2026/04/22 - 2026/04/23
10133位(同エリア16050件中)
まつこさん
この旅行記のスケジュール
2026/04/22
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中津宮のある大島から本土側の神湊港に戻ってきて、これから「道の駅むなかた」で買い物をします。
その後は宗像氏を葬っているとされる「新原•奴山古墳群」のある福津市の台地に行ってみます。 ここは国の史跡である「津屋崎古墳群」の一部となります。
ここまでで2日目の旅程は終了です。
3日目は雨の中、宗像大社辺津宮を参拝してから、沖ノ島の遺跡から発見された奉献品を神宝館で見学します。
最後にもう一度「道の駅むなかた」に立ち寄って買い物をして、宗像を後にします。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
神湊港を出て東に向かうこと5分、「道の駅むなかた」に着きました。明日、宗像を離れる時にも寄る予定なので、今日はいわば下見です。
一見しただけで鮮魚コーナーが広い印象。野菜や果物もたくさん。とりあえずホテルで食べようとデザート用にイチゴを買いました。 -
幸いなことに雨はまだポツポツと落ちているだけなので、まだ行けると判断して「新原•奴山(しんばる•奴山)古墳群」を見に行きます。宗像市の西の福津市の台地に、海に向かって41基もの古墳群が現存しているのです。
さて古墳群らしき物が見えるのに、どう行けば車を停めて近づけるのかわからず、付近の農道をうろうろと回りました。 -
ため池や田んぼが周りを取り囲むのどかな田園地帯の中に、こんなにわかりやすく古墳が見えているのに、駐車場くらいあってもいいのに、と思いつつ車を走らせて、ようやく古墳群展望所を見つけました!
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山裾の小高い丘に建っている「昭和学園」という学校から一段下がった丘に、駐車場と案内板と、トイレと、案内所らしき小さなプレハブ小屋が立っていて、でも中は鍵がかかって無人でした。
でも入口の扉の横に、よく見れば郵便受けのようなケースがぶら下がって、「ご自由にお取り下さい」と書かれたパンフレットがあるではありませんか。 -
ここでゲットしたパンフレットに、短時間20分コースと推奨40分コースという古墳群散策コースが地図付きで紹介されているので、今回は20分コースを歩いてみます。
この古墳群は5世紀から6世紀にかけて宗像三女神の信仰を発展させた古代豪族、宗像氏の墳墓群なのだそうです。まるでそれが沖ノ島に続く道であるかのように、古墳群は玄海灘に向かって並んでいます。
ところどころ、古墳の前にコンクリートの道標のような柱が立っています。
これは40号墳。このあたりは直径15m以下の小古墳が10基ほど1列に並んでいます。 -
36号墳。正直、素人にはわかりにくい。
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34号墳。ここはこんもりと円墳の形が整っています。
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ここから未舗装のコースとなり、道も曲がりくねってくるので不安ながら地図を頼りに進んで行きます。
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前方後円墳の形がわかりやすい30号墳と言われるけれど、前方と後方にこれほど高低差があるものなのか?と疑問に思ってパンフレットを読むと、畑のために削られて平らになっているとのこと。
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短時間コースはこの辺で引き返します。地図ではこの先の方が興味深い古墳がありそうなのですが、雨も本降りになってきました。
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もう少し詳しい解説を、と別のパンフレットを見たら、福津市の別の場所に「カメリアステージ 歴史資料館」という展示施設があるようです。しかも開館時間が10時から20時までと、時間の限られた旅行者には大変ありがたい長時間じゃありませんか!と連れ合いの顔を見ると今日はもう限界のような表情をしていたので諦めました。
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さて本日の宿は「ホテルルートイン若宮インター」です。高速を下りてすぐなのは便利でありがたいのですが、ただ周辺には飲食店が無くて、宿泊客のほとんどが館内のレストランで夕食を摂っていました。私達もここで居酒屋メニューで乾杯しながら疲れを癒します。周囲の宿泊客達も賑やかに盛り上がっていました。
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明けて3日目の天気は全面的に雨。と言ってもこれを予想して先に大島の中津宮に参拝したので、想定内です。傘をさして宗像大社辺津宮を参拝します。
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広い池に架かる橋を渡って拝殿に進みます。池の鯉たちが人影を見た途端に寄ってきます。ふと見ると橋のたもとで鯉の餌を百円で売っているからなんですね。なるほど。
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手水鉢の上にかかる屋根が広いのを見て、さすが宗像大社辺津宮、と感心しました。
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筋骨隆々とした雄々しい狛犬の眼が着色されているのも、普通の神社では見たことないです。
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神門から拝殿と奥に続く本殿を望む。やっとここに来れました。
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高宮祭場というのは、宗像三女神の三女イチキヒメノカミの降臨地とされ、社殿が作られる前の古代祭場です。社殿の無い自然崇拝の形を残しています。ただここは本殿から10分も離れた階段を上った位置にあったので、現地に参拝するのは断念して写真で様子を知ります。
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辺津宮はどの参道も深い森に囲まれて、神聖な雰囲気に圧倒されます
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ここは沖津宮と中津宮に参ることのできない参拝者のための社殿。右手の第二宮には長女タゴリヒメノカミ、左手の第三宮には次女タギツヒメノカミが祀られています。辺津宮のここに来れば3社全てにお参りできるという訳です。
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辺津宮の参拝を済ませて、神宝館に入ります。沖ノ島で発見された奉献品(全て国宝!)や古文書などを収蔵、展示しています。
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沖ノ島のジオラマ。九州本土からは約60km離れ、「神宿る島」と言われ古代祭祀の遺跡が残されています。島全体が沖津宮の境内であり、通常は禊をした神官しか上陸できません。
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宗像氏は一族の娘である尼子媛が天武天皇と婚姻することで大和朝廷とつながり、その権力は宗像三女神の信仰を広める上でも大きな力を発揮したと考えられます。
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国宝 金銅製龍頭 一対。龍頭は竿の先に取り付けて、口から出た金具で傘などを吊り下げる道具です。中国で作られ、ここ宗像まで伝わりました。
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ガラス製小玉。ビーズに糸を通して、ネックレスやブレスレットどして使ったのでしょうか。
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カットグラス破片。右上に展示されている器の突起部の破片。実際の器はガラス製で、正倉院に収められているものと同型のペルシャ製と考えられます。
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馬具の装飾品。当時は馬の口元や胸や背を金色に飾っていたのでしょう。
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木造狛犬。鎌倉から室町時代にかけての製作。一木造りです。顔が人間ぽくて素朴で可愛いです。
宗像氏は古代豪族から時代を経て宗像大社の神官へ、さらにこの地を統治する武士へと変わっていったようです。
到底紹介しきれませんが神宝館にはこのような約8万点の奉献品が収蔵されています。 -
さて、神宝館を出てからもう一度、「道の駅むなかた」に行きました。
これから宗像を離れ、一路東へ岩国を目指します。途中のお昼はこの「ふぐ飯」と「鯛ご飯」にします。 -
デザート用に「あすき」と「太陽」という柑橘を買いました。どちらも初めて目にする柑橘です。
「あすき」は身がふっくら、プリプリでした。 -
加工用の「はるか」、5キロくらいも入って500円でした。もちろん加工なんかせず普通に食べます。表面は傷があってもお味は極甘!福岡県も柑橘の栽培が盛んなのですね。
大島産の乾燥ワカメとヒジキも購入して、岩国に向かっていざ出発です。
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