2026/04/25 - 2026/04/25
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sallyさん
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長野県の松本城に向かう旅、一泊二日。
群馬県を横断し、長いトンネルを抜け長野県へ抜ける高速道路。
「東部 湯の丸IC」で降りるはずが、通り越してしまったようだ。
それで
「それなら、先に進んで、上田城跡を観に行こう」とあいなった。
-
その朝、7時に出発、
長野県手前の群馬県「横川サービスエリア」に立ち寄ったのは9時30分 -
この標高の高いサービスエリアには、イングリッシュガーデンがあり
とても素敵である。(ちなみに”下りSA”は、和風の庭園がある) -
群馬県から長ーいトンネルを抜けたら、
景色が変わりました。
木々の緑がまだ若芽の色、薄いのです -
山桜もこれから
気候の違いを知る
「こもろ」(小諸市)の文字が 白くてかわいらしい。 -
10:40 東部湯の丸サービスエリアに到着。
そして気付いた。
”このサービスエリアに入ったという事は、降りるはずだった「東部湯の丸IC出口」 を通り越してしまった”らしい事を。
それで、「上田城」はここからそう遠くない事を知って、最初の行先を上田城に変更。 松本城は翌日に回す。 -
食堂には「峠の釜めし」が定食で(!)
お味噌汁がついてくるんだ~。オドロキ。
ちなみに、同行の母(急な旅にいつも付き合ってくれる)と、「峠の釜めしに入っている”いろどりの緑”は何だっただろう?」と 車中での会話。
母は、”ししとう”だという。
”いや、シシトウはないよ、辛いもん”と私。
正解が「グリンピース」であることが判明。 -
ここではコレを買った。
信州くるみゆべし。 -
左にみえてきたのは なんとか云う橋脚の長い橋。
たぶん、「上田ローマン橋」 橋梁のアーチが美しい -
上田城址公園 11:30 到着。
実に5時間弱の運転でございます、(お疲れ、自分)。
この緑色がかった凝灰岩の石垣を観て、あー、やっぱりいいわー 石垣はー
疲れも吹っ飛ぶ(!)と思った 北虎口。 -
ボタン桜がこれでもかと満開のもとに残る石垣。
陸上競技場で運動した子供たちが「こんにちわー」と 知らぬ旅人のわたしたちに声をかけて過ぎ去っていく。
感じがいい。 -
図の右上の方から入ってしまったから、なかなか本丸に辿り着けない
まぁいいさ、時間はあるんだから。 -
正面到着
正しくは「東虎口(こぐち)櫓門」、再建である。 -
「真田三代の郷 上田城」
草刈正雄(真田父)
大泉洋(長男)
堺雅人(次男ー真田幸村)。
NHK大河ドラマでいうと、そうなる。
ただ 草刈正雄ファンの私だが、初回放送でマタギみたいな熊皮チョッキを着て、囲炉裏を囲むワイルドな感じが、どうもついていけず、見ていない。 -
と、いうわけで、真田家の話をまったく存じ上げない
が、
そこに力強いお味方が登場。
「少し説明をいたしましょうか」と 帽子を被った初老のガイドさんに声かけられた(!) -
何も知らないわたしに、ガイドさんは色々教えてくれた。
ここは、徳川との戦いに二度も勝った真田昌幸(父)の平城。
すぐ南に千曲川、この急峻な崖は自然のもので16メートルの高さ、だとか -
東側の櫓門の石垣は、上田盆地を囲む山からもってきた石(緑凝灰岩)が使われているそうで
-
一つだけ、おおきな石がある、
こうした櫓だとか門に入れる大きな石の事で「鏡石(かがみいし)」と呼ぶのだそう
城主の権威を示すらしい -
「真田石」と後世に呼ばれる石
この城の城主であった長男(NHKでなら大泉洋)が、引っ越しを命じられて(移封)、この石を父(NHKでなら草刈正雄)の形見として持ち運ぼうとしたが、不動だったという伝説。
そりゃ動かないよね。こんなにガッシリ組んであったら。
でも、長男の気持ち分かるナ、と思った。 -
瓦屋根の下の漆喰の部分が波型であるのは、「雲」を意味するんだろう
理由は、、(なんだったっけ) -
櫓門を入る
-
櫓をくぐると 真田神社の参道だ
-
手水舎は、青い花が飾られて爽やかなのも目を引いたけれど
何やら 文言が力強い文字で書かれている -
今日の行いはきのうよりも新しく良くなり、明日の行いは、今日よりも新しくなるように修養に努めよ、という中国の古い言葉らしい。
ガイドさん自身が心がけている言葉だそう。
なかなか出来ることではなさそう、と思う。 -
お参り。
お賽銭をしてボタンを押すと、鈴の音は自動音声だ。初めてである。 -
それと、昔は「真田神社」ではなく「上田神社」だったそう。
いろんな絡み、”大人の事情”などで、より一般に分かりやすい名前に流れていくといった話だったと思う。 -
真田幸村さん。
幸村は、あとから呼ばれた名で、生きていた当時に呼ばれた名前ではないそう。
歴史上の人物は、草場のかげで「え、そうなの?」なことが多そうだ、と
思う。 -
「六文銭」が家紋になっていることについて聞いてみた。
六文銭は、人が亡くなったあとわたる三途の川の「渡し賃」。
「死を恐れぬ覚悟」で戦いに臨む、という真田家の姿勢を表した。
ただ、ガイドさんによると、真田家の家紋にはそもそも別に 鳥の羽をくるりと丸めた紋があるのだけれど、真田家の戦史から「六文銭」があまりに有名になってしまったのだとか。 -
西櫓門からは、千曲川の遠くに盆地が広がるのが望める
-
そして、あの山のあたりは ”さんと”だった、と。
サント?
蚕都 のこと。おカイコさんから糸を取って製糸工場があったんだそうです -
この西櫓を下から眺めた写真があった。
-
ちなみに、今みられるこの城、石垣などは、仙谷氏が築城したときのもの。
関ケ原の合戦のあと真田家の城は徳川によって破壊されたため、今は真田家の城は今はもうみることは出来ない。 -
恐らく、その真田の城の破壊には、小諸にいたという仙谷氏が加わっていたとしても不思議はないから、あとで自分が住むことになる城を そうと知らず壊していたことになるのかな。
写真で見ても、緑がかった石「緑色凝灰岩」。 -
ガイドさんにお礼を行って、お堀沿いに歩いて帰ります。
-
目を凝らしたら、亀が甲羅干ししていた。
-
堀の北東、「鬼門」の隅欠(すみおとし)。
堀が90度ではなく、内側に凹むようなかたちになっている。これが「隅」を欠けさせる「すみおとし」らしい。鬼が入ってくる方向(北東)を欠くことで 鬼門除けの意味だと書いてあった。
これは真田家時代からあったものと考えられているそうです。 -
一時間半くらいの滞在。
駐車場は100円、誘導の方も感じがよかった。
さて、松本城のある松本に向かおう(!) -
と、車で走り出してすぐ、市場みたいなところを見つけて立ち寄る
-
ここでは「デコポン」10個入って1000円、他に群馬産こんにゃく、キャベツ、新たまねぎ、、普通に土日の買い出しのような感じで購入。
あとで調べたら「やおふく」というお店で、上田市にいくつかあるスーパーらしい。 -
時刻は13時すぎ
上田市を出て 高速道路に乗らず(倍の距離を走ることになるため)、県道を通って松本に向かう -
山をいくつか越えていく道なのだろう、長い長い上り坂で、日光いろは坂のカーブでもガンガン登るマイカーも、一直線登りにはさすがに息切れましたワ。
ただ、山の木々、景色が美しく -
松本市までの245号線はずいぶんと気持ちの良い道でありました。
(松本タウン編につづく)
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