2026/04/05 - 2026/04/06
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tigerさん
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早朝、アルジェから空路アナバ空港へ移動してアンナバ観光後、アルジェリア第3の都市
コンスタンティーヌ、及びジュミラ遺跡(タイトル写真)を観光しました。
Day-3(2026年4月5日)
アルジェ空港⇒ (飛行時間1時間) ⇒アンナバ空港:(アンナバ観光)
アンナバ⇒(170km)⇒コンスタンティーヌ:(観光) コンスタンティーヌ宿泊
Day-4 (2026年4月6日)
コンスタンティーヌ観光⇒ (往復250km) ⇒ジュミラ遺跡観光
コンスタンティーヌ宿泊
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- ユーラシア旅行社
-
Dayー3 2026年4月5日(日)
「アルジェ空港」の国内線 アンナバ行き 6:30発のB737-800
定刻より1時間以上の遅れで、 07:45トーイングを始めて出発。
アルジェ空港では、空港ビル入口のセキュリティー、搭乗前の保安検査と
他国とは変わりないが、なんと国内線なのに外国人は出国カードを提出することになる。 -
Dayー3 8:48AM 「アンナバ空港」到着
タラップを降りて連絡バスに乗り込み、ターミナルビルへ。
ターンテーブルで荷物を受け取ると、「Foreign Passenger Assistant」
という移動式のデスクがあり、パスポートを事務所に持って行かれた。
地元の警察がチエックしたようで、この後乗り込んだバスは地元の警察の
パトカーで「エスコート」(監視?)されて移動することになった。 -
Dayー3 「ヒッポレギウス遺跡」(アンナバ)
アンナバはアルジェリア北東部に位置し、チュニジアの国境に近い
アルジェリア4番目の県都で地中海に面する都市。
アンナバで最初に人が住んだ場所で、ローマ人が1世紀に造った町。 -
「ヒッポレギウス遺跡」(アンナバ)
先日の「カスバ」観光時に、ISO設定値が狂ってから、
まだ異常に気づいていない。
なぜなら、撮った瞬間に画像が一瞬表示されるが、
ちゃんと写っているのだ。
異常に気づくのは、メモリーカードを再生したとき。
という、間抜けぶりでした。 -
「ヒッポレギウス遺跡」(アンナバ)
「博物館」へ坂道を登る途中に、
2週間後くらいに訪れる、ローマ教皇のお立ち台だ完成していた。
ここから、遺跡全体と、丘に建つ聖アウグスティヌス聖堂が見渡せる。 -
「ヒッポレギウス遺跡博物館」(アンナバ)
丘の上に建つ博物館を見学。 -
「ヒッポレギウス遺跡博物館」
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「ヒッポレギウス遺跡博物館」
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「ヒッポレギウス遺跡博物館」
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「ヒッポレギウス遺跡博物館」
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「ヒッポレギウス遺跡博物館」
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「ヒッポレギウス遺跡博物館」
結局、綺麗な展示物の絵がカメラトラブルでだいなし。 -
「聖アウグスティヌス聖堂」を望む
「ヒッポレギウス遺跡」を散策しながら、「聖アウグスティヌス聖堂」へ
向かう途中で、SDカードに記録された画像を見て、
露出オーバー状態に気づいた。
慌てて、カメラボデーを同シリーズの小型機に変えた。
帰国後、ISO値が、102,400に固定されていたのに気づいた。 -
Dayー3 「ヒッポ・レギウス遺跡」遠景
聖アウグスティヌス聖堂への坂道を登ってくると
「ヒッポ・レギウス遺跡」(写真中央部)が見えてきます。
右手の赤い屋根はその博物館。
遠くに地中海が見える、アンナバは地中海沿岸の街であることがわかる。 -
Dayー3 「聖アウグスティヌス聖堂」
この日(日曜)は、公開時間帯が合わず、聖堂への入場は出来なかった。
また、2週間後くらいにローマ法王が訪れる予定になっており、
聖堂の周辺はその準備ための多くの業者達がいた。
ここまでの坂道なども、新しい階段を造ったり、整備にいそしんでいた。 -
Dayー3 「SAINT-AUGUSTIN」の銅像らしい
聖堂には「西方教会の四十戦士」アウグスティヌスの
右腕の遺骨が納められているという。 -
Dayー3「昼食」
海に近いこともあり、主菜はタイのグリルでした。
あと、野菜スープ、ライス、クリームブリュレ -
Dayー3 14:12 車窓風景 :⇒ ⇒「コンスタンティーヌ」
昼食後、渓谷の町「コンスタンティーヌ」へ、170kmの移動。 -
Dayー3 14:21 車窓風景 :⇒ ⇒「コンスタンティーヌ」
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Dayー3 14:43 車窓風景: :⇒ ⇒「コンスタンティーヌ」
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「アンナバ」 と 「コンスタンティーヌ」の位置関係
両都市ともアルジェリアの北東部に位置する。(赤のアンダーライン)
Day-4に観光する「 ジェミラ遺跡」は、
コンスタンティーヌから 125kmの位置にある。 -
Dayー3 15:42 展望台(コンスタンティーヌ)
-
Dayー3 15:42 展望台(コンスタンティーヌ)
コンスタンティーヌはアルジェリア第3の都市で人口100万人。
写真は新市街方面。 -
Dayー3 展望台より「シディ・ムシド橋」(コンスタンティーヌ)
橋の先は旧市街。 -
Dayー3 15:56 展望台より「シディ・ムシド橋」(コンスタンティーヌ)
展望台から「シディ・ムシド橋」へ歩いて向かいます。
対岸は崖や深い渓谷で守られた旧市街。 -
15:59 「シディ・ムシド橋」上からの景色
深い渓谷にかかる橋(高さ175m、長さ169m)となっている。 -
「シディ・ムシド橋」上からの景色
先ほどいた展望台が望める。 -
Dayー3 16:20 「旧市街」(コンスタンティーヌ)
橋を渡り進むと旧市街が広がる。 -
「旧市街」のメインストリート(コンスタンティーヌ)
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Dayー3 16:25 「旧市街」(コンスタンティーヌ)
メインストリート以外は、狭い路地が集まる。 -
Dayー3 16:29 「旧市街」(コンスタンティーヌ)
右手のビルには、エレベータがあり、
下がると渓谷を渡る橋で出る。 -
Dayー3 16:39 「旧市街」にかかる橋(コンスタンティーヌ)
正面の白い建物にエレベータがある。 -
Dayー3 16:42 「旧市街」(コンスタンティーヌ)
旧市街の建物は、
古い時代の建物とフランス風の建物が見られる。 -
Dayー3 「旧市街」の地図
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Day-3 NOVOTEL CONSTANTINE(コンスタンティーヌ)
今日から2連泊する。
明日は、市内の博物館とモスクを見学後、ジュミラ遺跡を往復。 -
Day-4 4月6日(月) 08:41 シルタ博物館(コンスタンティーヌ)
コンスタンティーヌはヌミディア時代にシルタの名前で呼ばれていた。
その名を冠する博物館(ホテルの近くにある)。 -
Day-4 シルタ博物館
昔のアフリカ北部も緑に溢れて居たことが分かる。 -
Day-4 シルタ博物館
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Day-4 シルタ博物館
昨日、展望台から見えた、先端(赤やじるし)にある像の
本物がここにあった。 -
Day-4 シルタ博物館
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Day-4 シルタ博物館
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Day-4 シルタ博物館
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Day-4 シルタ博物館
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Day-4 シルタ博物館
一枚前の壁写真の上半分を撮ってみた。 -
Day-4 アミール・アブデルカデール・モスク(コンスタンティーヌ)
バスで30分ほど移動して、モスクに到着。
対仏闘争を起こした英雄の名を冠したモスク。
1994年建立、ミナレットの高さは107m。 -
Day-4 アミール・アブデルカデール・モスク(コンスタンティーヌ)
正面外観が美しい。 -
Day-4 アミール・アブデルカデール・モスク(コンスタンティーヌ)
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Day-4 アミール・アブデルカデール・モスク(コンスタンティーヌ)
ミラーブと説教台
柱の模様や造形が美しい。 -
Day-4 アミール・アブデルカデール・モスク(コンスタンティーヌ)
気持ちの良い空間が広がる。 -
Day-4 アミール・アブデルカデール・モスク(コンスタンティーヌ)
絨毯に寝てドームの天井を撮ってみた。 -
Day-4 コンスタンティーヌ ⇒⇒ ジェミラ遺跡
10時30分、「ジェミラ遺跡」へ向けて、コンスタンティーヌを出発、
往復で250kmの日帰り観光となります。 -
コンスタンティーヌ ⇒⇒ ジェミラ遺跡
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Day-4 10:46 ⇒⇒ ジェミラ遺跡 「所轄警察のリレー待ち」
コンスタンティーヌの町外れで、
次の所轄警察のパトカーを待つためバスは停車中。
何度かこのようなリレーがあるので、旅程の所要時間が読めない。
野花が美しい春の陽気のなかで待つしか無い。 -
Day-4 10:55 ⇒⇒ ジェミラ遺跡
次の所轄のパトカーの先導で高速道路に入った。
遅れを取り返すため、スピードを上げて幾つかの町を通り過ぎる。
もちろんパトカーがスピードを出してくれる。
この高速道路は日本のゼネコンJVが造った400km の一部だという。
私がいた会社が参画しており、当時(2006年頃)工事の事務担当者3名が
ローカル社員運転の車で死亡事故に合う痛ましい事故があったPJで
利用出来たことに感慨深かった。 -
Day-4 12:13 ⇒⇒ ジェミラ遺跡
高速道路を降りると、路肩に物売り。 -
Day-4 12:27 昼食
高速道路を降りたところに、食事が出来る施設があった。
アルジェリアは観光未開発の国で、特に地方へ行くと
団体が食事をする場所が非常に少ないらしい。
ジェミラ遺跡観光では、ここが一択であるらしい。
チーズサラダ、チキンボールとライス、スイーツ -
Day-4 14:07 ジェミラ遺跡
世界遺産である。
ジェミラ は、アルジェリアの北東の地中海に近い山村である。
村の名前はアラビア語で「美しいもの」を指す。
それ以前のラテン語での名称はクイクルム だった。
古代ローマ時代の遺跡が良好な保存状態で現存していることから、
1982年にユネスコの世界遺産に登録されている。
特に、山の地形に合わせてローマ建築が持ち込まれた点に特色があり、
劇場、2つの集会場、寺院、バシリカ、アーチ、街路、住居群などが
現存している。
カラカラ帝の凱旋門やカピトリウム神殿などが並んでいて保存状態も
良好で、特にローマ貴族の邸宅跡に残るモザイクは、神話や日常生活が
モチーフになっていて、当時のアフリカ北部の美術が見られる。
もともとは兵士たちの居住地ではあったが、後に工芸品や商業で繁栄。
ローマ帝国が崩壊すると徐々に衰退し、6世紀に街は放棄。
そして、7世紀にアラブ人に発見されたものの、人は住むことは無かった。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」 博物館
入り口を入ると、モザイクが展示された建物がある。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」
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Day-4 「ジェミラ遺跡」
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Day-4 「ジェミラ遺跡」
遺跡の全景模型があった。
我々は上の方の建物にいる。
遺跡は緩やかな傾斜になっており、下へ行くほど年代が古くなる。
つまり、標高の低いところから遺跡が始まり、
年代を追うごとに上へ伸びてきた。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」
これから、下りながら遺跡を見学して、また戻ってくることになる。
右の木立の道を行くとキリスト教時代の遺跡から始まる。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」
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Day-4 「ジェミラ遺跡」
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Day-4 「ジェミラ遺跡」
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Day-4 「ジェミラ遺跡」
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Day-4 「ジェミラ遺跡」
ジェミラ遺跡は元々、地中海から南へ数十キロの標高約900mに位置する
山岳地帯にクイクルムの名で西暦1世紀に作られた都市である。
当初は兵たちの居住地だったが、後には大商いを行う市場町になった。
町の発展は主に穀物やオリーブなどの農作物によって支えられていた。
しかし、ローマ帝国が没落した後、都市は緩やかに廃れていった。
後にムスリムが一帯を制圧した時、彼らはこの村に再入植しようとは
しなかったが、名前を「美しいもの」を意味するアラビア語に改称した。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」
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Day-4 「ジェミラ遺跡」
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Day-4 「ジェミラ遺跡」
広大な遺跡群であるのに、驚く。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」
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Day-4 「ジェミラ遺跡」 :「セプティミウス・セウェルス神殿」
193年から211年までローマ皇帝として在位した
セプティミウス・セウェルス帝は、初のアフリカ出身の皇帝として
軍事的才能で帝国を統治した。
彼はジェミラの人々からもあがめられ、その結果この地に彼の名を
冠した神殿が造られた。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」
「セプティミウス・セウェルス神殿」の正面 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」
標高900mの丘陵地帯に遺跡はある。
右の階段は「セプティミウス・セウェルス神殿」のもの。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」
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Day-4 「ジェミラ遺跡」
メインストリート
道の下には、排水路がある。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」
-
Day-4 「ジェミラ遺跡」
ローマ帝国遺産の定番「公衆トイレ」
近くに浴場跡も残る。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」
カラカラ帝の凱旋門(216年に建設)
セプティミウス・セウェルス帝の跡を継いでローマ皇帝となったのが、
息子のカルカラ帝。
彼をたたえて造られたのが高さ12.5mの凱旋門です。
凱旋門の先に見えるのが、「セプティミウス・セウェルス神殿」。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」 ⇒⇒ 戻ります
今回は、円形競技場までは行かずに、入り口へ戻ります。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」 ⇒⇒ 戻ります
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Day-4 「ジェミラ遺跡」 ⇒⇒ 戻ります
都市が山の斜面に沿って作られているというのが特徴のジェミラ。
標高約900mのこの地にはサハラ砂漠の砂が堆積することは無かったが、
それでも今日までこのような状態で遺跡が残っているのはココが
人里離れた山奥に位置しているからでもある。
さらにこの地を見つけたアラブの人々がこの都市に居住しなかったのも
大きな理由の一つだった。 -
Day-4 「ジェミラ遺跡」 ⇒⇒ 戻ります
-
Day-4 「ジェミラ遺跡」 ⇒⇒ 戻ります
侵入してきたアラブ民族は、定住することをしなかったこともあり、
へんぴな高原に貴重な遺跡が残されたのでしょう。 -
Day-4 車窓風景 「ジェミラ遺跡」 ⇒⇒ コンスタンティ-ヌ
遺跡の山を下るとき、残雪の山が目に入りました。 -
Day-4 「夕食」
NOVOTEL CONSTANTINE で夕食はビュッフェ -
Day-4 「ビール」
アルジェリア産ビールがあり、2晩続けて2種類のビールを飲んでみました。
計 1,000 ディナール
明日は「ムザブの谷」がある「ガルダイア」へ1日かけての移動日となります。
以降は、
(3/6 2026年 アルジェリア14日間 ): ムサブの谷(ガルダイア))
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