2026/09/27 - 2026/09/27
819位(同エリア988件中)
よしめさん
この旅行記スケジュールを元に
2026年9月27日(日)~29日(火)なばなの里周辺に1人旅し、花も温泉も満喫してきました。元々は、阪急トラピックスの雲仙の長期滞在ツアーを申し込んでいましたが、1ヶ月前に催行されないとの通知。このぽっかり空いてしまった、数日の予定と心の穴を埋めるには、旅に出るしかありません。かと言ってこれからエアチケットやホテルの予約を取るのは、間際すぎて、取れるかどうかわからないし、取れたとしても間際すぎてお高いし・・・それで、もっと近くて、新幹線で行けそうな所、今、美しい花が咲いているであろう所を、チャッピー(以後チと表記)に相談。コスモスが咲いている、なばなの里を提案されOKしました。毎年年会費を払っているものの、一度も使ったことがない、ジパング倶楽部で、3割引きチケットを使ってみようと思い立ちました。初チャッピーお任せ旅、初ジパング旅です。自宅最寄りの駅のみどりの窓口は、なくなってしまったので、どこにあるのか、どうやって使えばよいのかも含めて全てチにお尋ねして、記入して行きました。みどりの窓口ならぬ、テレビ電話で応対することにもビックリ。一部記入間違いをしたものの、希望する新幹線のチケットをゲット。なばなの里最寄りの駅に近いビジネスホテルもチにお尋ねし、じゃらんで比較検討し、ゲット。これで大人の階段を一段登れたような気がします。これで、シニアの私でも、令和の時代、生きていけるよね?
問題はお天気。台風シーズンでもあり、それでなくても9月は長雨の季節。まして千葉は最近、水害が多い。福岡雨女の自覚もあります。雨バージョンの計画もチにお任せ。連日雨が降ったり止んだらするお天気ではあったものの、美しい建物や、美しい花々や、日帰り温泉を独り占めしながら、期待した以上に充実した濃い3日間を過ごしてきました。主な行程は下記の通りです。①②③・・は旅行記の番号で、⑤まであります。該当旅行記は★です。よろしければご覧ください。
9月27日(日)旅行1日目① 自宅・・自宅最寄りの駅ー東京駅9:36発ひかり637号ー名古屋着11:19 11:37発快速みえ 桑名11:58着・・③桑名グリーンホテル(H)2連泊=★②六華苑・・買い物散歩(H)
28日(月)2日目④(H)・・桑名=なばなの里ベコニアガーデン・・⑤花ひろば・・里の湯=①桑名駅周辺買い物散歩(H)
29日(火)3日目⑤(H)・・10:06桑名発 快速ー名古屋11:03 11:31ひかり646号ー東京駅13:12着ー自宅最寄りの駅=カイロ=娘宅=自宅
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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2026年9月27日(日)旅行1日目
やっと六華苑到着。入場料は460円。受付の私と同じ年頃のお姉さんは、「ありがとう。」と関西風のイントネーションで。「迷いながらやっとたどり着きました。」とお答え。「帰りは駅までどうやって帰れば良いですか?」とお尋ね。「バスなら10分ほど歩いて田町で乗る。」とご説明。「来る時それで来て、その後、迷子になってしまいました。」と短い会話を。 -
「六華苑」は二代目諸戸清六の邸宅として大正2年(1913年)に完成。本苑には、鹿鳴館の設計で有名なイギリス人建築家ジョサイア・コンドル設計による4層の塔屋を持つ木造2階建て天然スレート葺きの洋館、和館や蔵、池泉式回遊庭園などがある。和洋の洋式が調和した明治・大正期を代表する貴重な文化遺産であり、国の重要文化財に指定されている。また、庭園は国の名勝に指定されている。
六華苑 名所・史跡
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入場チケット
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頂いた苑内マップ
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裏は建物の内部案内図
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三つ折りのパンフレットもいただきました。
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和館
これほど大きな和館を接続させた設計は珍しいそう。 -
立派な長屋門です。
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イチオシ
これは洋館。水色の建物。塔は4階建て。水色の建物。札幌の豊平館みたい。
木造2階建て。北東角には4階建ての円形を持つ塔屋がある。英国人ジョサイ・コンドル博士設計により明治44年に着工し、大正2年に竣工。車寄せは戦災を受けて消失して復元した。
雨が降り出す前に外側を拝見しましょう。 -
イチオシ
お庭には滝が流れています。
庭園は、主庭園、内庭、東庭に大別されている。主庭園は池泉回遊式で開放的で、内庭は路地風になっている。東庭には創建当時、コンドルが設計した薔薇の円形花壇があった。庭園は平成13年に国の名勝に指定された。 -
隣の「七里の渡公園」とはレンガ塀で仕切られています。
桑名七里の渡し公園 公園・植物園
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池側から和館と洋館を眺める。
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鯉がいました。
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池が鏡になって、和館と洋館を写しています。
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一番蔵
木造2階建て。土蔵造り。側廻基礎は御影石積。壁胴廻りは洗出し、上部は黒漆喰仕上。和館北廊下と接続しており、接客用調度品などを収納していた。 -
離れもあります。
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和館
木造平屋建て(1部2階建て)、入母屋造、桟瓦葺。1階は、西側に格の高い客座敷、東側に内向きの座敷があり、2階は洋館2階とも連絡する部屋がある。この和館と洋館が壁を接して建てられ、直線上に配置されているのが特徴。大正元年8月11日上棟。工匠棟梁伊藤末次郎。 -
二番蔵
木造2階建て。土蔵造り。側廻基礎は御影石積み。壁胴廻りは杉板張り。上部は黒漆喰仕上。もとは内玄関棟と接続しており、膳椀、什器類を収納していた。 -
お手洗い
紳士と淑女のマーク。 -
イチオシ
レストラン前のバラ園。これはシエラザート。
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イチオシ
赤と白の混じりの薔薇
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赤い薔薇
「オマージュ・ア・バルバラ」 -
レストラン「Rocca」ランチのメニュー。
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レストラン「rocca」前で、記念撮影中のご一家が。写り込まないようにしばらく佇んでいました。
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さて、内玄関棟から入ります。建物の作り。
内玄関棟(管理棟)
木造平屋建て。元は和館と二番蔵に接続しており、家玄関、事務室、炊事場等があったが、昭和23年に撤去されていたので、形状を模して新築し管理棟とした。 -
喫茶室があります。抹茶、紅茶、コーヒーがいただけます。レストランに行かなくても、お庭を眺めながら、見学後、ここでお茶にしようかな?
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内玄関棟
内玄関棟には、内玄関の他使用人の部屋や台所等があり、使用人はこの玄関からしか出入りが許されなかった。震災で傷み、昭和23年に撤去されていたが、残っていた基礎部分と古写真をもとに外観を再現。
創建当時(大正2年)の、図面では、内庭には茶室が設けられ、茶室、二番蔵、三番蔵、番蔵棟(四番から七番蔵)へはこの内玄関棟から廊下が通じていた。 -
国指定重要文化財 旧諸戸家住宅洋館・和館調査工事報告
洋館を上から眺めた物。 -
事業の概要
調査(令和9年3月)後、建物の構造補強を伴う保存修理工事を行う。令和15年(2033)までの完了を目指す。保存修理工事中は洋和館は閉館、その他の建物や庭園部分は立ち入ることができなくなる可能性ありと。えっ、今回来て正解でした。工事が始まったら見られなくなりますから。全くの偶然でしたが。 -
調査工事の内容
ボーリング調査、基礎の確認、通常撮影、赤外線撮影等 -
洋館の床下
空調ダクトがあり、ベランダ床のレンガ構造など当時の施工技術の水準を知ることができた。
旧諸戸家住宅の変遷
何度も修理や変更、新設を行っている。 -
トイレ
このトイレは創建当時(大正2年)から既に水洗トイレだった。床には玄関と同じ輸入タイルが使用されており、腰タイルも輸入されたもの。1階と2階にそれぞれ設けられており、コンドルのきめ細かな設計の1部が伺える。 -
電話室
明治、大正の頃、電話を所有している家は、大変少なく、裕福な家にしかなかった。当時電話のある家には和洋を電話室を設けるのが一般的。
階段
階段の手すりは、コンドルの凝ったデザインの1つで、手すり下の板面には、ハート矢印型の透かしが施されている。 -
階段脇の掲示
お客様へ
一度に10人以上での階段のご利用はご遠慮下さい。また、階段で立ち止まらないでください。
倒壊するかも???大丈夫、本日、お客がそんなに多くはいません。お部屋によっては、ほぼ貸切で見学できました。 -
ステンドグラス入りの玄関を内側から外を眺める。
玄関
この玄関は、主人と来客だけが利用。玄関表側の車寄せは洋館正面を強調するためにつけられたものだが、戦災によって倒壊してしまい、コンドルの設計図と写真によって、ステンドグラスとともに復元された。
玄関のタイルは、戦災を免れた、当時のもの。コンドルのお気に入りの輸入タイルで、ベランダとトイレにも同じものが使われている。 -
ホール
ホールを中心として、応接室や食堂など諸室を配置する方法や、大きな折れ曲がり階段との取り合わせはコンドルが好んで採用した形式で、コンドルの特色がよく現れている。玄関上部の半円のデザインは1階と3階の外側の窓枠に統して使用されている。各階ごとに、ドアや窓枠、天井、周りのデザインは統一されており、コンドルの他の作品にも見られるもの。
戦後この建物は住居としてほとんど使用されていなかったため、完全な形で残っていた家具はこのセットだけ。
各部屋、場所ごとにこんな説明が掲示されていました。 -
天井のシャンデリアも素敵
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客間
来客接待用の部屋で、1番凝った作りとなっている。
天井のバラ模様は、コンドルが好んで用いた模様でイギリス王朝を象徴する薔薇は、コンドルがイギリス人であることを改めて認識させる。暖炉はアールヌーボーの様式を取り入れたもので鏡の位置が高いのは直輸入のものを使っているため。
ここにある家具は、当時のものではなく、アンティークを輸入したもの。
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食堂
落ち着いた色調に統一されている。
隣室との境は、ドアではなく引き戸で、各部屋の色に合わせて塗り分けられているため表裏は違う色となっている。各室ドアの高さは、当時としては非常に高く西欧の基準と思われる。
この食堂の家具は、当時のものではなく、アンティークを購入したもの。 -
トイレ
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女中室
この部屋はコンドルの図面には「スペアルーム(予備室)」と書かれているが実際には使用人の部屋として使われていた。全体は、洋式で、押し入れだけが和式となっている。
当時、洋館の使用人と和館等の使用人とは別々にいて、洋館の使用人は洋館だけの仕事をし、和館等の使用人は、めったに洋館には入れなかったそう。 -
諸戸徳成亭 水彩絵葉書
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英国人建築家ジョサイアコンドル
日本近代建築の礎を築いた人
現存するコンドル設計の建築物
ニコライ堂、岩崎久彌邸、岩崎彌之助高輪別邸、三井倶楽部本館、島津忠重邸など
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コンドルの生涯と家族
日本の建築界に一生を捧げた。
花柳界の女性との間に女の子がいた。その後日本の女性と結婚。1920年67歳で日本で亡くなる。 -
コンドルと、日本の文化
日本文化を愛した外国人
日本庭園などに関する著書を出版。狩野派の絵師河鍋暁斎に師事。日本画に習熟。 -
居間
2階の居間は、階下の食堂と同じ間取りとなっている。室内からはサンルームへ通じており、明るい部屋となっている。
この部屋の暖炉は特に高く設計されており、北側の壁面には、衣装ダンスが設けられている。収納スペースは造り付けだが、中にある引き出し等は後付けと考えられている。 -
サンルーム
1階ベランダと同じ広さをもつこのサンルームは、言葉通り、陽光が降り注ぐ明るいスペースで、当時としては斬新な設計であったと思われる。
また、このサンルームは、庭園を眺めるにも絶好の場所だった。 -
教育者コンドルと門下生
第一期生が辰野金吾、片山東熊、曾禰達蔵、佐立七次郎など -
諸戸氏庭園
江戸期に端を発する由緒ある豪邸
春と秋に一般公開 -
初代清六の上水道建設
桑名の人々に正常な水を
揖斐川河口の低湿地に発達した桑名の町は、水に恵まれておらず、飲料水の不良による衛生面の不安を抱えていた。初代清六は桑名の人々の念願だった上水道の建設を独力で行い、水を無償で提供した。 -
寝室
2階はプライベートスペースになっており、寝室、書斎、居間などがある。
寝室と書斎の暖炉は、煙突の都合で背中合わせとなっている。
洋館内の電気金具はすべて戦争時に供出されており、平成4年から平成5年にかけての工事で、復元されたが、この部屋の電気の笠は創建当時のもの。
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書斎
この書斎は、1階の客間と同じ間取りとなっている。1階同様窓枠が屈曲しているのは、直線の単純さを嫌ったコンドルらしいデザインと言える。
室内からはサンルームへ通じている。
この部屋の家具は当時のものではなく、アンティークを購入したもの。 -
反対側から眺める。
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ゲームテーブル
マホガニー材 ヴィクトリアン様式 イギリス1910年
バルンバックチェアー
マホガニー材 ヴィクトリアン様式 イギリス1910年 -
初代諸戸清六
独力で日本一の大地主
初代清六は、父親が残した借金の返済から始めて、一代で財を成した桑名の大実業家。明治という激動の時代に活躍し、田畑・山林を精力的に購入して日本一の大地主になった。 -
二代目諸戸清六
先代の意志と事業を継承した
初代清六の死去に伴い四男清吾が2代目清六を名乗り事業を引き継いだ。2代目清六は、早稲田大学に学び、洋行を経験して見分を広め、事業ばかりでなく育英会を設立するなど社会貢献にも力を注いだ。 -
六華苑のあらまし
近代建築史上における貴重な遺産 -
二代目諸戸清六の新居建設
青年実業家の豪邸建設
1911年工事着工 1913年竣工 -
六華苑の変遷
創建から一般公開までの歩み
2代目清六が建設した洋館和館を中心とした邸宅は、その後改築・改修や太平洋戦争による被災などを経て、1991年修復後「六華苑」といて1993年一般公開された。 -
トイレ
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さて和館へ移動します。
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居間(二の間)
和館は客座敷だったが、二の間は二代諸戸清六氏が和館での居間とした部屋で、床の間を備えた12畳半の座敷と、10畳の次の間からなっている。
棹縁(さおぶち)天井は、桧(ヒノキ)板、欄間は桧の1枚板で、建具は黒漆喰になっている。
二代清六夫人が二の間にベッドを置いて、病気静養に使っていた時期もあったと言われ、家族の日常生活は、洋館部分ではなく二の間が中心になっていたとも伝えられている。 -
お庭の眺め
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欄間の模様
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釘隠しにも同じ模様。
和館
明治大正の洋風建築には、このような和館が接続しているのか一般的だった。当時としては、純粋な洋式と言うのは抵抗があり、こうした座敷を付帯したと思われる。
しかし、この旧諸戸清六邸のように、2つの座敷と蔵まで設備した本格的な和館を備えた例は少なく、貴重な遺構といえる。
昭和15.6年頃からは、桑名駅北方の徳成の別邸が主に使われるようになり、戦災を受けたこともあってその後としては使用されることなく現在に至っている。
ここの廊下は、畳廊下と板張り廊下に分かれている。畳み廊下は主人と来客、使用人は板張り廊下を使用した。 -
客間(一の間)
和館における客間で、床の間・付書院・飾り棚を設けた本格的な座敷。座敷は18畳、次の間は15畳、鞘(さや)の間は6畳ある。
棹縁(さおぶち)天井は桐板張、欄間も桐の一枚板。欄間及び釘隠しの模様は桐と菊で、どのような来客を迎えても良い格式になっている。建具とけ込みは黒漆喰い。 -
横長い桐の一枚板の欄間。桐と菊の模様入り。
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つくばい
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便所
この便所は和館における主人と来客専用の便所。この便所が広いのは、創建当時(大正2年)は、着物がまだ一般的な服装であったためと思われる。
この背後に主人と来客専用の浴室があったが今は残っていない。 -
電気のスイッチがなんとなく菊の御紋に見えてきます。
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一番蔵
真っ暗です。悪いことをすると、この中に閉じ込められたのかなあと妄想。 -
さて、内玄関棟に戻り、お茶にします。
桑名の千羽鶴の作り方 -
いろんな連鶴があります。
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輪っかになったものもあります。
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羽を繋いでいます。
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諸戸家で大切に収蔵されていた食器
左はノリタケ、右はTOTOのもの。 -
好きな席に座りました。他にお客がいなかったので。こちらにも連鶴。
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ドローンによる空撮映像なども見られるそうです。よろしければQRコードの読み取りをどうぞ。
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お席からのお庭の眺め。紅葉が始まっています。
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呈茶 お抹茶とお菓子のセット。750円。
羊羹の色が美しく、美味しかったです。月曜日がお休みで行けなかった「花乃舎」のものでした。包まれたラップをはがしていただきました。もう少しお茶が飲みたかったなあ。 -
入り口の伝統工芸品
「桑名盆」 -
蛤香合
細かい細工です。
豪華な素敵な洋館と和館、お庭を拝見し、お茶とお菓子も頂いて、満足満足。スーパーに寄ってからホテルに戻ります。
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