2016/03/12 - 2016/03/12
24位(同エリア482件中)
たびたびさん
- たびたびさんTOP
- 旅行記739冊
- クチコミ35426件
- Q&A回答420件
- 5,410,787アクセス
- フォロワー667人
豊橋市には東海道の宿が二つあって、吉田宿ともう一つがこの二川宿。ひな祭りの時期が一番賑わうということで、それに合わせて訪ねました。
さて、雛飾りの会場は、本陣資料館と駒屋。二川宿本陣資料館の展示は、吊るし雛と御殿雛がメインなんですが、特に、御殿雛の多さには驚きました。対して、駒屋の方は、創作人形が圧巻。百人一種を楽しむ人々の動きある表現は素晴らしいし、オーケストラの人形も意表を突いた面白さ。全体として、正統派のひな人形に混じって創作人形の面白さも加わって楽しい内容となっている。けっこう多彩な魅力があると思います。
ただ、市街の家々にはさるぼぼの吊るし飾りがあって街全体のお祭りかなあとも期待したのですが、結局、会場は二川宿本陣資料館(有料400円)と駒屋(無料)の二か所のみ。そうした意味ではやや限られた催しと言わざるを得ないかもしれません。
PR
-
東京から始発の新幹線で豊橋駅に到着。そのまま二川に向かってもよかったのですが、今日一日たっぷり時間はある。なので、例によって、まずは駅周辺から旧吉田宿の辺りをぶらぶら歩きといきましょう。
この栄餅店は豊橋駅の裏側になります。駅からは歩いて10分くらいの住宅地域の中。朝早くから開いていて、やっぱり地元密着の店はこうじゃないといけません。 -
品数は限られますが、餅屋さんですから、ここは草餅の大福をいただきました。柔らかくてふわふわのお餅に少し甘さを抑えた餡子の組み合わせ。飽きのこない味かなあと思います。
-
栄餅店から豊橋駅に帰る途中に寄った羽田八幡宮です。多分観光客には縁遠い場所だと思いますが、鳥居から長い参道も含めて、なかなか立派な神社。
-
地元の人たちが創建したということのようですが、織田信長が寄付したとされる太鼓が現存していたり、徳川家康も参拝したといった歴史もなるほどと思わせる佇まい。
国学者であった宮司が創建した羽田八幡宮文庫もありましたが、歴史ある神社ならではということでしょう。 -
ほとんど豊橋駅まで帰ってきて、これはボンとらや。ここのピオーネが豊橋市民にとってはお馴染みのお菓子ということで訪ねてみました。
-
柔らかなカステラ生地でたっぷりの生クリームを包み込んだ素直な味わいの洋菓子ですね。
-
思ったほどのインパクトはなかったのですが、この見た目どおりのおとなしい味わいが長く愛される理由かもしれません。
-
豊橋駅の表玄関のほうに戻ってきて、以前から気になっていた岡女堂菓子司舗へ。ここは、たぶん豊橋では一番人気の甘味処。朝からやっているので、街歩きの前に寄ってみます。
-
店内はレトロな構え。おばあちゃんが一人で切り盛りしていて、話を聞くとご主人がなくなって、その後一人で、本物の味を守っているのだとか。しきりに生前の主人がこう言ってましたとか、遺言みたいな言葉でしたが、要は本物のいい材料で手抜きをしないで作るということ。
-
イチオシ
ただ、私の持論はそうでもない。いい材料と丁寧な仕事の成果を決めるのは結局最後は確かな舌なんです。そこがないと餡子や寒天のこの味は出せないし、守れないように思います。つまり、その舌を引き継いでいるのがこの店の価値でしょう。
さりげなくついているフルーツもいい味でしたが、そんなところにも表れているような気がします。 -
もうひとつのスイーツチェックは、夢菓房童庵の童庵まんじゅう。これは、しっとりした、いわゆる黒糖まんじゅうですよね。
-
饅頭の歴史を紐解いての説明とかがありましたが、それだけ思い入れの詰まった饅頭なんでしょう。すいすいっと食べてしまうおいしさがいいと思います。
-
ところで、吉田宿は、東海道五十三次の宿場町。江戸側 からだと34番目の宿場になります。豊橋市の中心部なので、どうして豊橋宿じゃなかったのかなあと思わないでもないですが、豊橋と名前を替えたのは明治になってからなのだそうです。
吉田宿は、吉田藩の城下町でもあって、江戸期の遺構としては街並みではなく吉田城の方が目立っています。市内の老舗の佃煮屋さんや羊羹の店、田楽の名物店などが宿場町としての伝統を感じさせてくれると思います。 -
そして、この濱金は、豊橋を代表する佃煮の名店。街歩きの途中によって、日保ちのしそうな海苔の佃煮を買いました。その選択は間違っていなかったんですが、これって、豊橋駅でも売っていました。なあんだここで最後に買えばよかったんですね。重いのを持って街歩きしたので、ちょっと疲れてしまいました。
-
ここからしばらくは、旧吉田宿をあちこち。
神宮寺は、大通りから細い路地を入った先。するといきなり本堂の大屋根の素晴らしい鬼瓦が現れて、思わずほれぼれと眺めてしまいました。 -
本堂横には延命地蔵。律儀な顔立ちのお地蔵様でした。境内はさほど広くありませんので、ささっと見れるお寺です。
-
和菓子所 絹与は、日曜日が休みなので前回は買えずじまいだった羊羹を今回は無事ゲットしました。
-
この羊羹はなんかあっさりしていて食べだすとまじで止まらない。ちょっとしたことなんでしょうが、こんな羊羹もあるんですね。日本は広い。お店が豊橋の名物ですと自慢するだけのことはあると思いました。
-
吉田神社は、豊橋市街でも市役所の辺り。
-
始まりは持統天皇の大宝年間。時代が下って、頼朝が家来を代参させたというような歴史もあるようです。
-
イチオシ
その後は、吉田城の鎮守社だったり、手筒花火発祥の地でもある。永禄3年(1560年)、今川家の吉田城代、大原肥前守が当社に奉納したのが起源と言われています。
参道の松並木がちょっと和みます。発祥の地碑もその松並木の途中です。 -
本殿まで進んで。
-
本殿隣りには、金柑丸 城守護稲荷社という小さな神社があります。吉田神社の摂社かと思ったのですが、説明を見るとそうでもない。
開運出世、金運のお稲荷さんで、池田輝政はじめ歴代の吉田城の城主が皆移封の際は加増され、出世していったのにあやかるものということでした。 -
吉田神社から国道を渡って、市役所の方へ。今日はいい天気です〜
-
旧陸軍歩兵第18連隊西門というのが、豊橋市役所の西側敷地内にありました。門の横には、案内板があって、昭和34年に国道1号線の工事により、移転復元したものと書かれていましたが、たったそれだけ。コメントし辛かったのかなあというような文言です。
-
そのまま豊橋市役所展望ロビーに上ると、
-
隣りの吉田城とその周囲の豊橋公園の美しい緑が眼下に見えて、とっても眺めがいいですね。
-
一方で、フロアの壁面には豊橋市の文化や歴史を紹介するパネル展示が充実しています。内容的には市内電車に関する紹介や市電の絵がかなりの部分を占めていました。
市電の創業は大正14年。戦前戦後の豊橋市民に愛された存在だったよう。ちょっと認識を新たにした次第です。 -
豊橋公園は、吉田城跡の周辺を整備した豊橋市を代表する公園です。
-
景観の中心はこの吉田城跡の櫓なんですが、
-
それだけでもない。
-
イチオシ
面積は21.6haもあって、深い森のような場所もある。
-
大勢のカメラマンが集まっていて、何をしているのかと思ったら、野鳥を待っているのだとか。それだけ自然が残っている証なんだと思います。
-
また、吉田城は豊川と朝倉川合流地点。この眺めも要チェックです。
-
豊橋市美術博物館も、豊橋公園の中。
-
展示内容は、古代の発掘土器から、
-
宿場町だっただけに灯籠の類。地元出身の画家のコレクションもなかなかの迫力でしたが、特に洋画家の石河彦男の作品は、個性的なモダニズムがきらり光っていて、強く印象に残りました。
-
美術館から
-
吉田公園の正門を出て。
-
その向かいで立ち寄ったのは、かぜのようにはなのように。変わった名前ですが、これは高級パン屋さんだそう。まあ、高級パン屋って自分で言うかなあと思わなくもなかったのですが、店の周囲には薪が山のように積まれていて、確かにこんなパン屋さんはないかもしれません。
-
店内に入ると実はこれがまたすごい。どのパンも芸術作品のような姿をしていて、ただ者ではないですね。小麦の質も違うんでしょうか。低温で焼いたというパンをいただきましたが、ちょっと食べたくらいではそこまでは分からないかも。ただ、それでもとにかく特別なパン屋さんであるのは間違いないと思います。
-
甘党トキワって、昔の街の駄菓子屋さんてところでしょう。
-
ソフトクリーム100円って、今どきないですよね。特別うまくもないけど、まずくもない。普通の味をペロペロいただきました。時々子供連れのお母さんがやってきたりもする、アットホームなお店です。
-
西光寺は、曹洞宗の寺なんですが、山門にはなぜか中国風の獅子が鎮座しています。
-
境内に芭蕉の句碑、萩塚。「ぬれていく 人もをかしや 萩の月」とありましたが、小松で読まれた歌のよう。ここで詠んだ歌ではないので、ちょっと意味不明です。
-
豊橋駅前大通り沿いは商店街とかはないので、観光客がぶらぶら歩きするにはちょっとさみしい。ただ、それが分かっているかのように通りの途中途中にはブロンズの芸術作品が飾られて、潤いのあるアクセントとなっています。
-
ここから豊橋駅の方に戻ります。
豊橋広小路通りは、アーケードはありませんが、豊橋市街では一番賑やかな通りだと思います。月二回の朝市が開かれるという西光寺から豊橋駅の方まで歩きましたが、それなりに長い。その間、だんだん賑やかになってくるような感じです。 -
松葉大通りは、豊橋広小路通りとクロスする通り。街灯に松葉大通りと書いてあったのでそれと分かりましたが、松の葉の様に伸びるという感じはよく分かりませんでした。パッと見ですが、ビルに入った飲み屋さんとかが多くて、夜が賑やかなのかあと思います。
-
玉川は、豊橋のB級グルメ、豊橋カレーうどんの人気店。
-
鳥のカツと素揚げのナスとかぼちゃがトッピングされていて、これが特徴なんだと思ったら、下のごはんがとろろご飯。東海道、丸子宿の麦とろを意識したものかもしれません。
ただ、味付けがちょっと濃い。観光客にはいいかもしれませんが、これは地元のリピーター向けではない。つまり、そういう店ではないかと思います。
以上で、豊橋周辺散策は終了。これから、二川に移動します。 -
二川駅に到着して。ここもひな祭りの前に、西側エリアをちょっと散策。
豊橋市役所地下資源館は、岩屋緑地とか岩屋観音のエリア。最寄りの二川駅から歩きますが、ちょっと散策のつもりだったのですが、それにしては想像していた以上に離れた場所でした。 -
施設は、世界の鉱石を展示したり、簡単な実験ができるということで意図は分からないではないのですが、果たしてこんなことで今の子供たちが興味を示すんだろうかと心配になる内容。
-
入口の紀州鉱山の坑道を模したところはなかなかいいんですが、それ以外の展示の方はそういう感じ。
-
それに、近くに本物の鉱山があって、それにちなんで作られた施設ならまだ現実感もあるんですが、全体としては施設のコンセプトにかなり限界があるかなというのが正直な感想です。
-
そして、ここからあの山の頂に立つ岩屋展望台を目指します。山のふもとの二川の市街地からでも山頂にはっきりと見えていて、すぐにそれと分かります。
-
さて、なだらかな山なので、一気に登る道を選択して登り始めます。ただ、道の入り口が分かりにくくて地下資源館で教えてもらいました。初めての人だと誰しも戸惑うと思います。
-
早朝から豊橋でも歩いていたので、けっこうきつかったのですが、
-
それでも何とか到着です。
-
眺めは海の方まで、かなりの見晴らしが効いて悪くはないんですが、平野が広がるやや単調な地形に新幹線が走っているのがアクセントといった風景。むしろ、この展望所を目指して山を登る楽しさがいいところなのではないかと思います。
-
イチオシ
ここで展望所を後にして、今度は岩屋観音へ。
-
と思ったら、いったん下って行くようですね。
-
あれが岩屋観音ですか。
-
岩屋観音は、天平2年(730年)、行基が千手観音像を刻も、ここに祀ったのが始まり。
岩場の山頂に聖観音立像が立っていて、それを目指してこの岩場を登るんですね。 -
山頂に至る道はあるといえばあるのですが、ロッククライミングのような急勾配。
-
ここに来るまでに相当消耗していたこともあって、足ががくがくしてけっこう苦労しました。さっきの展望所もあんなところに見えています。
-
イチオシ
これが岩屋観音です。
-
ここからの眺めは、さっきの展望所とはまた違った迫力があるような。気のせいでしょうか。。
-
岩場を降りて、改めて、がけ下のお堂の方を訪ねます。
-
さっきの観音像はあれですね。
-
いい具合に見えています。
-
このお堂もちょこっと拝見しましたが、やっぱり、さっきの観音像が見所としては一番でしょう。
-
岩屋緑地は、岩屋観音から二川駅に帰る途中。
国道沿いにある原っぱのような場所ですが、緑が豊かなこともあって、大勢の家族連れで賑わっていました。屋外だけではなくて、休憩所のような建物があって、小さい子供を連れたお母さんたちには楽だからかもしれません。 -
二川駅から、東側にしばらく歩くと、だんだん宿場町風の町並みになってきました。
-
軒下にさるぼぼが飾られていて、ひな祭りの感じがし始めます。
ただ、ひな祭りの展示はどこにも見当たらない。これは、とにかく豊橋市二川宿本陣資料館に行くしかないようですね。 -
これが資料館ですね。なかなか立派です。
-
入り口で入場料を払って、
-
施設の中に入ります。
-
この施設全体はかなりの規模があって、旅籠屋「清明屋」から、明治3年まで本陣職を勤めた馬場家の本屋まで順路が示されていましたがそれでも迷うくらい。
-
東海道の宿のパネル展示もそれなりに丁寧な解説がありますが、この建物自体の見応えが一番でしょう。
-
ただ、メインの雛飾りの方にどうしても目が行ってしまって、
-
そこはややスルー。
-
振り返ってみると、それが少しもったいなかったかなあと思います。
-
この辺りは旅籠屋「清明屋」のエリア。
-
玄関を上がったすぐのところの展示や
-
奥の宿の様子の展示など。
でも、何かひな祭りの展示としては寂しいような。。 -
そして、本陣の方に入ってくると
-
イチオシ
これは素晴らしい。つるし雛の飾りとその下には貝合わせの飾りが置かれて、
-
奥には段飾り。それが渾然一体となって、華やかな美しさです。
-
貝合わせの飾りは、貝に錦の布地を貼ったもの。
-
こんなの初めて見ましたが、
-
イチオシ
きれいなもんですねえ。ひな祭りらしい、雅な美しさが見事に表現されています
-
奥の段飾りは
-
御殿雛との組み合わせ。これも意外と言っていい工夫でしょう。
-
別の部屋に移動すると、こちらにもつるし雛と
-
段飾り。
-
ただ、
-
こちらには上段の間とか
-
本陣としての
-
展示がちゃんとしていて、ここではそっちの方が見所です。
-
次の部屋では、ここにもたくさんのひな飾りですが、特に御殿雛がすごい。これだけの数の御殿雛はちょっとほかではないでしょう。
-
私の知識では、御殿雛はその豪華な見た目で人気を博したんですが、流行したのは一時期だけ。それが限られた時期だったので、珍しいというイメージになっていますが、希少価値というところまでいくのかどうか。そこはちょっと微妙です。
-
お城のような屋根は正面に千鳥破風。両側に妻入りの屋根を従えてリズムが生まれています。
-
これは平入りの屋根が三つ。さらには、それぞれしゃちほこをいただいて、これも統一感を出しています。
-
これは、平入りと妻入りの組み合わせ。平等院の神殿つくりの半分を切り出したような形ですが、それがむしろリアルな建築美が表現できているような気がします。
-
子供が遊んでいる姿も、リアルさを表現するスタンスは同じです。
-
こちらは中央の屋根が堂々として、紫宸殿風。そこにはさらに千鳥破風と唐破風を備え、左右の唐破風と現実にはありえませんが、そこまでの違和感がないというか、これはこれでどこかにあるかのような説得力がある感じ。この設計は見事です。
-
雛人形も上品な美しさがあって、建物の見事さとこれもバランスが取れていますね。
-
たくさん並んでいても、やっぱりピンキリがあるのは否めないような。
-
ここの展示は、いろいろ並べてみましたという域は出ていないかもしれません。
-
ちょこちょこ見ながら、
-
流していって、
-
おしまいです。
-
資料館から、もうひとつの会場という駒屋に移動します。
その目に。
山崎精肉店は二川本陣の並びにあって、本陣コロッケというのが名物です。 -
さすが三河だけあってこれは味噌入り。ただ、味噌の味はよく分からなくて、ジャガイモのホクホク感を消しているだけというような気もしなくはない。ちょっと微妙です。
-
ほどなく駒屋へ。こちらの方は無料です。
-
しかし、こちらも悠々とした町家建築だし、
-
あれれ、これは創作人形ですね。
-
ほー、
-
これは楽しい。
-
玄関を上がったすぐの場所から、いきなり見入ってしまいます。
聞くと、名古屋市内の女性のグループが作ったものだとか。要らなくなったり捨てられた人形を再生して、新たな表現をするのをとても楽しんでいるとのこと。その楽しさが、十分伝わっていると思います。 -
そして、正面奥の部屋では、
-
イチオシ
百人一首に興じる人形たち。
-
これって、これって、すごいところにテーマを見つけましたね。
-
この人はお手つきの罰を受けたんでしょうか。顔に墨がぬらていて、でもとっても楽しそう。
-
こちらは必死で次を狙う女性とそれをジャッジする審判のような黒装束の男性。緊迫の場面です。
いずれもしぐさがリアルで、確かに人形たちには新しい命が吹き込まれています。 -
次の部屋では、地元の学校の有志などの作品。
-
楽器を弾くピエロも楽しいし、
-
吹奏楽の演奏会も全体の躍動感を賑やかに表現していて、
-
イチオシ
これもお見事。資料館の展示を見た後なので、楽しさが倍増しているように思います。
-
ここからは、もう少し二川宿のチェック。寺社が多いようなので、その辺りが中心です。
まず、二川八幡神社は、旧二川宿の旧東海道沿い。神社の創立は、鎌倉鶴岡八幡宮から勧請したもの。 -
二川宿の氏神で、境内は鳥居から本殿までがひょろひょろっと長いので、お祭りとかになったらちょうどいい感じになるでしょう。
-
妙泉寺は、日蓮宗の寺。ここまで来ると、旧二川宿のもう東端です。
-
境内は人けもなくて、ちょっとさびしい。本堂の前に松尾芭蕉の句碑「阿ちさいや藪を小庭の別座敷」がポツンとあって、これは「紫陽花塚」と呼ばれているようです。
-
続いての松音寺は、旧二川宿にある曹洞宗の寺。
-
境内に説明板があって、始まりは室町期のようですが、その後、江戸時代には黒印地二石を受け、格式は高いものだったとか。宿場町の寺だけに、必要に応じて、宿泊所等にも使われることがあったようです。境内は広いのですが、少し荒れた感じがあるのは否めません。
-
ここでちょっと休憩。和菓子屋さんの中原屋へ。緑が美しいうぐいす餅をいただきました。
-
街歩きで疲れた後だったので、店内で寛がしてもらい、助かりました。その間にも常連さんが何人かやってきて、とっても繁盛していると思います。
-
中原屋の隣ですが、たい焼き屋みたいな暖簾とちょっとした広場のような場所がありまして、
-
それが陣屋本。
-
何となく寄ってみると、窓の奥には恵比寿さんや大黒さんのコレクションが並んで、これはちょっと見応えあり。ここは古美術品を展示するギャラリーが本業のようですね。そっちの方は見ませんでしたが、恵比寿さんや大黒さんのコレクションは気軽に拝見できますので、遠慮なくどうぞ。
-
そこから、向かいの路地を入った先が大岩寺。曹洞宗のお寺です。山号は亀見山。行基が開いた岩屋観音はこの寺の境外仏堂です
所有する寺宝の紹介があって、いずれも池田輝政の曾孫で岡山藩主の池田綱政が奉納したもの。黄金灯籠一対、絵馬4枚、岩屋堂観音経1巻。予め申し込むと見せてもらえるようでした。 -
大岩神明宮も、その近く。
-
鳥居の脇に説明板があって、始まりは文武天皇2年(698年)。江戸時代には国印地2石を受けた格式。大岩地区の氏神となっています。鳥居から奥の本殿までは手がちゃんと入って清々しい雰囲気です。
-
さらに国道沿いにあるのが、二川伏見稲荷。こちらは新しくて、明治43年に京都の伏見稲荷大社から分霊して創建。
-
それでも、国道からだんだんと本殿まで上がって行く境内はそれなりの規模もあるし、それらしい雰囲気。伏見稲荷と同じように境内奥に祠を回るコースもあるようでした。
これで、二川はおしまい。豊橋にいったん帰ります。 -
で、東京に帰る前に豊橋で晩飯。
豊橋市街に商店街はいくつかあるんですが、ときわアーケード通りは唯一のアーケードがある通り。その通りを抜けていった先にあるのが勢川。 -
昼にも食べたんですが、豊橋カレーうどんのもうひとつの名店というので訪ねてみました。外観からして、いかにも地元の老舗のうどん屋さんという店構えですね。
-
イチオシ
ところが、誰もがカレーうどんを食べているわけはなくて、それぞれがそれぞれに好きなものを注文している様子。あれっという感じでしたが、カレーうどんを食べてみてなるほど。このカレーうどんはとってもうまいんですが、出汁のうまみに旨味を吸った揚げの柔らかさ。程よいカレーの辛さなどが混然一体となった優しい味わい。カレーうどんに限らず、これなら何を頼んでもうまいということで、つまり、基本的な実力のあるうどん屋さんなんですね。豊橋カレーうどんは、例によってごはんに麦とろでしたが、そんな小手先ではない本物のうまさがあると思いました。
さて、これで一日目は終了。今夜は蒲郡に泊まって、明日は西尾の観光です。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
148