2026/05/02 - 2026/05/05
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この旅行記のスケジュール
2026/05/05
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2026年5月2日から5月5日、台北を約30年ぶりに旅しました。1990年代後半から台湾は劇的に近代化と民主化を遂げています。交通インフラは進化し、デジタル化の加速度は目を見張るものがあり、雑多な良さは残しつつも、都市部は非常に洗練されています。劇的に変化した部分も多いですが、夜市の活気や人情味、「親日的な雰囲気」は変わらず、とても居心地のいい場所でした。タイムスリップしたような懐かしさと、最先端の便利さが同居する台湾を楽しみました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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5月4日は雨です。
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今日は午前中は、松山(ソンシャン)に行ってみます。
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台鉄(在来線)を利用します。
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台北駅の「台鉄」ホームから、基隆方面行きの列車に乗ります。7分ほどで松山駅に到着です。
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ここ松山に来た理由は、台湾の台北市松山区と、愛媛県松山市は非常に深い絆で結ばれているからです。世界でも珍しい「同名」の空港、駅、そして日本最古級の温泉という共通点から、強力なパートナーシップが築かれました。松山市といえば道後温泉ですが、台北の北投温泉(松山区からもアクセスが良い歴史ある温泉地)とも、温泉文化を通じた深い交流があります。2014年に両市は正式に友好交流協定を締結しました。さらに直近の2024年10月には、交流10周年を記念して「友好交流都市協定」へと格上げ・再調印が行われました。
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松山駅は現在は地下化されています。松山駅の地上階は大きな駅ビルになっています。
松山駅 駅
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駅から徒歩5分で、松山慈祐宮(ソンシャン・ズーヨウグン)に着きました。1753年(清の乾隆18年)創建の歴史ある廟で、航海の女神・媽祖(まそ)を祀っています。湾が島国であり、移民社会であることから、海を守り生活の安寧をもたらす媽祖様は、台湾で最も深く広く信仰されています。
松山慈祐宮 寺院・教会
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1階には本尊の媽祖様が祀られていますが、2階から6階にかけて、仏教、道教、儒教の神々が勢揃いしています。
2階: 注生娘娘(子宝・安産の神)
3階: 観音菩薩
4階: 文昌帝君(学問の神。受験シーズンには多くの学生が訪れます)
6階: 凌霄宝殿(道教の最高神・玉皇大帝) -
30年前は線香の煙が立ち込めていましたが、現在は環境保護のため、線香の本数を制限したり、巨大な空気清浄システムを導入したりと、現代社会に合わせた運営がなされています。
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ポエ(赤い木片)があります。ポエを使い、自分の問いかけに対し、神様から「Yes/No」の答えをもらっている人も多く見かけました。
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慈祐宮を中心に街(松山)が形成され、その門前から現在の「饒河街観光夜市(じょうががいかんこうよいち・ラオホージエ・グアングアンイェシー)」へと発展しました。寺院と市場が隣接しているのは、台湾の古い都市形成の典型的なパターンです。
饒河街観光夜市 散歩・街歩き
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台北駅に戻り、駅2階の大手デパート「微風(Breeze)」がプロデュースするグルメエリアに行きました。フードコートは台湾各地の名店が集まっています。
微風台北車站 (ブリーズ タイペイ ステーション) 地元の料理
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手前の赤い器に入っているのは、台湾の国民食とも言える滷肉飯(ルーローファン)です。細かく刻んだ豚バラ肉を甘辛い醤油ベースのタレで煮込み、ご飯にかけたものです。奥の黒い皿に乗っているのは、排骨(パイグゥ)と呼ばれる豚のスペアリブ(骨付きあばら肉)を揚げたものです。白いボウルに入っているのは、茹でたキャベツにタレ(醤油膏やニンニクソースなど)をかけた温野菜です。外食でも野菜をしっかり摂るのが台湾流です。195元でした。
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13時からは、九份&十分ランタン飛ばし体験ツアーに参加します。大型バスに乗ります。40人ほど皆日本人でした。約3700円のツアー、とてもコスパのよいツアーでした。
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約1時間ほどで、十分老街に到着です。十分老街は、かつての炭鉱の活気と、ノスタルジックな昭和初期のような雰囲気を今に留め、人気の観光地になっています。
十分老街 旧市街・古い町並み
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十分老街では、ランタン(天燈)飛ばし体験をします。ここ十分を最も象徴する文化が、願い事を書いた大きな紙ランタンを空へ放つ「天燈上げ」です。赤一色は200元でした。
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もともとは清代に盗賊の襲撃を知らせる通信手段(信号)として使われていたものが、現在では無病息災や願い事を天に届ける年中行事・観光アクティビティへと変化しました。線路のすぐ脇に店が並ぶノスタルジックな街で、願い事を書いた大きなランタンを空へ飛ばします。
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筆で願い事を書き、店員さんの合図で空へ放ちます。店員さんは観光客のスマホ扱いに非常に慣れています。スマホを渡せば、飛ばす瞬間の写真や動画を驚くほど手際よく撮ってくれました。
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ランタンの色にはそれぞれ意味(赤:健康、黄:金運など)があります。ローカル線(平渓線)の線路のすぐ脇に商店がびっしりと並び、電車の運行の合間を縫って、人々が線路の真ん中からランタンを打ち上げる光景は、世界でも非常に珍しいユニークな景観を作り出しています。
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静安吊橋(ジンアン・ディアオチァオ)は、街のシンボルとして観光客に親しまれている美しい吊り橋です。この吊り橋は、第二次世界大戦後の1947(民国36)年に建設されました。元々は人が渡るためのものではなく、対岸の炭鉱(十分里と南山里エリア)から採掘された石炭を駅へと運ぶための「炭鉱輸送用の橋(軌道橋)」として敷設されたものです。その後、炭鉱が閉山を迎えると、橋はその役割を終えました。しかし、地域住民の重要な生活道路(連絡橋)として機能させるため、大規模な改修が行われ、現在の歩行者専用の吊り橋へと生まれ変わりました。
静安吊橋 建造物
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十分は現役のローカル線(平渓線)が通っています。列車が来ると一斉に線路から避ける光景は、「生活と鉄道の近さ」を感じられる興味深い一コマです。
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列車通過後に記念撮影します。
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十分の街の発展は、かつての炭鉱産業と深く結びついています。現在観光客を運んでいる「台湾鉄路平渓線」は、もともと日本統治時代の1921年に、この地域で採掘された石炭を運び出すための貨物線として敷設されたものです。炭鉱が閉山した後は過疎化が進みましたが、そのレトロな街並みや歴史的遺産が再評価され、現在は人気の観光ローカル線として蘇りました。
十分駅 駅
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十分寮成安宮です。ここにも道教寺院がありました。
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次は十分瀑布へ行きます。バスで5分、徒歩15分くらいです。
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十分瀑布は、カーテン型(半円形)の階段状の滝としては台湾最大のもので、その形状から「台湾のナイアガラ」とも称されています。川の地層の傾斜と岩の浸食によってできたもので、水量が豊富な時期には地響きのような轟音とともに水しぶきが上がり、光の差し込み方によっては美しい虹がかかることでも知られています。
十分大瀑布 滝・河川・湖
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次は九份(ジョウフェン)へ行きます。十分からバスで1時間ほどで、斜面にひしめくノスタルジックな街並みが見えてきました。九份の最も際立った特徴は、基隆山(山容が美しく「大肚美人山」とも呼ばれる)の急斜面にへばりつくようにして形成された街の構造です。車が入れないほどの狭い路地や、無数の石階段(特に有名な「豎崎路」など)が迷路のように入り組んでおり、その両側に赤提灯が掲げられたレトロな木造・石造りの建築が並びます。夕暮れ時になり、赤提灯にいっせいに火が灯ると、幻想的でノスタルジックな世界観に包まれます。
九分 旧市街・古い町並み
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九份は、山と海が織りなすダイナミックな地形で、十分の「炭鉱」とはまた異なる「金鉱」の歴史によって栄えた、台湾を代表する非常に魅力的な山城(山の街)です。
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豎崎路(スーチールー)を上がります。九份の発展は、19世紀末(清朝末期の1890年代)にこの地で金鉱が発見されたことに始まります。特に日本統治時代から大正・昭和初期にかけて本格的な近代化が進められ、大量の金が採掘されました。当時は「アジアの金の都」とも称されるほどの空前のゴールドラッシュが起き、山奥の小さな集落だった九份には、料亭や劇場(昇平戯院など)が立ち並び、夜も眠らない街として栄華を極めました。しかし、戦後に資源が枯渇すると、1971年に完全に閉山。街は急速に過疎化し、一時は人々に忘れ去られた「寂れた山村」となりました。
豎崎路 散歩・街歩き
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この静まり返った街に再び光が当たったのは、1989年のことです。台湾映画界の巨匠ホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督が、台湾の歴史の転換期を描いた名作映画『悲情城市』のロケ地に九份を選びました。この映画がベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞するなど大ヒットしたことで、映画に描かれた九份のどこか哀愁漂う美しい街並みが国内で一躍注目を浴び、文化的に再評価され、観光地として奇跡的な復活を遂げました。
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九份は標高約200m~300mの斜面に位置しているため、山あいの街でありながら、眼下に広がる東シナ海(基隆港や深澳湾、八斗子などの湾岸線)を遮るものなく一望できるという、非常に優れた眺望を持っています。
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九份の代名詞とも言える「阿妹茶樓(アーメイ・ツァーロウ / Ah Mei Tea House)」は、豎崎路(スーチールー)という長い石階段の途中に位置する、九份で最も有名な茶芸館(台湾伝統のお茶を楽しめるお店)です。阿妹茶樓の建物は、もともと日本統治時代の旧鍛冶屋(あるいは金鉱の作業場に関連する建物)の跡地を利用して建てられたと言われています。木造のレトロな3階建ての建築で、九份がかつて「ゴールドラッシュ」で沸いた時代の面影を色濃く残しています。
阿妹茶楼 カフェ
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九份の絵葉書や観光パンフレットの多くはこの建物を写しており、まさに「九份の顔」となっています。建物の外壁にはたくさんの赤提灯が吊るされており、夕暮れ時(17時半~18時頃)になってこれらに火が灯ると、建物全体が黄金色と赤色の幻想的な光に包まれます。
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ツアーには、お茶体験もついており、店内に入ります。入口は長蛇の列でしたが、ツアー客はすぐに入れました。店内には、木製の重厚な家具や、どこかおどろおどろしい雰囲気を持つ「能面」のようなお面が壁に飾られており、独特のエキゾチックな空間が広がっています。席に着くと、スタッフが目の前で伝統的な茶器(聞香杯など)を使い、一煎目の淹れ方を丁寧に実演・説明してくれます。
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台湾の伝統的なお茶文化を象徴する「工夫茶(くふちゃ)」の道具と、お茶請け(茶菓子)の盛り合わせです。手前の白い器(お茶のセット)は、品茗杯(ひんめいはい)で、お茶を実際に飲むためのカップです。奥にある背の高い筒状の器は、聞香杯(もんこうはい)で、これは飲むためではなく、「お茶の香りを楽しむため」の専用の器です。最初に店員さんがこの聞香杯にお茶を注ぎ、それを空の品茗杯に移し替えます。空になった聞香杯を鼻に近づけて、立ち上がる芳醇な残り香を楽しみます。
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阿妹茶樓の大きな魅力は、その立地を最大限に活かした景観にあります。この景色を見ながら、お茶を楽しみます。最上階の3階にはオープンエアのテラス席(茶座)が設けられており、ここに座ると、九份の急斜面、眼下に広がる東シナ海の湾岸線、そして背後にそびえる基隆山のシルエットを同時に見渡すことができます。
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細い路地には様々な伝統的グルメの屋台が並びます。お土産に人気の工芸品店、茶器の専門店などが軒を連ねています。非常に活気があり、歩いているだけで九份のエネルギーを感じられます。
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さすが大人気の観光地。とてつもない人の多さでした。効率的に回ることができるツアーに参加してよかったです。また、ツアーに参加していた日本人の皆さんも気さくな方ばかりで、とてもいい思い出ができました。
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20時過ぎに台北駅に帰ってきました。ここで夕食。充実した一日でした。
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翌日、日本帰国日です。
台湾桃園国際空港 (TPE) 空港
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順調に空港に着き、土産物屋を散策します。
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定番のパイナップルケーキは購入しました。
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奥にお世話になるキャセイパシフィック航空機がいます。
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機内食もおいしかったし、満足な空の旅になりました。定刻通り、関西国際空港に戻りました。最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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