2026/09/13 - 2026/09/15
97位(同エリア96件中)
アインスさん
この旅行記スケジュールを元に
イタリアの青の洞窟に行ってみたいけれど必ず見られるとは限らないし、と迷っていたところ、以前添乗員さんが日本にもたくさんあります、と話していたのを思い出して、日本版青の洞窟に行くツアーに参加しました。
★1日目 9/13(日)やまびこ55号 9:40東京発 12:10一ノ関着 陸前高田(いわてTSUNAMIメモリアル、奇跡の一本松)大船渡泊
2日目 9/14(月)かもめテラス 碁石海岸 三陸鉄道リアス線乗車 宮古泊
3日目 9/15(火)浄土ヶ浜(青の洞窟) 北山崎展望台 龍泉洞 はやぶさ34号 17:50盛岡発 20:04東京着
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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クラブツーリズム「『三陸の迎賓館 弊社Sランクホテルに宿泊 小型船でしか行けない朝一番の「青の洞窟」青が彩る美しき三陸 3日間』<プレミアムステージ/ゆったり旅(観光)>」
1人121,000円、会員割引1000円、二人分で241,000円でした。
決して安いとは思いませんが、海外旅行の値段に比べると桁違いです。9月末に行くスイスのサーチャージが111,560円だったから、ほぼ同程度。 -
今回、娘と参加したのですが、娘は現在妊娠中で、申込みの時に欄があったのでその旨記入したら、申し込み後、週数などの確認メールが来ました。安定期に入っているし、臨月間近でもないので特にその後は何もありませんでした。
でも、娘と二人で旅行するのも当分ないかと思うと寂しい気持ちになります。 -
プレミアムステージのゆったり旅なので、食事も良く、スケジュールもゆったりしていることを期待していましたが、帰りの新幹線の東京駅到着が20時過ぎていてちょっとがっかり。ツアーなので仕方ありません。
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出発当日、9時10分東京駅日本橋口集合です。
クラツーと阪急のスタッフがそれぞれ10人近くいました。盛況です。東京駅 駅
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9時40分発のやまびこ55号に乗ります。
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今回、必要な資料は全て最初にファイルに入れて配られました。
このようなスケジュール表まで。
すごくわかりやすくて、字もきれいだし、感動しました。
プレミアムステージだからなのか、今回たまたまなのかは不明です。 -
12時10分に着くので、11時15分過ぎに持参したお昼ご飯をいただきました。
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12時10分、一ノ関駅に到着。
岩手県のことをほとんど知らないのですが、岩手の南の方だそうです。一ノ関駅 駅
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ピカチュウがお出迎え。
ツアーは17人、ご夫婦が5組、母息子の親子が1組、女性の友達3人、そして私たちでした。 -
13時から20分間、道の駅むろねでトイレ休憩です。
道の駅むろね 道の駅
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入口でシャインマスカットが売られていました。
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こちらのからあげは、からあげグランプリで何度も最高金賞を取っているそうです。
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娘が食べたい、と3つ300円のからあげを購入。
ひとついただきましたが、生姜の香りが効いていて鶏肉も柔らかく、ジューシーなからあげでした。 -
13時55分、陸前高田の津波被害があった場所にやってきました。
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車窓から見えた奇跡の一本松。
奇跡の一本松 名所・史跡
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13時55分、到着です。
311の大地震からもう15年経って、きれいに整備されています。 -
最初に、新しくできた防潮堤の上に登って、一本松を見に行きます。
海に向かって献花台がありました。 -
植えられている松は、一本松の子供たちだそうです。
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震災当時の道の駅高田松原は震災遺構として残されています。
あの形は元々、津波を受けるように設計され、そもそも緊急避難場所に指定されていたそうです。 -
当時、逃げ遅れた3名の方が三角屋根の上まで屋外階段で登り、14mを超える津波が来た中、奇跡的に助かったそうです。
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新しい防潮堤の上から来た方を見るとこんな感じです。
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手前左が津波で20m流されてきたユースホステル、それが防波堤の役を果たして残った奇跡の一本松、真ん中奥は気仙中学校。
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当時7万本あった松原の松たちはあの1本を残して津波で倒れてしまいました。
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根元部分が残っています。
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ユースホステルは当日、休業だったので、無人だったそうです。
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津波で折れ曲がり、20m流されてこちらで止まりました。
震災遺構として残されています。 -
この1本松は、海側にユースホステルが流れてきたため、津波の直撃を免れて残ったと考えられています。
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元々、この一本だけひょろっと長い松だったそうです。
海水をかぶり、地面も海水がしみ込んだため、震災後枯死しましたが、幹に芯棒を入れるなど先端技術が使われて、2013年6月に永久保存できるように完成しました。 -
一本松とユースホステルの距離はこんな感じです。
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やなせたかしさんのモザイクがありました。
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震災後一本松に感銘を受け、寄付をして、イラストを描いたそうです。
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本当にひょろっとした背の高い松ですが、この松が津波を超えて残り、すっくと立つ姿に希望を持てることを実感しました。
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気仙中学校。こちらも震災遺構です。
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地震後、200m離れた第一避難場所の国道に移動しましたが、防災無線の津波の予想がどんどん高くなるのを聞いて、第二避難場所である800m離れた小学校に行くのは危ないと判断、すぐ裏の高台へ駆けあがり、全員助かったそうです。
校舎は14.5mの津波で屋上まで水没しました。 -
いわてTSUNAMIメモリアルは各自で見学。
津波の映像や、つぶれた消防車などの展示を見ました。東日本大震災津波伝承館 名所・史跡
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15時25分に出発、ホテルに向かう途中の建物はまだ津波の被害を伝えていました。
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ガイドさん自身も、知り合いや友人が沢山亡くなり、今でも津波の映像は見られないそうです。
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16時10分ホテルやすらぎの宿 廣洋館に到着。
こちらは津波の被害は受けなかったそうです。
というか、ツアーで泊まるホテルや旅館は、津波が到達しなかった所を選んでいるようでした。静かな場所 by アインスさん岩手・三陸海岸 やすらぎの宿 廣洋館 宿・ホテル
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お部屋。
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かもめの玉子ミニとお茶。
お水は置いてありませんでした。 -
浴衣。
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洗面所にボディタオルやバスタオル、ブラシなど。
すぐに大浴場へ行ってさっぱりしました。
この辺りは岩盤が固すぎて掘れないため、温泉ではなく、ただの大浴場でした。 -
窓からの景色。
今回、ずっとこんな曇り空でした。 -
18時から夕食。
小さな宿なので、ご主人が一人で調理しているそうです。 -
左はわかめのしゃぶしゃぶ、真ん中はさんまのお刺身。
右のひじきが謎に辛く、その下のめかぶ?の量が多すぎて食べきれませんでした。 -
ホタテは大きかったです。
当時、ホタテの養殖場まで津波は来なかったのですが、電気が止まったため、全滅してしまったそうです。 -
きんきの焼き物。
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さんまのつみれの入ったお味噌汁。
今日は大人の社会科見学のような内容でしたが、日本人として知っておくべき事だと思うので、来て、見られて良かったです。
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