本能寺の「火伏せのイチョウ」
- 3.5
- 旅行時期:2013/06(約13年前)
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by さすらいおじさんさん(男性)
二条・烏丸・河原町 クチコミ:96件
1582年明智光秀(あけち みつひで1528−1582年)率いる軍勢に包囲され自刃に追い込まれた本能寺の変で旧本能寺は堂宇を焼失した。
本能寺は1587年、豊臣秀吉(とよとみ ひでよし1536−1598年)の命で現在の寺域(中京区寺町御池下ル)へと移転・再建されている
信長公廟は信長の自刃後三男信孝の命によって建てられたもので周辺には江戸時代後期に活躍した画家浦上玉堂とその長男春琴の廟所、華道本能寺流祖である大住院日甫上人の顕彰碑、大寶殿宝物館、京都市指定保存樹にされているイチョウなどがある。 イチョウの樹齢は古く本能寺が四条西洞院にあったころから存在し本能寺の変の後に現在地に移植されたとされている。伝承によると大火の時水を噴き上げ火災から人々や寺を守ったといわれ、別名「火伏せのイチョウ」といわれている
- 施設の満足度
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3.5
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2013/10/16
いいね!:3票
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