2026/06/13 - 2026/06/13
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mom Kさん
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恥ずかしいことに最近になって知った山口県長生炭鉱。それと結びついた。
旅の最初の幸運。“ホーム安田” のオーナーのお話から始まった。
「岩見沢」に途中下車すると決めた。
「岩見沢」に降りたら、今度は炭鉱が私の中でクローズアップ。
雨竜に向かうために今回は手配していた車。滝川レンタカーのお兄さんに尋ねたら、「赤平」が浮上した。
雨竜の宿、“ゆきふるさと”を出る朝、重久さんが耳寄りなことを教えて下さった。朝食中の会話の中だった。
♂「元炭鉱マンが案内してくれます。」飛びついた。予約不要。朝10時からと午後の2回のガイダンスという。時計を見た。まだ9時前。
「間に合いますか。」♂「間に合います。」飛び出した。
そこは、会いたい物、会いたいこと、会えてうれしかった人がいた。
- 旅行の満足度
- 5.0
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とほ宿 “ゆきふるさと” 重久夫妻そろって、お見送り。
ブローチみたいなカエルくんが「連れてって」みたいに私のレンタカーにへばりついている。カエル好きだと言う由美子さんは、不憫がる。
重久さんが引き離してくれた。9時9分。
「ありがとうございました!」
私はここに連れてきたい人を想い浮かべていた。ゆき ふる さと 宿・ホテル
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「赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設」
慎重に車を飛ばして、9時50分に到着。
駐車場は広く、空いていた。さほど大きくない美術館のような外観の新しい建物が目の前にあった。
市外からの一般訪問者はガイド料800円。この建物で展示品を観るだけなら無料。
これを見たとき、蘇った。グダニスクの連帯博物館。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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赤平の石炭の歴史は、1857(安政4)年、松浦武四郎が空知川の沿岸で石炭を発見したことで始まる。
1913(大正2)年、滝川―下富良野間に鉄道が開通したことで多くの炭鉱が開坑。
1918(大正7)年、赤平で最初の大型炭鉱として茂尻炭礦が開坑。
1938(昭和13)年、大手の炭鉱が次々と開坑し、中小も合わせると赤平だけで77炭鉱があった。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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10時開始。参加者は私を含めて大人7名。ビデオで簡単なレクチャーを受けて、ヘルメットを着装。展示館を出る。
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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向かった先は、立坑櫓というあの建物。
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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妙な静けさ漂う辺りのオーラに早くも緊張の私。
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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全て操業当時のままの迫力にいきなりの圧倒感。
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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一段18人乗り4段ゲージ、一秒間に12メートル降下。地下気温30度以上。
立坑の地上高さは43.8m。深さは海抜で表す-350mと-550m。実際の深さは415mと615m。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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案内は元炭鉱マン、推定70代後半。もうここでカッコよさに目が離せない。
その話しぶり、歩き方。顔つき。頬の形を見つめる。
グダニスクの連帯博物館。造船所で働く人たちの面構え。報道写真家が一人一人の顔だけを写した素晴らしいポートレートがあった。そのホンモノを目の前に見た感じがした。似ている。何度も思った。見学中、その理由探しばかりが頭の中を巡っていたような気がする。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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あなたにお会いしただけで十分ですと不埒なことを思う私。
気をつけよう。
歩き方も、本当に美しい。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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地下の坑道へ行くゲージに乗ってみると、私達7人でこの感じ。
高速直下降は怖い。どこを持つのだ。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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う~ん、息子が、夫がここへ向かう。
交代時まで上がらず、深さ1200m地中で食べるお弁当。残ったご飯はネズミにあげたという。「仲間だから」とダンディM氏がつぶやいたのは、聞き逃さなかった。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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元炭鉱ダンディマンの説明内容は今やすっかり飛んでいる。
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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とても専門性のある貴重なお話だったのに。私以外の皆さんはものすごく真剣に拝聴しているのに。
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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足元にはここで使われた大型機械用。10キロ、20キロどころか、100キロも一人で扱わないと仕事にならない。
元炭鉱マンのダンディ氏、片手でひょいと持ち上げるそのさりげない所作。また熱く見つめてしまう。
30歳は年下体格立派な参加者でも無理だった。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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操業を終えた日のカレンダー。生々しい臨場感
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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階段を上がって見下ろしながら、説明を受けるが、なんだったか。情けない。申し訳ない。
ここだけで4378人(閉山時だったか)働いていて、そのころの児童数は3000人と手元のメモだけが残っている。今はうっそうと茂る森の中だが、当時は一つの町だった。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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立坑櫓から出てきたら、世の中が少し変化して見えた。
振り返って、忘れないぞと心した。
時計を見るともうすぐ11時だった。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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「お時間のある方は、これから移動して“自走枠整備工場”に向かいます。」と説明を受けて、それまで数分間休憩。壁のパネル写真を見て過ごす。
一人一人の面魂にまた惚れ惚れ。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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M氏は炭鉱マン2世。1969年から1994年まで炭鉱で従事。閉山が1994年。最後のお仕事は、救護隊。
綿の服に水を被って抗に入る。8月6日から17日まで服もそのままで事故処理をしたことも話してくれた。数々の年月日も人数も全てそらんじておられる。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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これは、救護班の訓練の様子。毎月行われる。“長生炭鉱”との違いよ。
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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ガス事故についても触れてくださった。
若い女性お一人だけ、この施設までバスで来られたようだ。心構えの違いに恥ずかしいわが身。静かな人だった。
彼女だけ案内の車に同乗し、車で来館の他の5名も全員脱落せず、少し離れた“自走枠整備工場”に向かった。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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うわあ、男の子が喜ぶトンネルを掘る機械。平行の抗は2.2キロと2.5キロ。
私以外の参加者の熱心な拝聴ぶりはますます熱を帯び、赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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男性陣は、M氏の「乗ってみられるといいですよ。」と言われれば、嬉々として運転席につく。
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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運転席の向きは、自動車とは異なる珍しさ。
参加者はお互い私語などほとんどない真剣ぶりで、M氏も一層熱心に案内してくださったように思う。最初のオリエンテーリングで話された予定時間はとっくに過ぎていた。参加者のお一人は、「以前来たときは、この案内のない日で残念だったんです。」と打ち明けていた。
親しくならなくても最適なメンバーに恵まれたと実感した。
駐車場でお互い挨拶し合った時は、11時半を過ぎていた。私は元炭鉱マン氏にお礼を言いながら、しっかり名札プレートを見、車に乗るなりお名前を旅手帖に書き留めた。
なんだか頭の中は呆然としている。
安全運転を心がけてゆっくり滝川に向かい、レンタカーを返却したら、間に合った列車で旭川へ行こう。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設 美術館・博物館
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これには、乗らない。私は普通列車で「旭川」へ行く。
滝川駅 駅
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この旅行記へのコメント (4)
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- へけけさん 2026/07/18 17:58:44
- 炭鉱ダンディマン 男が見てもカッコいいです
- 凄いところへ行かれましたね。男の子じゃないけど、掘削ドリルに興奮しました。思わず60年ぶりにプラモデルの「キングモグラー」っていう単語が浮かんできました。最近、人の名前はすぐ忘れるのに昔の記憶は残ってるんですね。まさかと思って「キングモグラー」を調べたら復刻版が予約受付中ですって。絶対買います! ありがとうございました。
- mom Kさん からの返信 2026/07/19 09:07:03
- 親愛なる少年Fさんへ
- 早安!人生最後のお役目と、朝活を頑張ってきたところです。自家製枇杷茶の冷え冷えが美味しい。おかげさまで6番目の手術から5年以上再発していませんよ。
分かっていることがあるんです。「自分のためだけでは生きられない」
3年前からひょんなことで引き受けた“仕事”(経済活動でない 広義の意)が、今では旅から帰宅する楽しみ。
M氏をグダニスクの連帯事務所にあのヘルメット姿でワープさせたかった。言葉を越え、「何を」「どのように」してきた人が分かり合えると思いました。風貌が驚くほど “連帯博物館壁のパネル写真 当時の造船労働者” の面構えと酷似。お顔を凝視して説明を聴くのがおろそかになりました。
素晴らしい人に会えると、人間ていいなあと思えます。雨竜のMさんも。
私の日記「みたび豊原」のコメントを読んで下さい。昨日届いた文です。
元抗がん剤服用仲間 mom K
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- エフサさん 2026/07/18 08:43:15
- なんと、雨竜の次は赤平ですか!
- びっくり!です。山奥の入植地を訪れた後は炭鉱! mom Kさんの行動力にはすっかり脱毛です。
赤平のズリ山 (ボタ山) は映画『ドライブ・マイ・カー』のロケ地に選ばれた所。
少しは有名になったのかな?
最後はカムイの写真。右上の開通表示灯に付けられた「富」の字は富良野の富、その右上で点灯しているのは「旭」の表示灯。滝川は根室本線の起点駅。
mom Kさんの写真、旅情は細部に宿る。
- mom Kさん からの返信 2026/07/18 13:15:55
- まだ混沌の中で
- 師匠、滝川駅ホーム写真のご指摘は次に進める一歩になっています。
6月の北海道旅日記は6部作となってしまいました。その制作順番こそ私の心の在り様だなあと全てを今読み返しながら、気づいています。
北海道の鉄路について関心を持ち始めていました。おそらく“抜海駅”に出合った辺りからです。あれほど過酷な工事を大変な犠牲を払って施設しながら、高々100年前後で私には捨て置いてしまっているとしか思えなかったのです。
石炭だったかあ。と言う私のようやくの気づきです。M氏は埋蔵量のまだ6%しか使われていないと言われたような。(私の不確かな記憶で)
「連帯」が飛び出して来た自分の頭。今は亡き恩師の「問いを持ち続けることこそ大切」という言葉だけを頼りに進み、旅を続けます。実際も人生も。
次元も事柄も一見全く異なることが、しかも思わぬ時に唐突に飛び出してきて、パズルのようにパチッと繋がる瞬間に、ああこれは年を取ったものだけが味わえる喜びだなあと気づきました。
今では私は、自分で“老女の特権”と名付けて慈しんでいます。深く感謝します。
押し掛け弟子 mom K
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