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 12時前、列車はチェチェン共和国首都、グロズヌイに停車した。国境からグロズヌイまで、車内は武装集団の監視下に置かれ、鉄道は占拠された状態、まさしく列車ジャックされた状態だ。<br /><br /> グロズヌイに到着すると車内は急に騒がしくなった-チェチェン人の女性や子供達が車内に乗り込み、車内販売に一斉にはじめたのだ。彼らが売っているものは様々・・・、飲食物やタバコもあれば、何処で手に入れたのか、車内を荒らし回って奪い取ったのか、ブラジャーや子供のプラスティック製の玩具、子供用の洋服まで売り歩いていた。彼女達は切れ目なく車内を歩き回っていたが、誰一人チェチェン人から品物を買おうとしない。それどころか、乗客の大半は彼らに白い目を向け、同室のロシア人の女性は窓の方に顔を向け、「チェチニャー!(チェチェン人共)」と言いながら何度も舌打ちをしていた。彼ら一般市民には戦争の罪はない。しかし戦争による深い心の傷を負えば、お互い割り切って見ることは、よほどの事がなければ難しいだろう。<br /><br /> こうした売り子達に混じり、武装集団たちは頻繁に車内を巡回する。彼らは時々室内を確認するために、個室に踏み入ることもある。そんな時私の目の高さを自動小銃やライフルの取っ手がブラブラしているのが目に入り、同じように正面に座っていたタタール人と目が合い、妙な笑が出てしまう。<br /><br /> グロズヌイを停車したまま一時間が経過した。列車は動き出す気配すらない。これから我々は一体どのようになるのか、不安ながらに待っていると、車内から売り子の姿がぱったりと消え、同室の人たちの顔に戦慄が走った−武装集団が遂に、強奪の行動を起こし始めたのだ。グロズヌイに停車後、車内の張り詰めた空気はピンと張った糸のような感じだ。車内に怒号が響き渡り、何かバタンバタンと音が聞こえる。乗客は息を殺し、遠くからチェチェン人達が乗客に話している言葉を、神経を研ぎ澄まして耳を立てて聞きながら現状を把握した。武装勢力は我々の車両の両側の個室から物色をしていることは、私も声から判断してわかった。我々の個室はちょうど車両の真ん中に位置していたので、一番最後に物色されることとなる。<br /><br /> 武装勢力は個室に入るとバンッと扉を閉める。そして5分から10 分間物色し、次の個室に移っていった。次々と個室が彼らに襲われている間、ジッと自分達の個室に座って待っていなければいないこの時間は、本当にしんどい。まるで死刑宣告され、自分が執行される順番を待っているような気分だ。彼らは間違いなく我々も襲うのだから、そして下手をすれば私は誘拐されかねないのだから。そしてこの時車掌の誘拐されかけた時の4か条が頭にフと浮かび、何とか自分が誘拐されない手立てを考えねばと必死で頭を巡らした。しかし監禁された状態の中で脱出を試みても、恐らく射殺されるだけ。今逃げることは誘拐されるよりも生存の可能性が低い。それならば、自分はチェチェン紛争を調べに来たジャーナリストと言って彼らに友好的に話をするしかないのか?と、様々な事を考えたが、いずれにせよこの状況下で無傷で済まされる可能性は低い。<br /><br /> 右隣の個室の扉がバンッと閉まる音がした。遂に武装勢力は隣室まで到達したのだ。我々は張り裂けそうな空気の中、必死で自分自身をコントロールし、自我を持ち続けた。同室の男性二人は壁に耳を当て隣室の様子を探っていた。そして暫くして耳を壁からはずし、「隣ではどうやら一人50US$を搾取されているようだ。だけど日本人の君は100US$は間違いなくとられる」とタタール人の男性が言うと、続けざまにアゼルバイジャン人の男性が一人ひとりを指差しながら「君は50US$」、「君も50US$」、「しかし日本人の君はこうなるかもしれない、誘拐だな。」と言いながら、首をかき切る仕草をしてみせた。この言葉に誰も否定しない。ロシア人の女性は涙目の哀れんだ目出私を見つめ、タタール人の男性は私に対し祈りを始めた。そして当の本人の自分もこの時ばかりはチェチェンの土になるかも知れない、と心のどこかで思っていた。<br /><br /> 間もなくすると左隣室の扉も閉まる音が聞こえた。両隣室にチェチェン人武装勢力が侵入し、部屋を荒らしている。左隣室からは怒鳴り声も聞こえてくる。この絶体絶命の状況、私の未来は神のみぞ知る(インシャーラー)・・・。<br /><br /> 右隣室扉が開く音がした。遂にチェチェン人たちが我々の個室に来る。これで終わりなのか??足音は一歩また一歩と近づくごとに、今まで経験のしたことのない程の緊張感が上がっていく。そして通路の右側からライフルを持った二人のチェチェン人が現れ、個室の前で止まった。そして彼らは暫く私だけをジッと睨んだ。私はこのまま誘拐される事を覚悟していたが、彼らは私を睨んだ後、個室に入ることなく、立ち去った。 ??どういうことなのか??私はもちろん同室の人たちも彼らが去った、この奇跡的な現状を理解できず、逆に戸惑いすらした。ひょっとして左隣室を荒らしている部隊に我々を任したとでも言うのだろうか?<br /><br /> 左側の隣室を荒らし終えたのか、扉が開く音がし、今度こそ駄目かな、と再度覚悟を決めたが、かれら武装勢力も我々の個室を通路から見、私を睨むだけで立ち去っていく。一体どうしたと言うのだろうか? ひょっとして誘拐ビジネスにおいてビックビジネスになりかねない打ってつけの日本人を見つけ、応援部隊でも呼びにいっているのだろうか??<br /><br /> 武装グループはその後も頻繁に車両を徘徊し、我々の個室の前に差し掛かる度に私を睨んでは立ち去っていくが、グロズヌイ到着後、一歩たりとも個室に入ろうともしない。何故彼らは我々の個室にだけ一歩も入ろうともしないのか? 全く原因もわからず、当惑していた。<br /><br /> 結局列車は3時間強グロズヌイに停車させられ、物色されるだけ物色されて出発した。列車が動き出すと歓喜の声が車内のあちこちから上がった。皆それぞれにホッと安堵し、腰が砕けるようにヘナヘナと座席に沈んだ。しかし列車はグロズヌイを出発しただけで暫くはチェチェン領内を走らなければならない。そして未だ武装勢力は僅かながら車内を歩いているので、安心しきっているわけではないが、首都グロズヌイを乗客の誰も無傷・無血のまま出発したことは乗客にとり、大変うれしいことでもあった。その為車内にも笑顔がもどり、重い空気も薄らいでいった。それにしても我々の個室だけ何故武装勢力に襲われることがなかったのか・・・?<br />後にその驚くべき理由が判明する・・・。

チェチェン共和国で列車ジャック−恩人と赤き狼達 3/4 -グロズヌイでの緊張、誘拐の危機一髪

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1999/03/03 - 1999/03/06

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worldspan

worldspanさん

 12時前、列車はチェチェン共和国首都、グロズヌイに停車した。国境からグロズヌイまで、車内は武装集団の監視下に置かれ、鉄道は占拠された状態、まさしく列車ジャックされた状態だ。

 グロズヌイに到着すると車内は急に騒がしくなった-チェチェン人の女性や子供達が車内に乗り込み、車内販売に一斉にはじめたのだ。彼らが売っているものは様々・・・、飲食物やタバコもあれば、何処で手に入れたのか、車内を荒らし回って奪い取ったのか、ブラジャーや子供のプラスティック製の玩具、子供用の洋服まで売り歩いていた。彼女達は切れ目なく車内を歩き回っていたが、誰一人チェチェン人から品物を買おうとしない。それどころか、乗客の大半は彼らに白い目を向け、同室のロシア人の女性は窓の方に顔を向け、「チェチニャー!(チェチェン人共)」と言いながら何度も舌打ちをしていた。彼ら一般市民には戦争の罪はない。しかし戦争による深い心の傷を負えば、お互い割り切って見ることは、よほどの事がなければ難しいだろう。

 こうした売り子達に混じり、武装集団たちは頻繁に車内を巡回する。彼らは時々室内を確認するために、個室に踏み入ることもある。そんな時私の目の高さを自動小銃やライフルの取っ手がブラブラしているのが目に入り、同じように正面に座っていたタタール人と目が合い、妙な笑が出てしまう。

 グロズヌイを停車したまま一時間が経過した。列車は動き出す気配すらない。これから我々は一体どのようになるのか、不安ながらに待っていると、車内から売り子の姿がぱったりと消え、同室の人たちの顔に戦慄が走った−武装集団が遂に、強奪の行動を起こし始めたのだ。グロズヌイに停車後、車内の張り詰めた空気はピンと張った糸のような感じだ。車内に怒号が響き渡り、何かバタンバタンと音が聞こえる。乗客は息を殺し、遠くからチェチェン人達が乗客に話している言葉を、神経を研ぎ澄まして耳を立てて聞きながら現状を把握した。武装勢力は我々の車両の両側の個室から物色をしていることは、私も声から判断してわかった。我々の個室はちょうど車両の真ん中に位置していたので、一番最後に物色されることとなる。

 武装勢力は個室に入るとバンッと扉を閉める。そして5分から10 分間物色し、次の個室に移っていった。次々と個室が彼らに襲われている間、ジッと自分達の個室に座って待っていなければいないこの時間は、本当にしんどい。まるで死刑宣告され、自分が執行される順番を待っているような気分だ。彼らは間違いなく我々も襲うのだから、そして下手をすれば私は誘拐されかねないのだから。そしてこの時車掌の誘拐されかけた時の4か条が頭にフと浮かび、何とか自分が誘拐されない手立てを考えねばと必死で頭を巡らした。しかし監禁された状態の中で脱出を試みても、恐らく射殺されるだけ。今逃げることは誘拐されるよりも生存の可能性が低い。それならば、自分はチェチェン紛争を調べに来たジャーナリストと言って彼らに友好的に話をするしかないのか?と、様々な事を考えたが、いずれにせよこの状況下で無傷で済まされる可能性は低い。

 右隣の個室の扉がバンッと閉まる音がした。遂に武装勢力は隣室まで到達したのだ。我々は張り裂けそうな空気の中、必死で自分自身をコントロールし、自我を持ち続けた。同室の男性二人は壁に耳を当て隣室の様子を探っていた。そして暫くして耳を壁からはずし、「隣ではどうやら一人50US$を搾取されているようだ。だけど日本人の君は100US$は間違いなくとられる」とタタール人の男性が言うと、続けざまにアゼルバイジャン人の男性が一人ひとりを指差しながら「君は50US$」、「君も50US$」、「しかし日本人の君はこうなるかもしれない、誘拐だな。」と言いながら、首をかき切る仕草をしてみせた。この言葉に誰も否定しない。ロシア人の女性は涙目の哀れんだ目出私を見つめ、タタール人の男性は私に対し祈りを始めた。そして当の本人の自分もこの時ばかりはチェチェンの土になるかも知れない、と心のどこかで思っていた。

 間もなくすると左隣室の扉も閉まる音が聞こえた。両隣室にチェチェン人武装勢力が侵入し、部屋を荒らしている。左隣室からは怒鳴り声も聞こえてくる。この絶体絶命の状況、私の未来は神のみぞ知る(インシャーラー)・・・。

 右隣室扉が開く音がした。遂にチェチェン人たちが我々の個室に来る。これで終わりなのか??足音は一歩また一歩と近づくごとに、今まで経験のしたことのない程の緊張感が上がっていく。そして通路の右側からライフルを持った二人のチェチェン人が現れ、個室の前で止まった。そして彼らは暫く私だけをジッと睨んだ。私はこのまま誘拐される事を覚悟していたが、彼らは私を睨んだ後、個室に入ることなく、立ち去った。 ??どういうことなのか??私はもちろん同室の人たちも彼らが去った、この奇跡的な現状を理解できず、逆に戸惑いすらした。ひょっとして左隣室を荒らしている部隊に我々を任したとでも言うのだろうか?

 左側の隣室を荒らし終えたのか、扉が開く音がし、今度こそ駄目かな、と再度覚悟を決めたが、かれら武装勢力も我々の個室を通路から見、私を睨むだけで立ち去っていく。一体どうしたと言うのだろうか? ひょっとして誘拐ビジネスにおいてビックビジネスになりかねない打ってつけの日本人を見つけ、応援部隊でも呼びにいっているのだろうか??

 武装グループはその後も頻繁に車両を徘徊し、我々の個室の前に差し掛かる度に私を睨んでは立ち去っていくが、グロズヌイ到着後、一歩たりとも個室に入ろうともしない。何故彼らは我々の個室にだけ一歩も入ろうともしないのか? 全く原因もわからず、当惑していた。

 結局列車は3時間強グロズヌイに停車させられ、物色されるだけ物色されて出発した。列車が動き出すと歓喜の声が車内のあちこちから上がった。皆それぞれにホッと安堵し、腰が砕けるようにヘナヘナと座席に沈んだ。しかし列車はグロズヌイを出発しただけで暫くはチェチェン領内を走らなければならない。そして未だ武装勢力は僅かながら車内を歩いているので、安心しきっているわけではないが、首都グロズヌイを乗客の誰も無傷・無血のまま出発したことは乗客にとり、大変うれしいことでもあった。その為車内にも笑顔がもどり、重い空気も薄らいでいった。それにしても我々の個室だけ何故武装勢力に襲われることがなかったのか・・・?
後にその驚くべき理由が判明する・・・。

同行者
一人旅
交通手段
鉄道 高速・路線バス 自転車 タクシー ヒッチハイク
航空会社
アエロフロート・ロシア航空

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  • 私が唯一チェチェンで写した写真。ちょうどグロズヌイを出発して間もない頃です。

    私が唯一チェチェンで写した写真。ちょうどグロズヌイを出発して間もない頃です。

  • モスクワに訪れた「おのぼりさんたち」が必ず訪れる地下モール。この外が見えるエレベータが当時ロシアでは大変珍しく、このエレベータに乗るために長い行列ができており、何度もB1FとB2Fを行き来する兵隊さんまでいました。そりゃそんな兵隊ではチェチェンに木っ端にされるわ・・・。

    モスクワに訪れた「おのぼりさんたち」が必ず訪れる地下モール。この外が見えるエレベータが当時ロシアでは大変珍しく、このエレベータに乗るために長い行列ができており、何度もB1FとB2Fを行き来する兵隊さんまでいました。そりゃそんな兵隊ではチェチェンに木っ端にされるわ・・・。

  • 地下街の食堂はいつも人でにぎわい、入れるような状況ではありませんでした。この地下街もテロのターゲットになりました。

    地下街の食堂はいつも人でにぎわい、入れるような状況ではありませんでした。この地下街もテロのターゲットになりました。

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