2026/09/03 - 2026/09/03
108位(同エリア120件中)
あおばさん
この旅行記のスケジュール
2026/09/03
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電車での移動
はやぶさ101号 大宮7:41発→新花巻9:50着
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電車での移動
快速はまゆり 新花巻12:08発→釜石13:45着(新花巻10:06発に乗車予定だったが運休)
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バスでの移動
宝来館送迎車
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この旅行記スケジュールを元に
大学を出てサラリーマン生活を始めて、はや6年。
お給料は悪くはないけど、なかなか休みは取れないし、連休に出かけると飛行機も宿も高いし…
雇われ人あるあるで、旅に出ても数日ちょこっと出かける程度、というのが続いてきました。
でも、雇われ人“じゃない”今なら……?
去る今年の2月。
会社でとある炎上プロジェクトにアサインされ、紋別旅行をキャンセルせざるを得なくなった上(ちなみに訪問予定日に流氷は来てました。悲しいね…)、度重なる夜勤や残業で体調を崩し、喘息になってしまいました。
このままでは体がいくつあっても持たないと思い、転職を決意して、先日ようやく就職先が決まりました。
次の職場の勤務開始は、9月の第3週。
内定から半月ほど余裕があります。
そう、つまり
「お金の心配があまりなく、時間も体力もある」
状況が急にやってきました。
このチャンスを活かさない手はありません。
そこで今回、ずっとやってみたかった長旅に挑戦しました。
最終目的地は、アイヌ語で「地の果て」を意味する、北海道・知床。
「本物に出会う」をテーマに、列車と船を乗り継いでいく、4泊6日の行程です。
初日の今日は、釜石・鵜住居地区の旅館で、東日本大震災の津波から生還した女将さんから、震災のお話を伺います。
この旅の行程全体は、以下の通りです。
今回取り上げるのは、①の大宮から鵜住居までです。
①:9/3(木) 大宮→釜石→鵜住居(泊)
②:9/4(金) 鵜住居→宮古→八戸→シルバーフェリー(船内泊)
③:9/5(土) シルバーフェリー→苫小牧→釧路→鶴居(泊)
④:9/6(日) 鶴居→釧路→ウトロ(泊)
⑤:9/7(月) ウトロ(泊)
⑥:9/8(火) ウトロ→網走→女満別→羽田
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旅の始まりは、一都三県の北の玄関口・大宮から。
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盛岡行きのはやぶさに乗って、釜石線の乗換駅、新花巻を目指します。
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ところが、はやぶさ、発車しません。。。
この日、仙台駅近くで保守作業用車両の故障があったそうで、東北新幹線のダイヤが大幅に乱れていました。
乗車したはやぶさは、しばらく大宮駅で運転を見合わせました。
とりあえず乗車電が来て、席に座れただけ良しとしますか。
アナウンスで8時20分には発車するって言ってるし。 -
その後、運転再開予定時刻が8時40分に変わり、その8時40分になっても、前の列車との間隔調整で発車できず…
最終的に動き出したのは、定刻から1時間以上過ぎた8時53分でした。 -
そのまま1時間以上の遅れを引きずって、新花巻駅に到着しました。
後続も遅れて、発車案内がドイツ鉄道と化しています。。。 -
そして釜石線…キミもか( ´・・)
この週は全国的に天気が悪く、各地で線状降水帯が湧いていたので…こればかりは仕方ありませんね。
12時8分の快速はまゆりは動くって言ってるし、気長に待ちましょう。 -
時間ができたので、新花巻駅の構内を探検してみます。
待合に足湯ならぬ“手湯”がありました。
花巻も大きな温泉街があるんですね。 -
野球好きにとって花巻と言えば、花巻東。
甲子園の強豪にして、大谷翔平の母校です。 -
同じく花巻東出身の、菊池雄星コーナーもありました。
本人から寄贈されたMLBオールスターゲームユニフォーム入りの豪華仕様です。 -
そしてもう1つ忘れちゃいけないのが、東北大学野球の強豪、富士大。
多和田、山川、外崎、佐々木健と、我々西武ファンが何度もお世話になってきた名門です。 -
花巻ゆかりのプロ野球選手のサインボール詰め合わせセット。
大谷、菊池、山川、外崎、巨人堀田…錚々たる面々が並びますね。 -
その錚々たるメンツの中で、多和田のサインだけ漢字なのジワジワくるな(笑)
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快速はまゆりの発車20分前になったので、そろそろ釜石線ホームに向かいましょう。
釜石線ホームは、新幹線の駅から地下通路をくぐった先にあります。 -
花巻は銀河鉄道の夜の作者、宮沢賢治が暮らした街です。
その街を走る釜石線のホームには、銀河鉄道の夜にちなんだ装飾が施されていました。 -
さて、緑豊かな景色の中、釜石行きの快速はまゆりを待ちましょう。
釜石線運転再開予定時刻の12時になって、駅構内にアナウンスが。
「朝からの大雨の影響により、運転再開予定時刻を12時半に変更させていただきます」
山間部はまだまだ雨が強いようです。
最悪、釜石に行けない場合は…近くにある宮沢賢治記念館を見に行って、盛岡に泊まりましょうか。
明日の夜8時までに八戸に着けば北海道へ渡れるので、何とかなります。 -
遅れること約1時間、13時過ぎに快速はまゆりがやってきました。
これで無事に釜石へ行けそうです。 -
新花巻を出てしばらくは、雨の影響を警戒してか徐行運転が続きました。
車窓はどこまでも山と田んぼの深い緑。
窓越しに濃厚な雨の匂いがしてきそうです。
途中、遠野市内の駅で10分以上止まって安全確認してから、ようやく通常運転に戻りました。 -
最終的に1時間40分遅れで、釜石駅に到着しました。
本来なら11時40分に着くはずのところ、時刻は15時25分。
新幹線と釜石線の遅れで、ずいぶん遅くなってしまいました。
それでもたどり着けたことに一安心です。 -
隣のホームには、三陸鉄道のポケモントレインの姿が。
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岩手にちなんで、岩タイプポケモンが大集合です。
(カニがいますが、彼も水タイプじゃなく岩タイプ。ややこしいね…。まあ悪&エスパータイプのイカよりは分かりやすいか。) -
改札を抜けて駅舎を出ると、宿の送迎車が列車の到着を待ってくれていました。ありがたい。。。
急いで乗り込んで、釜石駅を後にします。 -
ここ釜石は鉄とラグビーの街。
鉄鉱山が閉山して高炉が閉じた今も、駅前には堂々と日本製鉄の工場が並びます。 -
女将さんの運転でいくつか山を越えて、大槌湾に面した鵜住居地区の旅館・宝来館さんにやってきました。
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部屋は山側の小ぶりの和室。
ひとりで過ごすには十分なスペースです。
平日だったのもあり、2日前の直前予約で2食付き17000円で泊めていただけました! -
夕食まで時間があるので、目の前の海岸を見に行ってみます。
宿を出ると左手に、震災の慰霊の鐘が。 -
目の前の海に、数千人もの行方不明の方が眠っているそうです。
確かに大きな湾ではあるけれど、ここだけで千人単位の犠牲があったとは…
改めて震災の規模の大きさを思い知らされますね。 -
鐘を鳴らして海に手を合わせたら、松並木を越えて海岸へ。
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多くの人を呑み込んだ海も、今はただ静かに波を寄せます。
こうして見ていると、本当に穏やかな景色で…15年前に天変地異があったとは信じられません。 -
湾の中ほどに、漁船の影が浮かびます。
このあと、宮古や八戸、知床で海に出ましたが、この鵜住居の海は特段、磯の香りが濃厚でした。
磯の香りの元は、海洋プランクトンと言われます。
それだけこの海は栄養が豊かで、プランクトンや魚が豊富ということでしょうか。 -
しばらく海を眺めたら、宿に戻って夕食の時間です。
新花巻駅のホームで電車を待ち続けたため、地味に昼食を食べ損なっていて…そろそろ限界が近づいていたため、待ちに待ったご飯です(笑) -
1階の広々した夕食会場に通していただいて、豪華な晩餐が始まります。
風味豊かなホヤに、雪駄鰈の煮付けに(このカレイがめちゃくちゃ美味しい、カレイってこんなに身が柔らかくて旨味もあったのか…)、鮪・メカジキ・宮古産サーモンのお造りまで。
三陸の恵みがここぞとばかりに勢揃いです。 -
陶板焼きは大粒の帆立と鱈でした。
ほんのり潮の香りがするのがいい。 -
デザートはパインの白ワイン煮と、キウイ、アーモンドの葛寄せ。
右奥の四角いのがアーモンドの葛寄せですが、想像以上に優しい甘さで…アーモンドと言われなければ、苺と思ったかもしれません。
アーモンドって調理方法によって、こんな風味にもできるんですね。 -
夕食の後は、女将さんが開催している震災の語り部に参加します。
この宿は震災の折、2階まで津波に呑まれて、宿に避難してきた近所の方を迎えにきた女将さんも、津波に巻き込まれたそうです。
その際の体験と、釜石と隣の大槌町の被災時の様子を、当時の映像を交えながら語ってくださいました。
詳しくはぜひ実際にこちらで聞いていただきたいですが…
まず印象に残ったのは、津波の「形」と被害の出方です。
津波というと、沖合から寄せてきた高波が海岸を襲うイメージでしたが、女将さん曰く「水平線を見ていても、津波が来たことは分からなかった」そう。
大きく潮が引いたあと、水位が徐々に上がって、防潮堤を越えてくる。
水平線から波頭が迫ってくるわけではないから、女将さんもまだ大丈夫と思って、避難していた山を下りたそうです。
ところが、実際には水位がぐんぐん上がっていて、気づいたときにはもう遅かったと。
女将さんと、一緒にいた方々は、波に浮いていたバスから旅館の屋根に飛び移って、一命をとりとめました。
そして津波が寄せた後の「引き波」の力は凄まじく、これが家や車を持っていってしまい、そこにまた次の波が押し寄せてきて…
波が押す・引くを繰り返して、街を粉々にしていくそうです。
そして後に残るのが、瓦礫。別の言い方をすれば「かつて街だったもの」。
あれを全て片付けるだけでも、途方もない時間と労力がかかったことが想像できます。
そんな津波の恐ろしさの一方で、女将さんは「教育で被害は抑えられる」とも仰っていました。
実際、震災前から「自分で考えて行動する」「まずは逃げることを優先する」と教えられていた釜石の小中学生は、9割以上が助かったそうです。
適切な行動を取れれば命を守れる、この街で暮らしていけるんだと。
女将さん自身、震災で死の間際を経験して、相当苦しい思いをされたはずですが、こうして体験を共有してくださるのは、本当に頭が上がりません。
そして内容の重さに反して、話しぶりから負の感情を感じない…とっても明るい方なのが、印象に残りました。
女将さんはこの後15年で、裏山の避難路を整備して、できれば裏山を海が見える公園にしたいとも仰っていました。
もう女将としては一線を退かれた(だから厳密には「元女将」)のに、まだまだ目標を持って歩む姿には、こんな風に生きたいなぁ、と思わされます。
こういう方だから、神様も助け舟、いや助けバスを出したのでしょうか。
15年後。
もし自分が家庭をもっていたら、家族みんなでこの宿に来て、また女将さんにご挨拶したいなと思います。 -
部屋で小休憩の後、大浴場へ向かいます。
こちらのお宿は天然温泉ではありませんが、広々した浴場が備わって、設備は温泉に引けを取りません。
中は洗面も浴場もピカピカ。
よく手入れされてるなぁ。。
洗い場で汗を流したら、潮風を感じられる露天風呂へ。
打ち寄せる波の音に、松の間にのぞく港の灯り。
海をすぐそばに感じながら、穏やかな時間が過ぎていきます。
明日は鵜住居から三陸鉄道に乗って、宮古の浄土ヶ浜を訪ねつつ、さらに北上して八戸を目指す予定です。
大雨で列車が動かなかったときはどうなるかと思ったけど、とりあえず1日目は無事に過ぎていきました。
明日も幸運を祈りましょう。
それでは、おやすみなさい。
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