2026/09/06 - 2026/09/06
577位(同エリア586件中)
ホーミンさん
この旅行記スケジュールを元に
モンゴル5日間の旅 2日目その1
2日目はまずウランバートル市内のガンダン寺にお参りをして、ウランバートル駅からウランバートル鉄道に乗った。
その後、遊牧民の暮らしを見学。
そこは遊牧民生活を紹介する観光施設で、トイレも水洗。
モンゴルの伝統的お菓子と馬乳酒で、もてなしを受けた。
草原を馬に乗って駆け回る遊牧民はカッコいい。
草原には動物の落とし物がいっぱい。
でも乾燥してパサパサな上、辺り一帯はハーブがたくさん生えており、歩く度にそれらを踏むので、良い香りが漂い、臭いに悩むことはなかった。
「一番寒い首都」であるウランバートルは、夏は40℃冬はマイナス40℃にもなる。
80℃も寒暖差がある、信じられない気候だ。
私たちが訪れた9月も、最低気温は氷点下にさがった。
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ウランバートルの夜明け。
チンギスハーンホテルは東向きに建っているので、朝日がのぞめる。チンギスハーン ホテル ホテル
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朝日を浴びるチンギスハーンホテル。
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ビュッフェの朝食をいただいて、
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迎えに来てくれたツアーバスに、8時に乗り込む。
モンゴルのレギュラーガソリンは、1リットル250円くらいする。
原油は取れるが、製油所がない。
中国に原油を持っていって、精製してもらっているとのこと。 -
バスは3列シートで広々。
韓国KIA社製で、シートベルトを引き出すのに力が要る。
ウランバートルは交通渋滞が酷い。
韓国が地下鉄を造る予定をしているが、ウランバートルの地下には永久凍土があり、工事はなかなか難しいらしい。
駐車場も足らず路上駐車が多いため、フロントガラスに携帯電話の番号を表示する習慣がある。
邪魔な時「どけてちょーだい」と連絡するのだ。
救急車もスムーズには走れず、輸血とかはドローンで飛ばしているとのこと。 -
清の五代皇帝である雍正帝によって、1727年に建てられたチベット仏教のガンダン寺院。
ジェブツンダンパ8世(ボグド・ハーン)は病気で盲目となったので、治るようにとここに観世音菩薩を奉納している。
スターリンの指示の下では、大勢の僧侶が粛清されたり、寺院が壊されたりした。
この寺院も機能が奪われたが、1944年に回復をしている。ガンダン寺 寺院・教会
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高さ26メートルの観音菩薩立像。
ジェブツンダンパが奉納したものは、スターリンが持ち帰ったそうなので、これではない。 -
チベット仏教は16世紀頃から広まったが、社会主義時代に多くが壊された。
もったいないな~。
信者さんたちの悲しみや怒りは、いかばかりだったか。 -
沢山のマニ車。
そうそう、お土産物屋さんには、マニ車のピアスが売っていた。
ご利益あるのかな?
ひと揺れ、一読経に相当するとか? -
モンゴル帝国の支配者層は伝統的なシャーマニズムで、多宗教を公的に保護していた。
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仏教・キリスト教・イスラム教などが共存し、改宗の強制もなかった。
今の日本みたい。
宗教間の争いがないのは嬉しい事だわ。 -
何人かの人がこの柱を取り囲み、柱の穴に向かって何やら囁やいていた。
寺院が壊された(焼けた?)時に残った1本で、穴に向かってお願い事をすると叶うと言われている。 -
渋滞に巻き込まれつつ、ウランバートル駅に到着。
私たちはここからウランバートル鉄道に乗る。
ツアーバスは降りる駅に先回りする。 -
ウランバートル鉄道はロシア国境スフバートルから、首都ウランバートルを通り、中国国境ザミンウードに至る主要路線だ。
ザミンウードの先は、北京に至る。 -
モンゴル国内の鉄道は、支線を除くとこれ1本しかない。
東の果てに貨物用の、シベリア鉄道の支線はあるが。ウランバートル駅 駅
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ウランバートル駅から乗り、4つ目のダワニー駅で降りる。
乗車時間は、約1時間。 -
Yから始まる赤い文字はウランバートル、Cから始まる文字はスフバートルと読む。
私たちはこの、スフバートル行きの列車に乗る。
ちなみにウランバートルは「赤い英雄」、スフバートルは「斧の英雄」という意味。 -
中は寝台車。
頭を打ちそう。
アラ古希の私たちでも、乗った事のない古さ。 -
トイレは穴開きタイプで、用を足し終わったらペダルを踏んで線路上に落とす。
昔の日本の列車もそうだった。
市街地を出て草原エリアに着くまで、トイレは使用禁止。
指定席だけどガイドさんは、「適当に座って下さい」と指示。
指定券を持っているモンゴル人が乗ってきて、ちょっと揉めた。
でも降りるときには「Have a nice day」と言ってくれた。 -
おお~、早くも大草原。
9月なので茶色の大草原。
緑の大草原を見たいなら、夏に来ないとね。 -
ダワニーに到着。
歩道みたいな、低いプラットホーム。 -
周りに何もなし。
駅舎も改札もなし。
ちっちゃいトイレはあった。
このずっと先はロシアで、線路はシベリア鉄道に接続する。
ツアーバスは既に、ダワニーに来ていた。 -
ここで遊牧民生活、特に馬の扱い方を学んだ。
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気温と湿度が抜群に良く、これ以上ないくらいに清々しい。
旅行中に雨は、一滴も降らなかった。
疲れることなく旅が出来たのは、気候の良さが大きな要因だ。 -
ここは家族経営みたいだった。
お父さんらしき男性が、馬の扱いを見せてくれる。 -
草原を馬で駆け回る姿は、すごくかっこよかった。
バスでの移動中バイクで牧羊する光景も度々見かけるが、やっぱり馬の方がすてき。 -
モンゴルの馬は、日本の競走馬より小柄。
足腰が強く、気候の変動にも強い。
持久力があって、日に何十キロも移動出来る。
性格は温和で、忍耐力もある。
自動車はガソリンが必要で排ガスを出す。
馬は自動車のように人や物を運んでくれるだけでなく、自分で食料を見つけ、乳や肉、皮や燃料になる糞を人間に与えてくれる。
馬は宝物だ。 -
地面に置いた竿や帽子を、馬を走らせながら拾うパフォーマンスを見せてもらった。
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見物人から歓声があがる。
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バスのドライバーも、待ち時間を利用して、乗馬を楽しんでいた。
このドライバーさんは体格が良く、昼も夜も山盛りの肉を食べていた。 -
馬の乳搾りの実演。
お乳が出やすいように、まず仔馬に授乳する。
出始めたら仔馬を離し、人間が乳搾りをする。
お乳の横取り。
搾っている間は、母馬の側に仔馬を侍らす。
仔馬に授乳していると、母馬に錯覚させるためだと思う。
乳搾りをする少女の後ろ姿が健気だ。 -
実際に遊牧民が住んでいるゲルで、馬乳酒とアーロールというお菓子をいただいた。
カルピスのルーツは馬乳酒だと、この時初めて知った。
モンゴルの子どもはもちろん、赤ちゃんでも馬乳酒を飲む。
1%とはいえ、アルコールが入っているのにね。
大人は水を飲むように、ガブガブ飲んでいた。 -
大きめのレストランゲルで、チキンカレーの昼食。
モンゴルではあまりコーヒーを飲まないのか、どこのレストランも飲み物はお茶がメインだった。
モンゴルでは野菜がほぼ採れないので、輸入に頼っている。
我々の世代(祖父母)のモンゴル人は遊牧民生活者が多く、肉と乳製品で育ったそうだ。
父母世代は社会主義時代に育ち、若者世代は民主主義の時代。
3世代で価値観が分かれるという。 -
ここからブルドまで、バスで移動する。
距離は約250キロ。
草原の中の一本道を、3時間以上走る。
途中に一度サービスエリアで休憩する。
緊急時には青空トイレになるが、いかんせん背の高い草も木もない場所。
女性に青空トイレは無理だわ。
バスに衝立てか屏風が積んであったら安心かも。 -
モンゴルに行くにあたって読んだ本。
全てモンゴルの、馬に関する児童書。
「スーホの白い馬」は1973年から、小学2年生の教科書に載っているらしい。
私は習っていないので、今回初めて知った次第。
息子たちや孫娘その1も習っていたというのに、お恥ずかしい。
2年生にはちょっと難しくないのかな?
不条理とか理不尽とかが読み取れる、良い本だった。
モンゴル、馬なしでは語れない国。
投稿日 2026 9 25
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チンギスハーン ホテル
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