浜男&浜子さんのクチコミ全40件
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投稿日 2012年12月11日
総合評価:4.5
横浜マリンタワーは横浜港の象徴的なタワーで、山下公園に隣接しています。
横浜開港150周年記念事業の一環として横浜市が取得し、改修、再整備を進め、2009年5月23日(土)リニューアルオープンしました。
タワーの色は「シルバー」を主体に、内側は「ブラウンオリーブ」に塗り替えられました。
芝生に囲まれ、山下公園側の低層部はガラス張りで開放感があります。
1階には総合インフォメーション・展望チケットカウンター・カフェ&レストラン「THE BUND」・バー「mizumachi bar」・ギャラリーホールがあります。
吹き抜けになっている「ギャラリーホール」には、放浪画家として知られた故山下清画伯の壁画があります。
リニューアル前からあった物ですが、階段の位置が変わったので見やすくなりました。
マリンタワーが灯台だったころに使用されていた灯具も展示されています。
2階には、横浜の歴史を紹介する映像プレゼンテーション「イメージオブヨコハマ」と、「ヨコハマグッズ横濱001」や、マリンタワーオリジナルグッズを販売する「マリンタワーショップ」があります。
3階には「マリンタワーホール」と「アートホール」があり、各種コンベンション・イベント・ウェディングなど多目的に利用されます。
4階には、レストラン「THE TOWER RESTAURANT YOKOHAMA」があります。
1階の展望チケットカウンターで入場券を購入し、2階からエレベーターに乗ります。
一気に30階の展望フロアへ。
展望フロアは30階と29階の2層になっています。
まずは目の前に広がる、山下公園。
みなとみらい方面も一望できます。
山下ふ頭のむこうにベイブリッジが。
港の見える丘公園、整備中だったアメリカ山公園、外国人墓地。
左側が元町、正面の高層マンションの向こうが中華街です。
下を見るとマリンタワーの影が映っていました。
29階の床の一部がガラス張りになっています。
スリル満点です。
下から見たところ。真ん中がガラス張りになっている所です。
夜はまた違った雰囲気です。
この日は少し天気が悪かったのですが、夜景は綺麗でした。
みなとみらい方面。
氷川丸。
山下ふ頭のむこうにベイブリッジが。
山手方面。中央右の光に囲まれているのがアメリカ山公園です。
高層マンションの向こうが中華街です。- 旅行時期
- 2010年02月
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投稿日 2012年12月11日
総合評価:4.0
氷川丸は戦後も現存する日本最古の貨客船として、山下公園前の横浜港に繋留されています。
1930(昭和5)年4月25日、シアトル航路に就航した貨客船として華々しくデビューしました。船名は埼玉県さいたま市の氷川神社よりとられたそうです。
太平洋戦争中は日本海軍に徴用され病院船として使用されました。
戦後、 北海道航路などに就航したあと、1953(昭和28)年7月に横浜〜シアトル航路に定期貨客船として復帰。 宝塚歌劇団などにも利用され、1960(昭和35)年に運航を終了するまでに北太平洋を238回横断、延べ25,000人余りの乗客を運んだそうです。
航路からの引退後は横浜港開港100周年記念事業として山下公園に係留されました。所有は氷川丸マリンタワー株式会社になり、ユースホステル・見学施設として運営されました。船内ではビアガーデン・ライブコンサート・年越しカウントダウンなどのイベントが行われ、多くの観光客を集めたものの、老朽化と入場者数の減少のため、氷川丸マリンタワー株式会社は2006(平成18)年12月25日で氷川丸の運営を終了しました。
その後、所有は日本郵船になり、船体の修繕や内装の修復を行い、2008年4月25日にリニューアルオープンしました。
船内はデザイン原画や写真をもとに竣工時に近づけるように改装が行われました。
以前は公開されていなかった部分が公開されたものの、逆に以前は行くことが出来た後部デッキなどは立ち入り禁止になっていて、飲食スペースなども無くなりました。
また、基本的には順路をたどっての見学になります。- 旅行時期
- 2008年04月
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投稿日 2012年12月11日
総合評価:4.5
その名の通り、横浜港を一望できる丘にある公園。
ベイブリッジも目の前に見えます。
この一帯は開港当時外国人居留地で、丘の上にイギリス軍、下にフランス軍が駐屯していた場所です。その後、太平洋戦争後もアメリカ軍など進駐軍がこの地を接収しました。
接収解除後、横浜市が公園用地として手に入れ整備し、1962(昭和37)年に風致公園として開園しました。
園内に公園名の由来となった流行歌「港が見える丘」の歌碑があります。
その後、フランス領事館跡地のフランス山地区、イギリスの総領事官邸であったイギリス館、1978(昭和53)年に大佛次郎記念館、1984(昭和59)年に神奈川近代文学館などの施設が次々とオープンしました。
また同年に人形の家とフランス山を結ぶフランス橋が開通、1986(昭和61)年には大佛次郎記念館と神奈川近代文学館を結ぶ霧笛橋が開通しました。
1991(平成3)年には市の花「バラ」の制定記念としてバラ園がオープン。後にそのバラ園を拡張し、1999(平成11)年にローズガーデンがオープンしました。約80種1800株のバラが植えられています。
ローズガーデンと同時に山手111番館もオープンしました。
公園は大きく分けるとフランス山地区・展望広場地区・イギリス山地区・近代文学館地区の4つの地区に分かれています。
フランス領事館跡地のフランス山地区。
フランス山地区から見たマリンタワー。
展望台がある展望広場地区。
2012年、映画「コクリコ坂から」の記念スポットが出来ました。
イギリス館があるイギリス山地区の沈床花壇。
イギリス館と山手111番館の間には横浜水道創設記念噴水塔もあります。
霧笛橋を渡ると神奈川近代文学館がある近代文学館地区です。
「芸亭の桜」と呼ばれる樹齢約70年のソメイヨシノは、2008年3月に撮影したものです。- 旅行時期
- 2012年04月
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投稿日 2012年12月11日
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投稿日 2012年12月11日
総合評価:5.0
横浜港大さん橋国際客船ターミナルは、海外・国内各地からやってきた客船が寄港する国際ターミナルで、2002(平成14)年に完成しました。
1階は駐車場、2階は出入国ロビーの他、カフェやレストランやショップ、大さん橋ホールがあります。ホールでは様々なイベントも催されます。
また、エンターテイメント・レストラン船「ロイヤルウイング」は、毎日4便ここから出航します。
屋上はウッドデッキと芝生広場になっていて、「くじらのせなか」と呼ばれています。
24時間自由に出入りでき、横浜港全体を見渡すことができます。(天候により閉鎖されることもあります。)
神奈川県庁のキング、横浜税関のクイーン、横浜市開港記念会館のジャックという「横浜三塔」の姿を一望することができるビューポイントがあります。
大さん橋は、横浜港開港後、本格的な港湾施設として1894(明治27)年に竣工。メリケン波止場と呼ばれ、長い間横浜港の中心的な設備として活躍しました。
関東大震災による被害に伴う改修や、第二次世界大戦後の連合国軍による接収などを経た後、1964(昭和39)年の東京オリンピックに合わせて、ターミナルが建設されました。
1989(平成元)年、老朽化による大さん橋地区再整備事業により改修工事着工、1993(平成5)年に代替ターミナルが完成しました。
FIFAワールドカップ日韓大会開催で国内外から訪れる観光客に誇れる立派な国際客船ターミナルが必要とされて、2002(平成14)年に現在の施設が完成しました。- 旅行時期
- 2008年04月
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投稿日 2012年12月11日
総合評価:5.0
山下公園は、大さん橋の入口近くから山下埠頭まで海岸に沿って、幅約50m・長さ約774mにわたる公園です。
公園の西端に山下臨港線プロムナードの出入口があります。
関東大震災の復興事業として市内の瓦礫などを1925(大正14)年から4年がかりで埋立て、上部を良質な土で覆土して造成が行われ、1930(昭和5)年に開園しました。
楕円のバルコニーとボート乗降用の階段、船溜まりなどを有した日本最初の本格的臨海公園です。
開園5年後の1935(昭和10)年には復興博覧会が行われ、船溜まりでは鯨が泳ぎ、パビリオンが建ち並び、たいへんな賑わいを見せたそうです。
戦後は米軍に接収されましたが、1954(昭和29)年から段階的に解除され、1961(昭和36)年には再整備が完了しほぼ現在の姿となり、1989(平成元)年に行われた横浜博覧会の際に東側の地下駐車場とその上部の「世界の広場」などが整備され、現在に至っています。
カスケードのある大階段。ステージもあります。
マリーンシャトル・マリーンルージュ・シーバスが発着する「山下公園観光船のりば」があり、横には氷川丸が係留されています。
2008年4月25日(金)に施設名称を「日本郵船氷川丸」と改め、リニューアルオープンしました。
開園当時は船溜まりになっていた沈床花壇。春と秋にはバラが咲きます。
横浜開港150周年記念の品種として開発されたバラの新種「はまみらい」が、山下公園と港の見える丘公園にそれぞれ20株ずつが植えられています。
ほかにも、山下公園には約60種400株のバラが植えられています。
また、「咲いたさいた桜が咲いた」の碑があり、春にはしだれ桜が咲きます。
記念碑などが数多くありますが、代表的なものはサンディエゴ市から贈られた「水の守護神」、童謡で馴染みの深い「赤い靴履いてた女の子像」、「かもめの水兵さんの歌碑」などです。
公園の西端にはインド水塔があります。
年間を通じて様々なイベントも催されます。- 旅行時期
- 2011年03月
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投稿日 2012年12月11日
総合評価:5.0
横浜市中区山下町一帯に所在するチャイナタウン。約0.2平方キロのエリア内に500店以上の店舗があり、日本最大かつ東アジア最大の中華街となっています。
日本の中華街は、他の国々のチャイナタウンが中国人向けの中国人街であるのに対し、来街者の95%が中国人ではなく、観光地となっています。
1859(安政6)年、横浜が開港すると外国人居留地が造成され、欧米人とともに多数の中国人買弁(中国人商人や取引仲介者)や外国人外交官の雇い人が来住しました。
当初、彼らは香港や広東から来ていたため、広東省出身者が多かったそうです。
その後、横浜と香港・上海間に定期船航路が開設されると、中国人貿易商も来住し、居留地の一角、旧横浜新田を造成した地域に徐々に集まり住み、関帝廟・中華会館・中華学校・劇場などを築いていきました。これが横浜中華街の原型です。
この頃の商店は日用雑貨店・衣料品店・食料品店などの店が大半で、中華料理店は多くなかったそうです。明治初年には横浜の華僑人口は約1000人となりました。
1894(明治27)年日清戦争が勃発すると、横浜華僑もその三分の一が帰国しましたが、戦争が終わり、1899(明治32)年に条約改正により居留地が廃止されると、外国人は職業制限を受けたものの居留地外にも住むことを許されました。
再び中華街に活気がもどると、中国の革命家孫文の来日に影響されて、華僑の学校が創設されました。
ただしこの時期は、特に中華街というわけではなく単に外国人街であり、1921(大正10)年の「横浜市商工案内」によれば、この地区の総店舗数263軒中、日本人店149軒、欧米人店79軒に対して中国人店35軒であり、そのうち中華料理店はわずか5軒であったそうです。
一方1910(明治43)年の「名誉鑑」では有名な広東料理店として5軒を挙げていて、1900年以降一挙に中華料理店が増えていったそうです。華僑人口も20世紀初頭には5000人あまりに達しました。
1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災でこの地区は大打撃を受けて瓦礫と化しました。欧米人の多くが帰国した上、横浜華僑も一時は200人あまりに激減してしまったそうです。
しかし徐々に人々が戻りはじめ、料理店・雑貨店・理髪店が立ち並んでいきました。
そして昭和の初めには華僑人口は3000人あまりに回復し、賑わいを見せました。
1932(昭和7)年の「横浜市史稿・風俗偏」では南京町で先ず目に入るのは料理店であるとし、何々楼と称する料理店が20軒あまりに達したとされています。1934(昭和9)年7月23日の「横浜貿易新報」では「南京街の支那料理」を横浜自慢として紹介されています。
しかし、1937(昭和12)年7月7日に勃発した日中戦争で多くの華僑が帰国し、閉店した店も多いそうです。
1945(昭和20)年5月29日、横浜大空襲で中華街は再び大打撃を受けました。
終戦とともに復興が始まり、1946(昭和21)年に関帝廟と横浜中華学校が再建されました。
戦後の復興期に横浜港は賑わい、香港との往来も復活しました。
戦勝国である中国からの物資に恵まれ、1946(昭和21)年2月20日の「神奈川新聞」によると中華街で営業していた飲食店は96軒あったそうです。
また中区は関内を中心に三分の一が接収されていたので、進駐軍や船員相手の外国人バーが多くありました。朝鮮戦争終了後、横浜の接収が解除されるにしたがい外国人バーは姿を消していきました。
1955(昭和30)年には中華街大通りの入り口に「牌楼門」が建てられ、牌楼(門)の上「中華街」と書かれたことで、それまでは華僑には「唐人街」、日本人には「南京街」と呼ばれていたこの街が次第に「中華街」と呼ばれるようになりました。
1972(昭和47)年に日中国交正常化が実現した年に横浜中華街発展会協同組合が発足し、ハード、ソフト面での整備が進められたことで日本人が多数来場するようになりました。
1986(昭和61)年元旦、関帝廟が失火したものの、1990(平成2)年、廟の再建を果たしました。
牌楼門は1989(平成元)年に建替えられ「親仁善隣」を掲げる現在の善隣門となりました。
1993(平成5)年、中華街にある23の団体が「街づくり」団体連合協議会を結成して、1995(平成7)年に7つの牌楼を新築し、更に2003(平成15)年に朝陽門を完成させ、風水思想に基づいた牌楼が出来上がりました。
善隣門をはじめ、東に朝陽門、南に朱雀門、西に延平門、北に玄武門があるほか、西陽門・天長門・地久門・市場通り門(北)・市場通り門(南)と10基の牌楼(門)が建っています。
2000(平成12)年には山下町公園がリニューアルオープン。會芳亭が完成しました。
2003(平成15)年11月には「横浜大世界」、2004(平成16)年7月には「よしもとおもしろ水族館」とテーマパークもオープンしました。
2004(平成16)年2月1日に横浜高速鉄道みなとみらい21線が開業し、終着駅として元町・中華街駅が設置されると、中華街のアクセス状況や知名度はさらに向上しました。
2005(平成17)年12月には横濱バザールという商業施設もオープンしました。
2006(平成18)年3月17日には横濱媽祖廟が開廟しました。
中華街の情報発信と交流拠点となる「Chinatown80」や中国風の公衆トイレ「洗手亭」、文化的発信をする展示スペース「九龍陳列窓」などもあります。
中華街周辺には、横浜製鉄所跡・花園橋の親柱・我国西洋歯科医学発祥の地・横浜の下水道の始まり・日本国新聞発祥之地碑・横濱居留地商館跡・旧居留地の石積遺構・旧居留地90番地の大砲・旧横浜居留地九十一番地塀・横浜天主堂跡・日本洋裁発祥顕彰碑など歴史的なモニュメントなども豊富にあります。- 旅行時期
- 2011年02月
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投稿日 2012年12月11日
総合評価:4.0
よこはまコスモワールドのイルミネーションです。
3つのゾーンで約27万球のLEDを使用し、園内をロマンチックに彩っています。
大観覧車コスモクロック21のライトアップが2010年2月28日(日)までの期間限定でピンクレッド色になっています。
もちろん15分毎の回転輪を利用したイルミネーションショー(約8分)も開催しています。
大観覧車下には、ダイビングコースター「バニッシュ!」のレール頂上部分から地上までの高さ約25mを利用した、LEDイルミネーションツリーがあります。- 旅行時期
- 2009年11月
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投稿日 2012年12月11日
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投稿日 2012年12月11日
総合評価:4.0
紅葉坂をのぼって神奈川県文化センターの裏手にあるのが掃部山公園です。
この場所は明治初期に鉄道技師用官舎があり、鉄道開通後も付近一帯は鉄道用地となっていたため「鉄道山」と呼ばれていたそうです。
後に、横浜開港に貢献した江戸時代末期の大老、井伊直弼を偲び、彦根藩士有志が1881(明治14)に買収、井伊家所有とし、この丘を井伊直弼が名乗った「井伊掃部頭(かもんのかみ)直弼」に因んで「掃部山」と呼ぶようになったそうです。
1909(明治42)には井伊掃部頭直弼像が建てられました。現在の像は1954(昭和29)年に再建されたものです。
その後、1914(大正3)年に井伊家から横浜市に寄贈され、整備後に掃部山公園として開園しました。
また、井伊直弼が茶道に通じていたことにあやかり「虫の音を聞く会」という茶会が夏の恒例行事として1965(昭和40)年から行われているそうです。
井伊掃部頭直弼像。裏手には横浜能楽堂があります。
掃部山公園は桜の名所としてもよく知られていて、井伊掃部頭直弼像がある広場を中心に約200本の桜が植えられています。- 旅行時期
- 2008年03月
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投稿日 2012年12月09日
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投稿日 2012年12月09日
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投稿日 2012年12月09日
総合評価:4.0
日本丸メモリアルパーク内にある、港と船をテーマにした博物館です。
「横浜マリタイムミュージアム」が展示内容を一新し、2009(平成21)年4月24日(金)に「横浜みなと博物館」としてリニューアルオープンしました。
1階はリニューアルされたミュージアムショップと、新設されたミュージアムカフェ「Cruise」があります。
階段を降りていくと、横浜港周辺の大スケールの空撮写真が床一面に拡がります。
地下1階が博物館の展示スペースです。
館内は写真撮影禁止のため、写真はありません。
「歴史と暮らしのなかの横浜港」をテーマに、この150年の中で横浜港が積み上げてきた歴史・技術・文化を最新の研究や情報を反映し紹介しています。
「横浜港の歴史」ゾーンと「横浜港の再発見」ゾーンで構成されています。
「横浜港の歴史」ゾーンは、開港前後の横浜、近代港の建設、関東大震災と復興、戦争と接収、高度経済成長と港の整備、コンテナ輸送時代の始まり、国際競争力の強化の7つのテーマで横浜港150年の歴史を紹介しています。
「横浜港の再発見」ゾーンは、港のしくみ、築港、港運、海運、造船・修繕、くらし・環境の6つのテーマで横浜港の仕組みと役割を学べます。
目玉は、CGにより横浜港をリアルに再現して、横浜市海事広報艇「はまどり」をモデルにした小型船を操縦できる本格的な操船シミュレーターです。
ぷかり桟橋と大さん橋の間を操船します。
背景を夜景にしたり雨を降らせたりもでき、とても楽しめます。
横浜を歌った歌謡曲を試聴できるコーナーもあります。
船や港に関する本を集めた海事専門図書室であるライブラリーもあります。
ライブラリーのみ利用する場合は入館料不要で、利用料¥100のみで利用可能です。- 旅行時期
- 2009年04月
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投稿日 2012年12月09日
総合評価:4.5
「関東のお伊勢さん」として知られる横浜の総鎮守です。
横浜が開港され、キリスト教を始めとする外来文化に接する事が多くなった為、外国との国柄の違いを胸に刻み、国家の鎮護を祈る事を目的として、旧戸部村にあった祠を遷座し、三重の伊勢神宮から分霊を受け1870(明治3)年に創建されたそうです。
春は桜の名所としても知られています。
桜の写真は2008年3月29日のものです。
2011年に初詣に行ってきました。
露店がたくさん出ていました。
臨港パークで初日の出を見たあとに行ったのですが、割とすいていました。
おみくじは¥200。桜をあしらった特製おみくじの中に12種類の縁起物のうちひとつが入っています。
結果は二人とも小吉、縁起物は「恵比寿」、「招き猫」が入っていました。
伊勢山皇大神宮オリジナルの「ハローキティ守袋」をはじめ、各種新春の縁起物の授与もされています。
新春祭典諸行事も行われます。- 旅行時期
- 2011年01月
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投稿日 2012年12月09日
総合評価:4.0
マリノスタウンは、Jリーグ「横浜F・マリノス」の本社クラブハウスおよび練習施設の総称で、正式名称は「横浜F・マリノスみなとみらい21トレーニングセンター」です。2007年にグランドオープンしました。
クラブハウスと天然芝2面人工芝2面のピッチのほか、約2000席の観戦スタンド、F・マリノスオフィシャルショップ「トリコロールワンみなとみらい店」、イタリアンレストラン「IVI」、ローソンがあります。
チーム練習時に見学出来ますが、非公開の場合もあります。
また、様々なイベントも実施されていて、サッカーの普及およびサッカーを通じた地元地域との交流の場を提供しています。- 旅行時期
- 2008年03月
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投稿日 2012年12月09日
総合評価:4.0
毎年恒例のウインターイルミネーションです。
きらめく無数のLEDライトがドックヤードガーデンとその周辺を美しくライトアップしています。
ドックを照らし出すライティングとイルミネーションが国重要文化財のドックヤードガーデンを彩っています。
ランドマークプラザのエレベーター脇の柱には、幻想的なグラデーションのイルミネーションが施されています。- 旅行時期
- 2009年11月
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投稿日 2012年12月09日
総合評価:4.5
グルメやショッピングが楽しめる[アット!]とクイーンズイースト、コンサートホールの横浜みなとみらいホール、パンパシフィック横浜ベイホテル東急、オフィスなどが入るクイーンズタワーA・B・Cなどが集結した施設です。
1997(平成9)年7月18日開業で、東京急行電鉄が運営しています。
地下3階では横浜高速鉄道みなとみらい線みなとみらい駅と直結されています。
また、横浜ランドマークタワーとも直結されています。
クイーンズタワーは、クイーンズタワーA・B・Cと3つのビルに分かれています。
クイーンズタワーの中で、クイーンズタワーAが一番高く約172m、クイーンズタワーBは約138m、クイーンズタワーCが一番低い約109mです。各タワーへの連絡通路が17階にあります。
クイーンモールを中心に、「クイーンズイースト」(旧よこはま東急百貨店)や専門店街の[アット!](at!)があり、バラエティに富んだ専門店が充実しています。
また、クイーンモールのほぼ中央にあるクイーンズサークルでは、週末等にイベントが行われます。
クイーンモールを抜けると、多目的な施設で展示会などに幅広く使われている「みなとみらいギャラリー」、多彩なコンサートが行われる「横浜みなとみらいホール」、パンパシフィック横浜ベイホテル東急へとつながっています。
さらにクイーンズスクエアを抜けると、パシフィコ横浜への連絡橋となっています。
みなとみらい線みなとみらい駅と直結する地下3階地上5階の大アトリウム「ステーションコア」。
シースルーエレベーターや鮮やかにカラーリングされたシャトルエスカレーターが空間を彩ります。
地下には駐車場もあります。営業時間は7:00~24:00です。
屋外スペース「クイーンズパーク」では、ストリートパフォーマンス(大道芸)が土日祝の昼過ぎ頃から日没頃まで不定期で開催されています。- 旅行時期
- 2008年08月
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今年は、デビュー40周年を迎える「ラブソングのカリスマ」松任谷由実さんとコラボレーションです。
投稿日 2012年12月09日
総合評価:4.5
今年のクリスマスは、デビュー40周年を迎える「ラブソングのカリスマ」松任谷由実さんとコラボレーションです。
ランドマークプラザ入口も飾り付けられています。
Yumingが恋をテーマにオーナメントを選んだ横浜ランドマークタワーだけのオリジナル「Yuming Tree」が登場。高さは約9メートルです。
Yumingのサインもあります。
「ユーミンマーク」のオーナメント。
ハートのオーナメントには歌詞が書かれています。
ランドマークプラザ全館Yumingのラヴソングが奏でられる中、誰よりも光輝く大人の恋のクリスマスが演出されています。
12月1日(土)・2日(日)・8日(土)・9日(日)・14日(金)・17日(月)~21日(金)には、クリスマスフォトサービスが行われます。
RGBイルミネーションにより12色の誕生石色から選んで彩られた、自分だけのオリジナルツリーをバックに、記念撮影ができるフォトサービスが実施されます。
土日は12:00~17:00、平日は16:00~21:00に行われます。
12月1日(土)・2日(日)・8日(土)・9日(日)・15日(土)・16日(日)・22日(土)~25日(火)には、降雪イベント「Merry Snow Christmas with Yuming」が行われます。
各日19:00~約10分間です。
11月20日(火)~12月25日(火)、ドックヤードガーデンでは、「Yokohama Illumination with Yuming」が行われています。
国重要文化財のドックヤードガーデンを彩っています。
17:00~21:30の毎時0分と30分に実施されるショータイムには、Yuming自らがセレクトした究極のラブソングのリズムに合わせて、光のウェーブが2人だけの特別な時間を彩ります。
港町・横浜ならではのクリスマスムードがたっぷりです。
1F樹木のシャンパンゴールドイルミネーションは、11月8日(木)~2013年2月28日(木)の17:00~24:00に実施されています。
11月8日(木)~12月25日(火)、ランドマークタワー69Fスカイガーデンでは、「Yuming 40th anniversary exhibition」が行われています。
スカイガーデン内「スカイカフェ」や、ランドマークプラザ5F・ランドマークタワー5Fタワーダイニングのカフェ・レストランでは、Yumingの楽曲からイメージしたオリジナルメニューがイベント期間限定で販売されています。- 旅行時期
- 2012年11月
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投稿日 2012年12月09日
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投稿日 2012年12月09日
総合評価:4.5
「帆船 日本丸」と「横浜マリタイムミュージアム」を中心とする公園。
大さん橋行きの水上バス乗船所もあります。
ミュージアムの屋上にあたる部分は扇型の芝生広場になっていて、絶好の休憩スポットです。
園内には1899(明治32)年に竣工した石造りドック(旧横浜船渠株式会社第一号船渠)があり、「帆船 日本丸」が保存されています。
「帆船 日本丸」と「横浜マリタイムミュージアム」の間にある「アリーナ」(屋外ステージ)では、週末を中心に様々なイベントが催されます。
「日本丸ボートーパーク」は、日本丸側の「日本丸プール」と大岡川側の「ジョイフロート」の2箇所あり、手こぎボートや足こぎボートでボート遊びができます。
園内には4つのタワーが建ち、「展望タワーC」と「展望タワーD」は、みなとみらいの眺望を無料で楽しめる穴場スポットです。
C棟とD棟は連絡通路でつながれています。C棟にはエレベーターがありますが、D棟には階段しかありません。
展望タワーの開放日・入場時間は、横浜マリタイムミュージアムの営業時間に順じます。
園内にある「訓練センター」は、会議・研修・セミナー・サークル活動などに利用されています。
園内各所に、横浜港や日本丸・旧横浜船渠株式会社に由来があるオブジェが多数配置されています。
動く歩道側には長谷川伸文学碑があります。- 旅行時期
- 2008年09月





































































































































