2016/02/27 - 2016/02/27
58位(同エリア935件中)
たびたびさん
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川崎宿は、日本橋からだと、品川宿の次の宿なのですが、江戸時代の初期は品川宿の次は神奈川宿。川崎宿が設置されたのは1623年(元和9年)で、品川宿と神奈川宿の間は距離が長いことから設置されたのだそうです。
ところで、東海道の宿場町には「TKD(とうかいどう)57総選挙」というのがあって、平成27年の結果は以下の通り。なるほど。枚方宿が二番になっているところなんか、やっぱり分かってますねえという感じです。第1位の二川宿は、ひな祭りの時期に行く予定にしていますが、そういえば川崎宿はまだ歩いていない。それではということで、二川宿行きの前に行ってみることにした次第ですが、結果的には川崎はやはり都会だけに街道や宿場といった面影を感じるにはかなり限界もあったかなという印象。ちょっと辛抱の要る街歩きとなったような気がします。それもあって、ついでに川崎大師まで足を延ばして、最後は何とか旅っぽく仕上がった一日となったかと思います。
第1位 三河国 二川宿(愛知県豊橋市)
第2位 河内国 枚方宿(大阪府枚方市)
第3位 近江国 草津宿(滋賀県草津市)
第4位 河内国 守口宿(大阪府守口市)
第5位 駿河国 蒲原宿(静岡県静岡市)
第6位 伊勢国 関 宿(三重県亀山市)
第7位 伊豆国 箱根宿(神奈川県足柄下郡箱根町)
第8位 武蔵国 品川宿(東京都品川区)
第9位 三河国 吉田宿(愛知県豊橋市)
第10位 武蔵国 川崎宿(神奈川県川崎市)
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川崎駅に到着して、まずはチネチッタへ。
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川崎駅から歩いて数分だと思いますが、通りを歩いていると突然南欧風の建物に囲まれたエリアが出現。
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その中心にある施設がチネチッタです。
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名前からして、チネチッタ(映画館)がメイン施設なんですが、
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入口脇から始まるらせん状にゆるい登り坂には両側におしゃれなお店が軒を並べます。
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イチオシ
六本木ヒルズにもこんな場所がありますけど、こっちもよくできてますねえ。
これは、ラ チッタデッラという名前のようですけど、 -
まだ時間が早くて、お店はまだ開いていなかったんですが、外観だけ見ても面白いなと思ってしまいます。
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近くにあるこの教安寺は、旧川崎宿の西側にあたる場所。山門が歴史を感じる立派なもの。獅子の彫り物も目を引きました。
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本堂は近代的ですが、門の傍らに案内板があって、庶民の信仰「富士講」に関係した寺で、境内にある燈籠がその遺構であることが説明されていました。
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イチオシ
銀柳街に戻って。
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銀柳街から少し脇道を入った場所にあるのは観行院。信州善光寺の関東別院ともあって、建物は一般住宅を少し立派にしたような都会型のスマートなお寺。敷地脇に大黒様の像が建っていて、観光的な要素と言えばこの大黒様だと思います。
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銀柳街から川崎銀座街は、川崎駅のほど近く。この辺りでは一番のアーケード商店街で、旧東海道に並行して走っています。そういう意味では東海道ではないのですが、商店街を少し入ると川崎宿の観光スポットがひょっこりあったりするので、川崎宿の実質的な市街地はこの辺りも含んでいたのではないかと思います。
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宗三寺は、旧川崎宿の散策では定番コース。広い駐車場を備えた広い敷地を持っていますが、
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一方で、山門がないのでちょっと丸裸みたいな印象もないことはないですね。
かつて、「江戸名所図会」には、本尊の釈迦如来像が紹介されていたようですが、今は拝観できるのでしょうか。ただ、そんな雰囲気はありませんでした。。 -
一行寺は、川崎宿のパンフレットには閻魔大王像の写真が載っていて、面白そうだと思ったのですが、公開日は、毎年1月の16日付近の日曜日と7月16日だけなんだそうです。残念。
本堂の横に墓地があって、この時期は梅がきれいに咲いていました。 -
旧東海道の筋に入って。
東照は、それらしい雰囲気のある和菓子屋さん。 -
かわっぴら餅というのをいただきました。
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いわゆる焼き餅なんですが、かなり薄いので、ペラペラになっているのが特徴的。
なお、奥の方は喫茶コーナーになっていて、万年屋の奈良茶飯を再現した奈良茶飯風おこわというのもあって、名物らしいんですが、まだ時間が早いのでパスするしかありませんね。 -
同じ並びにあるのは、この辺りの中心施設である東海道かわさき宿交流館。二階建てのしっかりしたビルに入っています。
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ロビーにあったかつての街道風景を表わした人形たち。
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なんとなく、これでやっと、少し、東海道の観光地らしくなってきたような気がします。
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二階には川崎宿出身の著名人たちの紹介。
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三階には、名所の風景の切り絵です。これから回るところもこれで確認したりして、またまた気分が出てきたように思います。
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イチオシ
これは記念写真用の一角。川崎宿は多摩川と鶴見川に挟まれた場所なので、どちらかの渡船なんでしょうが、橋がおいそれとはなかった時代。のどかと言えばのどかですが、なんとも不便な時代です。
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ここから、旧東海道を西に向かって歩きます。
砂子の里資料館は、地元の篤志家が運営している施設。無料ですが、展示してある広重の浮世絵「東海道五十三次」は本物。楷書版とか書いてありましたが、美しい色彩がいいですねえ。他に、地元出身の浜田庄司の作品も。なお、内部の撮影はできません。 -
ここから、旧東海道をさらに進んで。
旧川崎宿の中ほどに、中の本陣の説明板がありました。まあ、この白い説明板があるだけなんですが、正式には惣兵衛本陣。佐藤本陣と田中本陣の間にあったことから中の本陣と呼ばれていたそう。本陣が三つあったということが、やはり大きな宿場町だったということになると思います。 -
旧川崎宿の西側半分はいさご通り商店街というのですが、だらだら続く感じ。まとまった商店街ではありません。
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佐藤惣之助って特に聞いたことなかったんですけど、タイガースの応援歌「六甲おろし」の作詞者と聞けばちょっと他人じゃないような。他にも「赤木の子守唄」とか、「人生の並木道」もこの人の作だそうですから、もしかしたら、ビッグネームなんでしょうか。
ちなみに、この碑の建つのは川崎信用金庫本店の敷地内。佐藤惣之助の生家があった場所なのだそうです。 -
この説明板は川崎宿にあった三つの本陣の一つ、佐藤本陣を示すもの。別名は、惣左衛門本陣。門構え、玄関付、181坪の建物で、14代将軍家茂が京に上る際にはここで宿泊しました。
しかし、この説明板はビルの窓の内側。かなり注意して探さないと気が付かないと思います。 -
続いては、小土呂橋の親柱。二つの石造りの柱が並んでいて、新川通りの歩道脇に保存されています。
ちなみに、小土呂橋は、江戸のはじめに開削された新川堀が流れ、東海道と交わる場所に架かっていた橋。明治末から大正期にかけては、新川堀の土手の道は川崎駅から臨海部を結ぶ道として、賑わっていたそうです。 -
川崎宿京入口は、旧川崎宿の西の端。空地の角に看板が立っていて、ここが川崎宿の西側の入口だったことを説明していました。この入口には切り石を積んだ土居があったということや人口は770戸、3100人余りだったことが書かれていました。
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旧川崎宿の西の外れ。八丁畷駅の近くに松尾芭蕉の句碑があります。
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句碑には「麦の穂を たよりにつかむ 別れかな」。故郷伊賀に向かった芭蕉が門人との別れの際にと詠んだもの。芭蕉はこの後、大阪御堂筋の花屋仁左衛門の貸座敷で息を引き取っています。
句碑は屋根の付いた小屋のような建物の中にあって、大事にされていました。 -
無縁塚は、さらに進んだ京急八丁畷駅の裏側。かつて、災害や飢餓などで亡くなった身元不明の遺体を埋葬した場所ではないかということですが、もしかしたら罪人などもいたのかも。いずれにしても、無縁仏の供養のために築かれたものだそうです。
さて、ここでUターンです。 -
ベーカリーバルールは、八丁畷駅のほど近く。マンションの一階に入ったパン屋なんですが、
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ここのカレーパンがけっこううまい。しっくりした歯ごたえとカレーのマイルドな辛さが食べるにしたがって心地よく沁みてきます。
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芭蕉ポケットパークは、さきほどの「麦の穂を便りにつかむ別れかな」の碑と対をなすもの。
旧東海道沿いのマンションのような建物の、道路に面したフリースペースに整備されていました。芭蕉との別れを惜しんだ門人達の餞別の句を紹介しています。 -
大徳寺は、銀座街商店街に戻ってきて。
ちょっと裏手のような場所です。 -
奥の墓地には茶屋「万年屋」の主人半七の墓があって、これは「江戸名所図会」でも紹介されていたよう。狭い境内で、本堂も粗末な建物ですが、これも川崎宿の歴史とともにあった寺だと思います。
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イチオシ
と、赤い看板が目立つ和菓子屋さんは大平屋。
和菓子の他にお寿司のようなものまで置いていまして、どれもうまそうです。 -
ただ、私はみたらし団子を店内のテーブルに座っていただきました。お茶まで入れてもらってしばし寛ぎましたが、もっちりした歯ごたえがいけてますね。御主人がちょっと世間話なんかをしてくれて、さりげなく旅の心持ち気分。川崎にも目立たないけど、やっぱりいいお店が隠れていると思いました。
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ついでに、目の前にある麺一滴といううどん屋さんへ。
土曜日でしたが、ちょっと行列ができていて人気店のようですね。カウンターに通されましたが、中はおしゃれな雰囲気。家族経営のアットホームなところもいいかと思います。
で、ざるうどんとかき揚げをいただきましたが、サツマイモが大量に入ったかき揚げは見事な大きさ。出汁に浸して、うどんといっしょにいただきます。しかし、ちょっと出汁の味が濃いかなあ。出汁に付け過ぎて、ちょっと失敗してしまいました。 -
続いての妙遠寺は、旧川崎宿からだと少し離れた場所。始まりは江戸の初期。家康の命を受けて多摩川の両岸に農業用水を作った小泉次大夫の開基です。
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川崎はこの農業用水によって、広大な水田開発が実現し、街の基礎が作られたということ。
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本堂の奥にちゃんとした碑もありました。
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市役所方面に続く大きな歩道橋を渡って。
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旧六郷橋親柱は、川崎市役所そばの稲毛公園内。
ちなみに、旧六郷橋は、江戸時代は渡しであった六郷の渡しに大正14年に架けられたタイドアーチ型の橋。現在の橋に架け替えられるまでの約60年間活躍したという橋。ちょっと大正ロマンを感じさせるような雰囲気もあるように思います。 -
正岡子規没後100年記念句碑は、稲毛公園と稲毛神社の境のような場所に建っています。
子規の句「六郷の 橋まで来たり 春の風」。川崎は、芭蕉とのゆかりも深い場所。子規はそのことも頭にあって、自分もここで句を詠んでみたくなったのかもしれません。ひねりのない、分かりやすい句だと思います。 -
ここを入った稲毛神社は、景行天皇(日本武尊の父)が東国巡行の際に、こちらで賊難を避けたと伝わる神社だそう。古い歴史を誇ります。
タケミカヅチを主祭神と位していて、「武甕槌(タケミカヅチ)宮」とも言われていたようですが、明治中ごろに稲毛神社となりました。隣りの公園から見た社殿の屋根が立派です。 -
稲毛神社の境内にある大いちょう。いちょう自体は珍しくありませんが、
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この周囲をぐるりと取り囲んで十二支のモニュメントが設置されていて、十二支巡りというのがありました。この日も何人かの人が熱心に参拝していて、それなりに人気があるようです。
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そのまま大通りを進んで。真福寺は、旧川崎宿の東端にある真言宗智山派の寺。
門を入ってすぐ右手に建つ庚申塔が見どころ。寛文5年(1665)に建てられたもので、正面に阿弥陀如来立像が彫られた堂々とした姿。台座部に「見ざる、言わざる、聞かざる」の猿もいて、こんなところがちょっと凝っているでしょう。 -
川崎稲荷社は、旧川崎宿の東端の方。小さな敷地にちょこんと赤い鳥居とちょっとしたほこらのような社殿が建っているだけのものなんですが、紀州藩主だった徳川吉宗が八代将軍になるために江戸へ向う途中、ここで休息をしたというのが自慢です。
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ここはもう川崎競馬場の近くなんですね。川崎宿の東端にあたる場所である交差点からでも巨大な施設が見えるのですが、この辺りには同じく巨大な商業施設や味の素の工場などもあって、川崎市街地のごみごみした風景からは一変します。通り沿いには駐輪場が整備されていて、たくさんの自転車が停められていました。
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万年屋跡も、同じあたり。万年屋というのは、かつて、川崎宿にあった旅館兼茶屋。「お江戸日本橋」の歌では「六郷わたれば 川崎の〜万年屋〜」とある万年屋です。
奈良茶飯が名物だったそうで、それを再現した奈良茶飯おこわというのがさっきの東照というお菓子屋さんで再現されていたのは触れたとおりです。 -
そして、六郷の渡し跡はこれ。
江戸時代初期は、この川に六郷大橋という橋があったのですが、その後流されてからは明治に至るまで船渡しがあった場所。渡船の収入が宿の財政を支えたのだそうです。
写真の碑は、明治天皇六郷渡御碑です。 -
長十郎梨の発祥の地が川崎とは知りませんでした。六郷の渡し跡に白い説明板がありまして。
大正時代にはこの辺りで、長十郎梨が盛んに作られていたのだとか。 -
まあ、今でもなしの生産量日本一は同じ関東の千葉県。おかしいことではないかもしれません。ちなみに、長十郎は発見者の屋号だそうです。
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川崎宿は、これでおしまいなんですが、やっぱりこれでは不完全燃焼。ちょっと距離はありますが、川崎大師まで歩いてみることにしました。久しぶりにくずもちも食べたいですしね。。
徳泉寺は、港町駅のすぐ近く。川崎宿から川崎大師まで歩く途中に、この寺を示す観光案内の標識があったので、寄ってみました。 -
もともとは、羽田にあったようですが、多摩川の洪水でこちらに移ってきたのは江戸時代の初めごろ。ただ、今の本堂などは木の感じなど新しいように思いました。
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同じく観光案内標識のあった医王寺です。
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境内も広くて、実はエンターテイメントの要素も豊富な寺。
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池の周囲で七福神巡りができるかと思ったら、
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大きな鉄のノートがあって、塩でとけたお地蔵様の話や水神のお使いとされる赤い蟹お話とかの紹介があったり。意外なところで、意外なおもてなし。
ここまでやっている寺はそうはないと思います。 -
さて、かなり歩きましたが、やっと川崎大師のエリアにたどり着きましたね。
若宮八幡宮は、川崎大師駅から正面に向かって歩いてすぐ。境内は荒れてはいませんが、広い空地のようなざっとした感じです。
淀川治水工事を成功させた仁徳天皇が主祭神。地域の総鎮守となる神社です。金山神社は本殿隣りにあって、境内社になります。 -
そのまま進んで、これは川崎大師の西解脱門です。
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そのまま入って。
しょうづかの婆さんは、川崎大師の境内。西解脱門から入ってくると左手に、大きな文字で書いてあるので、すぐにそれと分かります。
「しょうづか」というのは、三途の川を渡る死者の衣服を剥ぎ取る婆さんのこと。歯の痛みを止めたり、美貌のパワースポットのようです。 -
あれは本堂。横からの眺めです。
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イチオシ
ところで、川崎大師の境内にあって、一番目立つ建物と言えば、八角形が豪華なこの五重塔でしょう。
ただ、実は、昭和59年に出来たもので新しい。歴史的なものではないのですが、空海の入定1050年と本尊大開帳の記念事業として建立され、やっぱり今では川崎大師のシンボルになっているでしょう。 -
本堂と反対側の方にも回ってみます。
やすらぎ橋は、川崎大師の大山門を入ってからだと、左手奥の薬師殿に向かう途中。ちょっとした池に掛かった木製の橋です。池は鯉が泳いだりして、それはまあ普通なんですが、水がやけに澄んでいて、この透明さはどうしたんでしょうね。湧水の池なのかもしれません。 -
降魔成道 釈迦如来像は、そのやすらぎ橋を渡ったところ。金色の仏像ですが、境内ではちょっと地味な存在であることは否めない。仏教の位置づけでは最高の位であっても、そこは川崎大師ですから、皆さんの思いは弘法大師。仕方がないことかとも思います。
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イチオシ
で、それを抜けた先にあるのが自動車交通安全祈祷殿。
薬師殿と言われる真っ白なインド風の堂宇で、昭和38年に建てられました。正面の芝生の広場から眺めると、三つの塔が左右対称に配されてとても美しい。存在感があって、一見の価値ある建物です。 -
再び、境内中心部に戻って。
遍路大師は、不動堂に向かう参道脇。昭和48年に、弘法大師ご誕生1200年記念事業として造られました。 -
イチオシ
真言宗の寺で大師像は珍しいものではないのですが、ここの大師像は献水といって、大師像の足元に置かれたわらじに水を掛けるのがならい。けっこうたくさんの人がやってきます。
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これは、不動門。福島県から移築されたという門ですが、終戦後はこれが川崎大師の山門だったようです。そして、現在の大山門が建立されるとその並びに移されました。
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で、これが大山門。川崎大師の現在の正門です。開創850年記念事業として昭和52年に建てられました。
二重入母屋造りの堂々とした構えです。先ほどの不動門よりずっと大きいですが、静かな趣のある不動門との対比も面白いと思います。 -
聖徳太子堂は、川崎大師の大山門を入ってすぐの右手。真言宗では空海が中心ですが、境内に太子堂があるもの珍しいことではありません。空海は神秘的ですが、聖徳太子もそれに全然負けてはいない。ともに日本仏教では並び称される巨星でしょう。
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大門を入って正面の大本堂は、本尊厄除弘法大師を祭る川崎大師の中心施設。参詣者はここにお参りをします。
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建てられたのは昭和39年。
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イチオシ
鉄筋コンクリート造りのような内部は飾り気がなくて、広い空間が多くの参詣者を受け入れる機能的な造りのように思います。
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川崎大師から、今度は大師公園に移動してきました。
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イチオシ
瀋秀園は、大師公園の一角に作られた中国風の庭園。
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これは、昭和62年、川崎市・瀋陽市友好都市提携5周年を記念して瀋陽市から寄贈されたもの。
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池に臨んだ黄色い屋根の楼閣に赤い柱と欄干が映えて、コンパクトな庭園ですが、中国の美的景観のなんたるかを伝えているように思います。
今日は天気が良かったので、極彩色が映えています。 -
仲見世通商店街を抜けて、ここから川崎大師駅の方に帰りながら、ぶらぶら歩きを続けます。
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それにしてもこの門を出るとホッとします。
仲見世は例のトントコ飴とかだるまやとかお土産物屋さんがぎっしりと並んで、それぞれ観光客に対するアピールがすごいですよね。なにげなく見たりしたいのですが、それをするのがはばかられるような感じ。活気があるということかもしれませんが、商売っ気が表に出過ぎているような気もしないではありません。 -
和尚は仲見世通りから少し外れるので、人影はまばらです。それでも、競争が激しいこの辺りで生き残っているのはやはり何かがないとダメでしょう。
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いただいたのは、餡子の串団子。もっちりしただんごはそれとして、餡子の甘さがけっこう強烈。インパクトはあると思います。
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明長寺は、川崎大師の表参道沿い。通りから少し奥まった場所に鮮やかな朱塗りの山門が建っていて、ちょっと華やかな印象です。
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寺が所蔵する葵梶葉文染分辻ヶ花染小袖が、桃山時代に流行した絞り染めの技法で国重要文化財となっているようですが、拝観はできる風ではありませんでした。
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恵の本は、川崎大師の表参道沿い。
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川崎大師の名物、くずもちの販売店。
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イチオシ
お土産に一つ買って帰りましたが、添えられたきな粉に黒蜜がこれでもかというくらい大量。しかし、その大量のきな粉と黒蜜をたっぷりかけて食べないと、餅自体は地味な味なので独特のおいしさは出てこない。確かに、これでバランスが取れていて、理には適っています。
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川崎大師の名物、くずもちの店は何軒かあるんですが、こちらの住吉屋総本店がたぶん一番人気のお店でしょう。喫茶部があるのでそれがいいんだろうなあと思って、ちょっと楽しみにしていたのですが、4時過ぎにはもうやっていない。
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仕方がないので、お土産に買って帰りました。
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敢えて他と比較するなら、ちょっと硬めなのかなあ。
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小さな包みもあるので、これも便利だと思います。
なお、麩まんじゅうもありますが、これも人気のよう。既に売り切れでした。 -
住吉屋総本店の並びに、馬頭観音という小さなお堂がありました。お堂の格子に馬のを繋ぐと、どんな暴れ馬もおとなしくなったというので、縁結びのパワースポットだそうです。夕方だったので、シャッターが閉められていて、これにはちょっとびっくりしました。
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こちらは、みかど。揚げ饅頭のお店です。
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たまたま一個だけ残っていて、それをいただいてみました。黒糖まんじゅうを揚げたものなんですが、黒糖まんじゅうの味がそのまま残って、揚げたことによるパワーアップというのがイマイチ感じられない。餡子の工夫とかもっとあっていいのになあとちょっと不満だったのですが、食べ終わって見ると、すんなり収まってしまう。工夫していないようで、そうでもないような。ちょっと不思議な感じです。
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喜久千代ベーカリーというよりも、ダルマサブレという方が分かるでしょう。けっこう人だかりがしていて、
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覗いてみるとかわいらしいサブレ。さっそく買って帰りましたが、サブレというか、赤ちゃんが食べるビスケットのようなほんのりした味わい。パンチはないですが、長く愛されてきたお菓子だということはわかります。
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さて、川崎大師駅に到着。これで川崎宿と川崎大師の日帰り旅は無事終了です。お疲れ様でした。
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