2026/07/05 - 2026/07/06
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mom Kさん
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ROMA着は、夜7時45分になる。Orvieto泊は諦めた。やむなしのローマ泊で、翌日BARIへは宿のチェックインタイムに合わせて、テルミニ駅発を午後にした。
「明日のローマはどこへ行こう。」「バチカンがいいなあ。」「ピエタを覚えてる?」「覚えてる。」「あの写真は素敵に撮れて、大きくしたのを歯医者さん(ホームドクター)にお土産にしたよね。」・・・・もうあれから38年。
10時半を過ぎてようやくチェックインできたHOTEL。シャワーを浴びるなり、ベッドに倒れ込みながらそんな話をしたら、すぐに眠り込んだ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
Inchen Airport Stay Guest Houseは、あの建物の10Fだった。
昨夜灯りもまばらな辺りをやっとたどり着いて、エレベーターで上がったら、長い殺風景な廊下。固く閉じられた扉が並ぶ。日本を出発時にメールチェックしていたが、ゲストハウス側からの連絡が入っていなかった。どの扉かもわからない。一切表示がない。
向こうの部屋から若い女性が出てきた。走り寄って助けを求めた。チョンさんとの出会い。彼女が連絡してくれて、部屋と暗証番号を聞き出してくれてやっと入室。
私たちは、有難くて嬉しくて記念写真を撮らせてもらって名前とメールアドレスを旅ノートに書いてもらった。「京都」からと聞くととても喜んでくれたから。あなたが京都に来られたら、ぜひ連絡をと約束して別れた。彼女の部屋に送っていくと、顔をのぞかせたルームメイトらしい女性も素朴で、二人ともお化粧もしていなく服装も学生さんに見えた。
私たちは、アクシデントが彼女たちとの出会いをもたらせてくれたことを「私達の旅らしい」と思い合った。 -
結局シャワーを浴びて、ベッドに入れたのは11時を過ぎていた。
広い部屋の朝の光で目覚めた。大きな窓から眼下を見下ろして、仁川空港の規模の大きさ、辿った道筋を確かめた。少し面倒なお宿だったけれど、この眺望は捨てがたい。それに、チョンさンと会えたことが何よりの幸運。
近くに見えた電車の駅は、始発は10時からだった。ここからどこに続くかはわからない。でもとにかく人のいる“町”に行きたかった。 -
シャトルバスでターミナル1に戻り、フロアの案内所で「雲西」を突き止め、すぐそばに改札口が見えたメトロに乗車。
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閉まっていた駅そばのバス停で待っていた男性に教えてもらった「雲西」は、いきなりの繁華街だった。
「次回トランジット泊は、この街のホテルがいいわね。」と、私たちは言い合った。 -
朝早くから開いているローカルスーパーもいい感じ。お菓子と韓国のりを買う。
行動食になる。 -
大通りから入った通りのビルを見やった。エスカレーターから珈琲コップ片手に女性が降りてきている。「あそこに、きっと美味しい珈琲が飲めるカフェがあるはず。」
2階にまだ誰もお客さんがいない素敵なカフェテリア発見。カプチーノは、Mサイズでたっぷり。お味は、言うまでもない。
1時間ほどの“雲西”遊びは、大満足。早めに空港に戻り、地下のオリーブで化粧品を買った。 -
ローマ フィウミチーノ空港には19時34分、定刻より若干早く着いたが、入国は動かない列から始まった。途中で職員が現れ、さらに先に導かれてようやく動く列に並んだ。
バスのチケット売り場はすぐにわかり、テルミニ駅までを購入。一人10ユーロ。その大きなチケット用紙を片手に乗り場をめざし、先のゲートに急いでいたら、彼がこちらだよと私たちに手招きしてくれた。乗車して、座席を選ぶなり、私は「彼の写真、撮ってくるね。」と言って降りた。イタリアで最初に私たちに声をかけてくれた人。 -
翌朝7時行動スタート。ローマは半日のみ。
もちろん、最初に口にするのは、カプチーノとこの“スフォリアテッラ”
駅構内でさがした。相方は、最初に目にした"migon" テラス席を選んだけれど、荷物を頼んで私は地下に行った。町の人と交じって味わいたい。人だかりのカフェ発見。ガラスケースに焼き立てが並ぶ。 -
「バンコ」と言う言葉を覚えた。
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あのころの最寄り地下鉄名「オッタビアーノ」だけは覚えていた。
駅から上がって来て、こんなに遠かったっけと思いながら、途中のミニスーパーでS・Pellegrino の小瓶を見つけた。
教皇が立たれるバルコニーを見つめる。
入り口は、何やらガラス扉が付け加えられている。巨大スクリーンが両側に設置。
右手に入場口があるのだろう。もはや長蛇の列。それも予約の者とない者に分かれていた。私たちは、あのてっぺんまで上がったんだよねえ。クーポラのそばだった。あのとき階段へは私たちだけだった。 -
何重もの列の柵の物々しさ。
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テレビで見るときは、この広場を世界中からの人が埋め尽くしたときだけ。
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あそこに聖母画があることに気づく。
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おそらくこれが訪れる最後の機会。この広場のすべてを心に入れよう。
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大聖堂の左手に衛兵姿が見えたので近づいていく。
この写真を撮った位置に柵が設置されている。だから、ここまで。 -
その上の天井。
ローマ歴史地区、教皇領とサン パオロ フオーリ レ ムーラ大聖堂(バチカン市国) 寺院・教会
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鐘が鳴る。交代時が見ることができた。
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昔、広場に面した郵便局で切手を買っている。記憶では、今入場の列があるところ。
きっとあるはずと目を凝らしていたら、反対側のこちらで見つけた。切手を5枚買う。教皇フランシスコのカードと。彼の祈りの姿。今も絶大な人気が見える。
続いて薬局に入った。フィレンツエのサンタ・マリア・ノヴェッラのようではなく、普通の薬局で拍子抜け。棚の物も他で目にする商品。でもこれは見つけた。
「これは、ここだけで売られているものですか。」♀「そうですよ。」優しい笑顔の婦人。来店者もちらほら程度ひっそり。壜を手に取り、横にFARMACIA VATICANAとデザインガラスを見た。彼女がそれぞれの香りを説明してくれるが、私が聞きたかったのは、「パパ フランシスコもこれをお使いでしたか。」♀「おそらく。顔にも髪にも付けて使うものなのです。」キマリ。嬉しくて両方を。 -
以前になかった彫刻。この広場に設置されたのはいつだろう。人々の表情に希望を感じられない。ある歴史的移民を表現したものではないようだし、逃れる哀しみが見える。ぐるりを周って服装や子供の姿を見つめる。ここにあることの意味の大きさだけは伝わる。教皇がレジスタンスを支えた彼の時代に違いない。
バチカン市国 史跡・遺跡
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システィーナ礼拝堂のあの階段や天井画をすぐ近くで想像するのも悪くない。
バチカン市国 史跡・遺跡
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まだ時間はある。ローマのオペラ劇場をみておきたい。メトロで向かった。
道すがら、ひょっこりこんな教会にも。私たちは、「いいねえ。」「入れるかな。」「いいや、修理中みたい。」 -
これがローマのオペラ劇場ですか。なんだか、うん?
古代遺跡を使って、野外劇場を開く街ですもの、そうだよねえ。 -
チケット売り場では、街の人らしい年配の女性が数名窓口で購入していた。劇場内に続く扉は閉められたまま。ガラス越しに写真を撮って引き上げる。
楽しかったのは、このエリアは下町感に溢れ、劇場がはねた時間帯でも開いているような小さなレストランがあちこちにあったこと。
劇場を探しながらも覗いてみたくなる様々な種のショップがあり、私たちはウインドウに立ち止まることもしばしば。 -
チェックアウトの11時ぴたりにhotelに戻ったら、すでにお掃除の女性が他の部屋に取り掛かっていた。
通りを渡ったら、テルミニ駅。朝の一杯からどこにも入らずにきたので、喉はからから。スーパーマーケット内の飲食コーナーが空いていたので、トランクを置き、交代で飲みたいもの食べたいものを買い、喉を潤し、ホームに向かった。
私たちの乗る列車が見えた。少年F氏に解説してほしい。テルミニ駅 駅
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構内表示板でプラットホーム名が分かったのは、発車10分前。
もうかつてのようにホームまではチケットなしでは入れない。映画のようなシーンはない。
Bariまで4時間半。ようやく私たちの本当のイタリア旅がスタートする。
前にテーブル。食事を始めた。 -
<我が家にて>
1988年初めてのローマ -
周りに人がいた記憶はない。すぐそばで立ち尽くして見とれた。
永遠の私たちの一枚。 -
大聖堂の内部から上がる階段があった。
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遠いあの日を引き寄せた朝だった。
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