2026/04/26 - 2026/04/26
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sallyさん
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思わず取れた休みのおかげで、5月予定の松本旅を前倒し。
17年ぶりの松本城。
- 旅行の満足度
- 5.0
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9:00前 松本城
-
松本城は平らな土地に建てられた平城(ひらじろ)で
お堀は三重にまわしてあったらしい。 -
インターネットの予約チケットは8:30から9:00入場。
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ここに来るのは、かれこれ17年ぶりである。
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すいている。
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正面の「渡り櫓」(左右の建物をつなぐ廊下の建物、という意味か)から入る。
-
渡り櫓から入場して左手、すぐに急な階段。
そもそも、というか
わたしはよく忘れているのだが、お城は靴を脱いで入る所がある。
(姫路城)
そして ここのお城は靴脱いですぐに急な石段があって、”これは母親は登れないんじゃないかな”と危惧する。 -
が、心配ご無用。
わたしが1階、2階と、通路に展示されている刀なんかを 見学している間に
母は、どんどん先に行ってしまう。。
母は展示物など見ないのだ。 -
しかし ここ4階から5階に登る(”上がる”ではなく、まさしく”登る”である)階段は凄かった。
-
笑っちゃうくらい角度が付いていて、降りてくる人の中には、踏面にお尻を付きながら降りてくる人もいる。
私も真剣に、恐怖を感じながら登った。
母はどうやら先に登ったようだ。どうやって?
この階段は狭いが、案外上るひと、降りる人で込み合うくらいの方が良いのか。
係員が付いてるが、どんどん登れ的に云われる。
そして、私はこの急な階段のおかげで、これを書いている今でも太腿はたいそうな筋肉痛である。だって太腿の筋力ないと登れないヨ。 -
城のてっぺんに登ると
母親が座って景色を眺めてました(なんと)
その頃には 人が混んできました。日曜日の9時30分、天気もいいしね。
しばし休憩したかと思ったら、母はまた先に降りていきました。
せっかちなんでしょうね。
急な階段だけど、大丈夫みたいなので、好きにしてもらいました。 -
降りて四階
これまでの床板と柱の”骨格だけ”の空間ではない所に出てきた。
天井がたかく、白い漆喰で壁も作っている -
ここは戦いの際、城主がいる場所として用いられた空間「御座所(ござしょ)」だったらしい。
空間は、屏風や幕で仕切る仕様だ。 -
この幕飾り、というのか 白と赤と、黒の 飾りが気になる。
これはどうしてこういう配色なのか。ひとつの魔除けなのか。 -
各階は、順路が周り廊下のようになっている。
-
辰巳付櫓(たつみつけやぐら)
天守と月見櫓をつなぐ役割をもっている。
天守とは別に後の時代に付け足して築城されたもの。 -
花頭窓は禅宗の仏閣建築様式が、だんだんに城に取り入れられたもの。
つまり、「花」などと付くくらいだから、余裕がでてきた平和な時代のデザインなのだろう。 -
辰巳付櫓からのお堀の風景
辰巳(たつみ)は 南東の方角だそうだ。 -
櫓のなかの展示物
細い引出し、昔の時代の指物師の仕事だ -
この花頭窓(かとうまど)から(次)
-
見える、お城の屋根の連なる感じと
つっかい棒で 窓をあけている所が良くて
しばらく見ていました -
瓦の組み方が 向こうとこっちで違う事にも気づいた。
-
そして「月見櫓」
じゃーん。
三方が開け放つと、周りの景色がつながり、解放感がたまらない空間。
これが見たくて来たところがある。 -
”Moon Viewing Room”
月をめでる空間を作った時代は、戦いのない平和な時だったのだ -
10数年前に来たときは、仕事の昼時間を使って超急ぎ足で見学、
この空間が一番印象的で、記憶に残っていた。
この太い柱と、船底天井。 -
月見櫓の下は、出口。
見学が終了してしまった。 -
見上げると屋根の重なりが、あー たまんない。
-
記憶では真っ黒なお城、だと思っていたけれど
こうしてみると屋根に近い部分は白い漆喰なのでしたね。 -
石川数正さんというのは、どんなに優れた人だったんでしょう。
家康に仕えたあと、ライバルのような存在だった秀吉のもとに入り、秀吉にもその能力の高さを認められ、、
まぁ、今でいうヘッドハンティングみたいなものがあったんでしょうか。 -
ひとつ記憶違いしていたのは
-
月見櫓を石川数正が作ったと思っていましたが、これはもっと後の徳川勢の松平さんが入った時代になって、設けられたものなのですね。
そりゃそうか。石川さんが生きていた頃は、まだまだ戦いの時代だったものね。 -
そしてお城の土台の石垣は わりと”優しい”角度に思いました。
母にをれを言ってみたら
これだけの広いお堀があるんだから、敵がここまで来ないんでしょう、と。
ほんとかなぁ。。 -
きっと色々な面で 素晴らしいところがある松本城だけれど、
いちばん素晴らしいなと思うのは、 -
このお城を、ここの人たちが守ってきて今に至るという事だよね。
前日、上田城をガイドしてくれたおじさんが、それを言ってました。 -
まずは 副町長だった人が、明治になって売りに出されていた城を買い戻すための運動をして、殖産興業のための博覧会を開いたりした事。
明治の中頃には、こんどは学校の校長先生が立ち上がって修理費を集める運動をしたこと。 -
登久姫と小笠原秀正(だったと思う)
11時を過ぎた頃。
外国人の観光客からの写真撮影に応じていました。 -
売店で 小学生向けの本を買いました。
すると歩兵の格好をしたガイドさんと思われる男性が「よい本を買いましたね」と、さりげなく話してきました。さりげなーく。
控えめなガイドさんといった感じで、かえってちょっと話したくなってみました。
”松本市が小学生に教科書として渡している本”なのだそう。
その男性もこの本で復習したりすると。
そして「字が大きくて丁度よいんです」と云うんで、
わたしも その理由から買ったので、思わすふたりで大笑いしてしまった。 -
売店の袋の絵、かわいい。 -
ずっと眺めていられるなぁと思った 売店横から眺めた松本城
この後に知るのだけれど、(次) -
城って、見るところによって、表情が変わるんですね?
この正面 いや、どこが正面か分からないな。
ええと、この方向からみた、どこか「のほほん」として「日本昔ばなし」的な城の表情が、わたしは好きです。 -
日本昔ばなしっぽいでしょ?
屋根の部分が2/3くらいで、屋根の下は1/3くらいの、この割合のせいなのか、どこか、冗談っぽいノンビリしているように見えるんだよね。
これ、姫路城の時もおもったなぁ、と思い出す。 -
堀のこっちから見ると、よそ行きの 顔で「キリっ」としている。
あれが「さっきみた城と同じかね、、」と、帰り道に思う。 -
さらに、この角度と云ったら、まさに「戦国の”戦う”城」だ。
今回そんな事に気付きました。
城見学も学びを増すことが出来たような気がする。
(松本城編、おしまい)
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