2026/05/27 - 2026/05/27
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杏仁豆腐さん
紫陽花が色づき始めた鎌倉。紫陽花が見頃となると、人が多くなります。その前に、大船から北鎌倉まで歩きました。今回は、二つに切通しが目的です。
NHKドラマ10「魯山人のかまど」
北鎌倉で晩年を過ごす北大路魯山人(藤竜也)のもとを、回顧録を書くために取材に訪れる記者(古川琴音)の目を通して、魯山人に隠された孤独と芸術への飽くなき姿勢を描くドラマ。
ドラマを見ていると、「高野の切通し」がロケ地として出てきました。そこで、切通しを見に、大船から北鎌倉まで散策に出かけました。
ついでに、北大路魯山人がらみで、星岡窯旧跡にも行きました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
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大船駅で下車
ここから北鎌倉方面に歩きます。 -
しばらく歩くと、上り坂。
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階段を上ると、大船むくどり公園です。
小さな公園です。 -
大船むくどり公園の隣に、木曾義高の墓があります。
「鎌倉殿の13人」では、市川染五郎が演じました。 -
塔婆が立っています。
木曾義高は、木曾義仲の嫡男です。父と頼朝の和睦のため鎌倉へ人質として送られ、頼朝の娘・大姫のいいなずけとなりました。しかし父が敗死すると命を狙われ、鎌倉を脱出するも追っ手に討たれた悲劇の若武者です。 -
木曾義高の記念碑
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木曾義高の墓から下ると、常楽寺です。
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1237年(嘉禎3)三代執権北条泰時が義母の供養のために建てた粟船御堂がはじまりです。
山門には、「粟船山(ぞくせんさん)」の額があります。 -
庫裏
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大銀杏の碑
開山禅師・退耕行勇の手植えとされる大銀杏の歴史を伝えています。
巨木は台風や震災で枯死・倒壊しましたが、現在はその跡からひこばえが成長しています。 -
仏殿です。
1691年(元禄4年)の再建で県の有形文化財に指定されています。 -
「阿弥陀三尊」が祀られています。
阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩
台座からは「仁治3年(1242年)6月12日」の墨書が確認されています。 -
仏殿の天井
天井に描かれているのは狩野雪信の「雲龍図」です。 -
文殊堂
堂内に、鎌倉時代の作といわれる文殊菩薩坐像(県重文)を安置します。秘仏とされ1月25日の文殊祭で、開帳されます。 -
墓の案内の石塔が建っています。
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右には、北条泰時の墓があります。
鎌倉幕府第2代執権・北条義時の長男で、鎌倉幕府第3代執権。御成敗式目を制定した人物です。
「鎌倉殿の13人」では、坂口健太郎が演じました。 -
真ん中は、龍淵和尚(りゅうえんおしょう)の墓。
龍淵和尚は、荒廃していた常楽寺を再興し、臨済宗の布教拠点として立て直しました。 -
左は、大応国師(だいおうこくし)の墓。
大応国師(円通大応国師・南浦紹明)は、鎌倉時代に日本へ臨済宗を広めた高僧です。 -
庭園・色天無熱池(しきてんむねつち)
仏殿のわきにある池のことです。 -
本堂
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手水舎
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庚申塔
今から300年ほど前に建てられた証となる石塔だそうです。
石塔の上に寝そべったカエルが。享保三年(1718年)と刻まれています。 -
常楽寺を後にします。
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大船の切通しに来ました。
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高野地区の切通しで、かつて山内荘と六浦荘までつながっていたと伝えられています。
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タイムスリップしたような光景です。
人は誰もいません。 -
やぐらの奥が崩壊したような穴があります。
向こうの風景が見えます。 -
とても興味深い切通しです。
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見上げると、きれいな緑の世界。
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景色が見える場所があります。高低差を感じます。
このまま進むと、六国見山への登山道や、北鎌倉の山ノ内(円覚寺など)へ繋がる路地となります。 -
高野の切通しに来ました。
高野の切通しは、長窪の切通しとも呼ばれています。 -
両側の壁はほぼ垂直です。
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狭い切道しです。
とても神秘的な雰囲気を感じることが出来ます。 -
かつては、山ノ内荘と六浦荘とを結ぶ尾根道だったそうです。
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NHKのドラマ「魯山人のかまど」で魯山人の住まいに続く道として、登場した切り通しです。
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壁と木が一体となっています。
人がいなく、私だけでした。 -
高野の切通しを進みます。
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景色が広がる箇所もあります。
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高野の切通しは、100m程度でしょうか。
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切道しの出口付近です。
とても神秘的な世界を垣間見た気分です。 -
しろのれんで、ランチです。
歩き疲れました。 -
カウンター席です。
パスタランチをいただきます。 -
前菜とパンが付いています。
いろいろな種類の葉野菜です。 -
ベーコンとモッツアレラのポモドーロ。
イタリア語で「トマト」を意味するのが「ポモドーロ」。 -
アイス珈琲とともにいただきました。
疲れを癒し、もうひと頑張りです。 -
台亀井公園
遠くまで見渡せます。 -
線路沿いに台亀井隧道(台トンネル)があります。
鎌倉らしい風景です。 -
やまと工房の裏手の川を渡ります。
やまと工房には、ステンドグラスがあります。 -
神明神社です。
「台のお宮さん」と呼ばれれている神社だそうです。 -
元亀年間(1570~1573年)、疫病が流行した際に、村人四人が伊勢詣に出向いて賜った神札を祀ったのが起源とされています。
そのため「お伊勢さん」とも呼ばれています。 -
庚申塔
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手水舎
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現在の社殿は、1645年(承応3年)に再建されたものです。
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淡島神社、第六天社、諏訪神社
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鎌倉は、少し上ると景色が楽しめます。
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山崎小学校に沿った道を上ると、魯山人窯芸術研究所星岡窯跡です。
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其中庵(きちゅうあん)についての説明がありました。
現在地は作陶等創作活動を行っていた著名な芸術家、北大路魯山人が昭和2年(1927年)から没年の昭和34年(1959年)まで接客に使用した慶雲閣を建築した場所として知られています。
魯山人の没後、当該地を継承した当時の地権者が全面的な改修を行うとともに新たなお堂や茶室などを建築し、これら一連の施設を「其中庵」と名付けました。
なお慶雲閣は平成10年(1998年)の火災により焼失しています。
また其中庵の敷地外にも魯山人が使っていた登窯(星岡窯)や母屋がありました。
母屋は茨城県笠間に移築され「春風萬里荘」として公開されています。
北大路魯山人
[明治13年(1880年~昭和34年(1959年)]
明治から昭和初期に活躍した芸術家として知られる北大路魯山人。
陶芸、漆芸、書、絵画、篆刻など幅広い分野にわたり、類まれなる才能を発揮。
多くの作品が今も魯山人芸術として高い評価を得ています。 -
魯山人の住居「春風萬里荘」、「慶雲閣」、茶室「夢境庵」や弟子の住居、三連房の登窯などがありました。
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大きな石が所々に残っています。
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在りし日の風景を想いながら、巡ります。
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訪れる人もいなく、ひっそりとしています。
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フェンスに囲まれたお堂のような建物があります。ここは長年「調査中」となっておいるそうです。
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大きな手水鉢があります。
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階段を上ると、山崎・台峯緑地 北管理事務所があります。
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さらに奥に進むと清水谷戸が広がっています。
ここは山崎小学校が使用しています。生徒たちが野菜の栽培などしているようです。 -
北鎌倉駅まで来ました。
北鎌倉松花堂です。 -
松花堂は和菓子屋「旭軒」として名古屋市中区元町(現在は千代田)にて大正時代に創業し、二代目は北鎌倉の地に「松花堂」として昭和36年に開業しました。
松花堂は、旭軒からは約100年有余になります。 -
あがり羊羹を購入。
「あがり」は「さし上げる」という献上の意味で、江戸の昔に尾張徳川家へ御用の品として献上されました。 -
あっさりとした上品な甘さで、その食感は水羊羹とも蒸し羊羹とも違い、もっちりとした弾力と舌の上でとろける柔らかな口当たりが人気です。
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昭和28年創業の光泉(こうえん)。
光泉のいなり寿司は、北大路魯山人や小津安二郎が愛したという味です。 -
店内に入ると、カレーの香り。
じっくり煮込まれた「豚軟骨カレー」を食べている外国の方がいました。 -
稲荷寿司を購入。
由緒正しき、正統派の折り詰めです。
これぞ、持ち帰り寿司! -
変わらぬ稲荷寿司。
細長い稲荷寿司が、半分に切ってあります -
北鎌倉駅前の豊島屋で、鳩サブレ―を購入。
北鎌倉駅から電車に乗り、帰宅しました。
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