荷物検査は終わらないので、もし荷物が飛行機に間に合わなかったら、明日、あなたのホテルに送らせるようにします。テルアビブ空港についたら携帯品紛失届のカウンターに行ってください」と言われてしまいました。えええっ! びっくり仰天! まさかそこまでやるの?

    ───幸い、荷物は間に合って飛行機に積まれて、テルアビブ空港で無事、受け取ることができました。ホテルに着いた時には夜中の1時を過ぎていましたが、すぐさま荷物を解き、適当に放り込まれたものを分類し直して、紛失してるものはないことをちゃんと確認してやっと、一息つけました。やれやれ。

    今にして思えば、乗り継ぎ地のウィーン空港では、テルアビブ空港にあるような精密なX線による荷物調査ができなかったから(成田でスルーチェックインでテルアビブまですべて手続きがすんでしまったため、入るのにセキュリティチェックが必要となるエリアの外に出る必要がなかったせいでしょう)、ああいう古典的な方法で中身を洗い直すしかなかったんだろうと思います。その証拠に、イスラエル出国の日のテルアビブ空港でのセキュリティー・チェックは、同じくエル・アル航空に搭乗しましたが、少なくとも荷物検査の方は、マシンチェックでひっかかったものの中身を開けるだけにとどまったからです。その程度ならどの空港でも行われるので、それほど厳しいとは思いませんでした。

    もっとも、帰国のテルアビブ空港での保安官の質問は、ウィーンの時に劣らず微に入り細に入り、やはりうんざりするほど細かかったです。矢継ぎ早に出される質問についていけない私を見て、私が不快に思っているせいかと勘違いした担当官は、「実際に飛行機に乗るのはあなたであって、私ではないんですよ。危険な目に合うのは、あなたなんですよ。あれこれ聞くのはあなたのためなんですよ」とまで言っていました。単に、どんどん早口になる英語に、深夜で眠くなっていた私の頭がついていけなかっただけなのですが……、いやはや、お役目、ごくろうさま!って内心では言いたくなりました。

    (写真は、テルアビブの信号機です。到着の翌朝の朝食後に、現地ガイドの迎えまで時間があったので、ホテル近くの海岸を少し散歩したときに撮ったものです。歩行者用ボタンを示すイラスト標識がなかなか味があるなぁと気に入って撮りました。ちなみに、イスラエルでは、1998年のこの旅行の最中に私が見た限りでは、信号機はこのように縦型のものばかりで、電球が横に並んでいるのは見かけませんでした。)

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この旅行記へのコメント (11)

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  • さすらいおじさんさん 2005/10/20 11:32:35
    充実したイスラエルの旅をされておられますね。
    まみさん  充実したイスラエルの旅をされておられますね。

    マサダ遺跡--*ローマに抵抗しユダヤ人900人が自決したところですね。

    ティベリア、ガリラヤ湖周辺のイエスゆかりの地(カペナウム、パンと魚の奇跡の教会、山上の垂訓の教会)---*地球の歩き方には詳しく説明がありません。ガラリヤ湖の地図で位置は示していますが---

    ナザレ観光、マリアの受胎告知教会、大工ヨセフの仕事場があった上に建てられた聖ヨセフ教会、マリアの井戸がある聖ガブリエル教会---*この説明も地球の歩き方では巻頭説明だけです。

    エルサレム観光
    なげきの壁(ユダヤ教徒地区)、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道。イエスが十字架を背負ってゴルゴダに向かった道筋とされる巡礼地の一つ)、聖墳墓教会(キリスト教地区)、アルメニア人地区散策。
    (※岩のドームのある神殿の丘を含むイスラム教徒地区は、前日イスラエルのどこかでテロがあり、封鎖されたため見学できなかった。)
    ダヴィデの塔のエルサレム歴史博物館、旧市街のアラブ人地区
    聖書考古学博物館、イスラエル博物館(死海写本館、西洋近現代美術部門、ユダヤ美術史部門)
    ユダヤ沙漠サファリ・ツアー(ユダヤ沙漠とワジ(枯れ河床)、死海に近いキブツの一つを見学、ヨルダン川や死海写本発見の洞窟クムラン近くまで沙漠をドライブ)
    新市街観光ツアー(ダヴィデの塔のエルサレム歴史博物館、イスラエル博物館(3回目)の死海写本館、ハダッサ大学病院のチャペルのシャガールのステンドグラス、エイン・ケレムの洗礼者ヨハネ教会、ケネディ・メモリアル、ハダッサ、ヘルツェルの丘、クネセット(国会議事堂)前のメノラー(燭台))
    ベツレヘム(イエス生誕教会)&ヤド・ヴァシーム(ホロコースト犠牲者の記念碑・博物館)園の墓(もう一つのゴルゴダの丘)とイスラエル博物館再訪(4回目)(ユダヤ文化コレクション)

    *エルサレム、ベツレヘムについては比較的詳しく説明があります。エルサレムは是非行きたいです。それにしてもイスラエル博物館4回訪問はすごいです。見所が多いのでしょう。足の便が悪い個人旅行でこれだけ充実した観光をされるのはたいしたものだと思います。私も見習いたいと思います。大変参考になりました。ありがとうございます。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/10/21 03:05:07
    RE: 充実したイスラエルの旅をされておられますね。
    さすらいおじさん、こんにちは。書き込みありがとうございます。写真がまだなく文字だけで恐縮です@

    >マサダ遺跡--*ローマに抵抗しユダヤ人900人が自決したところですね。

    はい、そうです。そのあたりのことは旅行記があるのでいずれアップすると思いますが、先に補足しますと、このマサダ遺跡は結構ゆっくり見て回りました。マサダは険しい岩山の上にあるのですが、上から、周辺に残るローマの兵営の後や、ローマ軍が侵入した経路などを見学することができました。その後、ヘロデ大王がマサダ遺跡後を自分のための離宮に改造させたので(でも本人はほとんど滞在していないです)、ローマ風のお風呂の後など宮殿の遺跡も混在していました。
    しかしマサダでもっと感激したのは、その周辺の広大で荒々しいユダヤ沙漠の様子でした。さすらいおじさんのヨルダンの旅行記にも、そんなユダヤ沙漠を彷佛とさせる写真がありました。ま、地続きですから、不思議ではないですけど@

    > ティベリア、ガリラヤ湖周辺のイエスゆかりの地(カペナウム、パンと魚の奇跡の教会、山上の垂訓の教会)---*地球の歩き方には詳しく説明がありません。ガラリヤ湖の地図で位置は示していますが---

    私の手もとにある「歩き方」は97年〜98年版ですが、ガリラヤ湖周辺の街ティベリアの章で解説がありますね。カペナウムはおまけの章みたいなかんじで、それでもカラー写真入りの2ページ割いてます。しかし、やっぱり「歩き方」は、欄外の記事やクチコミっぽい記事、それから解説がちゃんとある観光ハイライトはあてになるのですが、物足りなかったので、Lonely PlanetのIsraelをチェックしてます@

    > ナザレ観光、マリアの受胎告知教会、大工ヨセフの仕事場があった上に建てられた聖ヨセフ教会、マリアの井戸がある聖ガブリエル教会---*この説明も地球の歩き方では巻頭説明だけです。

    「歩き方」に解説はありますが、ちょっとですね。巻頭説明とおっしゃっているのは、それかな。ナザレも、個人ガイドに案内してもらったので、地図をにらめっこしながら歩いてはいません。そうそう、旅程に書いたとおり個人ガイドで、1対1でしたので、決められた旅程のほかに、多少、融通はきかせてくれたりしましたね。私が博物館が好きだと知って、予定になかったところへ連れていってくれたりしました@ でも1対1って、やや人見知りする私には、結構気詰まりでした(笑)。陽気な友人が同行で2対1とか以上の方が理想ですね。(デジタル化した写真がないので旅行記はあげていませんが、中国旅行とトルコ旅行がそうでした@)

    >エルサレム、ベツレヘムについては比較的詳しく説明があります。エルサレムは是非行きたいです。それにしてもイスラエル博物館4回訪問はすごいです。見所が多いのでしょう。足の便が悪い個人旅行でこれだけ充実した観光をされるのはたいしたものだと思います。私も見習いたいと思います。大変参考になりました。ありがとうございます。

    はい、イスラエル博物館は見どころたくさんです。ホテルから歩いていけるところにあったのも幸いしました。(それで、夜の九痔頃、すでに真っ暗な中を、一人で夜道を歩いてホテルに戻ったりしています。街灯に照らされて明るい道だったとはいえ、車は通るけれどほとんど人通りのない道でしたから、ちょっといまのイスラエルでは考えられないかも!)
    ま、そのうちの1回は、自力で回った後で、現地ツアーにも含まれていると知って、あーっ、と思ったのですが。ユダヤ教については知らないことがたくさん、興味深いことがたくさんで、展示の英語もきちんと読みながら回っていたので、すごく時間がかかりました。(そしてすごく疲れました(笑))。

    さすらいおじさんの中東旅行に触発されて、イスラエル旅行がすごくなつかしくなりました。こちらこそ、ありがとうございます。
    (はやくイスラエル旅行記もUPしたいです@)

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2005/10/21 13:47:55
    RE: RE: 充実したイスラエルの旅をされておられますね。
    まみさん

    丁寧に教えていただきありがとうございます。
    今回まみさんが回られたところをガイドブックで追いながら写真も見ましたので、すっかりイスラエルの旅をしている気分になりました。
    イスラエルの宗教遺産はやはり聖地だけあって他国に無い重要なものが多いですね。今の私の知識では遺産の値打ちがわからないなあ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教をもっと勉強したうえでイスラエルに行きたいなあ、と思いました。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/10/22 22:37:20
    RE: RE: RE: 充実したイスラエルの旅をされておられますね。
    さすらいおじさん、こんにちは。書き込みありがとうございます!

    他の方の旅行記を読んで、自分でもガイドブックを広げ、擬似的に行った気分を楽しめるということはありますね。私も、イスラエルには行ったけれど、隣国で興味はあったけれどまだ行けてないヨルダンなど、おじさんの日記を楽しませてもらいました。
    イスラエル旅行記を写真入りでアップできましたら、そのときにはまたよろしくおねがいします@
    といってもいつになるやら。

    中東の旅に引き続き、またオマーンとアラブに行かれるのですね。うらやましいです。
    旅行記を楽しみにしています。おじさんの旅行記も表紙の説明はとても参考になります@

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2005/10/29 00:11:53
    RE: RE: RE: RE: 充実したイスラエルの旅をされておられますね。
    まみさん

    さきほどオマーンから帰国しました。

    >中東の旅に引き続き、またオマーンとアラブに行かれるのですね。うらやましいです。
    旅行記を楽しみにしています。おじさんの旅行記も表紙の説明はとても参考になります@


    明日位から旅行記をUPしたいと思っています。
    ご覧いただきご参考いただければ幸いです。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/11/05 21:46:36
    オマーンの人々もまたいい表情ですね@
    さすらいおじさん、こんにちは。
    掲示板への書き込み、ありがとうございます。

    アラブ首長国連邦とオマーン、どちらも名前しか知らず、学生のときの地理の授業の世界の地図で国境線すらきちんと書かれていない、当時の私からするととっても不思議な国でした。さすらいおじさんの旅行記のおかげで、少し知ることができ、いつか行けたらなぁと思うようになりました。
    またおじさんの旅行記にお邪魔しますね。

    PS
    風邪ひきました。まだ軽いですが、ネットも旅行も趣味の読書も観劇もピアノも、なにごとも体調が万全でないと楽しめませんね〜。あたりまえなことですが、やっぱり、たとえ軽い風邪でも、ひきたくないもんです。

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2005/11/05 22:43:18
    RE: オマーンの人々もまたいい表情ですね@
    まみさん

    アラブ首長国連邦とオマーンをご覧いただきありがとうございます。オマーンはまだ観光資源の開発がこれからという印象で素朴な人と出会えました。情報がお役に立てば幸いです。

    風邪、お気をつけください。丁度季節の変わり目ですから、体調を崩しやすい時期ですね。
    私も11/7からまみさんの一人旅などに刺激され、1ヶ月のバックパックの旅に出ますので体調維持、恥ずかしながら直前になっての航空券手配などばたばたしています。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/11/07 21:08:00
    さすらいおじさん、よい旅を。
    さすらいおじさん、こんにちは。書き込みをしてくださってありがとうございます。

    すでに出発されていると思いましたが、日本語が見られるネットカフェで覗くことがあるかもしれないと知り@
    一人旅は学制時代にバックパッカーで経験済みだったのですね。私の方は一人旅ではあるのですが、バックパッカーとはほど遠いですよ(笑)。
    でも私に触発されて、昔のスタイルでまた旅をしたくなったと聞くと、なんだか嬉しいやら照れくさいやらです。
    まだ風邪の真っ最中です。だからというわけではありませんが、どうぞ体調と、それから治安にはお気をつけて。素敵な旅行記を楽しみにしています。

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2005/12/06 19:57:05
    RE: さすらいおじさん、よい旅を。
    まみさん

    昨夜日本に帰国しました。
    訪問した国の気候の違いで風邪を引いてしまいましたが体調を戻して旅行記をUPしたいと思っています。
    またご覧いただければ嬉しいです。
  • さすらいおじさんさん 2005/10/19 13:26:41
    死海写本が発見されたクムランの写真を拝見できて嬉しいです。
    まみさん

    死海写本が発見されたクムランの写真を拝見できて嬉しいです。
    ヨルダンのアンマンの博物館に死海写本の一部が展示されており、写真も撮らせてくれたので大喜びしました。
    死海周辺は神の地、不思議な自然も神がかりな感じがします。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/10/19 22:40:42
    RE: 死海写本が発見されたクムランの写真を拝見できて嬉しいです。
    さすらいおじさん、こんにちは。書き込みありがとうございます。

    クムランの写真、まさにガイドブックや本で眼にしていたとおりのものを見ることができて、とても感激したのを覚えています。ただ、近くには行けなかったんですよね。
    この写真は、四輪駆動ジープでユダヤ沙漠を横断するという現地ツアーに参加したときに撮りました。クムランにはこういう洞窟がたくさんあって、獣が巣を作っていることもあるので、不用心に入ると危険なのだそうです。たぶん、死海写本が発見されたところは、観光向けか研究のためのインフラが整っているのではないかと思いますけど。

    死海写本はヨルダンにも一部とはいえあったのですね。
    イスラエル博物館に、死海写本だけ(+若干の関連品)が展示されている分館があります。
    ちょうど宿泊していたホテルからイスラエル博物館に歩いていけましたので(エルサレムの旧視街へはバスを使わないとちょっと距離がありましたが)、三度も通いました@

    イスラエルは私にとって珍しいユダヤの文化と、やはりなによりも聖書ゆかりの地ということで行ったのですが、聖書ゆかりの地ということでは、ヨルダンもたくさんあるんですよね。特にモーゼにまつわる史跡がたくさんあったと記憶しています。

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