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2013年7月 ロシア・サハリン鉄道の旅1~5日目(全7日間)

旅行時期 2013/07/03 - 2013/07/09 (2013/07/15投稿

 ロシア連邦サハリン州。かつてはサハリン島の南半分を日本が統治しており、日本によって鉄道が敷設された。戦後60年以上経った現在でも、ロシア式に変更された部分もあるが日本の在来線規格である軌間1067㎜のまま運行されている。<br />しかし現在、ロシア本土から乗り入れる貨車をそのままサハリン島内で走行させられるように、大陸側の規格である軌間1520㎜への改軌工事が進められている。そのため日本統治時代の面影を残す鉄道を見るには最後のチャンスと思い、サハリン島内の鉄道旅行を計画した。<br /><br /> 日本時代の地名がある箇所は「ユジノサハリンスク(豊原)」のように表記している。本文中では南樺太やサハリン島全体をロシア領であるかのように記述しているが、これは文章を簡略化するためであり管理人の政治的思想を示すものではない。<br />ほぼ鉄道旅行に絞って紹介する旅行記であり、鉄道とは関係の無い観光等は意図的に省いている。グルメや観光地、ショッピングなどの情報をお探しの方は他所様のページをご覧頂きたい。<br /><br />【大まかな行程】<br />1日目・・・自宅→南稚内駅(ホテル泊)<br />2日目・・・ホテル→稚内港フェリーターミナル→コルサコフ(大泊)港→ユジノサハリンスク(豊原)(ホテル泊)<br />3日目・・・ユジノサハリンスク市内観光→急行1列車でノグリキへ(車中泊)<br />4日目・・・(ユジノサハリンスクより)→ノグリキ→急行2列車でユジノサハリンスクへ(車中泊)<br />5日目・・・(ノグリキより)→ユジノサハリンスク→ノボデレーベンスカヤ(奥鈴谷)→ユジノサハリンスク(ホテル泊)<br />6日目・・・ユジノサハリンスク→コルサコフ→ユジノサハリンスク→ブイコフ(内淵)→ユジノサハリンスク(ホテル泊)<br />7日目・・・ユジノサハリンスク→コルサコフ港→稚内港→稚内駅→自宅

 ロシア連邦サハリン州。かつてはサハリン島の南半分を日本が統治しており、日本によって鉄道が敷設された。戦後60年以上経った現在でも、ロシア式に変更された部分もあるが日本の在来線規格である軌間1067㎜のまま運行されている。
しかし現在、ロシア本土から乗り入れる貨車をそのままサハリン島内で走行させられるように、大陸側の規格である軌間1520㎜への改軌工事が進められている。そのため日本統治時代の面影を残す鉄道を見るには最後のチャンスと思い、サハリン島内の鉄道旅行を計画した。

 日本時代の地名がある箇所は「ユジノサハリンスク(豊原)」のように表記している。本文中では南樺太やサハリン島全体をロシア領であるかのように記述しているが、これは文章を簡略化するためであり管理人の政治的思想を示すものではない。
ほぼ鉄道旅行に絞って紹介する旅行記であり、鉄道とは関係の無い観光等は意図的に省いている。グルメや観光地、ショッピングなどの情報をお探しの方は他所様のページをご覧頂きたい。

【大まかな行程】
1日目・・・自宅→南稚内駅(ホテル泊)
2日目・・・ホテル→稚内港フェリーターミナル→コルサコフ(大泊)港→ユジノサハリンスク(豊原)(ホテル泊)
3日目・・・ユジノサハリンスク市内観光→急行1列車でノグリキへ(車中泊)
4日目・・・(ユジノサハリンスクより)→ノグリキ→急行2列車でユジノサハリンスクへ(車中泊)
5日目・・・(ノグリキより)→ユジノサハリンスク→ノボデレーベンスカヤ(奥鈴谷)→ユジノサハリンスク(ホテル泊)
6日目・・・ユジノサハリンスク→コルサコフ→ユジノサハリンスク→ブイコフ(内淵)→ユジノサハリンスク(ホテル泊)
7日目・・・ユジノサハリンスク→コルサコフ港→稚内港→稚内駅→自宅

写真 42枚

テーマ:
鉄道・バス等
交通手段 : 
  • 現地移動 :  鉄道 / 高速・路線バス / 徒歩
エリア:
ロシア > ユージノサハリンスク
エリアの満足度:
4.5
  • 500_29827732

    ◆1日目
    【まずは稚内へ】
     サハリン旅行の初日であるが、この日は稚内へ行って宿泊するのみである。
    稚内からフェリーでサハリンへ渡るが、フェリーの出航は午前9時。そのため公共交通機関を使うなら、札幌発の夜行バスに乗る以外は稚内か近郊の町(豊富など)に前泊するしかないのだ。そのため出発地によっては稚内までの旅費が掛かる分、航空機利用より高くつく場合がある。
    今回は南稚内に18:07に到着する特急サロベツに乗車し、南稚内駅近くのホテルに一泊した。

  • 500_29827733

    ◆2日目
    【サハリンへ出発】
     前日は稚内へ移動しただけだったため、この日からがサハリン旅行のスタートと言っても良い。しかしフェリーで5時間半かかる上に時差が2時間あるため、この日はユジノサハリンスクの宿まで移動するだけである。
    ホテルから稚内港国際フェリーターミナルまでは2kmぐらいなので徒歩で向かう予定だったが、あいにく雨が降っているためホテルのフロントでタクシーを呼んでもらった。

     利尻島へ行くフェリーが発着する国内線フェリーターミナルの向いに、国際線ターミナルがある。しかしここに発着するのは週1~2便のコルサコフ行きのみ。そのコルサコフ行きフェリーも最近は毎年のように存廃問題が浮上している。
    7:30頃に到着すると、数人のロシア人がすでに乗船を待っていた。聞こえてくるロシア語に異国への期待が高まってゆく。8時より乗船開始となり、イミグレーションで出国審査をしたのちに乗船する。荷物を預ける場合はここで行うが、中ぐらいのスーツケースも手荷物で持ち込んで良いとのことなので船内へ持ち込む。航空機と違ってお茶などの液体の持ち込み制限も無い。乗客は20人程で日本人が3~4人、バックパッカーのイタリア人が1人、残りはロシア人である。思いのほか少なく、この航路の存廃問題が気になってしまった。
    定刻の9時に稚内港を出航する。次第に離れてゆく日本に旅情を膨らませていたが、波が高いのか物凄い揺れであっという間に船酔いしてしまいひたすら横になって耐える。ロシア領に入ると進行左手にサハリンが見えるはずだが霧のため全く何も見えず、横になる以外にする事が無い。

  • 500_29827734

     サハリン時間16:20頃(これ以降はサハリン時間で記述する)、遠くにコルサコフの町が見えてきた。曇天のため薄暗い感じの町だ。山の上に建つたくさんの集合住宅にロシアらしさを感じる。接岸までやけに時間が掛かり下船開始は17時頃、定刻より30分遅れだった。

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    下船口で待っているのは日本の宗谷バスから購入した中古バス。これに乗せられ桟橋の向こうにあるイミグレーションへ連れて行かれる。
    ロシアへの入国審査は、人数が少ない割にやけに時間が掛かった。ロシア人は持ち込む荷物の事を色々聞かれているようだったが、自分のような旅行者は時間を掛けずに通される。荷物のX線検査があるが何も聞かれなかった。今回の旅行ではデジカメを2台持っていたが、ガイドブックによっては「カメラの所持は1台まで」と書かれているものがあり不安だったが問題は無かった。また「税関申告書は持込限度以下でも必ず記入する」と書かれた情報もあったが、税関申告書を提出しなくとも何も言われなかった。ここ最近で情勢が変わったのだろうか。しかしコルサコフ税関の情報が少なすぎることと、コロコロ対応が変わるロシアの事だから本当のところは分からない。

     ここからユジノサハリンスクのホテルまでは、旅行会社に依頼し日本語ガイドと送迎を付けておいた。日本の中古車であろうワゴン車は一般道を90km/hぐらいで走る。植生は北海道の道北付近と大差無いが、穴だらけの舗装とおそろしくボロい家、日本時代の工場の廃墟にロシアらしさを感じる。
    30分程でユジノサハリンスクに入る。よくサハリンは「昔の北海道のようだ」と言われるが、街の雰囲気は完全にロシアである。所々に日本時代の工場や倉庫の廃墟があり日本統治時代を思わせる。
    今回の旅行では、予めルーブル紙幣を入手しておいた(ユジノサハリンスク到着は夕方のため両替が出来ず、初日は何も食べられなかったという情報を得ていたため)。そのためガイドには両替したいと言わなかったが、ガイドから「両替はどうしますか?」とは聞かれなかった。もし必要な場合はしっかり確認した方が良いだろう。

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     ホテルへは18時頃到着し、ガイドに「翌朝、夜出発の夜行列車乗車まで荷物を預かって欲しい」ことをフロントへ訳してもらう。ガイドとは帰国日に迎えに来る時間を打ち合わせて別れた。

    夕食がてら駅の様子を見に行く。ロシア型の車両が停まっていて期待が高まる。青い客車は救援車のようだ。この日は軽く駅周辺を歩いただけでホテルへ戻った。

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    ◆3日目
     7:00頃起床し、朝食を取るためフロントへ行く。今回はユジノサハリンスクでの宿泊は全て駅横のユーラシアホテルだが、フロントで「朝食は?」尋ねると5分程待たされた後におじさんが出てきて「付いて来い」と言う。どこまで歩くのかと思っていると、バスターミナル近くのルイバクホテル1階の食堂へ入った。そこでおじさんは「うちのホテルの客だから」みたいなことを言い去って行った。他サイトの情報では「隣のハンバーガーショップに連れて行かれた」という記述も見たが、どうなったのだろうか。ビュッフェ形式だが途中でライスとチキンが出てきた。

     朝食を取ってから駅横へ行ってみた。サハリンの主力機関車であるТГ16(TG16)機関車が停まってるが、画像に写っているだけで4種類も塗装がある。牽引する列車に合わせて塗装を変えているのだろうか。

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     この日は夜発車のノグリキ行き夜行列車に乗るまでは、ユジノサハリンスク市内を観光することにする。まずは駅前に保存されているD51-22号機。

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    続いては駅近くにある鉄道歴史博物館。建物内に鉄道用品が展示されているらしいが、改装中なのか建物内は散らかり放題だった。受付のおばちゃんに入っていいかと聞いたが「入れない」と言われてしまい、柵の中に入って車両を見学することは出来なかった。幸い、柵のすぐ外の道路から十分撮影出来るためそれで我慢する。日本から譲渡されたキハ58は、ここ数年の間に塗り替えられたようだ。隣はキ620に似たロータリー除雪車。この他にも多数の車両が展示されている。

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    レーニン広場から見たユジノサハリンスク駅。ガラス張りのきれいな駅だ。レーニン広場ではのんびりとベンチに腰かけたり鳩に餌を与える人が多い。

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    その後も歩いて市内の観光地を巡るが、詳細は省かせて頂く。代表的な観光地であるサハリン州立郷土博物館。日本統治時代の建物が残り、写真を撮るロシア人も多く人気があるらしい。

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    サハリンでは日本の中古乗用車も多いが、中古トラックも多い。池田梱包運送で窓ガラスにメルセデスベンツ(笑)なトラック。乗用車は日本メーカーの新車も走っておりそれは左ハンドルである。中古車(無いと思いたいが盗難車)は右ハンドルのまま使われている。ただしバスのみは日本の中古車は無く、韓国製が多い。日本車だと乗降ドアが反対側になってしまうからだろう。

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     昼頃にガガーリン記念文化公園に着く。広い公園内には子供鉄道が走っている。詳細な説明は省くが軌間750㎜の軽便鉄道で、公園内の2.5kmの路線を一周する。機関車はロシア他都市の子供鉄道で見られる箱型の新しいタイプに変わったようだ。

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    公園内の鉄道とは言え、太い線路とPC枕木が使われた本格的なもの。公園自体はかなり広く、平日にもかかわらずのんびり過ごす人が多い。

  • 500_29827901

     ユジノサハリンスク市の姉妹都市である北海道旭川市にちなんだ看板。ホテルサハリン・サッポロの裏手にあるが、「通り」というよりも公園内にこの看板がある。

     ずっと歩き通しで観光したが、16時頃になると見る場所も無くなり暇になってしまった。20:45発の列車まで時間を潰さなくてはならないが、駅周辺をブラブラしたりレーニン広場に座って時間を潰す。

  • 500_29827902

     ユジノサハリンスク17:46発トマリ(泊居)行き普通列車。Д2(D2)形気動車だが、何と2両編成である。この気動車は先頭車のみエンジンが付いており2両のトレーラーを挟む4両編成が基本だ。3両で走る様子は動画等で見たことがあったが、2両というのは初めて見た。前半分はエンジンルームになっているため客室は実質客車1両分だけだが、それだけ乗客が少ないということだろうか。

  • 500_29827975

    イチオシ

     20:15頃、ホームに列車が入線し続々と乗客が集まって来た。この日のノグリキ行き急行1列車は、ノグリキ方より2号車、3号車・・・の順に一番後ろが12号車である。座席車が1両か2両ある以外は全て寝台車。荷物車は連結されていない。機関車はТГ16-075が全区間牽引する。

  • 500_29827976

    たくさんの客車がつながる。寝台車は数種の塗装がありグチャグチャに連結されている。寝台車は、新旧と塗装の違いはあれどほぼ設備は同じらしい。
    寝台車は「クペー」と呼ばれる日本のBコンパートのような4人1室のタイプである。乗車すると私以外の3人はすでに乗車していた。炎天下にずっと留置されていたからか車内はとても暑い。客車には冷房どころか扇風機も無い。上段の2人は若い青年だったが、乗車するなり上半身裸になって寝てしまった。下段のもう一人の乗客はおとなしい中年の男性でほとんど喋らない。

  • 500_29827977

    ←乗車した寝台車。
     20:45の定刻にユジノサハリンスクを発車した。発車してからはずっと車窓を眺めていたが、日の長いサハリンと言えども21:30頃には薄暗くなってきた。22時過ぎにソヴィエツコエ(相浜)を過ぎたあたりから車窓にうっすらとオホーツク海が見える。日が沈みそれすら見えなくなってしまったため、23時前に就寝した。

  • 500_29827978

    ◆4日目

    【ノグリキに到着】

     暑さで喉が渇き夜中に起きた。深夜1時だったが、同じように寝付けないか涼んでいるのか通路では同室の一人が外を眺めていた。
     7:42頃、アルバ通過。詳細な時刻は分からないが、ノグリキまで
    の距離を考えると少し遅れているようだ。
    結局ノグリキには30分程遅れた8:50頃に到着する。途中駅で降車した人もいるであろうが、かなりの人数がノグリキまで乗り通していた。

    画像はノグリキ駅の様子。右側の客車が乗車した急行サハリン(1列車)。コンテナ車やタンク車が多数留置されており、貨物輸送でも鉄道は重要な役割を果たしている。
    急行1列車(急行サハリン)はティモウスクで後部の1~2両を切り離すという情報を見たことがあるが、途中での切り離しは無く全車両ノグリキまで連結されていた。

  • 500_29827979

    駅前には、この列車から降りた人を迎えるたくさんの乗用車やバスが停まっている。中央の小さなバスは、ノグリキよりさらに260Km程北にあるオハ行き。オレンジ色のトラックのような車は、トラックであれば荷台にあたる部分が客室になっているバス。悪路が多いからだろうか?
     列車の到着から20分程経つと、バスは各方面へ出発し迎えの車は皆どこかへ行ってしまった。駅前は閑散とし、迎えを待っているであろう2~3人が待合室に居るだけとなった。

  • 500_29828047

    これからの予定は駅から離れたノグリキ市街地を観光し、夕方にノグリキ駅を発車する夜行列車に乗車する。逆に言えば、現在午前9時半だが18時まで時間を潰さなければならない。
    ノグリキ駅からは少し遠回りし、廃止された軽便鉄道の線路跡を探しながら市街地へ向かう。駅より北側に歩くと踏切があり、遠くにノグリキ駅構内が見える。左は乗車してきた急行1列車、右はユジノサハリンスク(豊原)から走って来た夜行普通列車603列車と思われる。

  • 500_29828048

     持参した地図やガイドブックを頼りに歩き続ける。途中どこかで軽便の線路跡と道路が交差するはずだが、どこだったのか分からぬままノグリキ市街に来てしまった。線路跡は藪に埋もれているか、完全に削り取られて鉄道の面影は無かったのであろう。
    画像は歩いている途中で渡った川。川が赤茶っぽく見えるが、水が汚れているのか土が赤いのか分からない。

  • 500_29828049

    ノグリキ駅から市街地へは遠回りした事もあり1時間強で到着した。これはロシア正教会。ユジノサハリンスクにもあるが、青い屋根がかわいらしい。

  • 500_29828050

    市街中心部はきれいに舗装されているが、少しそれると未舗装で道路脇は草ボウボウ、物置小屋のようなボロい家が並ぶ風景がある。昔の北海道の田舎もこんな感じだったのだろうか。

  • 500_29828051

    大きな集合住宅が何棟も並ぶ様子はソ連(ロシア)らしい雰囲気。どこの町に言っても同じような住宅があるのは、すごい事であり異様な事とも言えるだろう。

    朝から何も食べていなかったため、メインストリートにあるスーパーマーケットに立ち寄る。今夜の夜行列車で必要な食糧も確保しておく。パンや魚の缶詰めなどを近くの勝利公園に座り食す。
    ノグリキはのんびりとした街だ。中心部はこぢんまりちしているが様々な店が並び、さながらRPGゲームに出てくる村のようだ。公園でものんびり散歩したり子供を遊ばせる人が多い。のんびりと時間を潰していたが、13時頃になりいい加減公園に居るのも飽きたので、まだ早いがノグリキ駅に向けて歩くことにする。

  • 500_29828105

    帰り道は大きな道であるモストヴァヤ通りを歩き、途中にあるであろう軽便駅の跡地を探す事にする。しかし軽便駅跡へ続く曲がり角が分からず、曲がってはみたものの違うため引き返す、といったことを2回程繰り返し捜索は難航した。そして3度目に曲がった道を進むと小学校のようなものが見え、さらに奥へ進むと軽便駅があった場所へ辿り着いた。
    画像中央に軽便の客車が放置されているが、そこが駅のあった場所である。前後の道床跡は重機でならされたらしく全く痕跡が無い。軽便鉄道の痕跡は、周囲に放置された数両の客車のスクラップのみであった。

     その後は軽便線路跡を辿りモストヴァヤ通りへ戻る。線路跡の横には工場があり、ノグリキ駅から専用線が延びている。写真は撮り損ねたが、ТГ16重連がタンク車を工場へ押し込んでいるところが見えた。この専用線部分が、現在のサハリンの鉄道では最北端と言うことになる。軽便の線路跡は地元の人の生活通路になっているようだが、砂だらけで非常に歩きづらい。開けた場所であるが周囲に人影は無く、あまり一人でうろ付かない方がいい場所かもしれない。

  • 500_29828108

    途中寄り道をしたこともあり、ノグリキ市街から2時間近く掛かってノグリキ駅へ戻って来た。列車の発車までまだ3時間近くあるが、待合室では列車を待つ人が10人程居た。15:20頃にオハからやって来た長距離バスも到着した。

  • 500_29828110

    ノグリキの駅前通り。デコボコに舗装され、砂だらけの道路。何匹か野良犬がうろついていたが、何と野良牛(オスのホルスタイン)も2頭居て、のそのそ道路を横切ったりした後に駅の貨物ヤードの方へ入って行ってしまった。

  • 500_29828111

    ノグリキ駅構内。旅客列車は2本の夜行列車が発着するだけだが、貨物列車はどのくらい走っているのだろうか。時折機関車が構内を移動して入換している。

  • 500_29828113

    乗車する急行2列車(急行サハリン)は発車までまだ3時間あるが、すでにホームに入線していて(と言うより朝到着してそのまま)機関車も連結されていた。周囲に車掌や警官は居ないため、ここぞとばかりに車両を撮影する。

  • 500_29828177

     発車30分前の17:30分頃、改札が始まり待合室に居た乗客がぞろぞろとホームへ移動する。乗車したのは3号車であったが、なぜかこの3号車が機関車のすぐ後ろだった。客車12両が連結されており荷物車は無い。
    行きと同じく2等寝台に乗車した。個室には下段にロシア人の青年が1人乗っているだけで、上段の2人はノグリキからは乗って来なかった。

    18:00の定刻に発車する。昼間買い込んだパンと日本から持参したカップラーメンで夕食にする。ちなみにロシアの寝台車には「サモワール」という給湯機が各車に付いており、そこのお湯は自由に使うことが出来る。カップラーメンやインスタントコーヒーを飲む事も出来るし、車掌に頼めばチャイ(紅茶)を出してくれる(ただし有料)。サモワールは列車暖房を使わない夏でも利用出来る。

  • 500_29828178

    乗車した3号車は機関車次位にあり、デッキが喫煙所になっている。牽引機のТГ16が見えるが、後部の運転台にも運転士が乗っている。

  • 500_29828179

    20:09頃、ティモウスクに到着する。ここで個室の上段に1人乗ってくる。さらに機関車の方から運転士が1人やって来て客車に乗り、一番機関車側の個室に入って行った。ノグリキからティモウスクまで運転した乗務員と思われるが、休憩や仮眠のためであろうか?先程デッキから見たように後部運転台に乗務員が1人便乗していたことからも考え、途中駅での交代要員は駅で待機しているのではなく列車に乗車しているのかもしれない。列車本数の少ないサハリンでは日本のように運転所や待合所を作って乗務員を置いたのでは効率が悪いからだろうか。

  • 500_29828180

    ◆5日目
     5:16頃にドリンスク(落合)発車。あと1時間ほどでユジノサハリンスクに到着するが、同室の乗客はまだ寝ている。すると車掌がドアをノックして起こしに現れ「あと1時間で終点だ」と言うようなことを告げていった。
    サマータイムのため日本と2時間の時差があり、朝5時半頃にようやく日が昇る。日本であればまだ3時半である。この時差のため、サハリンでは21時を過ぎてからようやく日が沈む。
    5:50頃に再び車掌が部屋に来て、私以外の寝ている乗客を起こす。今度は声を掛けるだけではなく体を叩き「もう着くから起きろ」というようなことを言っている。今回の車掌は面倒見のいい人だからだろうか?それとも終点に着いたらとっとと降りて欲しいからだろうか?

     ユジノサハリンスクには定刻の6:14に到着した。先頭車はホームから外れており、草ボウボウの地面に降ろされる。駅舎から離れた2番線に到着したため、地下道を通り駅舎の横に出た。

  • 500_29828181

    今晩はユジノサハリンスクのホテルに宿泊するため、今日は近郊の鉄道に乗ったりユジノサハリンスク市内を観光したりする。

    【ノボデレーベンスカヤへ行く】
     ユジノサハリンスク8:15発ノボデレーベンスカヤ(奥鈴谷)行き。ブイコフ(内淵)から到着した車両が折り返す。Д2(D2)形気動車3両編成。
    乗客は各ボックスに1~2人居るぐらいとそこそこ乗車している。乗客はオバサンや婆さんばかり。8:17、定刻より2分遅れで発車した。

  • 500_29828228

    途中の乗降所「14КМ ПК2」には8:38頃到着する。ものすごい上り勾配にある駅で、周りに民家は全く見えない。数人が下りてゆき、けもの道のような所を通り藪の中へ消えていった。
    次の16КМ乗降所では、乗車していた8割ぐらいが下車する。この駅も周囲は藪ばかりで何も無い。大勢の下車客は、けもの道を通りどこかへ行ってしまった。

  • 500_29828229

    終点のノボデレーベンスカヤに到着する。ホームに立派な上屋があるが、駅の周囲には何も無い。1日2往復しか列車が来ない駅だが、駅前にはマラコー(牛乳)売りと土売り(肥料売り?)のトラックが停まっている。下車した人々は、やはり未舗装の道を歩き藪の中へ消えていった。

  • 500_29828230

     このノボデレーベンスカヤ支線の沿線にはダーチャ村があるらしく、1日2往復の列車はそのダーチャへ通う人のための列車なのだ。「ダーチャ」は日本語では「別荘」「家庭菜園」と訳されるが、実際は別荘ほど洒落たものではなく、家庭菜園より本格的な農園だ。ここで自分用の野菜を作り、余ったものは市場で販売するらしい。娯楽の少ないロシアでは日中はダーチャで過ごすのが一般的なようで、乗客に女性や年寄りが多かったのも納得出来た。

    乗客の中に大学生らしいグループがおり、日帰りのハイキングにでも行くようだ。彼らは線路が行き止まりになっている側の山の中へ歩いて行った。

  • 500_29828231

     この路線はかつて南部横断線と呼ばれ、サハリンの東側と西側を結ぶ重要な路線だった。西海岸のホルムスク(真岡)まで至っていたが1990年代にトンネルで落盤が起こったため放棄され、現在はここノボデレーベンスカヤで終点になっている。現在はトマリ(泊居)付近の真久線が唯一サハリン東西を横断する鉄道である。そのためユジノサハリンスクからホルムスクへ鉄道で向かう場合は大幅に迂回する形となり、現在直通する旅客列車は運行されていない。

     10分程の折り返し時間でノボデレーベンスカヤを発車した。10人程度乗車しているが、このあたりに住んでいるのだろうか。途中の16КМでも数人が乗車する。

  • 500_29828232

     ユジノサハリンスク駅構内に留置されている車両。おそらく日本時代の客車を改造したと思われる事業用車。両隣りのロシア規格の車両と比べると大きさの違いが分かる。この客車以外にも、日本のオハ35やスハ43を改造したような形の荷物車が留置されていた。

  • 500_29828242

    同じくユジノサハリンスクに留置されている車両。おそらく消防用列車と思われる。同じような編成がティモウスクにも留置されていた。沿線火災や山火事の際は出動するのだろうか?
     ユジノサハリンスクには定刻より2分程早く到着した。駅舎から離れた3番線に到着し、乗客が階段を下りると警官が地下道入口のドアを閉めてしまった。

  • 500_29828243

     この日の鉄道ネタは以上であり、以降はユジノサハリンスク市内を散策する。日曜日だったため山の空気展望台へ登るリフトに乗るため、勝利公園付近まで歩く。しかしリフトは工事中なのか改装中のため運行されていなかった。後日日本語ガイドに尋ねたところ、2013年7月初旬より運休しているとのこと。再開時期は分からない。

     主だった名所は見てしまったことと夜行列車での寝不足もあり、早めにホテルへチェックインした。2日振りのシャワーを浴びる。
    今回の行程ではノグリキを夜行列車だけで往復したが、2晩風呂無しであることが難点だが夜行列車乗車やノグリキ市街観光が目的ならば十分な行程であると思う。さらにノグリキやティモウスクに1泊する場合は時間を持て余すのではないだろうか。しかし夜行のみでのノグリキ往復は、オホーツク海沿いに列車が走る区間ではほとんど車窓は真っ暗である。

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