2013/06/29 - 2013/06/29
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ドクターキムルさん
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横浜市中区山手町にある元町百段公園は、横浜元町浅間山に上る石段の千軒坂の上にある。大変眺望の良い場所で、この浅間山の見晴台には幕末まで横浜村から移ってきた元町の鎮守厳島神社末社の浅間神社が鎮座し、小さな茶屋もあった。この石段の急坂は浅間神社の参道だったのだ。元町百段公園は古写真を見ると、この浅間神社跡にある。
千軒坂は関東大震災で崩壊し、現存はなくなってしまった坂である。霧笛楼の近くの駐車場辺りに位置していた。今は葛が絡まる高田坂の階段(94段とも)で代官坂下に下りられる。
元町百段公園の不思議は、「浅間神社跡」を名に冠せず、山手町にあるのに「元町」の名を冠していることだろうか。
(表紙写真は元町百段公園入口)
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元町百段公園にある「横濱元町浅間山」の古写真と「元町百段」プレート。
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「横濱元町浅間山」の古写真。参道の左右に家が建ち、山の上へと真直ぐに石段が伸びている。これが101段あったという参道の石段だ。山頂には神社の社殿が見える。
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「元町百段」プレート。
「元町百段
この地は、横浜の開港時から大正期にかけて、浅間山の見晴台と呼ばれ、たいへん眺望のよいところでした。
右の写真は、当時前田橋から「元町の百段」を撮影した貴重なものです。元町二丁目から急な石段が百一段あったのですが、市民は「百段」と呼んで親しんだものです。
この場所には、元町の鎮守厳島神社の末社の「浅間神社」が祭られ、小さな茶屋があり、外人の観光客もよくここを訪れています。浅間神社は、もと横浜村にありましたが、万延元年(一八六〇年)に横浜の村人が元町へ立ち退いたとき、いっしょに移されました。
昔は、ここから港の出船入船や関内地区が手に取るように見え、遠く神奈川宿の旅篭や茶屋までが見渡せました。
この公園は、関東大震災で崩れて、今はない「百段」の歴史をここにとどめるように造られたものです。
横浜市 緑政局 中区役所」 -
元町百段公園入口。
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元町百段公園。
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元町百段公園の広場。
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元町百段公園。
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元町百段公園。大きな木立は浅間神社の社叢(しゃそう)の名残か?
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元町百段公園。
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元町百段公園の看板。
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