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ロシア生活 不思議体験(その3) 『タイ人』

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1994/09/15 - 1994/09/15

1778位(同エリア1805件中)

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JIC旅行センター

JIC旅行センターさん

20年前、僕はロシアに留学していた。

大学寮の同じフロアにタイ人の留学生がいた。
ロシアでは全く小柄な僕(170cm)よりもはるかに背が低かった。
自己紹介をした後、「お互いアジア人だから仲良くしよう」、「困ったことがあったら助け合おう」と必要以上な笑顔を見せる好印象な人物だった。

彼はあまり授業には足を運ばずタイ人同士でいつもたむろしていたが、週末に開かれる多国籍留学生のヴェチェリンカ(パーティ)には毎回タイ料理を自前で作り奉仕していた。それは非常に美味しかった。

そんなある日、彼にちょっとした用事があり尋ねに行った。
彼は黒いタンクトップに短パン姿で料理の最中だった。
いつもの眩しい笑顔で僕を部屋に通してくれた。

「食事は済んだ?」
「いや。これから作る」
「食べる?」
「喜んで」
という会話がまるでBGMのように自然と流れた。

彼のタンクトップ姿はアスリートっぽく非常に美しかったが、ただ黒地に黄色の文字で縦に平・禾・口と三文字が描かれていたのは少々気持ちが悪かった。しばらくしてからその文字列を『平和』と読むことにした。

「何かスポーツでもやってるの?」僕は訊いた。
「ムエタイ」
「マジか!?」
「これでも国内チャンプだった」。彼は自慢げに拳を高らかに握って見せた。
「そりゃ強いな!」
「でかいロシア人にからまれても平気だ」。ますます得意げになった。

「食事をしたら、ムエタイの型を見せてくれない?」
「今、見せようか?食後だと体が重くなる」
「本当か!見せて!」と僕は言った。

調理中の電気コンロを止めて、フロア奥にある毎週末ヴェチェリンカが行われる広場へ向かった。彼は首をクルクルまわしながら僕の前を歩いた。

広場に着くやいなやあまり見たことのないストレッチを始めること数分。
「じゃ、ちょっと離れてね」。今回は全く不要な笑顔だった。ストレッチ後もできれば締まった表情のままで言ってもらいたかった。その方がカッコ良い。
「おぉ。そうだね」。僕は拍手をしながら言った。

「シュッ、シュッ、シュッ」と声を発しながらの彼の足技や、繰り出されるパンチの早さは想像を絶していた。
アスリートのスピードは本当に違う。
30秒くらい動いた彼は一体何発のパンチと足技を出したのだろう?

「あんまり身体が動かなくなったなぁ」
彼は笑顔で言った。
「本当か?早すぎて見えなかったぞ」
「これじゃ、もう絶対に勝てない」
恐るべしムエタイチャンプ。本物だった。

彼と再び部屋に戻り、料理をご馳走になった。
食事をしながら、日本の格闘技のすごさも教わった。彼曰く、『柔道か合気道が世界最強』とのことだった。一生懸命説明してくれたが僕には分からなかった。
食事とムエタイのパフォーマンスを見せてくれた彼にお礼を言って、僕は自室へ戻り「何か格闘技をやっていれば良かったな」と生まれて初めて思った。

その後も彼の生活はあまり変わらず、大学にはあまり通っていないようだった。
数ヶ月が経ったある日の夜中。
彼の隣人のタイ人が僕の部屋のドアをノックした。
話を聞くと、ムエタイ君がここ数日帰って来ないということが判明。
隣人君が情報収集しているとのこと。
もしかしたら、事故か事件に巻き込まれたのか…。
同じフロア学生全員の頭を過った。

それから2週間位経ってからだったと思う。
腕とお腹に包帯を巻いたムエタイ君が寮に帰ってきた。
彼の姿をみた多国籍学生チーム皆が安堵した。

フロアの殆どの学生が彼の話を聞いた。

ある日、ムエタイ君が銀行で生活費500ドルを両替したところ、フーリガン5人に囲まれた。
金銭目的の強盗だったようだ。
初めはフーリガン達を無視して、足早にメトロへと移動した彼だったが、執拗に絡むフーリガンの一人が彼の首元を腕で絞めつけた。危険を感じたムエタイ君は反射的に反撃してしまったらしい。身体が勝手に動いたとのこと。
状況は一変。
フーリガンは本気で替えたばかりの500ドル分のルーブル紙幣が入ったバックを奪おうとムエタイ君に襲いかかった。彼はいよいよ本気でフーリガンを撃退。
渾身のムエタイ技で四人を撃退したが、残り一人に刃物で腕と脇腹を刺されマットに沈んだ(何も見せなくてもよいのに、彼はシャツを脱ぎ包帯の上から刺された部分を指でなぞった)。その光景を見ていた周囲の通行人は刺されてからの彼をようやく助けてくれた。救急車に運ばれたムエタイ君は病院で治療を受けようやく寮に帰ってこれたと話した。

皆が心配そうに彼の話を聞き入っていたが、やはり不要な笑顔で話さなくても良かった。

ただ、彼はかなりのショックを受けていた。
それは500ドルが盗まれたからではなく、5人目のフーリガンが刃物を利用したことに納得がいかないようだった。拳なら勝てたとは流石に言わなかったが。包帯が巻かれた腕から見える拳には力が入っていた。

翌週、ムエタイ君は帰国した。

あれから20年以上経つ。
彼は何をしているのだろう。
時々思い出す。

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