住吉神社
寺・神社・教会
3.39
住吉神社 クチコミ・アクセス・周辺情報
月島・勝どき 観光 満足度ランキング 4位
江戸時代初期(17世紀前半)より佃の鎮守として地域を見守ってくださる神様です。境内には季節の花も咲いています。
ピックアップ クチコミ
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満足度の高いクチコミ
「佃住吉講」の名前の入った立て札も近くに設置されていました。
5.0
- 旅行時期 2023/01
- by ナツメロ大王さん
佃島界隈を散策した際に立ち寄って神社がこちらで、江戸時代初期より佃の地を守ってきた鎮守の神になります。細い水路や路地に囲ま... 続きを読むれた一角に、ひっそりと佇んでいました。「佃住吉講」の名前の入った立て札が、水路の脇に設置されていましたし、地元の方が大切に維持管理をしていることを見て取ることが出来ました。 閉じる
クチコミ・評判
3.39
(99件のクチコミ)- アクセス:
- 3.38
- 佃にあります by mappy23377803さん
- 人混みの少なさ:
- 3.72
- 少なめです by mappy23377803さん
- バリアフリー:
- 2.96
- 対応しています by mappy23377803さん
- 見ごたえ:
- 3.38
- 比較的大きな神社です by mappy23377803さん
1~20件(全99件中)
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月島にある住吉神社
- 3.0
- 旅行時期:2023/10(約2年前)
- 8
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背後にそびえるタワーマンション群とのコラボが最高
- 3.5
- 旅行時期:2023/03(約3年前)
- 0
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海上安全
- 3.0
- 旅行時期:2023/02(約3年前)
- 0
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水運の守り神
- 4.5
- 旅行時期:2022/12(約3年前)
- 0
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全国に点在する住吉神社
- 4.0
- 旅行時期:2022/11(約3年前)
- 0
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多くの参拝者がいました
- 4.0
- 旅行時期:2022/09(約3年前)
- 0
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佃の鎮守
- 3.0
- 旅行時期:2022/07(約3年前)
- 0
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後方のモダンな建築との対照が最高でした。
- 4.0
- 旅行時期:2022/05(約4年前)
- 0
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佃大橋近くに
- 4.0
- 旅行時期:2022/04(約4年前)
- 0
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大阪
- 3.5
- 旅行時期:2022/03(約4年前)
- 0
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佃の守り神
- 4.5
- 旅行時期:2021/12(約4年前)
- 0
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江戸時代に隅田川河口の海上安全・渡航安全の守護神として信仰を集めていた神社です!
- 4.0
- 旅行時期:2021/10(約4年前)
- 4
『住吉神社』は、中央区新富エリアと晴海アリアを東西方向に結ぶ「新富晴海線(都道473号)」の「隅田川」に架かる「佃大橋」か... 続きを読むら「隅田川」を150メートルほど上流に逆上った左岸側に位置する「住吉水門」から「隅田川」と分岐する「佃川支川(佃堀)」沿いに位置する中央区佃1丁目に鎮座する神社です。
『住吉神社』の創建については、江戸時代に全国各地からの物資を運ぶ船が集まる「江戸湊」の「鉄砲州」(現:中央区明石町および湊周辺)と呼ばれていた砂州の沖合いにあった干拓地を「徳川家康」と縁のあるかつての摂津国佃村(現:大阪市西淀川区佃)の漁師たちが徳川幕府・第3代将軍「徳川家光」の時代である1644年(正保元年)に徳川幕府より拝領し、居住地とするために埋立し開拓した人工島を漁民たち故郷の地名から「佃島」と命名するとともに1646年(正保3年)に故郷の「住吉神社(現:田蓑神社)」の分神霊として「住吉三神」と称される「底筒男命」・「中筒男命」・「表筒男命」の主祭神とあわせて相殿神として「息長足姫命(神功皇后)」ならびに「東照御親命(徳川家康)」を祀ったのが始まりとされています。
ちなみに摂津国佃村の漁師たちと「徳川家康」の関係は、1582年(天正10年)に「明智光秀」が起こした「本能寺の変」の際に大坂・堺に滞在していた「徳川家康」が小姓衆などわずかな手勢で本拠地である三河国「岡崎城」までの帰路の途中で漁師たちが提供した漁船のおかげで危機を脱出することができた説のほか、天正年間(1573年から1593年)に「徳川家康」が京都に上洛した際に摂津国「住吉神社」も参拝したとされ、その途中で川を渡る渡し舟がなく難儀していたところを漁師たちが漁船を提供したという説が存在しています。
その後の1599年(慶長4年)に幼少の「豊臣秀頼」を支える五大老であった「徳川家康」が「伏見城」に在城した際も漁師たちが御膳魚の調達をしたほか、1614年(慶長19年)の「大坂冬の陣」および1615年(慶長20年)の「大坂夏の陣」においては漁師たちが大坂付近の海上偵察から本陣への状況報告までの役目をつとめたと伝えられています。
また『住吉神社』創建後は、「佃島」の立地が「江戸湊」の入口であったことから「江戸湊」と関わりのある海運業をはじめ各問屋組合などの多くの人々から海上安全・渡航安全の守護神として信仰を集めるようになっています。
さらに明治期以降には、近代化に伴い「隅田川」河口付近における船舶の運航航路を確保するために堆積した土砂をさらう浚渫工事により発生した土砂を再生利用する埋立事業計画が実施され「佃島」を拡張するように現在の「月島」エリア・「勝どき」エリア・「豊海」エリア・「晴海」エリアが形成され『住吉神社』が新たな「隅田川」河口付近・埋立エリアの鎮守として信仰されています。
今回は、およそ35年ぶりに『住吉神社』を参拝してみましたが、『住吉神社』周辺のかつて「佃島」として開拓された人工島エリアは、1923年(大正12年)に発生した「関東大震災」、その後の「太平洋戦争」末期となる1945年(昭和20年)に5回にわたり都内を襲った「東京大空襲」で被災を免れた数少ないエリアであり、現在も「太平洋戦争」以前の細い路地が残る下町の住宅地が残されている昭和レトロな雰囲気が感じられます。
『住吉神社』境内もコンパクトですが、拝殿・幣殿・本殿が一体となった権現造りの社殿は拝殿・幣殿部分が1870年(明治3年)に再建された建築物であり、参道の脇にある石造の水盤は江戸時代中期の1841年(天保12年)に奉納されたもので水盤舎は1869年(明治2年)に再建されたのち1911年(明治44年)に改築されており1990年(平成2年)に「中央区民有形文化財(建築)」に登録されています。
そのほか参道入口のにある石造鳥居に掲げられている陶製の扁額は「有栖川宮幟仁親王」が揮毫したもので1882年(明治15年)に奉納され1990年(平成2年)に「中央区民有形文化財(工芸品)」に登録されたものなど見どころの多い神社であり、昭和レトロな雰囲気が感じられるかつての「佃島」エリアとあわせての散策はお薦めできます。 閉じる投稿日:2022/04/29
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佃島にある神社
- 3.0
- 旅行時期:2021/10(約4年前)
- 0
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必見です。
- 4.0
- 旅行時期:2021/09(約4年前)
- 0
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お神楽の舞台も建てられていました
- 3.0
- 旅行時期:2021/08(約4年前)
- 0
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佃の住吉神社の境内にあります。
- 3.0
- 旅行時期:2021/05(約5年前)
- 0
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かつての佃島にあるのです。
- 3.0
- 旅行時期:2021/05(約5年前)
- 0
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石造りの手水
- 3.5
- 旅行時期:2021/02(約5年前)
- 0
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佃島
- 4.0
- 旅行時期:2021/02(約5年前)
- 0
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狭い境内ながら見どころは多いです
- 3.0
- 旅行時期:2020/12(約5年前)
- 0
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