2023/05/28 - 2023/05/28
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alchemistさん
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宗像大社は、日本神話に登場する日本最古の神社の一つとされている。天照大神の産み出した三女神が、三つの神社に祀られている。
沖津宮は、玄界灘の真ん中に浮かぶ神宿る島の沖ノ島にある。沖津宮は宗像神社の中でも最も神聖な場所だ。神職以外の立ち入りは禁止され、神職は上陸時には海中で裸で禊をとる。この島からは鏡・勾玉・金製指輪など、12万点にのぼる貴重な国宝、重要文化財がみつかっている。
本土に近い大島には、中津宮が置かれ、ここは誰でも参拝できる。沖津宮が長女を祀るのに対し、ここには次女の女神が祀られている。
さらに本土には辺津宮。ここに祀られているのは三姉妹のうち末っ子の女神だ。
辺津宮と中津宮に詣で、渺とした海原のかなたにある沖津宮を遥拝した。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 1.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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7時10分過ぎにはホテルを出発。博多駅から鹿児島本線7:39の鈍行で東郷へ。
8:28着。駅前から8:34発のバスで辺津宮へ。宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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手前には『宗像宮』の扁額。
辺津宮には三女神の末娘である市杵島姫神が祀られている。宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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奥の額には『奉助天孫而 為天孫所祭』と記されている。
これは天照大神が三女神に与えた神勅で、「天孫のために(九州と大陸を結ぶ海の道を護ることで)助力し、天孫に祭られよ」との意味とされる。宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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天孫とはいうまでもなく天皇家を意味する。
古代において、大和朝廷と朝鮮半島が深いつながりを持っていたことを示している。宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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魏志の倭人伝、神功皇后の三韓征伐、任那日本府と白村江の戦い、遣隋使や遣唐使、遣新羅使など、朝鮮半島および大陸との重層的な交流史を見続けてきた神社なのだ。
宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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境内にはこの神社のご神木である楢の木が茂っている。
宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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本殿の裏の林を抜ける道を辿っていくと、
宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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辺津宮のパワースポットである高宮祭場に着く。
宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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何もない空間だが、宗像の女神が降臨したとされる地で、不思議に神韻の気が漂っている。
宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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全く共通性はないながら、ハワイのヘイアウを思わせる自然のスピリットが感じられる。
宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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ここなら霊験あらたかだろう。
宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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高宮からの道を降る際に足を捻り、甲に違和感が残った。
宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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辺津宮には中津宮、沖津宮がそれぞれ分祠されており、ここ一カ所で宗像大社の三宮にお参りできるようになっている。
宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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簡素な第二宮。
『ていにぐう』と読む。
ここに沖津宮の田心姫神が勧進されている。宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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第三宮に祀られているのは中津宮の湍津姫神。
両宮とも、伊勢神宮の式年遷宮後に下賜された別宮の古殿を移築再建したものだ。宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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宗像大社の国宝は8万点を数えるという。
沖ノ島には祭祀の遺物が大量に遺されており、そのほとんどが国宝に指定されている。宗像大社神宝館 美術館・博物館
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銅鏡。
もちろんこれも国宝だ。宗像大社神宝館 美術館・博物館
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ものによっては撮影中。
宗像大社神宝館 美術館・博物館
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小さな金属片や貴石類の断片も発掘されているので、全部たしあわせれば、そりゃあ8万点にもなるよね。
こんな微細な祭祀用の針金もそれぞれが国宝だ。宗像大社神宝館 美術館・博物館
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日露戦争の日本海海戦は沖津宮周辺の海域で戦われた。
その圧倒的な勝利は宗像大社の天佑神助もあったものとして東郷平八郎元帥は『神光照海』と揮毫し奉納。宗像大社神宝館 美術館・博物館
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海軍省は戦艦三笠の羅針盤を寄贈している。
宗像大社神宝館 美術館・博物館
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御朱印をいただく社務所の前で中古車が並べられていた。
販売用なのだろうワーゲンのマイクロバスの親子がかわいい。宗像大社(辺津宮) 寺・神社・教会
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中津宮に行くには辺津宮から海沿いの神湊に出て、船で大島に渡る必要がある。
バスを待つかタクシーを使うか。
念のため御朱印を受け取るときに確認して見ると7分後にバスがあるという。時刻表にないけどなあと首を傾げつつバス停で待っているとやってきたのはマイクロバス。神湊港渡船ターミナル 乗り物
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コミュニティバスらしく、ちょっと離れた集落とか公民館、デイサービス施設、道の駅などきめ細かに巡回しつつ進む。新たな乗客はなく、終点まで乗客は我々だけ。
神湊港渡船ターミナル 乗り物
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渡船ターミナルから大島には7便が往復している。
神湊港渡船ターミナル 乗り物
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フェリーと旅客船とがあるが、今日は旅客船は整備のため、全便フェリーが運航。
漁師食堂 海宝丸 グルメ・レストラン
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ほどなく出航。
神湊港渡船ターミナル 乗り物
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所要25分で大島に到着。
神湊港渡船ターミナル 乗り物
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離島は交通手段が限られる。
観光地を巡るバスはあるものの、本数は限られ時間のマネジメントが大変。
そこでレンタサイクルが一般的だが、うまく電動アシストを借りられたとしても体力に自信がない。ということであらかじめレンタカーを予約していた。
ガソリン代込みで3時間3500円だ。大島港渡船ターミナル 乗り物
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島に着いたのがちょうどランチタイム。
店の候補は二つ。
寿司屋系の壽やと、壽や 三郎 グルメ・レストラン
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漁師食堂の海宝丸。
漁師食堂 海宝丸 グルメ・レストラン
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ランチタイムは混雑し、遅く入ると一時間は待たされるとのこと。
待ち時間が少ないのは海宝丸のようだ。漁師食堂 海宝丸 グルメ・レストラン
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島によくあるタイプの海鮮丼が売りのようだ。
漁師食堂 海宝丸 グルメ・レストラン
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壁には大漁旗が貼られ、奥の神棚には沖津宮が祀られている。
漁師食堂 海宝丸 グルメ・レストラン
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海賊丼2000円。
海老、イカ、アワビ、マグロ、明太子など盛りだくさん。漁師食堂 海宝丸 グルメ・レストラン
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他に別皿でサザエ、イカゲソ、ひじき煮、おきゅうとなどがつく。
漁師食堂 海宝丸 グルメ・レストラン
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残念ながらごはんがべちゃべちゃでまずい。
刺身やサザエなどの具だけをわさび醤油と胡麻だれを駆使して腹に納める。-漁師食堂 海宝丸 グルメ・レストラン
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刺身定食も2000円。
こちらにはイカ焼きや鰤カマがついている。
やはり寿やに行くべきだったようだ。漁師食堂 海宝丸 グルメ・レストラン
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港から遠からぬ場所に宗像大社の中津宮がある。
宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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一の鳥居の右側の柱には『明治三十七八年』とある。
ははあ、日露戦争の年号だな。
左の柱には『戦役紀念 大嶋村出征中』の文字が彫り込まれている。
さらに鳥居の後ろには国旗掲揚の旗竿が。宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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鳥居の右には日露戦争当時の砲弾が据えられていた。
日露戦争大勝利の高揚した気分に満ち溢れた神社だ。宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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酒、塩、洗米など供え物を乗せる台には小石がケルンのように積み上げられている。
宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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二の鳥居の先には本殿に向かう急峻な階段がある。
暗くてよくわからないので、宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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階段を昇り切って振り返るとこんな感じ。
宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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中津宮は先ほどの辺津宮と比べるとこじんまりしている。
沖津宮は立入禁止なので、この社務所で中津宮とともに沖津宮の御朱印もいただく。宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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ここにも天照大神の神勅が掲げられていた。
宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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こけら葺きの屋根には丸と四角、それぞれ3本合わせた珍しい形の鰹木が置かれている。
宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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由緒はよくわからないのだが、中津宮は七夕伝説発祥の地とされている。
本殿に向かう階段の手前、左手の小川が天の川とされている。宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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鳥居の先、ガレ場の上に祠がある。
宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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祠の手前から崖下に向け鎖が設置されており、縋りつつ登ることができる。
宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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彦星はどこかと探すと、中津宮から道を隔てた右側に蛭子神社があり、これが牽牛神社だという。
しかし、七夕伝説の発祥はそもそも中国じゃないの?宗像大社中津宮 寺・神社・教会
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中津宮は大島の南側の本土に向かい合った海際にあるが、島を北に向けて縦断すると沖ノ島に向かって沖津宮遙拝所がある。
宗像大社沖津宮遙拝所 寺・神社・教会
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自動車道からいったん海際まで下り、小さな丘の階段を登ったところだ。
宗像大社沖津宮遙拝所 寺・神社・教会
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沖津宮遙拝所から遥か水平線の彼方に目を凝らしても島影を見つけることはできなかった。
宗像大社沖津宮遙拝所 寺・神社・教会
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「寛延三年 澳嶋拜所」と彫られた石碑がある。
澳嶋は沖の島のことだろう。
寛延三年といえば1749年。吉宗の子の九代将軍家重の時代である。その頃から、ここは沖津宮を遥拝する場所だったのだ。宗像大社沖津宮遙拝所 寺・神社・教会
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灯籠に彫られた文字は瀛津宮と読める。
『瀛』は中国の神仙思想で仙人の住む東方海上の島を表わしている。
そんなことから、沖津宮に祀られる長女の女神は田心姫神とされるが、瀛津嶋姫(おきつしまひめ)と呼ばれることもある。
いずれにしてもあまり見慣れない文字だ。宗像大社沖津宮遙拝所 寺・神社・教会
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沖津宮は霞の向こうで全く見えない。ただただ海が広がっている。
有史以前。日韓に国境はなく、対馬海峡を囲む、九州北部、釜山周辺、壱岐対馬、山陰周辺はひとつの海の文化圏となっていたのだろう。その海の民が信仰し海の安全を祈ったのが宗像大社だったのかもしれない。宗像大社沖津宮遙拝所 寺・神社・教会
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大島最高峰の御嶽山には中津宮の摂社御嶽宮がある。
御嶽山 自然・景勝地
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息切れしそうなレンタカーを励まして急峻な坂を登り、たどり着いた。
御嶽山 自然・景勝地
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ここは、中津宮の女神が降臨した地とされ、かつては神事を執り行う場所だった。
御嶽山 自然・景勝地
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御嶽宮の駐車場に隣接した展望台から見ると、近くに島が見える、もちろんこれは沖ノ島ではない。
御嶽山 自然・景勝地
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地図を確認してみる。
御嶽山 自然・景勝地
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展望台には方位図が描かれ、沖ノ島の方角が表示されていた。
その指し示す方向を窺うと、見えた、見えた。
朧な空気の中にはっきりと沖ノ島が浮かび上がった。何かを成し遂げた気分。
残念にもスマホカメラではとらえられない。御嶽山 自然・景勝地
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大島の地図を見ていて意外だったのは安倍宗任の墓があったこと。
宗任は兄の貞任とともに前九年の役で八幡太郎義家やその親の頼義と戦い敗れた陸奥の勇将。敗者として京都に上った宗任は伊予に配流となりやがて筑前大島に移されたとある。
墓のある安昌院は宗任が建立したもの。大島 自然・景勝地
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千年近く前の東北地方の武将の墓に花が手向けられているのが意外だった。
港に戻り車を返却しようとするとレンタカー屋のおばちゃんが宗任の墓に行ったねという。われわれが参拝するのを見ていたらしい。
おばちゃんによると安倍晋三は宗任の42世の末裔を称しており、首相を退いた後、2021年11月に昭恵夫人を伴い墓参に訪れたという。大人数のSPや警官が島に渡り奈良西大寺の事件現場よりよほど警備が厳重だった(笑)とか。大島 自然・景勝地
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レンタカーを返却し、大島からフェリーで本土に戻ろう。
大島港渡船ターミナル 乗り物
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