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 そろそろ出発です。でもここでまたしても、カルチャーショックを食らうのです。アナトリーさんのウアズ(ロシア製四輪駆動車)に乗った直後、オオノさんが言いました。「あ、ウサギ!」車内から後ろを振り返ると、男性が1人、小さなソリを押しながらこちらへ歩いて来るのが見えます。本当だ、ウサギです。というかウサギの山。たった今、車に乗ったばかりですが、外に出てよく見せてもらうことにしましょう。<br /><br /> 例の罠(以前の連載参照)にかかった獲物でしょう、真っ白で美しい、巨大なウサギたちがソリにたくさん積み上げて運ばれていきます。棒のように手足を伸ばして、皆さんお行儀よくカチコチに凍っているのか、モップの束のようにも見えます。<br /><br /> ニコライさん罠を見せてもらって以来、ずっと脳内に流れていた「待ちぼうけ」の歌がピタッと止まりました。<br /><br /> 何なんですかこのウサギどもは。この極寒の地で、野生でこんなに立派な大きさにまでなれるくらいの優れた知恵と身体能力を持ちながら、どうしてあんな稚拙な罠にころりころりと引っ掛かちゃうんですか。小一時間問い詰めてやりたくなりましたが、死んでるものは仕方ありません。<br /><br /> エクメネ(可住地域)の限界というものは、もっとわかりやすくその限界っぽさをさらけ出しているんだと思っていました。ちょっと外部との連絡が途絶えると、途端に住民の生活が行き詰りだすような、ギリギリな感じを想像していたんです。もちろんヴェルホヤンスクがそんな町でないことは到着直後から十分に思い知らされていましたが、それでもやっぱり、このウサギたちの間抜けさには強烈にとどめをさされた感じです。要するにこの町は、厳冬期でさえ、かなりプリミティヴな狩猟採集生活で、ある程度食いつなぐことが可能、ということなのですから。一体、これほどたくましい「町」(город)が他にどれくらいあるでしょうか。<br /><br /> 出版の件といい、このウサギのことといい、このヴェルホヤンスクを中心とする文化圏の自立っぷりは、半端ではありません。多くのものが自給できるのはすごいことです。そして、自給「できる」次元に留まらず、自給「する」のだという生き様は、より一層、すごい。そこには一片の依存心も見えません。豊かさの維持の仕方は心得ているという感じです。こういう社会って、無条件にかっこいいんだな。<br /><br /> しかし私は、あまりかっこよくないことに、さっきまで、この地域が定期便で外部とつながっていることに喜んでいたくせに、今度は独立の気概に感動しているのですから勝手なものです。<br /><br /> 前回の連載の予告では、今ごろ凍ったヤーナ川の上にできた「川の道」をアナトリーさんのウアズで疾走しているはずでしたが、見通しが甘くて全く面目ありません。まだ出発すらしていないまま、紙面が尽きそうになってきました。あこがれてやってきたヴェルホヤンスク、後ろ髪引かれるヴェルホヤンスクから、次回こそは出発します。川の上へ!<br /><br />※1  もちろん、この旅行が実現したのはサハ共和国、日本、双方に多くの方のご協力があり、新聞記者のオオノさんにも同行いただいたおかげであることを明記しておきます。<br /><br />※2  Портнягин, П. В. (2008) Воспитаники чурапчи нской спортивной школы -заслуженные трен еры СССР, России, Украины и РС(Я). Верхоянск РС(Я): ГУП ?Верхоянская улусная типограф ия?<br /><br /> 著者のフルネームはПетр Васильевич Портнягинつまり、ピョートル先生ご自身。冊子のタイトルは『チュラプチンスキー体育学校の門弟たち-ソ連、ロシア、ウクライナおよびサハ共和国功労トレーナー』という大変長ったらしいもので、タイトル通りの猛烈にマニアックな内容です。そもそもチュラプチンスキー体育学校っていうのがサハ共和国内のチュラプチンスキー地区(ウルース)にあるらしいのですが、これはヤクーツクのすぐ東隣にある小さな(といっても面積は新潟県くらいある)ウルースなのです。ピョートル先生がなぜ遠く離れたこのヴェルホヤンスクで、このような冊子を執筆されたのか、もう何が何だかわかりませんでしたが、パラパラめくると合点がいきました。功労トレーナーの一人として、ピョートル先生も紹介されていたのです。何のことはない、ご自身含む歴代の同校出身トレーナー達の華々しい活躍ぶりをまとめ上げた労作だったわけです。ふんだんにカラー写真を使った素晴らしいデータベースですがもちろんISBN等はなく、自費出版かつ非売品なのは間違いないでしょう。A4判の冊子で、きれいなコート紙にカラー印刷された中線綴じ44ページの装丁です。<br /><br />※3  Миронов, В. Е. (2003) Пути которые мы выбира ем. Батагай: ГУП ?Верхоянская улусная тип ография?<br /><br />本のタイトルは『私達の選ぶ道』。著者のフルネームはВиталий Егорович Мироновで、1952年生まれのヤクート人です。タイトルはシンプルですが、中身は平坦な道ではなく、むしろとんでもない悪路ばかりです。1980年代から、仲間とサハ共和国内を自転車、スキーなどで踏破するというエクストリーム旅行を繰り返してきた著者の、冒険に次ぐ冒険記です。冷戦期には外国に紹介されることもなかった、極めて情報の希薄な地域でのエピソードが満載で、すこぶるつきに面白そうです。それなのに私は、写真や挿絵を眺めながら拾い読みをした程度で、もったいないことをしています。すみません。<br /><br /> ISBN等なし。装丁はA5判の上質紙126ページ、ホチキス止めに表紙糊付け、表紙のみカラー印刷。背表紙は何も書かれていないところが、自主出版っぽさを増幅しています。<br /><br />※4  Худяков, И. А. (2008) Верхоянский сборник. Батагай: ГУП ?Верхоянская улусная типогра фия?<br /><br />本のタイトルは『ヴェルホヤンスク集』、著者のフルネームはИван Александрович Худяков。原著は大変古く、1890年イルクーツクで出版されており、これをヴェルホヤンスクの370年記念に当地で復刊したものです。ヴェルホヤンスク地方の民話や伝承、歌などが大量に収録されています。全てロシア語です。インターネットで探すと、原著は旧正書法で記述されている様子が見て取れますが(硬子音の語尾にいちいちЪがつくあれです。)、本書では全て現代ロシア語に記述が改められています。なんだかすごい資料のような気がしますが、この本もろくに読んでいません。ごめんなさい。<br /><br />ISBN等なし。装丁はA5判の上質紙207ページ、ホチキス止めに表紙糊付け、全ページモノクロ印刷。表紙は初版の写しで旧正書法。背表紙はやはり、何も書かれていません。<br /><br />(つづく)<br /><br />

エクメネの最果てへ ―サハ共和国 冬の旅― (33)

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2009/01/12 - 2009/01/14

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JIC旅行センター

JIC旅行センターさん

 そろそろ出発です。でもここでまたしても、カルチャーショックを食らうのです。アナトリーさんのウアズ(ロシア製四輪駆動車)に乗った直後、オオノさんが言いました。「あ、ウサギ!」車内から後ろを振り返ると、男性が1人、小さなソリを押しながらこちらへ歩いて来るのが見えます。本当だ、ウサギです。というかウサギの山。たった今、車に乗ったばかりですが、外に出てよく見せてもらうことにしましょう。

 例の罠(以前の連載参照)にかかった獲物でしょう、真っ白で美しい、巨大なウサギたちがソリにたくさん積み上げて運ばれていきます。棒のように手足を伸ばして、皆さんお行儀よくカチコチに凍っているのか、モップの束のようにも見えます。

 ニコライさん罠を見せてもらって以来、ずっと脳内に流れていた「待ちぼうけ」の歌がピタッと止まりました。

 何なんですかこのウサギどもは。この極寒の地で、野生でこんなに立派な大きさにまでなれるくらいの優れた知恵と身体能力を持ちながら、どうしてあんな稚拙な罠にころりころりと引っ掛かちゃうんですか。小一時間問い詰めてやりたくなりましたが、死んでるものは仕方ありません。

 エクメネ(可住地域)の限界というものは、もっとわかりやすくその限界っぽさをさらけ出しているんだと思っていました。ちょっと外部との連絡が途絶えると、途端に住民の生活が行き詰りだすような、ギリギリな感じを想像していたんです。もちろんヴェルホヤンスクがそんな町でないことは到着直後から十分に思い知らされていましたが、それでもやっぱり、このウサギたちの間抜けさには強烈にとどめをさされた感じです。要するにこの町は、厳冬期でさえ、かなりプリミティヴな狩猟採集生活で、ある程度食いつなぐことが可能、ということなのですから。一体、これほどたくましい「町」(город)が他にどれくらいあるでしょうか。

 出版の件といい、このウサギのことといい、このヴェルホヤンスクを中心とする文化圏の自立っぷりは、半端ではありません。多くのものが自給できるのはすごいことです。そして、自給「できる」次元に留まらず、自給「する」のだという生き様は、より一層、すごい。そこには一片の依存心も見えません。豊かさの維持の仕方は心得ているという感じです。こういう社会って、無条件にかっこいいんだな。

 しかし私は、あまりかっこよくないことに、さっきまで、この地域が定期便で外部とつながっていることに喜んでいたくせに、今度は独立の気概に感動しているのですから勝手なものです。

 前回の連載の予告では、今ごろ凍ったヤーナ川の上にできた「川の道」をアナトリーさんのウアズで疾走しているはずでしたが、見通しが甘くて全く面目ありません。まだ出発すらしていないまま、紙面が尽きそうになってきました。あこがれてやってきたヴェルホヤンスク、後ろ髪引かれるヴェルホヤンスクから、次回こそは出発します。川の上へ!

※1  もちろん、この旅行が実現したのはサハ共和国、日本、双方に多くの方のご協力があり、新聞記者のオオノさんにも同行いただいたおかげであることを明記しておきます。

※2  Портнягин, П. В. (2008) Воспитаники чурапчи нской спортивной школы -заслуженные трен еры СССР, России, Украины и РС(Я). Верхоянск РС(Я): ГУП ?Верхоянская улусная типограф ия?

 著者のフルネームはПетр Васильевич Портнягинつまり、ピョートル先生ご自身。冊子のタイトルは『チュラプチンスキー体育学校の門弟たち-ソ連、ロシア、ウクライナおよびサハ共和国功労トレーナー』という大変長ったらしいもので、タイトル通りの猛烈にマニアックな内容です。そもそもチュラプチンスキー体育学校っていうのがサハ共和国内のチュラプチンスキー地区(ウルース)にあるらしいのですが、これはヤクーツクのすぐ東隣にある小さな(といっても面積は新潟県くらいある)ウルースなのです。ピョートル先生がなぜ遠く離れたこのヴェルホヤンスクで、このような冊子を執筆されたのか、もう何が何だかわかりませんでしたが、パラパラめくると合点がいきました。功労トレーナーの一人として、ピョートル先生も紹介されていたのです。何のことはない、ご自身含む歴代の同校出身トレーナー達の華々しい活躍ぶりをまとめ上げた労作だったわけです。ふんだんにカラー写真を使った素晴らしいデータベースですがもちろんISBN等はなく、自費出版かつ非売品なのは間違いないでしょう。A4判の冊子で、きれいなコート紙にカラー印刷された中線綴じ44ページの装丁です。

※3  Миронов, В. Е. (2003) Пути которые мы выбира ем. Батагай: ГУП ?Верхоянская улусная тип ография?

本のタイトルは『私達の選ぶ道』。著者のフルネームはВиталий Егорович Мироновで、1952年生まれのヤクート人です。タイトルはシンプルですが、中身は平坦な道ではなく、むしろとんでもない悪路ばかりです。1980年代から、仲間とサハ共和国内を自転車、スキーなどで踏破するというエクストリーム旅行を繰り返してきた著者の、冒険に次ぐ冒険記です。冷戦期には外国に紹介されることもなかった、極めて情報の希薄な地域でのエピソードが満載で、すこぶるつきに面白そうです。それなのに私は、写真や挿絵を眺めながら拾い読みをした程度で、もったいないことをしています。すみません。

 ISBN等なし。装丁はA5判の上質紙126ページ、ホチキス止めに表紙糊付け、表紙のみカラー印刷。背表紙は何も書かれていないところが、自主出版っぽさを増幅しています。

※4  Худяков, И. А. (2008) Верхоянский сборник. Батагай: ГУП ?Верхоянская улусная типогра фия?

本のタイトルは『ヴェルホヤンスク集』、著者のフルネームはИван Александрович Худяков。原著は大変古く、1890年イルクーツクで出版されており、これをヴェルホヤンスクの370年記念に当地で復刊したものです。ヴェルホヤンスク地方の民話や伝承、歌などが大量に収録されています。全てロシア語です。インターネットで探すと、原著は旧正書法で記述されている様子が見て取れますが(硬子音の語尾にいちいちЪがつくあれです。)、本書では全て現代ロシア語に記述が改められています。なんだかすごい資料のような気がしますが、この本もろくに読んでいません。ごめんなさい。

ISBN等なし。装丁はA5判の上質紙207ページ、ホチキス止めに表紙糊付け、全ページモノクロ印刷。表紙は初版の写しで旧正書法。背表紙はやはり、何も書かれていません。

(つづく)

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