2026/01/27 - 2026/01/31
257位(同エリア261件中)
れおんさん
僕「2026年の遠出は北陸にしようかなあ」
妻「寒い時期に寒い所へいくのヤダ!」
僕「えー、寒いからいいのにー」
妻「博多行きたい!屋台行きたい!太宰府天満宮行きたい!」
と言う鶴の一声で福岡行きに決まり。ついでに佐賀、長崎と周遊することにしました。
4泊5日の旅程なので旅行記は8編と長くなりましたが、どうぞ最後までお付き合い願います。
[こちらは 8-2 です]
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[これより前は 8-1 へ]
【2日目】
2日目は早朝3時に起床。軽いストレッチの後、4時には日課のランニングへ。 -
《旧福岡県公会堂貴賓館》の前はまだ真っ暗。
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少しずつ夜が明けてきた中洲。
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天気も良さそうだし、どんな一日になるか楽しみ!
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朝食は朝7時半からホテルでバイキング。
福岡フローラルイン西中洲 宿・ホテル
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サラリーマンで賑わってます。
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高価な品はありませんが、朝食には欠かせない品がズラリ。中でも明太子が取り放題なのは嬉しい!
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おまけにアイスクリームも自由(食べなかったけど
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一皿目はあれこれと、
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二皿目は好きなものを中心にカレーも。
設備は綺麗だし、安いし、朝食も美味しいしで大満足のホテルでした。 -
福岡の中洲から高速を使い車で1時間、9時半ごろには佐賀県の吉野ケ里町にある《吉野ヶ里公園》に到着。
入口で料金を支払い入園。吉野ヶ里歴史公園 (吉野ヶ里遺跡) 名所・史跡
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弥生時代の吉野ケ里遺跡を復元している公園です。
妻「広っ!」 -
まずは「天の浮橋」を渡るところからスタート。
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ちなみに各拠点ごとに無料のガイドさんはいるのですが、自分のペースで好きに探索したかったので、こちらの有料の音声ガイドペンを借りました。
これが超優秀で便利!マップの各写真にある印にペン先を当てるだけで、ガイドペンから分かりやすい音声ガイダンスが流れます。 -
橋を渡り、最初の拠点「環壕集落ゾーン」へ。
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マップ通りに進むと
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「東正門」の鳥居が登場。
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妻「イノシシがいるよー」
もちろん作りものです。 -
「南内郭」の入口に着きました。
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先に展望台へ。
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高い建物は「物見やぐら」。見張り台みたいなものですね。
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南内郭へ入る前に展示室へ行ってみます。
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ガイドを連れた小団体の近くで、妻が何かを熱心に見学。
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石棺墓のレプリカでした。
妻「ここで寝てたんだー」
お墓だけどね。 -
くぼみは甕棺の模型。
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実際に発掘された甕棺を復元したものもあります。
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弥生人の衣装で、右が上層人(支配層)の衣装、左が庶民の貫頭衣。
妻「右の服は今でもイケそう」
たしかに。 -
南内郭へ入ります。
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真ん中が広場になっていて、その周囲に住居が配置。
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物見やぐらへ登ってみます。
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結構遠くまで見渡せます。
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こちらの方向は、庶民が暮らす集落の「南のムラ」。後で行こうっと。
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こちらは倉と市。市場みたいなもん。
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竪穴式の住居で、「大人」の家。
妻「大人の家って、子供の家もあるのかなあ」
オトナじゃなくて、「たいじん」ですね。支配層とか偉い人のこと。
妻「タイ人?」
いつまでボケるねん。 -
中へ入ってみました。大人の暮らしぶりが再現されています。
妻「あはは、タイ人っぽい」
ちゃうっちゅーに。 -
隣は「大人」の妻の家。
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奥さんが髪を梳かれていました。
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なんか小道具的なものがあったので、近寄ってみます。
絹糸の隣にあったのは、あの銅鐸! -
触って良いらしいので、実際に持ってみました!
見た目で想像通りの重さで、左右に振ると中の心棒が揺れて「カンカン」と鐘のような音が響きます。 -
一番偉い「王」の家も外観は同じ造り。
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でも中はさっきよりも物が多い感じ。
妻「もっと大きくて広いのかと思った」
たぶん調度品の量や質で上下関係の差が出るのかな。 -
「王」の娘夫婦の家まで再現されていました。
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ちなみに南内郭の周囲は深さ3メートルほどの堀の「環壕」と防壁の「土塁」で囲まれていて、ここが偉い人たち専用の集落だったことが分かります。
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南内郭を出て、今度は北内郭へ。
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しばらく歩くと「北内郭」の入口へ来ました。
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北内郭は、まつりごとに関わる人たちが集まる場所。
妻「へえ、ここでお祭りするんだー」
「まつりごと」はお祭りじゃなくて政治のこと。今でいう国会みたいなものです。 -
ひときわ大きい「主祭殿」の中へ入ってみると、
妻「やっぱお誕生日席の人が一番偉いんだよね?」
お誕生日席っていうな。 -
でも本当のまつりごとはこちら。
妻「え?お祈り?」
あーちょっと惜しい。巫女が御神託を受けています。 -
「斎堂」は祭祀に関連する建物。
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竪穴式住居の後ろにある蔵のような高床式住居に入ってみると、
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最高司祭者の生活空間でした。
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でも住まいはこんな感じ。
妻「せまっ!」
四畳半もないくらいのスペースにひっそりと住み、まつりごと以外では人前に出なかったそうです。 -
少し離れた「北墳丘墓」へ行ってみます。いわゆる墓地です。
妻「わんこ」
「ほ」に点々の「ぼち」! -
北墳丘墓は博物館みたいになってて、中へ入ることができます。
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妻「ひろっ!」
外観は復元ですが、内部に展示されている14基の甕棺は本物です。 -
本物の埋葬墓で、結構深くまで掘られています。
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埋葬された甕棺の内部はこんな感じ。
妻「ウォークマン聞きながら寝てるみたい」 -
当時の埋葬を説明する図。
妻「あー泣いてる...」
やっぱ昔の人も悲しかったんだね... -
図だけでなくジオラマでも再現していて、すごく分かりやすい。
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お葬式のようなもの。
この建物は実際の埋葬墓の上に建てられていて、それを考えるとちょっと神妙な気持ちになりました。 -
「中のムラ」に来ました。北内郭で行われる祭祀や政治的儀礼に使用する道具などが作られていた場所だそうです。
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「養蚕の家、機織の家」の中は
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棚で蚕を飼育しています。
妻「おばあちゃん家みたい」
僕「え!おばあちゃん家って竪穴式住居かよ!」
妻「違う!養蚕農家」
そっちかよ -
ちょっとベンチに座って休憩。
妻「どんぐりがいっぱいあるよ」 -
さきほどの環壕と土塁で囲まれてるのは「倉と市」。
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堀がV字になってるのは、登ろうとする時に助走をつけられないようにするためかな?(知らんけど
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ここも広々とした敷地に建物が点在。そして倉なので、建物は高床式が基本。
妻「なんで高いの?」
水害とか生き物から守るためだったかな(忘れた -
その中でも地べたに建つのは「市楼」。
妻「おーイチローかあ」
わざとボケてるやろ。見張り塔だか管理塔らしいです。 -
では最後の「南のムラ」へ。
妻「と、とおい...」 -
案内図を見ても分かるように、
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庶民が暮らす南のムラは、集落の中でも一番広いです。
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妻「ほんと広いねー」
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妻「広すぎてちょっと疲れちゃった...」
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気が付けばもう12時!2時間半も見学してました。
そろそろお暇しようかと「弥生くらし館」へ向かいます。 -
館内には当時のジオラマや、
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南のムラには200人の庶民が暮らしていたムラ人、南内郭に住んでいた支配層の大人のフィギア、
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養蚕の様子や
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織物づくりの模型など、分かりやすく説明。
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再び「天の浮橋」を渡って入口へ戻ります。
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最後に売店でお買い物。
期待以上の楽しさで、大満足の吉野ヶ里公園でした。 -
吉野ヶ里歴史公園から車で5分、こちらの《どん亭》でランチにします。
[続きは 8-3 へ]
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