承久の乱により配流された後鳥羽上皇の天皇陵とお隣には皇子の順徳天皇陵があります。
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- 旅行時期:2021/11(約4年前)
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by hijunoさん(非公開)
八瀬・大原・貴船・鞍馬 クチコミ:11件
承久の乱により鎌倉幕府の執権であった北条義時に敗れ、隠岐に配流となり亡くなった御鳥羽上皇と、同じく皇子で佐渡へ配流され亡くなった順徳天皇の陵があります。
後鳥羽上皇は18年、その皇子順徳天皇も21年という長期にわたる配流となりました。
後鳥羽天皇陵には「十三重塔」があり、その隣に順徳天皇の「円丘」があります。
近くに大原法華堂があり、後鳥羽天皇の冥福を祈るために、天皇と血縁関係のある三千院の門主 梶井宮が建造しました。当初後鳥羽上皇の遺骨はこちらに納められていたそうです。
当時の建物は焼失し、1778年に再建されています。門入口には施錠があり、中に入ることはできません。
- 施設の満足度
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4.5
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦(シニア)
クチコミ投稿日:2022/08/16
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