2024/04/04 - 2024/04/04
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キャンサー50さん
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目黒川は言わずと知れた、都内の桜の名所の一つです。
目黒川の中でも一番人気なのは東急東横線中目黒駅のやや北に架かる桜橋あたり。
川幅が狭くなり、両岸から桜が枝を伸ばし、さながら桜のトンネルのようになります。
しかし、あまりにも花見客が多いので、少し人が少なそうなJR山手線目黒駅近くの目黒川を目指し、史跡等に寄り道しながら花見をしてきました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
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JR山手線目黒駅中央口からホテル雅叙園へ下るのが行人坂です。
行人坂という名称は、湯殿山の行者が大日如来堂(現大円寺)を建て修行を始めたところ、次第に多くの行者が集まり住むようになったのでつけられたといいます。
明和9年(1772)、江戸三大火のひとつ、行人坂火事が起きた場所でもあります。行人坂 名所・史跡
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行人坂の上のほうにある「富士見茶屋と夕日の岡」の説明板。
江戸時代、この辺には「富士見茶屋」があり、大勢の参詣客や旅人がここで一服、秀麗な富士の眺めを楽しんだそうです。
また、現在雅叙園のある付近一帯は、かつて「夕日の岡」と呼ばれ、紅葉が夕陽に映えるさまは実に見事で、品川の海晏寺とともに、江戸中に知れわたっていたところです。富士見茶屋と夕日の丘 名所・史跡
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行人坂の途中にある勢至堂。
その中には目黒川架橋供養勢至菩薩石像が祀られています。
銘文からは、宝永元年(1704)に僧の西運が目黒不動と浅草観音に毎日参詣し、その途中で人々の報謝を受け、これをもとに目黒川の両岸に石壁を造り、石製の太鼓橋を架けたことがわかります。目黒川架橋供養勢至菩薩石像 名所・史跡
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勢至堂の隣が大圓寺。
元和年間(1615~1624)に湯殿山の行人、大海法印が建てた大日如来堂に始まると伝えられています。大圓寺 寺・神社・教会
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大圓寺本堂。
寛永元年(1624)に再建されたものです。
本堂前に金色の薬師如来像があります。
真言を唱えながら、体の良くないところに金箔を貼り祈願するとご利益があるそうです。大圓寺 寺・神社・教会
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本堂向かって右手が阿弥陀堂。
木造阿弥陀如来三尊像や八百屋お七の火事にまつわる西運上人の木像、お七地蔵などが祀られています。大圓寺 寺・神社・教会
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大圓寺鐘楼。
大圓寺 寺・神社・教会
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本堂向かって左手奥にある釈迦如来堂。
本尊釈迦如来立像(国の重要文化財)は、鎌倉初期の清涼寺式生身の釈迦像であり、胎内に五臓六腑が納められています。大圓寺 寺・神社・教会
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釈迦如来堂の隣にある、とろけ地蔵。
江戸時代に漁師が海から引き上げたもので、名前のとおり、顔や手が溶けたようなお姿をされているお地蔵さまです。
昔から悩み事をとろけさせ、解消してくれるありがたいお地蔵さまとして信仰を集めています。大圓寺 寺・神社・教会
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本堂向かって左手に、一面に広がる石仏群。
左右に文殊・普賢像を配した釈迦三尊像を中央にして、十六羅漢像、十大弟子像が取り巻き、背後に500基ほどの羅漢像が並んでいます。
明和9年(1772)の大圓寺から出火した行人坂火事で亡くなった人々を供養するため、多くの人からの浄財で石仏群が作られたといわれています。大圓寺 寺・神社・教会
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行人坂を下って、ホテル雅叙園の前にある、お七の井戸。
恋こがれた寺小姓吉三逢いたさに自宅に放火し、鈴ケ森で死刑になった八百屋の娘、お七。
吉三はお七の死刑後僧侶となり、名を西運と改め明王院に入り、目黒不動と浅草観音の間、往復十里の道を念仏を唱えつつ隔夜一万日の行を成し遂げました。
明王院は明治13年までこの場所にあったお寺です。
西運が念仏行に出かける前にお七の菩提を念じながら、水垢は離をとったことからお七の井戸と言い伝えられています。お七の井戸 名所・史跡
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雅叙園の前、目黒川に架かる橋が太鼓橋です。
享保年間(1716~1736)の末、木喰上人が、八丁堀の商人達の援助を受けて完成させたものです。
当時としては珍しい石橋でその形から「太鼓橋」と呼ばれました。
浮世絵や図会に描かれることが多かった橋です。目黒川太鼓橋 名所・史跡
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横から見た太鼓橋。
今は全然太鼓の形ではありません。目黒川太鼓橋 名所・史跡
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太鼓橋の西、約380m、山手通り沿いにある蟠龍寺。
慶安元年(1648)に開創した称明院を、宝永6年(1709)に霊雲山称明院蟠龍寺として改名再建しました。蟠竜寺 寺・神社・教会
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蟠龍寺本堂。
本尊の木像阿弥陀如来像は都指定文化財です。蟠竜寺 寺・神社・教会
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蟠龍寺境内には小さな池もあり、見栄えがします。
蟠竜寺 寺・神社・教会
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本堂裏の岩窟には、江戸裏鬼門の鎮守として石造弁財天が祀られています。
蟠竜寺 寺・神社・教会
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蟠龍寺境内にあった、おしろい地蔵。
その昔、顔に痘痕があり人並みの結婚ができずに悩んでいた女性が、このお地蔵さまに願掛けをしたところ痘痕が消え、幸せな生涯を送ることができたと伝えられていることから、美人、美肌のご利益があると若い女性が参拝に訪れるようになったといいます。蟠竜寺 寺・神社・教会
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蟠龍寺のやや北にある大聖院。
弘治3年(1557)の開創です。大聖院 (目黒) 寺・神社・教会
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大聖院境内にある、変わった形をした切支丹燈籠。
もと三田千代が崎の旧島原藩主松平主殿頭の下屋敷林泉中の小祠内にありましたが、大正15年大聖院に移したものです。
徳川幕府の弾圧を受けた隠れ切支丹が庭園の祠等に礼拝物として密かに置いたものだと言われています。大聖院 (目黒) 寺・神社・教会
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大聖院の隣が大鳥神社です。
大同元年(806)創建された区内最古の神社です。
日本武尊の白鳥伝説との関わりが深い神社であることから大鳥神社の名がついたといわれています。
毎年11月に行われる酉の市は、商売繁盛のご利益をいただける江戸時代から続く歴史的な行事です。大鳥神社 寺・神社・教会
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大鳥神社拝殿。
主祭神は、日本武尊です。
相殿に国常立尊と弟橘媛命が祀られています。
この二人は夫婦でもあることから、良縁や恋愛のご利益があるパワースポットとしても知られています。大鳥神社 寺・神社・教会
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大鳥神社境内で、ひと際目立つ、オオアカガシの大木。
樹齢は不明ながら、東京都の天然記念物に指定されています。
木の近くには「東京都指定天然記念物 大鳥神社のオオアカガシ」と刻まれた石柱が立っています。大鳥神社 寺・神社・教会
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大鳥神社の境内にある、目黒稲荷神社。
倉稲魂命、素戔嗚尊、火産巣火神、水速女命の4柱が祀られています。目黒稲荷神社 寺・神社・教会
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目黒稲荷神社の片隅にある「神楽塚」の石碑。
大鳥神社の書物には「初酉の日神楽を奏す」とあり、江戸時代には神楽を奉納するほど酉の市がにぎわっていたことが記されています。
現在でも一の酉当日には神楽塚の前で祭典が行われ、熊手の舞が奉納されます。大鳥神社 寺・神社・教会
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大鳥神社から目黒通りを西へ約100mにある目黒寄生虫館。
寄生虫を専門とする珍しい博物館です。
8.8mのサナダムシをはじめ、ホルマリン漬けの寄生虫の展示や、寄生虫の生息場所や生態、そのほか寄生虫による症例のパネル展示などを行っています。
小さな博物館ながら、昭和28年(1953)の開館と、長い歴史を持ちます。
入館料は無料です。目黒寄生虫館 美術館・博物館
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いよいよ本日のメイン、目黒川です。
JR山手線目黒駅近く、目黒新橋から北へ、東急東横線中目黒方面へ歩を進めました。
こちらはふれあい橋から目黒新橋方面を望む景色。
写真右岸は満開に見えますが、左岸はまだ少し寂しい花の付き方です。目黒川(桜並木) 自然・景勝地
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ふれあい橋の隣、田道橋から中目黒方面。
六分咲きといったところでしょうか?目黒川(桜並木) 自然・景勝地
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中里橋の上流、なかめ公園橋から中目黒方面の眺め。
川幅が狭くなり、その川に覆いかぶさるように咲く桜が見事です。
あいにくの花曇りで、開花状況も満開は2~3日先かなという感じでしたが、それでも眺めは素晴らしく、平日の午前中にもかかわらず、花見を楽しみながら散策する人が遊歩道を行き交っていました。
おそらく中目黒駅より上流は混雑していたことでしょう。
初めての目黒川の花見、上野公園と違って宴会できないので、落ち着いて桜を愛でることができました。目黒川(桜並木) 自然・景勝地
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