日枝神社
寺・神社・教会
4.08
日枝神社 クチコミ・アクセス・周辺情報
霞ヶ関・永田町 観光 満足度ランキング 1位
クチコミ・評判 2ページ目
21~40件(全378件中)
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日枝神社
- 4.5
- 旅行時期:2023/01(約3年前)
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初詣に!
- 4.5
- 旅行時期:2023/01(約3年前)
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東京十社の一つ
- 3.5
- 旅行時期:2023/01(約3年前)
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稲荷参道へと至る渋い鳥居
- 3.0
- 旅行時期:2022/12(約3年前)
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東京の真ん中で仕事運UPのお願い
- 5.0
- 旅行時期:2022/12(約3年前)
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高台の神社
- 3.5
- 旅行時期:2022/12(約3年前)
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迫力がすごい
- 4.5
- 旅行時期:2022/12(約3年前)
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参道にエレベーターを備えた神社
- 3.0
- 旅行時期:2022/12(約3年前)
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都会のオアシス
- 4.0
- 旅行時期:2022/11(約3年前)
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日本国の中枢機能が集中するエリアの高台に鎮座する神社です!
- 4.0
- 旅行時期:2022/10(約3年前)
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『日枝神社(ひえじんじゃ)』は、年中行事のひとつである祭礼「山王祭」が江戸時代から伝わる「江戸三大祭り」の筆頭に数えられて... 続きを読むおり、現在では「内閣総理大臣官邸」など日本国の中枢機能が集中するエリアである千代田区永田町2丁目の高台に鎮座する神社です。
ちなみに「江戸三大祭り」については、『日枝神社』で執り行われている例祭「山王祭」のほか「神田神社(神田明神)」(千代田区外神田2丁目)で執り行われている例祭「神田祭」さらに「富岡八幡宮」(江東区富岡1丁目)で執り行われている例祭「深川八幡祭」が該当します。
『日枝神社』の創建については不詳とされていますが、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将で武蔵国江戸郷における武蔵江戸氏の初代当主である「秩父重継(江戸重継)」が鎌倉時代初期に自身の屋敷内に近江国日枝山(のちの比叡山)の神「大山咋神(おおやまくいのかみ)」であり、神仏習合期には天台宗の鎮守として「山王権現(さんのうごんげん)」と称されていた「山王宮」を奉祀したことが江戸における山王信仰のはじまりとされています。
その後の室町時代後期となる室町幕府・第9代将軍「足利義尚」の時代である1478年(文明10年)になると関東の武将であり江戸城を築城した「太田道灌」が江戸城内に”鎮護の神”として「川越山王社」の「山王権現」を勧請して江戸の礎を築いており、さらに1590年(天正18年)に「徳川家康」が江戸に入府し江戸城を居城とすると”江戸城内鎮守の社”・”徳川歴朝の産神”として徳川将軍家において山王信仰が崇敬されるようになっています。
また徳川幕府・第2代将軍「徳川秀忠」の時代になると江戸城大改造にともない江戸場内に鎮座していた「山王権現」が江戸城外となる麹町隼町の地に遷座したことにより、江戸庶民からも”江戸郷の総氏神”・”江戸の産神”として山王信仰が崇敬され「山王権現」として親しまれるようになっていますが、徳川幕府・第4代将軍「徳川家綱」の時代である1657年(明暦3年)に発生した「江戸三大大火」かつ「世界三大大火」のひとつに数えられる「明暦の大火(振袖火事)」により社殿を焼失しており、火災発生から2年後となる1659年(万治2年)に江戸城の裏鬼門にあたる現在地に遷座しています。
そのほか「山王祭」については、第2代将軍「徳川秀忠」の時代となる1616年(元和2年)からはじまったと伝えられており、1635年(寛永12年)になると第3代将軍「徳川家光」が将軍として初めて江戸城内の楼上から「山王祭」で巡行する山車および神輿を上覧したとされ、その後に「山王祭」の山車および神輿の巡行が徳川幕府より江戸城内への入場が許され、「山王祭」は将軍が上覧する「天下祭」とも呼ばれるようになっています。
明治時代になると神仏習合の神とされていた「山王権現」が神仏分離政策のもと主祭神を「大山咋神」として祀る『日枝神社』として現在に至っています。
今回は「赤坂」周辺エリアを訪れる機会があり、「外堀通り(都道405号)」と「赤坂通り(都道413号)」が交差する「山王下(日枝神社入口)」交差点のエスカレーターが整備されている参道「山王橋」より、短時間でしたが『日枝神社』に初めて立ち寄り「南神門」を通り参拝しました。
『日枝神社』の参拝は、「社殿」正面の「神門」に通じる東側の表参道「山王男坂」の石段および「西参道」(境内一部工事中により閉鎖中でした)さらに「山王稲荷神社」に通じる千本鳥居のある「稲荷参道」などを利用した参拝ルートが存在しますが、何れも石段となっており階段などを苦手に感じる方は「山王橋」からエスカレーターを利用しての参拝をお勧めします。
『日枝神社』境内には、狛犬の代わりに主祭神「大山咋神」の使いとされる猿が置かれており「神猿(まさる)」・「勝る(まさる)」・「魔が去る(まがさる)」から勝運・魔除けとして、「猿(えん)」・「縁(えん)」から商売繁盛や縁結び、さらに猿は群れを大切にして子宝に恵まれ安産であることから家内安全・子授け・安産として人気があるとのことで、参拝したのが平日の午後でしたが参拝者も絶えることなく人気のある神社であることが実感できました。
参拝後は、表参道「山王男坂」を通り『日枝神社』をあとにしましたが、機会があれば今回利用していない参道を通り参拝したり、「山王祭」の時期にあわせて参拝してみたいと思います。 閉じる投稿日:2022/11/20
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アクセスよし
- 3.5
- 旅行時期:2022/09(約3年前)
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日枝神社(東京都千代田区)の入口は、北側と溜池側にありますが、溜池側からが便利です。
- 3.5
- 旅行時期:2022/09(約3年前)
- 0
日枝神社(東京都千代田区)の入口は、北側と溜池側にありますが、溜池側からが便利です。
日枝神社は、国会議事堂や首相官邸に... 続きを読む近く、かつ江戸時代から続く由緒ある有名な神社です。
外堀通りの鳥居や標石柱は、立派で、格調高い感じがします。
今回も、エスカレーターを利用しませんでしたが、エスカレーターもあります。
北側の参道の男坂からは、長くかつ急な階段を登らねばならないため、溜池側の入口を利用したほうが楽だと思います。北側の参道には、傾斜の緩やかな女坂もありますが、それでも溜池側が楽だと感じています。
溜池側の鳥居は、高くそして立派な感じがします。また、鳥居には、扁額が掲げられていて、高く見上げる形になります。
格調高いものと感じられる形態です。
厳かな感じを受けますので、良いと思います。 閉じる投稿日:2022/09/12
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のんびり
- 3.5
- 旅行時期:2022/08(約4年前)
- 1
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神猿様
- 4.0
- 旅行時期:2022/08(約4年前)
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東京城探訪9港・千代田散策で日枝神社に行きました
- 4.0
- 旅行時期:2022/07(約4年前)
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創建は不詳、1478年太田道灌が川越日枝神社を勧請したのが始まりという。主祭神は大山咋命(須佐之男命の孫)です山王鳥居を潜... 続きを読むると、長い石段が続くが、暑いのでエスカレーターを利用する。 南神門を潜ると左手に社殿と御夢殿がある。神門を出て、右に宝物殿、殿内には国宝や国重文の太刀が展示されている。太田道灌像もある。北に進むと山車庫、その左に境内社(右から猿田彦神社、八坂神社、山王稲荷神社)がある。山王稲荷神社の狛犬を見る。朱色の鳥居が多く並ぶ稲荷参道の石段を下り神社を出る。太田道灌が築城したと言われる星ケ岡城が日枝神社一帯にあったといわれています。遺構が全くないのが残念です。太刀に興味がある方は名刀を見ることが出来お勧めです。三段の山車も初めて見ましたが見事です。見るスポットが多くあり飽きさせません
「日時」 2022年7月17日
「アクセス」東京メトロ千代田線赤坂駅下車、徒歩3分
閉じる投稿日:2023/08/04
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御朱印をいただきに来ました.
- 3.0
- 旅行時期:2022/07(約4年前)
- 3
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都会のど真ん中・エレベーターもある神社
- 4.0
- 旅行時期:2022/07(約4年前)
- 0
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稲荷参道から
- 4.0
- 旅行時期:2022/06(約4年前)
- 10
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立派なエスカレーター
- 4.5
- 旅行時期:2022/06(約4年前)
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山王日枝神社とも呼ばれる神社
- 4.0
- 旅行時期:2022/05(約4年前)
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基本情報(地図・住所・アクセス)
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