糸満・ひめゆり旅行記(ブログ) 一覧に戻る
《2026.June》81st,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅そのⅢ~旅行貯金と追悼式編~<br /><br />令和8(2026)年6月23日火曜日<br />目覚ましに頼らず起床した。今日も良い天気、慰霊の日は梅雨明け&好天という条件が多いと言われているが、今年も例に漏れなかったようだ。8:00に食事に呼ばれてゆんたくルームへと向かう。ゲストハウスりゅうかくご自慢の朝食は、ボリューミーで見栄えも良い。今回もその朝食をカメラに収めてから頂くことにする。ただ来年はこの朝食も変わるようだ。食材が一ヶ所で集められなくなりつつあることと、やはり具材の高騰化という現実の問題があるらしい。食事を変更するために宿泊料金を下げるとおばァから聞いた。年に一回しか来ない私が意見することではないが、今までの料金改定や、試験的に朝食を変えたりして努力されてこられたことは知っているので、苦渋の判断だと思われる。お二人に無理なことはして欲しくはないので、それはそれで期待していますと答えておいた。<br /><br />食事を平らげて部屋に戻り、荷物をまとめる。予定では那覇市内の郵便局を回った後に恒例の〝2千円札〟の両替をし、糸満観光農園駐車場に車を停めて追悼式時間に平和祈念公園に滞在する。一通り参拝した後に駐車場へと戻り、時間の許す限り郵便局を回り、再び旅行貯金をして行く。そしてレンタカー返却後にとまりん近くのホテルへと移動するという流れを考えていた。昨日同様9:00過ぎの出発を予定し、荷物を車に積み込んで、眺望の変わったゲストハウスりゅうかくの建物の外観の写真を撮りながらその変化を眺めていた。そこにおじィとおばァが出てきたので暫く会話を交わしていた。こちらに初めてお世話になり早や10年、色々なことがあったよね~と過去を振り返っていると、最後に行きつく先は〝お互い年を取りましたね~〟ということになる(笑)。そしてお茶まで出して頂いてエアコンの効いた部屋で寛いだ後、そろそろ追悼式典の時間が近づいてきたので改めて挨拶を交わし出発する。ホントお互い元気であれば来年も会えるよね~的な挨拶を交わして出発する。まだサラリーマンをやっている限り長期間の滞在は不可能ではあるが、定年でも迎えれば一週間ほどのんびりと過ごしたいと改めて思った私であった。<br /><br />そんなこんなでゲストハウスりゅうかくを後にして、いつもの奥武島南海岸駐車場まで移動する。ここで一服しながら今日の予定を確認するが、旅行前の連勤のお釣りがでてきており、あまり無理な行程をしたくなかった。車内でひと休みした後、追悼式典に向かうに丁度良い時間となったために、午前中の旅行貯金をスルーして一路糸満観光農園へと車を走らせることにする。<br /><br />20分弱で追悼式臨時駐車場の糸満観光農園に到着する。時折〝うちなーファーム〟との記載がされている施設ではあるが、その受託会社が契約解除になり揉めているとのことだった。その後新たに受託会社が入ったようだが、旧受託会社の記述が残っていたりするので結構ややこしい。こちらを会場としていた〝糸満ピースフルイルミネーション〟も会場を変えて開催されているなど確固たる事実は不明である。まあ敷地面積はあるので、追悼式臨時駐車場としての役目は果たしているのでよしとする。車を停めてシャトルバス乗り場へと向かい、待ち時間もそれほどないままバスは出発。平和祈念公園までは10分かからず到着したので、混雑の度合いは軽減されていると思われる。<br /><br />12:08、1年ぶりとなる慰霊の日の平和祈念公園にやって来た。概略は一昨日夜に確認しているが、やはりその時に感じた主役が〝VIP〟という会場設営に間違いはなかった。シャトルバスのバス停からそのまま進めば式典テント下に突き当たるが、テント内にある祭壇を外野から見ることは、あの銃撃事件以来手荷物検査の必要なテント下と外野との〝距離〟が空けられるようになった。勿論警備上の理由であることはわかるのだが、立場上訪れているVIPと自らの意思で訪れている沖縄県民を含む来訪客とを比較すれば、このような〝格差〟を付けることがナンセンスだと思えてならない。そんな思いに駆られながらぐるっと回り道をする〝指示通り〟のルートをたどり、平和の礎へと向かう私であった。<br /><br />式典の行われているテントを尻目に平和の礎を目指して歩く。祖父の名前が刻まれている場所にて手を合わせ、今年も来ることができた旨を報告する。次いで平和の灯火へと向かうのだが、今年も〝ランタン〟に灯された〝分火〟となっている。なんでも先の台風の影響で、故障してしまったらしくそうなってしまったと記されていた。確か一昨年も同様の理由から同じ展開になっていた記憶がある。部外者が口をはさむことではないのだが、設備の劣化が原因であるならば設備の更新も含め、何らかの手を打つべきではないかとも思う。平和の灯火が〝特別な日〟だけ灯されることは、平和祈念公園を検索すると必ずヒットするWordであることを踏まえると〝見掛け倒し〟とも取られかねないものであることは間違いないかと思うのだが…。<br /><br />そんなちょっと残念な平和の灯火を後にして、栃木の塔へと向かう。この辺りもVIP移動の制限エリアとなっているようで、渡れるかを警備の警察官に尋ねる。横断は出来るが、VIP退出時には止めるとのことで、塔敷地内から出られなくなる可能性がある旨を知るが、まぁそうなれば致し方ない。とにかく平和の礎とここ二ヶ所が必ず訪れる場所なので歩いて行く。しかし沖縄の夏の日差しは容赦せず降りかかる。年を追うごとに体力的にキツくなってきているのは事実。よって今回も手短にお参りを済ませて下りてきた。また規制はかかってはいないということから道路を横断し、式典会場と道路を隔てた場所で規制待ち。以前は誰が出て行った等と眺めていた時期もあったが、さすがに〝お祭り騒ぎ〟の要素が高まるに連れて関心もなくなってくる。日本全国から集まった機動隊員は、DJーPOLICEとまでは行かないにしても、丁寧に観光客の対応をしていた。この暑い中ご苦労さんといつも思う。仕事だと言ってしまえばそれまでかも知れないが、このクソ暑い中、不快指数の高さは計り知れない。そんな中で接客業もタジタジの丁寧な対応には頭が下がる。多分私だったら〝言い文句に買い言葉〟になるだろうと常々感じている。本当にご苦労さまです。<br /><br />暫くVIPの退場の車の列を見送り、道路の横断が開放される。多くの人々の流れはそのまま追悼式祭壇に設けられているお焼香の列に並ぶ。私も同様に列に並び、お焼香を済ませる。これで私自身9回目となる本年令和8年度沖縄戦没者追悼式が終わることになる。<br /><br />追悼式を終えると先ずは車に戻らなければ、後が始まらない。行きと同様シャトルバスにて糸満観光農園へと向かうのだが、やはり沖縄でもドライバー不足はあるようでバス便が少ないようにも思える。送って貰えるだけ有り難いことなのだが、生憎バス停には屋根がないために日差しを受けながらの待ち時間30分はキツかった。しかし乗車してしまえばすぐに到着する距離なので、糸満観光農園には14:30前に到着した。<br /><br />とにかく暑いので車へと戻る。アイドリングストップは心がけてはいるが、もう我慢できない暑さ故に仕方がない。しかしこの糸満観光農園駐車場の欠点として“施設利用”ができないために飲み物の補充もできない。よって取り敢えず頭が冷えたのを確認し車を走らせて、別の臨時駐車場となっている沖縄清明の丘公園へとやって来た。元々は霊園施設であるために、追悼式とは無関係な利用者もおられることから、施設開放がなされており、自販機やトイレも利用することができる。そのことは知っていたので一休みする場所として訪れる。冷たい飲み物がこんなに美味しいと思ったことがあっただろうか?そんな思いに駆られながらお茶とジュースを飲み干して車へと戻って来た。<br /><br />気が付けば15:00を過ぎていた。空き時間を利用して那覇地区の旅行貯金を回ろうかと考えてはいたが、この暑さのために身体重視に切り替えざるを得なくなり、また来年も来るだろうと気軽になって車を走らせる。小禄宇栄原郵便局に立ち寄ったところでタイムアップ。沖縄本島のアクティビティはこれにて終了となるはずだが、ちょっと別件もあり浦添パルコシティを目指すことにする。こちらの郵便局は昨年訪れた場所ではあるが、諸事情により再訪が必要となった。<br /><br />相変わらずこの道のりは混雑が酷い。しかし想定範囲内の到着で郵便局にも訪れることができ旅行貯金も完了。加えて荷物発送用の袋も手に入れることができたので、ついでに追加のお土産や自宅使用の品々を購入し、その袋に詰めていく。ちょっと笑える姿かも知れないが、ひと手間省けるのと支払いをちゃんとすれば問題ない。前回は車の場所探しに時間を費やした反省点から、Googleさんに覚えて貰ったおかげでスムーズに車に辿り着くことが出来た。<br /><br />レンタカーを返車するだけとなり、営業所道中のENEOSセルフ卸団地SSに立ち寄って給油。179円/Lと相変わらずの高値だが、大した量の給油もしてないので良しとする。次いでセブンイレブン国立劇場おきなわ前店に立ち寄ってレンタカー関係の貸借書類をコピーし、最後の一服をしてアップルレンタカー那覇ベイサイド店に到着。今回の走行距離は404.5km、5日間の本島ドライブを越える記録となった。そんな旅の足になってくれたSPACIA Customクンと別れて送迎車で那覇空港に送って貰う。明日からの離島旅に合わせてとまりんに宿を取ってはいるが、タクシーを捕まえるのが大変と言うことを知り、空港迄送って貰う。約10分で那覇空港国内線出発ロビーに到着する。一昨年まではすぐにチェックインに進むが、昨年から本島近くの離島旅にシフトチェンジしたので、とまりんへと移動する。昨年はゆいレールを利用したが、今年はバスを利用してみる。知っていれば他の行き先のバスも利用できるのかも知れないが、そのあたり公共交通機関にはずぶの素人故に99号系統宜野湾行きに乗車する。運行会社はシャトルバスでお世話になった琉球バス交通だが、沖縄のバスはIC対応を通り越して〝タッチ対応〟化を進めている。これをAiが誤認して〝完全対応化済〟と記されているようだが、内地からやって来た中古バスには、ICリーダが付いているために、まだタッチ決済が出来ない車両も残っている。このあたりがややこしいところでドライバーさんがインバウンド客に対し〝スマホタッチ〟が出来ないように言っていたように思う。私も下車時にJCBタッチを使おうとしたら、なんてことはない。この車両そのものがまだ〝キャッシュレス非対応〟だと言うことを知る。という訳で現金払いをして泊高橋バス停で下車し、1年ぶりの夜のとまりんの姿を目にする。<br /><br />この時間から夕食を食べに出掛ける気力もないので、とまりん隣のほっともっと前島店に立寄りお茶と弁当を購入。それからとまりん内の本日の宿〝スマイルホテル沖縄那覇〟に到着する。<br /><br />実はこちらのホテルから一度電話を貰ったことがあった。たまに予約がダブっているといったことはあったが、ホテル予約は日程を変えなければ起こり得ないはず。ただホテル名も表示されていたので出てみると、どうやら喫煙シングルで予約を入れていたのだが、改装後は全館禁煙となるとのことで如何しましょうか?という内容であった。別に禁煙ルームでも構わないのでそのままの予約でお願いしますと答えたが、どうやら館内に喫煙所があるわけでもなく、ホテルと隣接したとまりんの喫煙所をご利用下さいとのこと。ちょっとびっくりしたがとにかくチェックインする。3008号室禁煙シングルのお部屋だが、部屋は10階であった。改装したてだけあって水回り以外は新しくなっていた。因みに先程の喫煙所は夜に場所探しに訪れてみて納得する。この場所だと建物を出たところと言われてもおかしくない場所にあった(笑)。<br /><br />汗を流す前にお腹を満たす。沖縄に来てほか弁かよ~と言われるかも知れないが、元々地の物に関心がない上に食べ慣れたものが一番美味しいと思える人なので仕方がない。そんなのり弁当大盛を平らげて汗を流し早々に横になる。今日奥武島南海岸駐車場から眺めた海は、やはり波が少しあったように感じた。台風7号の影響があるのだろうか?そのあたりのことは台風被害の少ない淡海県民にはわからないことでもあり、加えて出先で荒天に見舞われた経験がないため(一度仙台空港が霧のため福島空港にダイバードしたことはある)に、晴天に恵まれた慰霊の日だけを見ていると余計に理解できない。<br /><br />慶良間諸島に〝足あと〟をつけるだけの予定で座間味・阿嘉島を一日でまわり、渡嘉敷島泊。翌日渡嘉敷島を巡って午後のフェリーでとまりん経由で那覇から神戸空港へと戻るルートは、あまり深くは考えずに〝一筆書き〟ルートを作っただけに過ぎない。どうなるかはわからないし、考えても仕方がない。ただ時間だけは早いので取り敢えず寝ることにした。明日は明日の風が吹くだろうという風に考えながらzzz…。そして運命の旅四日目の朝を迎えるのであった。<br /><br />   《続く》

《2026.June》81st,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅そのⅢ~旅行貯金と追悼式編~

13いいね!

2026/06/23 - 2026/06/23

398位(同エリア756件中)

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

この旅行記のスケジュール

2026/06/23

この旅行記スケジュールを元に

《2026.June》81st,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅そのⅢ~旅行貯金と追悼式編~

令和8(2026)年6月23日火曜日
目覚ましに頼らず起床した。今日も良い天気、慰霊の日は梅雨明け&好天という条件が多いと言われているが、今年も例に漏れなかったようだ。8:00に食事に呼ばれてゆんたくルームへと向かう。ゲストハウスりゅうかくご自慢の朝食は、ボリューミーで見栄えも良い。今回もその朝食をカメラに収めてから頂くことにする。ただ来年はこの朝食も変わるようだ。食材が一ヶ所で集められなくなりつつあることと、やはり具材の高騰化という現実の問題があるらしい。食事を変更するために宿泊料金を下げるとおばァから聞いた。年に一回しか来ない私が意見することではないが、今までの料金改定や、試験的に朝食を変えたりして努力されてこられたことは知っているので、苦渋の判断だと思われる。お二人に無理なことはして欲しくはないので、それはそれで期待していますと答えておいた。

食事を平らげて部屋に戻り、荷物をまとめる。予定では那覇市内の郵便局を回った後に恒例の〝2千円札〟の両替をし、糸満観光農園駐車場に車を停めて追悼式時間に平和祈念公園に滞在する。一通り参拝した後に駐車場へと戻り、時間の許す限り郵便局を回り、再び旅行貯金をして行く。そしてレンタカー返却後にとまりん近くのホテルへと移動するという流れを考えていた。昨日同様9:00過ぎの出発を予定し、荷物を車に積み込んで、眺望の変わったゲストハウスりゅうかくの建物の外観の写真を撮りながらその変化を眺めていた。そこにおじィとおばァが出てきたので暫く会話を交わしていた。こちらに初めてお世話になり早や10年、色々なことがあったよね~と過去を振り返っていると、最後に行きつく先は〝お互い年を取りましたね~〟ということになる(笑)。そしてお茶まで出して頂いてエアコンの効いた部屋で寛いだ後、そろそろ追悼式典の時間が近づいてきたので改めて挨拶を交わし出発する。ホントお互い元気であれば来年も会えるよね~的な挨拶を交わして出発する。まだサラリーマンをやっている限り長期間の滞在は不可能ではあるが、定年でも迎えれば一週間ほどのんびりと過ごしたいと改めて思った私であった。

そんなこんなでゲストハウスりゅうかくを後にして、いつもの奥武島南海岸駐車場まで移動する。ここで一服しながら今日の予定を確認するが、旅行前の連勤のお釣りがでてきており、あまり無理な行程をしたくなかった。車内でひと休みした後、追悼式典に向かうに丁度良い時間となったために、午前中の旅行貯金をスルーして一路糸満観光農園へと車を走らせることにする。

20分弱で追悼式臨時駐車場の糸満観光農園に到着する。時折〝うちなーファーム〟との記載がされている施設ではあるが、その受託会社が契約解除になり揉めているとのことだった。その後新たに受託会社が入ったようだが、旧受託会社の記述が残っていたりするので結構ややこしい。こちらを会場としていた〝糸満ピースフルイルミネーション〟も会場を変えて開催されているなど確固たる事実は不明である。まあ敷地面積はあるので、追悼式臨時駐車場としての役目は果たしているのでよしとする。車を停めてシャトルバス乗り場へと向かい、待ち時間もそれほどないままバスは出発。平和祈念公園までは10分かからず到着したので、混雑の度合いは軽減されていると思われる。

12:08、1年ぶりとなる慰霊の日の平和祈念公園にやって来た。概略は一昨日夜に確認しているが、やはりその時に感じた主役が〝VIP〟という会場設営に間違いはなかった。シャトルバスのバス停からそのまま進めば式典テント下に突き当たるが、テント内にある祭壇を外野から見ることは、あの銃撃事件以来手荷物検査の必要なテント下と外野との〝距離〟が空けられるようになった。勿論警備上の理由であることはわかるのだが、立場上訪れているVIPと自らの意思で訪れている沖縄県民を含む来訪客とを比較すれば、このような〝格差〟を付けることがナンセンスだと思えてならない。そんな思いに駆られながらぐるっと回り道をする〝指示通り〟のルートをたどり、平和の礎へと向かう私であった。

式典の行われているテントを尻目に平和の礎を目指して歩く。祖父の名前が刻まれている場所にて手を合わせ、今年も来ることができた旨を報告する。次いで平和の灯火へと向かうのだが、今年も〝ランタン〟に灯された〝分火〟となっている。なんでも先の台風の影響で、故障してしまったらしくそうなってしまったと記されていた。確か一昨年も同様の理由から同じ展開になっていた記憶がある。部外者が口をはさむことではないのだが、設備の劣化が原因であるならば設備の更新も含め、何らかの手を打つべきではないかとも思う。平和の灯火が〝特別な日〟だけ灯されることは、平和祈念公園を検索すると必ずヒットするWordであることを踏まえると〝見掛け倒し〟とも取られかねないものであることは間違いないかと思うのだが…。

そんなちょっと残念な平和の灯火を後にして、栃木の塔へと向かう。この辺りもVIP移動の制限エリアとなっているようで、渡れるかを警備の警察官に尋ねる。横断は出来るが、VIP退出時には止めるとのことで、塔敷地内から出られなくなる可能性がある旨を知るが、まぁそうなれば致し方ない。とにかく平和の礎とここ二ヶ所が必ず訪れる場所なので歩いて行く。しかし沖縄の夏の日差しは容赦せず降りかかる。年を追うごとに体力的にキツくなってきているのは事実。よって今回も手短にお参りを済ませて下りてきた。また規制はかかってはいないということから道路を横断し、式典会場と道路を隔てた場所で規制待ち。以前は誰が出て行った等と眺めていた時期もあったが、さすがに〝お祭り騒ぎ〟の要素が高まるに連れて関心もなくなってくる。日本全国から集まった機動隊員は、DJーPOLICEとまでは行かないにしても、丁寧に観光客の対応をしていた。この暑い中ご苦労さんといつも思う。仕事だと言ってしまえばそれまでかも知れないが、このクソ暑い中、不快指数の高さは計り知れない。そんな中で接客業もタジタジの丁寧な対応には頭が下がる。多分私だったら〝言い文句に買い言葉〟になるだろうと常々感じている。本当にご苦労さまです。

暫くVIPの退場の車の列を見送り、道路の横断が開放される。多くの人々の流れはそのまま追悼式祭壇に設けられているお焼香の列に並ぶ。私も同様に列に並び、お焼香を済ませる。これで私自身9回目となる本年令和8年度沖縄戦没者追悼式が終わることになる。

追悼式を終えると先ずは車に戻らなければ、後が始まらない。行きと同様シャトルバスにて糸満観光農園へと向かうのだが、やはり沖縄でもドライバー不足はあるようでバス便が少ないようにも思える。送って貰えるだけ有り難いことなのだが、生憎バス停には屋根がないために日差しを受けながらの待ち時間30分はキツかった。しかし乗車してしまえばすぐに到着する距離なので、糸満観光農園には14:30前に到着した。

とにかく暑いので車へと戻る。アイドリングストップは心がけてはいるが、もう我慢できない暑さ故に仕方がない。しかしこの糸満観光農園駐車場の欠点として“施設利用”ができないために飲み物の補充もできない。よって取り敢えず頭が冷えたのを確認し車を走らせて、別の臨時駐車場となっている沖縄清明の丘公園へとやって来た。元々は霊園施設であるために、追悼式とは無関係な利用者もおられることから、施設開放がなされており、自販機やトイレも利用することができる。そのことは知っていたので一休みする場所として訪れる。冷たい飲み物がこんなに美味しいと思ったことがあっただろうか?そんな思いに駆られながらお茶とジュースを飲み干して車へと戻って来た。

気が付けば15:00を過ぎていた。空き時間を利用して那覇地区の旅行貯金を回ろうかと考えてはいたが、この暑さのために身体重視に切り替えざるを得なくなり、また来年も来るだろうと気軽になって車を走らせる。小禄宇栄原郵便局に立ち寄ったところでタイムアップ。沖縄本島のアクティビティはこれにて終了となるはずだが、ちょっと別件もあり浦添パルコシティを目指すことにする。こちらの郵便局は昨年訪れた場所ではあるが、諸事情により再訪が必要となった。

相変わらずこの道のりは混雑が酷い。しかし想定範囲内の到着で郵便局にも訪れることができ旅行貯金も完了。加えて荷物発送用の袋も手に入れることができたので、ついでに追加のお土産や自宅使用の品々を購入し、その袋に詰めていく。ちょっと笑える姿かも知れないが、ひと手間省けるのと支払いをちゃんとすれば問題ない。前回は車の場所探しに時間を費やした反省点から、Googleさんに覚えて貰ったおかげでスムーズに車に辿り着くことが出来た。

レンタカーを返車するだけとなり、営業所道中のENEOSセルフ卸団地SSに立ち寄って給油。179円/Lと相変わらずの高値だが、大した量の給油もしてないので良しとする。次いでセブンイレブン国立劇場おきなわ前店に立ち寄ってレンタカー関係の貸借書類をコピーし、最後の一服をしてアップルレンタカー那覇ベイサイド店に到着。今回の走行距離は404.5km、5日間の本島ドライブを越える記録となった。そんな旅の足になってくれたSPACIA Customクンと別れて送迎車で那覇空港に送って貰う。明日からの離島旅に合わせてとまりんに宿を取ってはいるが、タクシーを捕まえるのが大変と言うことを知り、空港迄送って貰う。約10分で那覇空港国内線出発ロビーに到着する。一昨年まではすぐにチェックインに進むが、昨年から本島近くの離島旅にシフトチェンジしたので、とまりんへと移動する。昨年はゆいレールを利用したが、今年はバスを利用してみる。知っていれば他の行き先のバスも利用できるのかも知れないが、そのあたり公共交通機関にはずぶの素人故に99号系統宜野湾行きに乗車する。運行会社はシャトルバスでお世話になった琉球バス交通だが、沖縄のバスはIC対応を通り越して〝タッチ対応〟化を進めている。これをAiが誤認して〝完全対応化済〟と記されているようだが、内地からやって来た中古バスには、ICリーダが付いているために、まだタッチ決済が出来ない車両も残っている。このあたりがややこしいところでドライバーさんがインバウンド客に対し〝スマホタッチ〟が出来ないように言っていたように思う。私も下車時にJCBタッチを使おうとしたら、なんてことはない。この車両そのものがまだ〝キャッシュレス非対応〟だと言うことを知る。という訳で現金払いをして泊高橋バス停で下車し、1年ぶりの夜のとまりんの姿を目にする。

この時間から夕食を食べに出掛ける気力もないので、とまりん隣のほっともっと前島店に立寄りお茶と弁当を購入。それからとまりん内の本日の宿〝スマイルホテル沖縄那覇〟に到着する。

実はこちらのホテルから一度電話を貰ったことがあった。たまに予約がダブっているといったことはあったが、ホテル予約は日程を変えなければ起こり得ないはず。ただホテル名も表示されていたので出てみると、どうやら喫煙シングルで予約を入れていたのだが、改装後は全館禁煙となるとのことで如何しましょうか?という内容であった。別に禁煙ルームでも構わないのでそのままの予約でお願いしますと答えたが、どうやら館内に喫煙所があるわけでもなく、ホテルと隣接したとまりんの喫煙所をご利用下さいとのこと。ちょっとびっくりしたがとにかくチェックインする。3008号室禁煙シングルのお部屋だが、部屋は10階であった。改装したてだけあって水回り以外は新しくなっていた。因みに先程の喫煙所は夜に場所探しに訪れてみて納得する。この場所だと建物を出たところと言われてもおかしくない場所にあった(笑)。

汗を流す前にお腹を満たす。沖縄に来てほか弁かよ~と言われるかも知れないが、元々地の物に関心がない上に食べ慣れたものが一番美味しいと思える人なので仕方がない。そんなのり弁当大盛を平らげて汗を流し早々に横になる。今日奥武島南海岸駐車場から眺めた海は、やはり波が少しあったように感じた。台風7号の影響があるのだろうか?そのあたりのことは台風被害の少ない淡海県民にはわからないことでもあり、加えて出先で荒天に見舞われた経験がないため(一度仙台空港が霧のため福島空港にダイバードしたことはある)に、晴天に恵まれた慰霊の日だけを見ていると余計に理解できない。

慶良間諸島に〝足あと〟をつけるだけの予定で座間味・阿嘉島を一日でまわり、渡嘉敷島泊。翌日渡嘉敷島を巡って午後のフェリーでとまりん経由で那覇から神戸空港へと戻るルートは、あまり深くは考えずに〝一筆書き〟ルートを作っただけに過ぎない。どうなるかはわからないし、考えても仕方がない。ただ時間だけは早いので取り敢えず寝ることにした。明日は明日の風が吹くだろうという風に考えながらzzz…。そして運命の旅四日目の朝を迎えるのであった。

   《続く》

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス 観光バス レンタカー タクシー JALグループ スカイマーク JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
13いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP