2026/08/06 - 2026/08/11
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おもてなしママさん
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「ぁ痛たたたたー!?」
まだ、真っ暗な早朝3時過ぎ。
HP5のお嬢は、隣りに寝ていたはずのおもてなしママの悲鳴で目が覚めた。
今日はスリランカ2日目。
観光としては実質、今日から。
早起きして世界遺産のシギリヤロックへ向かう予定だが、思わぬ悲劇(自業自得?)がおもてなしママを襲ったのであった。
-
表紙写真にしたこちらの画像。
おもてなしママが初めてチャッピーに指示を出して生成してもらった画像になります。
世界遺産シギリヤロックを上空から見た景色と、兄カッサパ1世vs弟モッガラーナ1世の対立を1枚の画像にしました。
シギリヤロックとは1,500年前に築かれた、180mの巨大な岩山の上に造られた天空の要塞宮殿跡をさします。
5世紀末のこと。シンハラ王朝の第一王子であったカッサパは母の身分が低かったため、正妻の息子である弟のモッガラーナに後継者の座を奪われることを恐れ、父王を殺しました。モッガラーナはインドへ逃げ、カッサパは望み通りに王となりましたが、いつか弟が復讐に戻ってくると怯え、シンハラ王朝の首都をアヌラーダプラからシギリヤへと遷都し、7年の歳月をかけて大きな岩山の上に宮殿を建てました。
その後、恐れていたとおり、モッガラーナが南インドの軍を率いて攻撃が始まり、カッサパは自害することとなりました。モッガラーナが再び首都をアヌラーダプラへ戻したことにより、岩山の宮殿は11年でその役割を終えました。
シンハラ王朝からキャンディ王朝に移り変わると、次第に宮殿があったことも忘れ去られていきました。
訪れる時間帯ですが、暑い時期は早朝か夕方の涼しい時間帯が推奨されています。あとは8月の時期だと蜂に気をつけなければいけません。
ここへの訪問を決めた1週間ほど後に、俳優の鈴木亮平さんがナレーターを務めるTBSの『世界遺産』で幻の天空宮殿として、たまたまシギリヤロックが放映されていました。
お嬢は「ベストタイミングすぎて震えとる。神の采配か…?」と感動しておりました。 -
ホテルからシギリヤロックまではタクシーで約40分。
この辺りは農業が盛んで、大きな市場もあります。
途中にあった市場には農家さんから運ばれてきた野菜を乗せたトラックが道に行列をなしていました。
さて、今回の出だしのおもてなしママの叫び声ですが…
両足のふくらはぎをつりました・°°・(>_<)・°°・。
むっちゃ痛くって、症状が治まった後もまともに歩けるようになるまで時間がかかりました。
足を攣る原因って、水分不足・冷え・加齢による筋力の低下が挙げられます。うーん、どれも当てはまっている…。とりあえず、気を抜くと膝から崩れ落ちそうになりながらも、何とかよろよろと歩けたので、4時までもう少し寝ることにしました。驚かせてごめんよ、お嬢。
さて、事前に「シギリヤロックとは何ぞや」と勉強したところによりますと・・・
イギリス植民地下の1875年ごろ(諸説あり)にイギリス人探検家が発見するまで、何世紀も放置されていた天空の宮殿は今まで詳細には分からなかった古代スリランカ文明を現代に伝えました。
5世紀の「シギリヤの古代都市」として1982年に世界文化遺産に登録されましたが、そのポイントは
①高度な都市計画と水利技術:高さ180mの岩山の頂上に築かれた要塞宮殿とふもとに幾何学的に配置された水路・池・庭園から成る大規模な王都跡
②シギリヤレディ(天女の壁画):インド文化の流れを汲みながらもスリランカ独自の芸術として発展したフレスコ画の美しさ
③ミラーウォールやシンハゲートなど:当時の権力や信仰、世界観を物語る貴重な証拠
などがあります。シンハラ王朝の当時の様子は文字ではほぼ伝わっていないために、長くジャングルに埋もれていたことで当時のまま綺麗に残り、極めて貴重な歴史的証拠となっています。 -
シギリヤロックのチケット販売所は駐車場からすぐの建物にありました。でも、真っ暗なのでどこに進んだらいいか分からないくらいです。タクシードライバーのナンダさんが一緒に来てくれたので助かりました。
チケット窓口は混雑しておらず(写真に写ってる人たちもガイドさんにチケットを買ってもらうのに待っているだけです)、すぐに購入できました。 -
チケット料金は細かく区切られています。
まず上の表が外国人、下の表がスリランカ人の料金と分かれています。
おもてなし家はSAARC非加盟国の人間なので、1番上の35ドルになります。このときの円相場を確認したところ161.44円だったので、約5,650円です。
ちなみにルピーだといくらか聞いたところ、(2人で)23,800ルピーといわれたので1人11,900ルピー。これの半分と考えると5,950円。ということで、クレジットカードでドル払いを選択。
SAARCは南アジア地域協力連合の加盟国向け区分なので、日本は対象外なんです。
SAARC非加盟国の子供と、加盟国の大人・子供は一律20ドル。6歳未満は無料なんですね。
スリランカ人の大人は120ルピーなので、外国人は約100倍!そんな強気設定、日本では絶対に見られないですよね。ま、でも、スリランカの経済状況を考えたら致し方なし。
ちなみに過去のツーリストさんのブログを拝見したところ、
2023年5月時点の入場料は3900ルピー
2024年4 月時点は約11,000ルピー
2026年8月時点は11,900ルピーと年々値上がりしてます。 -
料金を払った後、その先にあった大きな地図で帰り道の注意をしてくれました。
行きは真っ直ぐにシギリヤロックへ進みますが、帰りの出口は別のところなので、間違わないようにとのことです。標識があるので、それに沿ったら大丈夫そうです。 -
チケット販売所を出ると、外はまだ暗くて携帯電話のライトで地面を照らします。
しばらく暗い中を進むので、その間にスリランカの近年の歴史を振り返りましょう。
大航海時代、ヨーロッパ列国は新大陸を求めて、次々と植民地も増やしていきました。
ポルトガルが1505年にセイロン島(現在のスリランカ)に上陸して以降ポルトガルの占領が始まり、そこへ香辛料貿易の利権奪取を目的にオランダ東インド会社が侵攻、1658年から1796年まではオランダが占領。次にイギリスが1796年より占領を開始し1815年のキャンディ王国滅亡によって国内を統一して1975年にイギリスから独立するまで植民地時代が続きました。 -
だんだん明るくなってきました。
チケット販売所の建物にもトイレがありますが、お堀を越える前にも左奥にトイレがあります。
「チケット販売所のところが最後」という書き込みが多いですが、こちらも利用できました。
さて、スリランカの歴史の続きです。
独立後も26年間にわたって国内紛争が続きましたが、2009年に紛争が終結した後は、コロンボを中心とした西部を中心に南アジア有数の経済成長を遂げました。しかし地方と都市の間でいまだに大きな格差が残っています。
お嬢がおもてなしママにレクチャーしてくれた中で特に強調したのは、第二次世界大戦後、日本が敗戦国となり4分割統治をされる危機を救ってくれたのがスリランカであり、国交を回復してくれたのも一番最初がスリランカであったということです。
戦後のサンフランシスコ講和会議において日本を分割占領から救った演説を行ったのが、当時セイロン代表を務めた、のちのスリランカ民主社会主義共和国初代大統領ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏です。
日本に対する賠償請求権を放棄するとのべ、その理由として仏陀の「憎悪は憎悪によって消え去るものではなく、ただ愛によってのみ消え去るものである」という教えを引用しました。
昭和天皇の大喪の礼には現役の大統領に代わり出席を切望し、死の際には「角膜を右側はスリランカ人に、左側は日本人に」と遺言するなど、ずっと日本に寄り添ってくれた方でした。彼の角膜は実際に長野県の女性に移植されたそうです。 -
こちらがお堀です。
買ったチケット(日本のようなしっかりしたタイプではなく、レシートのようなタイプです)を、このお堀の手前にある入場ゲートで見せます。右下の写真に通ってきたゲートが写っています。
このお堀には当時はワニや毒蛇が放し飼いにされていたそうです。侵入者対策なんだろうけど、大雨で越水したときに内側の庭とかにそやつらは来なかったのかな?アメリカのB級ホラー映画とかでよくあるヤツ。
わんちゃんもどこにでもいます。彼らは特に問題なく、静かにそこにいるだけなんですが、左下の手すりをよくご覧ください。お猿の団体が静かに近寄ってきました。この子たちは荷物を盗ろうと様子を伺ってくるので、要注意です。 -
GoProの動画のスクショなので画質が悪いのですが、お堀の幅は広いのが分かりますよね。
-
要注意といえば、この人たちもです。
観光ガイドをかってでたり、荷物持ちをしようとしたりするそうです。人のいない所で高額要求する輩もいるそうなので、気をつけましょう!
でもスリーウィラー(トゥクトゥク)や店の客ひきなんかもそうですが、しつこくないので助かります。イタリアのミサンガ・マン(勝手に命名)の方がヤバかったです。手首をミサンガでがっちりホールドされてたので、何回「No、No、No」といったことか…。
いっぱいレンガが積まれています。
通路は赤土ですね。シギリヤの辺りは赤土が多く見られました。
赤土の赤さは、主に鉄を含む鉱物が風化し、酸化鉄として残ったものです。熱帯地域では高温多湿のため風化が強く進みやすく、さらに乾いた時期に地表が露出すると赤みが目立ちやすくなるという具合です。 -
さて、この道の両側は「王の沐浴場」です。
左はカラカラに干上がって大きなすり鉢状の底が見えていましたが、右の池には水がありました。
8月は雨季にあたるのですが、あまり水は多くなさそうです。 -
こちらもさらに奥にある「王の沐浴場」です。
上が左側に、下が右側にあります。
沐浴するには結構な深さじゃないですか?
ホントにワニが潜り込んでそうで、私なら怖くて入れないわ。 -
さらに進むと道が工事中でした。
脇の土手を歩いたのですが、道に沿って水路もありました。さらに先は水路に石板の蓋がされています。
近くでわんちゃん3匹が喧嘩してました。
自由です。 -
水路の石板の一部には上のような穴の開いた丸い石板があります。マンホールの蓋みたいなんですが、実はこれ、噴水の穴です。
地下の導水路と水圧を使う仕組みで、水が石の小さな穴から上に噴き出すよう設計されていました。5世紀に造られたものですが、今も雨の後には作動することがあるそうです。
(ちっちゃい画像はイメージ図です) -
ここまで来るとシギリヤロックもよく見えますね。
正面に見えるミラーウォールは帰り道に通ります。
左から右方向へ進み、螺旋階段を上がった先にシギリヤレディと呼ばれる女性たちの絵があります。
今回の旅行記のvol.3でホテルの通路がミラーモールを模していると紹介しましたが、あれがオリジナルです。 -
ナンダさんが写真を撮ってくれました。上はGoProの動画に写っていたナンダさん。
下はそのときに、彼が撮ってくれた写真です。
GoProは明るさ補正してないので、実際の暗さです。
ここから先はシギリヤロックが大きすぎて画角に入りきらないので、必ずここで撮影しましょう!
シギリヤロックは大きな一枚岩ですが、溶岩が隆起してできたのかと思っていたら少し違いました。
シギリヤロックは、孤立丘または残丘と呼ばれ、古い火山活動に関係するマグマが地下で固まり、長い侵食の結果として硬い花崗岩質の部分だけが残った露岩となったそうです。
スリランカの広い範囲では、先カンブリア時代の片麻岩や花崗岩質の変成岩が基盤になっていて、シギリヤロックもその頃の地形と関係すると考えられています。
おもてなしママの大好きな恐竜時代よりももっともっと前な訳です。 -
上の写真を撮った辺りで右手の奥を見ると、夏の宮殿跡が見えます。夏は暑くて木陰のある庭園の方に降りて来てたんでしょうか。
手前の蛇行している部分は通路ではなく水路です。全く水がないのでイメージ湧かないかとお思い、葉っぱの船を置いてみました。 -
こちらは左側に見えてくる岩なんですが、矢印←のところ分かりますか?岩が削られているんですが、これ、階段です。
見張の兵士がこの階段を使って、岩の上に登ったりしていたようです。 -
真っ直ぐ進んでいたのですが、途中でナンダさんが道を逸れて左折しました。
右の真ん中の写真はひとつ前の階段が彫られた大岩の説明を受けているところですね。
そして、さらに奥に行くと…。 -
カラカラに干上がっていましたが、こちらも池のようです。octagonal pondと書いてあるので、八角池でいいのかな。
こちらは生活用水が溜まっていたそうです。 -
さらに進みます。
ここにも脇の大岩に階段用の彫り込みがありました。
この先は階段が増えてきます。
早朝に痛めた足が重いです。(>_<) -
モッガラーナ王が首都をアヌラーダプラに戻すと、宮殿は放棄され寺院に寄付されました。そのため、僧侶が瞑想に使ったとされる場所が何ヶ所かあります。
お嬢とナンダさんは近くまで見に行ってましたが、おもてなしママはその気力もない(^^; -
その先を進むと、蜂注意の看板がありました。
日本なら駆除するまでの応急処置的な取ってつけた看板ですが、こちらはしっかりとした動かせない看板です。
仏教の教えに従って、小さい生命でも大切にする考えからですね。
この日は(なのかな?)風が結構あったので、蜂は飛んでいませんでした。 -
沖縄の斎場御嶽のような場所にきました。あちらも世界遺産ですね。
この横にも瞑想場所がありました。
この先でナンダさんとはお別れ。
いよいよ、お嬢とシギリヤロック本体に登ります。 -
階段、階段、階段です。
左下の写真には(分かりづらいですが)階段下にさらに下の階段が写っています。
ゼイゼイ言いながら登っています。 -
途中、少しスペースがあったので休憩です。
まだ発掘や修繕途中らしく資材も置かれています。
注目して欲しいのが奥の大岩です。
下の画像は望遠で撮りました。
不自然に真ん中に石板のようなものがいくつもかましてありますよね。
これね、敵が攻めてきたら上の大岩を落とす仕掛けらしいです。
日本のお城にも「石落とし」という仕掛けがありますが、規模が違いますね。 -
さて、今からはシギリヤロックに沿って設置された階段を登っていきます。
帰り道を見ると、直接シギリヤロック本体に通路が付けられています。これ、定員とかないんやろか? -
では、ここからは持参したゴム手袋をつけます。
もう、手摺りがないと無理です。
途中、帰り道の分岐点でも休憩しますが、動き出すとすぐに足が痛く重くなり、ヨタヨタしながら何とか上がりました。 -
いやー、登ったものです。
さっき通ってきた庭園が小さく見えます。 -
こんな所に救護所がありました。
うん、必要だ!ゼーハーゼーハー…。
そうこうしてたら朝日が昇ってきました。 -
この広場はライオンテラスと呼ばれ、ここからが本格的な宮殿への入り口となります。当時は大きなライオン像があり、ライオンの口を通って中へ入るようになっていたそうです。
今は階段横に両脚が残っているだけです。
ここからまだまだ階段が続くわけですが、狭くて休憩するところも十分になさそうです。おもてなしママはこの時点でかなり気持ち悪くなっていたので、お嬢には1人で登頂してもらうことにしました。残念無念…。 -
待っている間、ワンこ達が寄ってきて上を見て唸るので何かと思って見上げたら、お猿が荷物を狙って近づいてきていました。
-
こちらはお嬢が送ってくれた画像です。
向こうに見える三角の山がピドゥランガラロックです。
シギリヤロックを見る絶好の場所だそうですが、あちらは階段が整備されているわけではなく、岩山を登らなければならないそうです。 -
頂上の風景です。
これほどのものが今まで残っているのもすごいですが、積み上げられたレンガや石の数が半端ないので、作った人達が本当にすごいと思います。
王様は出来上がってからきたらいいんだし、何なら上り下りも輿に乗せてもらってたらしいので(おもてなしママは輿に乗せてあげると言われたら絶対断るけど。落とされたらあの世行き確実の断崖やし)、ここまで来る苦労は体感してないよね。 -
どこから見ても絶景です。
イギリスのDuran Duran (デュラン・デュラン)というロックグループがここをMVの撮影に選んだのも納得です。『Save A Prayer』という曲ですので、興味のある方は動画を探してみてください。 -
お嬢が戻ってきました。
1番上の写真では、設置された階段の下に当時の階段と思われる彫った跡があります。
こんな斜面を手摺りもなしに行くなんて、おもてなしママなら絶対に落ちてるわ。 -
ところで、お嬢がまだ頂上に行く前、大学生かな?という日本人の男の子達も元気に登っていきました。
彼らがお揃いのTシャツを着てたので見ていると、「シギリヤロック」とカタカナで書かれたオリジナルでした。
うわー気合い入ってるわーと微笑ましく見送りました。
他にも明らかに赤ちゃんだよねという包みを両腕に抱いたまま、上から降りてきた若い外国人ママさんにも驚きました。何その体幹。足だけで上がったの? -
ところで、このライオンテラスの入り口はシンハゲートとよばれています。ライオンの入り口(ライオンの口の中を通るので、まさに入口だわ)という意味ですが、シンハラ語でライオンをシンハ、のどをギリヤといい、これがシギリヤの語源ともいわれています。
でも、ここでおもてなしママは疑問に思ったことがあります。名前の由来にもなったライオン像ですが、「本当にライオン?」といいたくなります。
残っている両脚が明らかにライオンのそれとは違うのです。どちらかといえばヒクイドリのような鳥類の脚ではないかと。
スリランカの国旗にもライオンが描かれていますが、そもそもスリランカにライオンはいません。では、なぜライオンかというと最初のシンハラ王がライオンの子孫であるという建国説話に基づくのだそうです。
となると、次はいないライオンをどうやって知ったのという疑問が浮かびますが、ヒントがシナモンにありました。シナモンはスリランカが原産国なのですが、これが古代エジプトでも見つかっています。ここから両国に交易があったことが分かります。古代エジプトではライオンはファラオと太陽を結ぶ大切な存在として扱われていました。これを見聞きしたシンハラ王族が自身をライオンの子孫と言い始めたわけです。
で、権威を示すためにエジプトにあるスフィンクスのような彫刻をライオンバージョンで作れと指示が出る。
困ったのは現場ですよね。見たこともないものを作れといわれるし、なんなら指示してる方もライオンをよく分かってない。そんな状況でシンハゲートができました、と。
現在でもありえそうな話だと思いませんか?
信じるか、信じないかはあなた次第です。
(前にもこれ、やったなー) -
帰り道です。
何枚か前の画像で紹介してた、シギリヤロック本体についてるやつ。
もう、台風かっていうくらい凄い風が吹き荒れてました。絶対に帽子は飛ばされそうだったので、デイパックにしまったくらいです。
GoProにも「ゴゴゴゴーッ!」とか「ぶぉおおおー!」みたいな音が入ってうるさい、うるさい。
風に飛ばされて落ちそうなので、ここが1番怖かったです。 -
さて、ミラーウォールまで来ました。
ここから先は撮影禁止のため、スタッフさんが入り口に当たるところに座っています。
奥に螺旋階段があり、上にシギリヤレディの壁画があるのですが、お嬢がおもてなしママの足を気遣って「そんなに見たい訳ちゃうで、行かんでいい」と言ってくれました。
おもてなし家で買ったガイドブックで見てますし、何なら何年か前までは撮影できたので、ブログなどに載せて見える方もあります。
お嬢のお言葉にあまえて、螺旋階段は省略しました。 -
下りの階段は絶景を見ながら降りることになりました。
振り返ると、岩肌から離れたことが分かります。 -
この岩肌ですが、このように下に向かってずっと彫られている線があります。これが庭園まで続いていて、雨が降るとここを通って水が池まで運ばれます。
そして、庭園にある噴水から水が噴き出す仕掛けです。 -
いくつもの階段を通り、細い曲がりくねった道を進みます。こういう作り方も日本のお城に共通しますね。
-
こちらにも瞑想場所がありました。
岩の下で瞑想しとるときに地震起きたらどうすんのー?と思いますが、スリランカでは地震はないのかな? -
かなり降りてきたところで、急に出てきたのがこのコブラ岩です。大き過ぎてフレームに入り切れてません。
この下も瞑想場所になっていました。 -
また斎場御嶽のような岩同士が支えあっている通路が2ヶ所ありました。
いろんな方の動画も拝見しましたが、中にはこの帰り道の途中で蛇遣いのおじさんが映っているのもありました。怖いもの見たさで「おるかな、おるかなー?」と探していましたが、朝だったのでまだ来て見えないようでした。キャンディ市のキャンディ湖畔でも蛇遣いの動画がありましたが、おもてなし家の旅行では出会うことはありませんでした。 -
駐車場手前では観光地にありがちなお土産物屋さんが並んでいます。「何が売っとるやろ?観光地あるあるのマグネットやろかー」と話していたのですが、こちらも朝だったので人も商品もなく、拍子抜けでした。
ここは外国人専用の出口と書かれていました。
ゲートを出るとすぐ駐車場です。
そこには大きなゴミ箱が…。ライオンテラスにも同じものがありましたし、頂上にもゴミ箱があったとお嬢がいっていました。そこから下に下ろすだけでも大変です。
あ、ナンダさんが私達を見つけてクルマを寄せてくれました。 -
帰り道、おもてなしママが「象がいたら教えて」とお願いしてたので、わざわざ象のいるところへ回ってくれました。
この象は象使いに飼われている象で、1日に数回水浴びをしているようです。
何といってるのか分かりませんが、象使いのいうことをよく聞いて動いています。
ナンダさんによると、象使いのそばにある鉤爪のついた棒があるから、それでお仕置きをされたくなくて象は言うことを聞くんだそうです。象使いもそれを分かっているから鉤爪の棒から離れないようにしているんだとか。 -
シギリヤやダンブッラは畑も多く見られました。
南国といえばのバナナの木もあるし、野生の孔雀も何羽もいます。孔雀なんて、小学校で飼っていたものか、動物園でしか見たことないわ。
1番下はツリーハウスです。夜に象が畑を荒らしにくるので寝ずの番がいて、象が現れたら花火(ロケット花火だと思います)で追い払うのだそうです。
スリランカでは象は恐れられていて、夜に遭遇すると襲われるので、遠回りでも象の歩かない道を選ぶそうです。最近もドイツ人の親子が襲われて親の方が亡くなる事故もあったようです。 -
カンダラマ湖の堤防を走っています。
堤防下は一面農地です。
湖の向こうに昨日から泊まっているヘリタンス・カンダラマが見えました。
今からホテルに戻ってシャワーを浴びたら、お楽しみの朝食です。
以上、おもてなし家のシギリヤロック登頂記でした。
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