2026/06/06 - 2026/06/06
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FUKUJIROさん
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この旅行記のスケジュール
2026/06/06
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バスでの移動
北軽井沢駅から草軽交通の路線バスで移動
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バスでの移動
草津入口バス停で降車
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徒歩での移動
スクリバ通り
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草軽電気鉄道草津温泉駅跡
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移転後の草津温泉駅跡
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中央駅跡
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長野原草津口駅
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この旅行記スケジュールを元に
草軽電気鉄道の路線をなぞって草津に来ましたが、当時の終着駅は草津の中心部からはかなり離れていました。
草津町の中心部には湯畑があり、その周囲を温泉旅館が取り囲んでいますから、既存の建物を取り壊さずに鉄道を敷設することは困難でした。
さらに草津温泉は、すり鉢状の地形の底に湯畑があり、外縁部とは数十メートルの標高差があります。小さな機関車ではこの急坂を登り降りすることが難しかったと思われます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 私鉄 徒歩
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草軽交通の路線バスに乗って草津温泉へ向かいます。
バスには15人程度が乗車していました。 -
JCBカードでタッチ決済を行うと50%還元なの?さっきVISAタッチしちゃったよ、と思ったら訪日客向けのキャンペーンでした。
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国道146号線(長野原町応桑)。
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国道146号線、吾妻川を渡ります。
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大津交差点を左折して国道292号線に入ります。
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西吾妻福祉病院。
路線バスと言えば、必ず立ち寄る大きな病院です。 -
国道292号線(長野原町大津)。
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国道292号線の草津入口バス停で降車しました。
走り去る草軽交通のバスを見送り、草軽電気鉄道の駅跡を見に行きましょう。 -
国道292号線を少し歩くと、右へ進む道路が見えてきます。
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正面はイタリア料理店 ITALOです。
右側のスクリバ通りを歩きます。
スクリバ通りは人名に由来しており、明治14年(1881年)に東京大学の外科教師として来日、以後20年間にわたって在任したドイツ人のユリウス・カール・スクリバ先生に因んでいます。その後、聖路加病院で外科主任を務め、明治38年(1905年)、56歳で病没しました。 -
スクリバ通りを少し上って行くと、大きな建物が見えます。
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この辺りは草津温泉のイメージとは少し異なる景色です。
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スクリバ通りを南へ折れると、住宅地の中に浅間台公園があります。
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バス停の名称は南本町児童公園とあります。
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南の方向です。
この道は、かつての草軽電気鉄道の路線跡で、南から来た電車は、ここが終点でした。 -
南本町児童公園内に草軽電気鉄道草津温泉駅跡の碑があります。昭和58年11月建立。
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湯畑からは約1km離れており、ここが終着駅では旅人にはかなり不便だったであろうと想像します。
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裏側には草津温泉駅建設の経緯などが刻まれています。
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草津温泉駅のことを調べていたら、駅の移転についての記事を見ましたので、歩いてみましょう。
南から来た路線跡はもう少し北へ続いています。右側が公園で、ここに草津温泉駅がありました。 -
左右がスクリバ通りで、線路跡は突き抜けています。
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線路跡は左へ急カーブしています。
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スクリバ通りと並行して西へ続いています。
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線路跡はもう一度左カーブしていますが、移転後の草津温泉駅は、正面の民家辺りにあったようです。民家の先にはイタリア料理店ITALOがあります。
ここから湯畑までは約750mですが、標高差は約50mもあります。平均66パーミルの急坂が続いています。 -
スクリバ通りから見た線路跡です。
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国道292号線との分岐まで戻り、湯畑に向かいます。歩行者は国道ではなく、側道を歩きます
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草津温泉の温泉門にある広場と足湯が見えます。
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階段を降ります。
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降りたところが中央通りで、写真の前方に湯畑があります。
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草津温泉の入口に整備された立体交差の橋を、景観デザインを施して「温泉門」と名付けたもので、コンクリート製の門を潜ります。
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令和5年に整備された草津温泉の温泉門です。
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立体交差道の足湯側は木材で化粧してあります。湯畑をモチーフにした広い足湯が造られました。
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全長約6mの湯樋が3本設けられ、そこから毎分約600リットルの温泉が流れ落ちています。
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草津温泉の主な泉質は酸性低張性高温泉で、pH値はおよそ2.0前後という非常に強い酸性です。強い殺菌力を持ち、皮膚病や切り傷、神経痛、疲労回復などに効果があるといわれています。久しぶりにFUKUJIROの足湯姿です。
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温泉門には湯畑までの案内図が貼ってありました。
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中央通りを下って行きます。
道なりに下れば湯畑へ行けます。 -
豆腐の喜久屋さん。
素材にこだわった手作りの豆腐が自慢です。
おからのドーナツやお豆腐屋さんのトリュフチョコも売っています。 -
草津温泉のマンホール蓋。
カタカナの「サ」が9個で、クサを表しています。下水管のマンホール蓋です。 -
左側には草津温泉バスターミナルがあります。
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何屋さんだったのかは不明ですが、道祖神や石碑、石像が並んでいます。
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路面に湯畑への案内表示があります。
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草軽電気鉄道では、草津温泉駅からの利便性を確保するため、湯畑のそばまでシャトルバスを運行していました。
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湯畑。昭和50年(1975年)、草津に泊まった岡本太郎がひょうたん型をした湯畑と、それを一周する遊歩道をデザインしたそうです。
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源泉に含まれる硫黄により、黄緑色に染まっています。
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古い地図では湯畑の東側、湯滝道路沿いに草軽電気鉄道専用の停留所を設けていました。
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細い路地との角地だったようなので、中央駅があったのはこのあたりでしょうか。
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こちらの方が路地がしっかりしています。
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するとこの辺りかも知れません。
古い地図と見比べると、ここに中央駅があったように思えます。 -
湯畑を囲む柵の柱には著名人の名が刻まれています。
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湯畑の南西には草津山 光泉寺があります。
湯畑源泉を見下ろす高台に佇む古刹で草津の歴史と信仰、そして湯治文化を今に伝える存在です。 -
光泉寺の山門(仁王門)。
52段の石段を上ると山門です。 -
山門には仁王像が安置され、参拝者を厳かに迎えます。
向かって左側に阿形像。 -
向かって右側に吽形像。
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山門(仁王門)の先も石段40段が続きます。
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湯泉観音。草津町の指定文化財となっています。
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湯善堂。温泉の守り神とされています。
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小林一茶の句碑。
湯けむりに
ふすぼりもせぬ
月の貎 -
村越化石の歌碑。
村越化石は、大正11年静岡県に生まれ、昭和16年草津町に移住しました。昭和24年大野林火に師事し、俳人協会賞・蛇笏賞ほか俳壇の各賞を受賞、平成2年点字毎日文化省受賞、平成3年紫綬褒賞を授与しました。 -
百八十八番供養塔。
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魚監観音(ぎょらんかんのん)。草津町指定文化財。
明和8年、草津温泉の料亭主高原長右衛門が、魚介供業のため金比神社境内に建立しましたが、神仏分離令が出されたことから、明治10年に光泉寺の境内に移されました。高さ約100cm。 -
手水舎。
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光泉寺の本堂。
寺伝によれば、養老5年(721年)、奈良時代の高僧行基によって薬師堂が創建されたことに始まると伝えられています。行基はこの地に湧く霊泉を見出し、万病に効く温泉であることを喜び、薬師如来を祀ったといわれています。
正治2年(1200年)に草津の領主であった湯本氏によって、白根明神の別当寺として再建されました。以降、鎌倉幕府から地頭職を任じられ、白根庄の寺領を許されるなど、重要な地位を築いていました。 -
弘法大師尊像。
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賓頭盧尊者。
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釈迦堂と遅咲き如来。
元禄16年(1703年)、江戸の医師・外嶋玄賀宗静の発願により建立されました。
本尊の釈迦如来像は奈良東大寺の公慶上人の作と伝えられ、大仏修造に用いられた骨木をもって制作されたという由緒を持ちます。平成17年の調査でその由来が裏付けられ、300年を経て世に広く知られることとなったことから「遅咲き如来」と称され、再び厚い信仰を集めております。 -
令和5年11月、新たな薬師信仰の象徴として光泉寺に高さ21.4mで朱塗りの五重塔が建立されました。「いい薬師」にちなみ、標高1189.4mの塔内に薬師如来が祀られています。
バスの発車時刻が迫っていたため、南側の参道を抜けてきました。
ここから草津温泉バスターミナルまでは約100mで、しかもほぼ平坦なので、坂道や石段が苦手な方は利用すると便利です。 -
バスの発車時刻1分前に草津温泉バスターミナルに到着。大慌てでバスに飛び乗りました。
長野原草津口駅へ向かうJRバス関東にもフリーパスで乗車できます。 -
中央通りを立体交差で通過するバスから温泉門広場が見えました。
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JRバス関東を降りました。
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長野原草津口駅。
昭和20年(1945年)1月2日、長野原線の開通時に長野原駅(貨物駅)として開業しました。長野原駅から日本鋼管群馬鉄山専用線が太子駅まで同時開業しました。
現在の駅舎は、平成25年(2013年)8月1日供用開始。
よろしければ太子駅跡を訪問したときの旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/12012279 -
長野原草津口駅。
昭和45年(1970年)11月1日、当駅~太子駅が休止(翌年に廃止)。
昭和46年(1971年)3月7日、当駅~大前駅間が延伸開業し、吾妻線に改称しました。平成3年(1991年)12月1日、長野原草津口駅に改称。
よろしければ大前駅を訪問したときの旅行記もご覧ください。
https://4travel.jp/travelogue/12013481 -
有人駅で、駅舎内には券売機、コインロッカー、待合室がありました。
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ホームまでは長い通路を歩きます。
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通路にはたくさんの写真が展示されています。
昔の長野原草津口駅。
新駅舎は従来の駅舎の西側に建設されたことから、ホームまで距離が遠くなりました。 -
ホームから駅前のバス乗り場。
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館林駅まで戻りました。
東武伊勢崎線・東武佐野線・東武小泉線の3つの線が集まっている駅で、浅草駅から特急りょうもう号で約1時間です。
令和5年1月からカルピス柄の装飾が施されています。特急りょうもう号にもカルピス柄仕様の編成が走っています。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
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茨城・栃木・群馬の旅その3
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