2001/07/16 - 2001/08/28
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引き続き、ニューヨーク滞在編。
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2001年7月31日
お隣の州、New Jersey州にある、Palisades Mall にてお買い物の日。このモールは広くて、中には観覧車とメリーゴーランドがある。乗っちゃいました、観覧車。一緒に乗ってくれた、今回の研修で通訳をしてくれた現地学生(私よりも年下。空港でいやーな初対面をした相手)は、「ここには何回か来てるけど、観覧車に乗ったのは初めてー」と言っていた。「乗りたい」と意気込んで言った私の精神年齢、かなり低いかも。 -
2001年7月31日
お隣の州、New Jersey州にある、Palisades Mallにて -
2001年8月1日
Yankee Stadium にて、Yankeesの試合観戦。まだ松井が入団する前でした。人気があったのはジーター。隣の席のおばちゃん(今回の研修で現地でお世話してくれた方の奥様)が、ジーターのユニフォーム着てハイテンションだった。 -
2001年8月1日 Yankee Stadium にて
写真の翌日のお話。
今日は、映画を見た。
通訳の二人と私と友達二人の計五人で。
そもそも映画に行くきっかけは、私が行きたいって言ったから。
ここ、ちょっとポイント。
「何が見たいとかないけど、行きたい」って言ってたら、
行くことになって、「猿の惑星 −Planet of Apes-」を見ることに。
夜に行くことになって、10時くらいから見た。
その日は、行く前から既に疲れてて、
さらに夜だったせいもあり、予告の時点で眠気がやってきて、気付いたら、寝てた。 半分以上見ていません。
でも、なぜかエンディングの音楽だけは耳に残ってる。
「言い出しっぺなのに、こんなんでいいのかなー。でも、端っこに座ってたから、気付いたのは隣にいた友達だけかな―。」
とか思ってたら、終わった後に、
「寝てたでしょ。」って3つぐらい隣に座っていた通訳の友達に言われた。ばればれでした。
映画の後は、友達のリクエストで、Sleepy Hollow のあたりをドライブ。夜だから暗い上に、運転していた友達がわざとライトを消して運転したりしていたから、雰囲気たっぷりだった。 -
2001年8月1日 Yankee Stadium にて
今度は写真の翌々日のお話。
私達が泊まっていたのは大学の敷地内で、一応寮みたいな建物なんだけど、一般の学生ではなく、私達みたいな学生とか、学校とは無関係の団体が滞在するのに使うみたい。
それで、その建物の一角に、夜も賑やかな団体がいたのね。
誰かが少し話をしたみたいで、その人達はオーストラリアから来たらしいとわかった。それで、仲良くなりに行こうということで、通訳の二人と、私と友達数人とで遊びに行ってみた。
全員で何人いるかは知らないけど、4,5人の人が私達に興味を持ってくれた。
相手は飲んでたから、私達もビールを取りに戻り、お互いお酒を片手に話をした。
その人達は全員が同じ国出身というわけじゃなくて、アメリカ人もいれば、韓国人もいて、とってもインターナショナルな輪ができていた。
YMCAのイベントで来ていたらしい。
オージーだと思っていたら、ホントはニュージーランドの人で、ニュージーの人は二人いたんだけど、二人ともすごくフレンドリーだった。
またまた私の名前はすぐに覚えてもらえた。
一人の人がすっごい明るい人で、早口でほとんど聞き取れなかったけど、「Fuck」を連発してた。 「アメリカ人は嫌い。」
とも言ってた。私達のうち一人はアメリカ人なのに。
それで、最初はオージーだと思ってたからそのつもりでいたら、ニュージーランドっていうことを強調された。
やっぱり近くにはあっても、違うからね。
私達だって、他のアジア人と区別してもらえなかったら
いい気分じゃないよね。
その人が飲んでいたのは自分で作ったカクテルで、少し飲ませてもらったら、すっごい美味しかった。
それで、作り方を聞いたら、教えてくれた。
さらに、その人が飲んでたのがなくなって、追加を作るときに、「見たい」って言ったら、作るところを見せてくれたんだけど…
混ぜるのにミキサーを使うのね。
それで、ミキサーって、ふたするでしょ。
そのふたが、流しの中にあって、彼女は、それを拾って、洗わずに水気を払って、そのまま使ったの。
その水気だって、前回使用した時についたお酒とかだけじゃないと思う。色を見た限り。
もっと水っぽかったから、それが流しに入れられてから次に使うまでの間に、その上から水道水を使用したと思われる。
その用途は、不明。
誰かが手とかを洗ったかもしれないし。
目の前で見てた私達は「うわー。」って思ってたけど、彼女はそんなのお構いなし。
それで、できあがったものを、グラスで飲むんじゃないよ。
マヨネーズの瓶(わかる?ジャムの瓶よりも太くてでかいやつ)みたいなガラス容器に入れて、飲むの。
その時は2杯分できたから、ひとつは自分用にして、もうひとつを私達にくれた。
作るのを目の前で見てたから、清潔じゃないのは十分承知。
でも、飲んじゃった。
しかも、なぜか私がほとんど飲んだ。
でも、全部は飲めなかったけど。
あのカクテルは、ホントに美味しかった。
入れたのは、
カルーア、バナナリキュール、アイリッシュクリームリキュール、
牛乳、氷、バナナアイスクリーム(Ben & Jerrys の、Chunky Monkeyっていうやつ)
目の前で作ってくれたときは、アイスが切れてたから、アイスなしで。
あと楽しかったのが、彼女は、NZの伝統芸能みたいなのが上手で、見せてくれたり、教えてくれたりしたこと。
私は全然できなかったけど、友達が上手で、見てて楽しかった。
NZの人と話す機会なんて、そうそうないから、貴重な体験だった。
それと、やっぱり異文化交流は楽しい。
ただ、相手が酔っていたこともあるけど、すっごい早口で、聞き取れなかったから、会話が殆どできなかった。通訳の友達(アメリカ人)さえ、「早口だから、聞き取るのが大変」と言っていた。
通訳の友達がいなかったら、こんなに楽しめなかったと思う。 -
2001年8月4日
New York Cathedral of St. John the Divine
セントジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂
教会隣の公園。いろんな彫像や像が置かれている。
いろいろな著名人の言葉? をモチーフにしたらしい彫像がいっぱい。これは、ジョージア・オキーフ。 -
2001年8月4日
New York Cathedral of St. John the Divine
セントジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂
教会隣の公園。 これは、ガンジー。 -
2001年8月4日
New York Cathedral of St. John the Divine
セントジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂
教会隣の公園。 これは、ジョン・レノン -
2001年8月4日
New York Cathedral of St. John the Divine
セントジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂
教会隣の公園。 これは、ヘンリー・ソロー(『森の生活』の著者) -
2001年8月4日
New York Cathedral of St. John the Divine
セントジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂
教会隣の公園。 これは、マルク・シャガール -
2001年8月4日
New York Cathedral of St. John the Divine
セントジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂
教会隣の公園。 -
2001年8月4日
New York Cathedral of St. John the Divine
セントジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂
教会内部にも、芸術作品?が幾つかあった。これは、「Communication」というタイトルの作品。 -
2001年8月4日
New York Cathedral of St. John the Divine
セントジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂 -
2001年8月4日
New York Cathedral of St. John the Divine
セントジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂
中は広くて綺麗で、売店もあった。
売店には警備員がいて、多分万引きのチェックをしていたんだと思う。
売店の奥のトイレにも行ったこともあって、割と長い時間、そのあたりをうろうろしてから、再び教会内を見学した。
フラッシュを使って写真を撮っている人を見たから、何の疑問も感じずに写真を撮った。
そんな私を、警備員が売店の入り口から見ている。
「え、もしかしてフラッシュ撮影禁止なのかな。どうしよう。でも、ほかの人もやってたし。」
と思って、一応確認のために、聞いてみた。
そうしたら、OKという返事で安心したけど、その後、その警備員が、
「どこに滞在しているんだ?」とか、いろいろ聞いてきた。
さらに、私の聞き間違いでなければ、
「結婚してるのか?」 なんてことまで。
相手は警備員だから、最初は尋問されているかと思って、逆らえずに真面目に答えてたら、電話番号まで聞かれた。
「なんだよ、こいつナンパしてるのか?」
と、やっと気付いた。
でも、相手が警備員で、軽い感じでないこともあって、なぜか緊張してしまい、さらに日本語ならきっぱり断れるのに英語力が足りないせいで、うまくごまかせない。
何とか電話番号は教えずに済んだけど、
(「NYには短期滞在だからない。」と言ったら納得してくれた。)
家の住所は「ない」と言うわけにいかないし、教えたくないとも言えず、結局教えることに。
でもやっぱりイヤだったから、番地を変えて教えておいた。
相手は、自分の電話番号と住所、名前を書いた紙をくれた。
相手は勤務中だったから、「一緒に食事でも。」とか言われなくてよかった。
その後、もっとじっくり見学したかったけど、さっさとその教会を後にした。
でも、仕事中にこんなことしてていいのか?
女一人旅は、こんな時にイヤな気持ちになるんだよね。
誰か、こんな場合の対処法をおしえてください。 -
2001年8月4日
New York Cathedral of St. John the Divine
セントジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂
外観。1892年に着工してから、やっと2/3の行程を終了し、まだ完成まで50年はかかるといわれているらしい。 -
2001年8月4日
New York Columbia University
コロンビア大学
土曜日だったから、人は少なかった。 -
2001年8月4日
New York Columbia University -
2001年8月4日
New York Riverside Church
リバーサイド教会
この教会のステンドグラスは、ニューヨークで最も美しいと言われているらしい。
ガイドブックに展望台があるとあったので、入口を探してみたけれど見つからない。聞いてみたら、上部には行けないってことだった。 -
2001年8月4日
New York Grant\'s Tomb
グラント将軍の墓
南北戦争での北軍の指導者で、のちに18代大統領になったグラント将軍のお墓。
内装はパリのナポレオンの墓を参考にしているらしい。あ、パリに行ったけど、ナポレオンの墓には行かなかったわ。 -
2001年8月4日
New York Grant\'s Tomb -
2001年8月4日
New York Grant\'s Tomb -
2001年8月5日
New York Elephant Hotel
むかーしのホテル。今は営業していません。広告史に残るホテルだそうです。昔、ここにサーカス団が宿泊し、像のジャンボが…後は忘れました。先生、すいません。 -
2001年8月4日
New York Elephant Hotel
Elephant Hotelを見た後、、普段は飛行場というひろーい場所で行われているフリーマーケットへ連れて行ってもらった。
コピーCDがいっぱい売られていた。気になったのは、合衆国の地図が書かれていて、各州の部分に25セントコインをはめ込むことができるボード。
クォーター収集に便利だし、飾りたい。すごい欲しかった。ケド、スーツケースで来た旅じゃないし、私の旅はニューヨークで終わりじゃない。またロサンゼルスへ戻らなくては行けない。諦めた。あー、欲しかった。 -
2001年8月6日
New York World Trade Center
あのテロ事件の約1ヶ月前、ワールドトレードセンターからの眺め。
マンハッタン校での講義のあと、夕方は自由時間で、私は髪を切りに美容院に行くつもりだった。
でも、通訳役の友達が「World Trade Center (WTC)に行くけど、行く?」と誘ってくれたから、一緒に行くことにした。
マンハッタン校からWTCまでは徒歩で行ける距離。
WTCは110階建で、展望室は南側ビルの107階。
観光客はそこに12ドル払って行く。
でも私達が行ったのは、北側ビルの55階。
そこには私達が滞在してた大学の校舎(何とかセンターって名前だったと思う。)があった。
だから、ただで入れたの。
でも、入るまでが少し大変だった。
エレベーターホールに入るには、自動改札のような所を通らなければいけない。
そこを通るには専用のカードが必要で、まずはそれを発行してもらう。
発行してもらうには、受付でIDを見せる必要がある。
通訳の学生は学校の学生証を見せればOK.
私達の仲間のうち、パスポートを持っていた人もOK.
国際学生証を持っていた私は、もう一つIDがないと
ダメと言われたけど、パスポートはその時持っていなかった。
でも、受付の人がどこかと連絡を取って聞いてくれて、その結果OKだった。
問題は、日本の大学の学生証しかない人。
パスポートも持ってなくて、結局、55階にいた大学の職員の人が受付まで降りてきてくれて、受付の人と交渉してくれてOKになった。
専用のカードは、一日限りのものだったのにしっかりしてて、写真がプリントされたプラスチック製だった。
何でビルに入るだけなのにこんなに厳しいんだろうと思っていたら、次の日に先生から数年前(1993だっけ?)の
爆弾テロの話を聞いて納得できた。
そのたった一ヶ月後にあのビルがこんなことになるなんて。
ビルの問題だけじゃないよね。
戦争とかにならなきゃいいけど。
と、ここまではテロの直後ぐらいに書いたこと。その後、アメリカがとった行動等は、みなさんがニュースでご覧になった通りです。 -
2001年8月6日
New York World Trade Center
お話は、この日のことだけど、ワールドトレードセンターへ行く前後の時間のこと。
今日はすごく楽しみにしていたMTV(ケーブルテレビの音楽チャンネル。タイムズスクエアの近くにあり、平日の夕方にガラス張りのスタジオで生番組(TRL)をやっていて、その時間は外から見てる人がいっぱい。)見学の日。
広いスタジオではないためか、見学の人数制限があって、二手に分かれることに。私は後のグループになったから、待ち時間に友達とセフォラに行った。
旅行中ということもあり、普段よりさらにシンプルな化粧の私。友達が「メークしてもいい?」と言ってくれて、やってもらうことに。アイシャドウ、アイライン、チーク、口紅をやってもらった。普段はチークを使っていないので、いつもとは違う感じになった。後で部屋の子から「チークつけてたから、いつもと違ってた。」と言われて、調子に乗って帰国直前にチークを買った。単純だなぁ。
MTVのスタジオではTRLのスタジオに入れたから感激。写真はいい記念になった。
ここの見学は午前中で、午後は私たちが滞在していた大学のマンハッタン校(World Trade Centerの近く)に行く予定。
その前に昼食。MTVの社員食堂みたいなところで食べさせてもらえた。普通の人は入れないところ。料理の種類は豊富だし、広いしで快適だった。
昼食も終わり、地下鉄で学校へ向かうことに。エレベーターに乗るのが早かった私は、先生や他の数人と、全員が揃うまで待った。その時、New Yorkの先生が何か入った袋を持っていることに友達が気づいた。
見せてもらうと、MTVからのお土産だとのこと。Tシャツや帽子が入ってた。
その中で私たちの目を引いたのが、CD。ジャネット・ジャクソンやアルマゲドンのサントラ等、数枚。それを見て私たちは思わず歓声をあげた。しかし、全種類をチェックしきれないうちに全員揃い、出発。
歩き出す直前、先生が通訳の子に何か言った。
「彼女は何が欲しいって?」と通訳され、全種類を見てないからわからなかったけど、とりあえず見た中でよかった、
「ジャネットがいい。」と返事をした。
どうしてこんなこと聞くんだろうと思ったら、すぐに理由がわかった。
エスカレーターへと向かおうと、みんなが進行方向に向いた時、先生がそっと、ジャネットのCDを渡してくれた。え、いいの?と思って、聞いてみた。先生、笑顔で「いいよ」みたいなことを言った。
「えー、こんなことホントにいいのかなー。」と思ったけど、ここで騒いでも先生の立場もあるしなー。と考えて、そのままもらった。もう笑顔が抑えられない。
みんな、ごめんね。私、ずるした。
お土産は一応、全員分あった。でも、品物はいろいろあるから、くじ引きをすることに。もちろん、私は不参加。当たり前か。
先生が何でこんなことをしてくれたかというと、それは前日のことが理由だったのだと思う。この前日、New Yorkの先生、日本でのゼミの先生、友達と私でフリーマーケットに行った。New Yorkの先生と近づけるチャンスだったから、日本から持参してきたお土産(お香)を渡した。
夏休み前に自分の勉強のことでかなりお世話になったから、何かお礼しなくちゃと思ってて、用意してきたもの。それまでは団体行動だったからなかなか渡すチャンスなかった。
結局、帰国後も11月ぐらいまで勉強でお世話になったから、渡しておいてよかった。で、そんなことがあったからCDを先にくれたのかもしれない。
この日は夕方自由行動で、World Trade Centerに行った。その後夕ご飯を食べに行く途中、Rockefeller Centerの近くの紀伊国屋書店に寄った。入ってすぐ、ブザーの音が。万引き防止センサーが鳴った。
私たちと入れ違いで出ていった人はいなかったから、原因は私たちしかない。センサーから離れると音はやむけど、近づくと鳴る。
つまり、原因は私。もちろん、万引きなんてしてません。だって、入ってきたばっかりなのに。原因はジャネットのCD。それを取り出すと、店員さんがレジまで持っていって、何かやってくれた。これでもう大丈夫。店に入ってきたところを見ていたらしく、何も言われなかった。やっぱりMTVでもらったCDを持っていたほかの友達は平気だったのに、なぜかジャネットにだけ反応した。
これは、ずるの報い? -
2001年8月6日
New York World Trade Center
とーくに自由の女神が。 -
2001年8月6日
New York Rockefeller Center
ロックフェラーセンター
前に来たときは冬だったため、スケートリンクだった場所が、今回はカフェになってる。2つの姿を見ることができてちょっと感動。
写真に写っているのは、そう、六本木ヒルズにもある、あれです。 -
写真は、2001年8月10日
お話は、2001年8月7日のこと。
今夜は、豪華にディナークルーズ。
最初、日本でのゼミの先生、New Yorkでお世話になった先生夫妻、通訳の子の友達で、うちらとも仲良くしてくれた、留学生(日本人)と一緒のテーブルで、私以外は英語がお上手なメンバー。
New Yorkの先生夫妻は当然英語だし。
(奥さんは台湾人なんだけど、New Yorkの先生とは英語で会話。)
「どうしよう。English speaking 席になっちゃった。」
と思っていたら、3つ席が空いていたそのテーブルに、通訳の二人とそのうちの一人の彼が後からきた。
でも、通訳の二人はもちろん英語がぺらぺらだし
(一人[男]は日本語が上手なアメリカ人だから当たり前。)
(一人[女]の彼は韓国人だから彼女とは英語で会話)
というわけで、8人テーブルで日本語ができる人は、私以外に4人だけというとても緊張する席だった。
New Yorkの先生の奥さんが話しかけてくれるから、がんばって英語で会話をしたつもりだったけど、つらかった。
通訳の友達と留学生の友達と話を弾ませても、韓国人の彼は理解できない。だから、私のコメントに対して、「英語だと?」
なんて意地悪もされた。(そんなに言われなかったけどね。)
それで、「自由の女神が見たい。」
と言った時に、「英語で。」って言われたから、
「I wanna see the Statue of Liberty.」と言った。
でも、自由の女神は行ったことあるし、今回は夜の女神が見たかったから、その後に
「light up」とかたどたどしく言ってたら、
「何だか、ファニエストイングリッシュみたいだね。」
って言われた。大ショック。
デッキで写真を撮ったりしてから席へ戻ると、デザートのチーズケーキが。うれしい!!
喜んで食べていると、階下
(私たちは、2階席みたいなところ)
にある、ショーみたいなのをやるちょっとしたスペースでイベントが盛り上がってきた。
お客さんの中から選ばれたおじいさんやおばあさんがかつらつけて踊ったり。最後には、「みんなで踊りましょー!!」みたいな感じで、スペースはダンスフロアに。
大学の頃にハロウィンでダンスパーティーをやったり、New Yorkのレストランでやっぱりこんな感じにみんなで踊ったりしたことがあったし、何よりノリノリのダンス音楽が好きだから、「行きたいなー。」と思って友達を誘っても、躊躇してる。
すると、先生が隣にやってきて、私は手を引かれてダンスフロアへ。
その後に友達とかもついて来て、みんなで踊った。
最初は、先生と組んで踊っちゃった。
先生はとりあえず女の子みんな
(もちろん、私達の学校のグループのね。)と踊ってた。
踊ったって言っても、足とかを何となく動かしてるだけだったけど、すごい楽しかった。
日本ではクラブにはほとんど行かないのに。
他のお客さんも楽しんで踊ってた。
最後のほうになって、みんな(ダンスフロアのみんな。)で輪になってぐるぐる回ったり。始めは何が起こるのかわからなかったけど、知らない人が手を引いて輪に入れてくれた。
その後、ショーをやってたダンサーがステップを軽くレクチャーした後に、音楽をかけて、ダンサーが言うステップで踊ったり。
でも、不思議だったのが、女の子と男の子の違い。
女の子はほぼみんなずーっとダンスフロアで楽しんでたけど、男の子は2階から見てた子がほとんどだった。
無理に踊れとは言わないけど、「あの輪に入りたい。」
っていう気持ちにならないのか不思議だった。
大学の頃のダンスパーティーでは、女子大で、クラブによく行く子も多かったせいか、ほとんどの人が踊ってたような気がするんだけどね。
ダンスが終わってハイテンションのまま席に戻ると、食べかけのチーズケーキは消えていた。
しかも、一緒に踊っていた通訳の友達[女]は、途中でダンスフロアから消えてて、後で聞いた話だと、もう一人の通訳[男]が、「自由の女神が見えるよ!」って呼びに来てくれたらしい。
自由の女神は近くで見られて、綺麗だったって。
私、「自由の女神が見たい。」って日本語でも英語でも言ったのに。
しかも、「英語で。」って言ったのは、
友達を呼びに来た通訳[男]、張本人だったのにー!!
チーズケーキと自由の女神を犠牲にして踊っていたらしい。
ファニエストイングリッシュの効果ナシ。
とっっても思い出深いディナークルーズになったよ。 -
2001年8月10日
New York MTVのスタジオを外から、ちょうと、TRLをやっているところだから、まわりは人がいっぱい。
お話は、この前後の時間のこと。
今日は、先生やみんなと空港で別れた後一人旅を再開する前に、バスの時間まで余裕があったから、マンハッタンで一人で映画を見た。
日本ではまだ公開していなかった、「American Pie 2」
アメリカでもこの日公開だったから、人がいっぱいいた。
この映画は、アメリカンコメディーで、セリフはわからないけど、大体のストーリーはわかって、面白かった。
内容も面白かったけど、もっと楽しかったのが観客の反応。
時々、「えー、こんなことやっちゃうの?」とか、「うわ―!!」って言いそうになる場面があると、日本ならみんな笑ったりするだろうけど、ある程度こらえるよね。
でも、アメリカ人はこらえない。
隣の人とかが、「ノー!!」 とか言ってたり、何を言っているかわからないけど友達と話をしていたり。
アメリカンコメディーをアメリカで見られたことが楽しかった。
でも、シリアスな映画だったら、「うるさい」と思ってしまうんだろうな。
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