2026/03/24 - 2026/03/24
437位(同エリア488件中)
ワンダラーさん
- ワンダラーさんTOP
- 旅行記124冊
- クチコミ1716件
- Q&A回答2457件
- 354,492アクセス
- フォロワー13人
この旅行記のスケジュール
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
栃木の歴史と春の花を満喫ドライブ その2 蔵の街からカタクリの花自生地へ
その昔は、現在の関東平野中央の主要部分は、荒川、利根川、渡良瀬川、鬼怒川などの洪水が繰り返されて氾濫原だったのでしょう。
奈良時代からのこの辺りは、そのような平野と山との境目の扇状地を通る東山道で、奈良や京都の都とつながった文化的な先進地だったのかとも感じる地。
その1の「天平の丘」は、当地に国分寺/国分尼寺が建立された8世紀のお話。
蔵の街栃木は、京都からは東山道から進化した中山道が倉賀野から江戸に向かう一方、東山道の後継の例幣使街道が賑わい、江戸とは新たに開発された巴波(うずま)川舟運でつながる江戸時代初期から明治時代のお話。
大平(おおひら)山はその昔、二千年も前に三輪山と呼ばれた大平山に、垂仁天皇のころに大物主神と天目一大神が鎮座されたのが太平山神社の始まりとされる。
三毳(みかも)山は、万葉集などに詠まれてきた東山道の橋立・美加保ノ関があったあたりと、歴史が古い。「万葉自然公園かたくりの里」は、そんな歴史の象徴か。
今日は、そんな古からの歴史の地の春の花を訪ねての同窓生ドライブの旅。その2は、蔵の街栃木の後半から。
表紙の写真は、塚田歴史伝説館の栃木市名物の二年に1回という祭礼の山車の模型展示。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「その1」で紹介したのどかな「蔵の街遊覧船」を降りて、最初の訪問場所は、巴波川左岸にある「塚田歴史伝説館」。
塚田歴史伝説館 美術館・博物館
-
ロボットを使った展示だというが、どれも半世紀前くらいの動きの感じ。
見方にもよるだろうが、江戸時代のからくり人形の方が動きが精巧だったかも。
ここは一般財団法人の経営だというが、巴波川岸に沿った文庫蔵、塚田家母屋、展示館、米蔵、鈴木蔵や庭園に加え博物館展示施設の維持は、長期低金利時代には大変であろうと同情する。 -
こちらは栃木市名物の二年に1回という祭礼の山車の模型展示。
地元で育った方に伺うと、古風な人形は、高度経済成長期の若い人には人気がなかったよう。
手前のひょっとこ面の踊りの動きは単調に見えるが、それが本来の踊りなのか本物を見てみたくなる。 -
蔵芝居の劇場では、氾濫を鎮めるために人柱を立てたという伝説「巴波川悲話」が紹介されている(幸来橋伝承・逸話)。
-
巴波川右岸を少し北に遡上すると、美しい洋風建築に遭遇する。
1階で「栃木市立文学館の無料展示」が公開されている「栃木市市役所分館」はお濠に映える。
偶々、塗り替え直後なのか、観光の目玉として栃木市が注力しているのか、風景としては個人的に一番気に入った。栃木市役所別館 名所・史跡
-
栃木市立文学館には元の「栃木町役場」の看板が掲げられ、栃木市市役所分館という扱いのよう。
明治時代初期17年までは、何と栃木県庁が置かれていたという栃木町は、当時は県内一番の財政力があったのであろう。
しかし昭和12年にやっと市政施行とされ、戦時中も米軍の空襲もなかったいうことで蔵の街が残ったのであろう。
隣県埼玉県浦和市は昭和9年にやっと市政施行とされるので、同程度の人口規模だったのではなかろうか。 -
「栃木市市役所分館」から巴波川沿いに戻ると、右岸に「綱手道」が観光用に整備されている。
舟運が盛んだったころは、上り舟は竿だけでは遡上できず、舟から伸ばした綱を人間が牽いて舟を上流に導いたという。
空船ならともかく、積み荷を満載した船を牽引するのは、大変な重労働であっただろうと想像する。綱手道 名所・史跡
-
こちらは綱手道の間口を開いている「横山郷土館」は、左右に蔵を持つ商家。
国の有形文化財というのに入館料は300円と良心的。
栃木県で有数の麻の問屋と銀行業を兼営した豪商とされる。
マニラ麻ロープなど輸入品が高価だったころは、栃木近辺で栽培された野州麻(やしゅうあさ)は漁網需要などで人気が高かったらしい。
合成繊維が普及した現代では考えられない産業遺産。横山郷土館 美術館・博物館
-
巴波川左岸の日光例幣使街道は、栃木宿から北に向かう。
中山道の倉賀野宿から東に、佐野三毳山の北側(現JR両毛線沿い)を通り、栃木市からは北上して今市に至る。
栃木市は宿場の中で杉並木はないが、今市近くは杉並木が見事。日光例幣使街道 名所・史跡
-
折角訪ねたのだが、代官屋敷だったとされる岡田記念館は休館で残念。
金・土・日しか営業していないよう。営業日のみ共通券も販売されている。岡田記念館 美術館・博物館
-
岡田記念館から栃木市役所(東武百貨店)前を通って蔵の街大通りを南下、育った家の隣家を使った「山本有三ふるさと記念館」を見学。
名作「路傍の石」くらいでしか知らなかったが、数々の業績が展示されていて、丁稚奉公から文学者になられたとは存じませんでした。とちぎ山車会館とのセット券が@550円とは良心的。写真撮影禁止は残念。
ちょと遅い昼食に。
横山郷土館で勧められた蔵造りを模したビルの「手打ちそば太郎庵」に入る。手打そば 太郎庵 グルメ・レストラン
-
蕎麦屋のカツドンも美味しいく、蕎麦よりも空腹には有難い。
手打そば 太郎庵 グルメ・レストラン
-
次は、とちぎ山車(だし)会館の巨大な倉庫風のビルへ。
山本有三記念館とセット券で550円は良心的に感じる。
平日で空いていたせいか、親切な説明員さんが付いて解説してくださる。とちぎ山車会館 美術館・博物館
-
近年は2年に一度の「とちぎ秋まつり」は、江戸時代からの行事かと思ったら、県庁が栃木にあった明治7年に始まったという。
財力があった町内が、東京の中古の静御前の人形を飾った山車や、宇都宮の諫鼓鶏を飾った山車を購入して曳きまわし、他の町内も負けずにと山車を揃え、約5年ごとに行われる行事になったとされる。 -
華麗で豪華な江戸型山車は、市内で13台あるらしく、山車会館では過半数を保管し、常時3台を展示しているとという。
-
蔵の街市民ギャラリー
この建物は約200年前に建てられた土蔵3棟を改修して、平成15年から「とちぎ蔵の街美術館」として使用された。
施設をリニューアルし、令和3年11月1日に「蔵の街市民ギャラリー」として開館したとされる。
通称「おたすけ蔵」として市民に親しまれてきたこの蔵は、栃木市に現存する多数の蔵の中でも最古の土蔵群に属する大規模な蔵として、栃木の歴史を見つめてきた記念碑的な建物と言えます。
「おたすけ蔵」とも言われたよう。 -
大平山のドライブウェイを右回りで登っていくと謙信平の駐車場。
-
眺望が良い。
このあと大平山のドライブウェイを右回りで下っていくとソメイヨシノの桜並木があるが、平地よりも若干高さもあってまだツボミで残念。
それではと、帰路は栃木インターではなく三毳山経由で佐野インターを目指す。 -
三毳(みかも)山の北東側の東口広場駐車場(無料)に車を停めて「かたくりの園」を目指す。
最初は車道、途中からは山道を20分ほど登る。三毳山 自然・景勝地
-
やがてカタクリの大群落が見えてくる。
これほどの大群落は初めて。 -
晴れていたので花弁は満開に
-
色が濃いのは、咲きたてのせいなのか?
-
急斜面なので見学用のデッキが設けられている。
今日は一日歩いたので、山頂まで登る元気はなし。 -
三毳山山腹には様々な花木も生えている。
帰路は、そんな花々をめでて歩く。これはコブシの花。 -
早咲きのツツジも咲いている。ミツバツツジか?
-
こちらはロウバイの花
-
麓には、派手目の桜も咲いている。
東口には、緑の相談所や管理事務所がある。 -
品種名は書いてなかったが、ソメイヨシノに比べると開花も早く、ピンクが濃い。
-
三毳山から国道50号に出て、すぐに東北自動車道佐野インター。
東北自動車道から首都高を経て帰京。
都内の某レストランでドライブの無事完走を祝って、豪華な夕食会。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
栃木・壬生・都賀(栃木) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
29