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ご覧いただきまして、ありがとうございます。<br /><br />大猷院を参拝した後、次は憾満ヶ淵に向かいます。

2024年3月栃木③ 憾満ヶ淵に行く~行ってなかった日光

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2024/03/02 - 2024/03/03

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emi_uさん

この旅行記スケジュールを元に

ご覧いただきまして、ありがとうございます。

大猷院を参拝した後、次は憾満ヶ淵に向かいます。

  • 15時過ぎ、国道120号を田母沢御用邸の辺りで折れる

    15時過ぎ、国道120号を田母沢御用邸の辺りで折れる

    日光田母沢御用邸記念公園 名所・史跡

  • 憾満ヶ淵 の看板に従って大谷川(だいやがわ)の方へと進む

    憾満ヶ淵 の看板に従って大谷川(だいやがわ)の方へと進む

  • 大谷川を渡る

    大谷川を渡る

    大谷川 自然・景勝地

  • すると、ダム好きの興味を引くものが<br /><br />こちら、日光水力発電ー世紀を記念するモニュメント

    すると、ダム好きの興味を引くものが

    こちら、日光水力発電ー世紀を記念するモニュメント

  • (銘板より)<br /><br />明治26年(1893)10月に建設された日光発電所(現在の日光第二発電所)は、東京電力として現存する最初の水力発電所です。<br />水力発電は、自然の恵みである水を上手に使いエネルギーを生み出す発電システムであり、今後とも水を大切に活かしながらクリーンなエネルギーづくりを進めてまいります。<br />水力発電一世紀にあたり、水と光の調和を表した記念モニュメントを建立しました。<br /><br />東京電力株式会社 1993年10月

    (銘板より)

    明治26年(1893)10月に建設された日光発電所(現在の日光第二発電所)は、東京電力として現存する最初の水力発電所です。
    水力発電は、自然の恵みである水を上手に使いエネルギーを生み出す発電システムであり、今後とも水を大切に活かしながらクリーンなエネルギーづくりを進めてまいります。
    水力発電一世紀にあたり、水と光の調和を表した記念モニュメントを建立しました。

    東京電力株式会社 1993年10月

  • 直径75cmの鋼管<br /><br />創業時の発電所は左手の山側にあったらしく、戦前は大谷石の石垣などが残っていたらしいが、戦時下には水路の補修などにそれを使用して、もう跡形もないそうだ

    直径75cmの鋼管

    創業時の発電所は左手の山側にあったらしく、戦前は大谷石の石垣などが残っていたらしいが、戦時下には水路の補修などにそれを使用して、もう跡形もないそうだ

  • 最大出力1,400kW<br />有効落差24.7m

    最大出力1,400kW
    有効落差24.7m

  • 当時は大谷川の取水箇所から1,607mに亘って木樋(もくひ/きどい)を通していた

    当時は大谷川の取水箇所から1,607mに亘って木樋(もくひ/きどい)を通していた

  • 水路を覗き込むと、ここだけ見たら南の海かのような美しい水

    水路を覗き込むと、ここだけ見たら南の海かのような美しい水

  • 導かれるように水路沿いに少しだけ遡ってみた

    導かれるように水路沿いに少しだけ遡ってみた

  • 橋というか、水路を横切る道がある<br /><br />銭澤不動尊へ続く史跡探勝路だが、とりあえず水路をまっすぐに眺めて満足

    橋というか、水路を横切る道がある

    銭澤不動尊へ続く史跡探勝路だが、とりあえず水路をまっすぐに眺めて満足

  • さらに上流へと続くが、この辺まででそろそろ憾満ヶ淵 へ向かう

    さらに上流へと続くが、この辺まででそろそろ憾満ヶ淵 へ向かう

  • 15時半 寄り道してしまったので、やっと憾満ヶ淵 につながる道へ<br /><br />ここが日本人よりも外国人に人気がある理由の1つは、近くに外国人の方が好みそうなB&amp;Bがあるからかもしれない

    15時半 寄り道してしまったので、やっと憾満ヶ淵 につながる道へ

    ここが日本人よりも外国人に人気がある理由の1つは、近くに外国人の方が好みそうなB&Bがあるからかもしれない

  • 途中の道のりもかなり雪が残っている<br /><br />「一隅を照らす」は比叡山延暦寺で見た<br />伝教大師・最澄の言葉

    途中の道のりもかなり雪が残っている

    「一隅を照らす」は比叡山延暦寺で見た
    伝教大師・最澄の言葉

  • こちら慈雲寺が天台宗

    こちら慈雲寺が天台宗

    慈雲寺 寺・神社・教会

  • (看板より)<br /><br />承応3年(1654)に、憾満ヶ淵を開いた晃海大僧正が創建し、阿弥陀如来と師の慈眼大師天海を祀ったお堂です。<br />当時の建物は明治35年(1902)9月の洪水で流失し、現在の本堂は昭和48年(1973)に復元されました。毎年7月14日に輪王寺により盂蘭盆会の法要が営まれます。

    (看板より)

    承応3年(1654)に、憾満ヶ淵を開いた晃海大僧正が創建し、阿弥陀如来と師の慈眼大師天海を祀ったお堂です。
    当時の建物は明治35年(1902)9月の洪水で流失し、現在の本堂は昭和48年(1973)に復元されました。毎年7月14日に輪王寺により盂蘭盆会の法要が営まれます。

  • 並び地蔵(化け地蔵)<br /><br />行きと帰りでお地蔵様の数が違うと言われ、化け地蔵とも呼ばれるとか

    並び地蔵(化け地蔵)

    行きと帰りでお地蔵様の数が違うと言われ、化け地蔵とも呼ばれるとか

    化地蔵 名所・史跡

  • この辺り、岩肌から幾筋もの流れが見える

    この辺り、岩肌から幾筋もの流れが見える

  • この辺り、まさに憾満ヶ淵<br />憾満ケ淵は、男体山から噴出した溶岩によってできた奇勝<br /><br />向こう岸近くの白く、明るく光っているところは、雪ではなく水の流れが白く泡立っているところに光が反射している<br /><br />岩を縫ってけっこう音を立てて、勢いよく流れている<br /><br />川の流れが不動明王の真言を唱えるように響くので、晃海大僧正が真言の最後の句の「カンマン」から憾満ヶ淵と名付けたそうだ<br /><br />足下もよろしくないので、そろそろ引き返す<br />憾満ヶ淵の散策は20分ほど

    この辺り、まさに憾満ヶ淵
    憾満ケ淵は、男体山から噴出した溶岩によってできた奇勝

    向こう岸近くの白く、明るく光っているところは、雪ではなく水の流れが白く泡立っているところに光が反射している

    岩を縫ってけっこう音を立てて、勢いよく流れている

    川の流れが不動明王の真言を唱えるように響くので、晃海大僧正が真言の最後の句の「カンマン」から憾満ヶ淵と名付けたそうだ

    足下もよろしくないので、そろそろ引き返す
    憾満ヶ淵の散策は20分ほど

    憾満ヶ淵(含満ガ淵) 自然・景勝地

  • 16時過ぎ、宿に戻ってきた

    16時過ぎ、宿に戻ってきた

  • 本日のお宿はこちら

    本日のお宿はこちら

    日光ぐりーんほてる懐かし家 風和里 宿・ホテル

  • フロントでは赤いリボンの立派なシカさんがお出迎え

    フロントでは赤いリボンの立派なシカさんがお出迎え

  • お部屋には既にお布団が敷かれている

    お部屋には既にお布団が敷かれている

  • 冷蔵庫もあるし、洗面台もきれい

    冷蔵庫もあるし、洗面台もきれい

  • 18時からお夕飯

    18時からお夕飯

  • 椀物、天ぷらも随時運んできてくださる

    椀物、天ぷらも随時運んできてくださる

  • 翌朝は7時半から朝ごはん<br /><br />夜も朝も日光名物の湯波が出て満足<br />朝は鍋でお豆腐も

    翌朝は7時半から朝ごはん

    夜も朝も日光名物の湯波が出て満足
    朝は鍋でお豆腐も

  • 今朝もいい天気だ<br /><br />9時過ぎ、本日も出発!

    今朝もいい天気だ

    9時過ぎ、本日も出発!

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