2025/08/05 - 2025/08/07
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まつじゅんさん
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2025/08/06
2025/08/07
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8月の名古屋、浜松旅のVer.3 2日目の夜から帰還までです。
2日目は、名古屋のコメダ珈琲でモーニングを頂いて、航空自衛隊広報館のエアパーク浜松、企業ミュージアムのヤマハイノベーションロード、浜松城登城から五社神社を参拝し、浜松駅周辺を散策しました。
Ver.3はホテルで「鰻」を頂き、夜の浜松を少し歩き、翌日もホテル周辺の散策から、ウナギパイファクトリーで「うなぎパイ」の製造工程をガイドさんと共に見学し、スズキ歴史館から最後は、浜名湖の弁天島を見て帰路につきました。
今回の旅では、企業ミュージアムや広報館の見学が多かったですが、知らかった事も多く、身体の動くうちに、色々な所を廻って行きたいと思います。
今回の旅は3部構成となっています。
・名古屋名建築巡りからゆとりーとラインでTvs D 観戦 編
https://4travel.jp/travelogue/11996422
・エアパーク、浜松城、ヤマハイノベーションロード 編
https://4travel.jp/travelogue/12026653
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
今日のホテルは、浜松城公園のすぐ前に建つ、ホテルコンコルド浜松です。
こちらの最上階のレストランの鰻が、美味しいとの事で予約しました。
施設は、結構老朽化が進んでいる感じで、浴槽の排水があふれ出してきて焦りました。
部屋も、ツインルーム Aタイプ(19.5m2)でしたが、結構数字より狭く感じました。ホテルコンコルド浜松 宿・ホテル
-
観光を詰め込み、浜松駅でウロウロした事もあり、チェックインが18時を過ぎていましたので、急いで最上階の「浜名湖うなぎ 元城亭」に向かいます。
こちらの鰻は、厳選した浜名湖うなぎを、絶妙の火加減と料理人の技術で、至極の逸品との言葉に釣られました。
Googleの口コミでも4.6と高評価で、浜名湖うなぎをしっかり味わうには、間違いない一軒との事です。
お店も静かで雰囲気も良く、地上60mから浜松城や夕陽を眺めながら、楽しみに料理を待ちます。 -
先ずはドリンクを発注。
私、日本酒の話や見る事は好きですが、普段飲む事は少ないです。
ただ、今回は鰻には日本酒でしょう、という事で、利き酒師厳選の地酒の飲み比べセットを発注、奥様は三ケ日青みかんスカッシュです。
飲み比べセットのお酒は、左から掛川市上井酒造の純米吟醸「開運」。浜松市花の舞酒造の純米大吟醸「花の舞 日本刀」、菊川市森本酒造の特別純米酒「小夜衣」です。
どれも香りも良く美味しかったですが、私は「花の舞 日本刀」が一番口に合うな、と思いましたが、このセットだけで、しっかり酔っぱらってしまいましたので、お代わりは無しです。 -
基本プランでは、鰻はひつまぶしなのですが、一つを追加料金で「でしこ御膳」に変更して貰いました。
浜名湖は、鰻の養殖発祥の地で、その125年の伝統と技術が生んだ最高傑作、新ブランドが「でしこ」だそうです。
でしこは、背と腹のコントラストが美しい「青手」の特徴を持ち、柔らかく、驚くほどの脂が広がる旨みが特徴との事ですが、白焼きで頂くと、特に違いを感じますね。
鰻好きの奥様も、美味しいとの事でした。 -
基本プランの「ひつまぶし 鰻一匹」、肝吸い、お漬物が付いています。
奥様は鰻は好きですが、ご飯はあまり食べませんので、たれの掛かったご飯好きの私と、鰻とご飯のトレード成立です。
私、鰻は一切れで十分で、たれとご飯&山椒でお腹一杯になりました。
美味しかったです。 -
お腹も膨れすぎて苦しいので、少し涼しくなった街に散歩に出かける事にしました。
夜風に葺かれながら歩いて行くと、浜松駅近くの、賑わいのある街路の彩りもカラフルな「アルコモール有楽街」に入りました。
現代的な街並みの一角に、ひっそりと佇む小さな鳥居を発見、「黒田稲荷神社」です。
こちらは、浜松の芸の神様と呼ばれるパワースポットのようで、都はるみさんの奉納絵馬がある、伝説の神社らしいです。 -
1時間少しの散歩を終え、ホテルに戻りました。
翌朝、1階のレストランシャンゼリゼの朝食バイキングに向かいます。
ライブキッチンでは、オムレツが提供されていて、和食、サラダ、釜揚げシラス、辛子明太子、そして鰻のまぜごはん等、沢山とは言えない種類ですが、美味しく頂きました。
入口のウナギが可愛いですね。シャンゼリゼ グルメ・レストラン
-
朝食の後、次の予定まで少し時間があるので、近くにある「元城町東照宮」に向かいます。
ホテルを出て、前の道路の信号わ渡ると直ぐの場所にある、浜松城の前身の引間城があった地に建てられた、東照宮です。
祭神は、徳川家康、大国主命ですが、建立は1877年と新しく、元幕臣で静岡藩の浜松城代であった事がある井上 延陵氏が、過去に徳川家康が居城とした浜松城の跡に、東照宮を建立しようと考え、静岡県知事を始め、多くの市民等の寄付で建立されたようです。 -
現代の社殿は、浜松空襲で焼失した社殿を、1958年に再建されたものです。
鉄筋コンクリート造り、銅板葺きの権現造りです。 -
元城町東照宮(旧引間城)は、徳川家康だけでなく、豊臣秀吉にも所縁があるそうです。
秀吉は引間城を整備した、飯尾氏の配下であった松下氏に、16歳から3年間仕え浜松で過ごしていたそうです、引間城を訪れ猿まねをして栗を食べた、という逸話も残っているようです。
そのような縁から、徳川家康公顕彰400年記念事業の一環で、2015年に2人のブロンズ像が設置されていて、出世のパワースポットとなっています。 -
ホテルをチェックアウトし、予約していた「うなぎパイファクトリー」に向かいます。
30分程で到着、工業団地の中にあるこちらは、浜松の名物菓子「うなぎパイ」の(有)春華堂が、地元浜松に活力を、という想いと、創業時からの理念である「お菓子を通じて人々を喜ばせたい、笑顔にしたい」を大切にして、製造工程を見学できる施設として1961年にオープンしました。
工場見学に、年間63万人が訪れるという、浜松の一大スポットとなっています。
ここで流れている、♪うなぎ~ぱいぱいぱーい♪という、歌詞が耳から離れませんが、これは私が追いかけている小椋 佳さんが、銀行員時代、浜松支店長として赴任されていた時に、春華堂と取引があった縁でCMソングとして作られたもので、初代は正式なオファーの元に作られたらしいですが、今の2代目は、ある日ギターをもってふらっと訪れた小椋さんが、「これどう?」ってノリで披露してくれた曲だったそうです。うなぎパイファクトリー 名所・史跡
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夜のお菓子というキャッチコピーは有名ですが、鰻→活力→夜の生活・・・・という下世話な物ではなく、家族団らんのひととき、夜の団欒時に食べて欲しいという意味だそうです。
うなぎパイの誕生は1961年、日本は高度経済成長の真っ只中でした。
予約不要の自由見学もありますが、私達は事前予約の、コンシェルジュの案内付きツアーで館内を廻りました。
直ぐに予約が埋まってしまいますが、焼き立てのうなぎパイを食べられる「窯出しうなぎパイツアー」というのもあるそうです。
うなぎパイは、最終的に9,000層まで生地を重ねるそうですが、凄いですね。 -
見学の後、ちょっと高級なうなぎパイを購入して、イオンラウンジで少し休憩する事にいたしましたが、私のミスで、イオンモール浜松志都呂を予約したのですが、着いたのはイオン浜松西・・・・。
係の人に紛らわしくてすみませんねと誤られ、中には入れないのでドリンクを頂き、10分程の浜松志都呂店に移動しました。
こちらは大規模なイオンモールで、フードコートも大きく、軽くランチタイムとなり、濱乃屋で天丼を2人でシェアして頂きました。濱乃屋 イオンモール浜松志都呂店 グルメ・レストラン
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次に向かったのが、スズキの企業博物館「スズキ歴史館」です。
先ほど間違った、イオンの前を通り10分少しで到着、スズキの本社の目の前にあります。
ただ私、本社の敷地に入ってしまい、ガードマンの方の誘導で歴史館の駐車場に移動しました。
入場は、完全予約制となっていて、事前に申し込んでいましたが、割合入場時間等は融通が利くようです。スズキ歴史館 美術館・博物館
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スズキは、1909年の創業で1920年に織機メーカーとして設立して以来、二輪車、四輪車、船外機等々様々な商品を、国内・外で生産・販されています。
こちらのスズキ歴史館は、2009年4月の開館で、創業以来の製品と、現在のクルマづくりの様子が紹介されています。 -
階段の壁面には、スズキの歴史や各時代の世相が展示されています。
2階は3Dシアターや、開発、製造工程等が解りやすく紹介されていて、開発、生産、国内外の生産拠点や、浜松市の文化・産業・歴史紹介、航空自衛隊浜松基地の活動についても紹介されていました。
https://youtu.be/H7QushP4rwk -
3階に上がると「ものづくりの歴史」として、創業者である鈴木 道雄氏による「杼箱上下器搭載の足踏み式織機」や、時代毎の車両が展示されています。
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1911年に発明された「杼箱上下器」を、実用新案登録書類や博物館の織機を参考に復元したもので、残念ながら現物自体は残っていないようです。
この織機は、多色織りや複雑な模様を織れる画期的な発明で、スズキが世界的な織機メーカーへと成長する原点となった技術の一つのようです。 -
スズキは、機械技術を活かした多角化の一環として、早くから自動車産業への進出を検討されていて、1950年代初頭の自転車補助エンジンブームを機に、1952年オートバイ開発に参入しました。
私は、スズキと言えばバイクというイメージが強く、高校時代に同級生がスズキのバイクで、学校に通っていたのを覚えています。
1952年の自転車補助エンジン「パワーフリー号」から始まり、1950年代に「ダイヤモンドフリー号」「コレダ」で基礎を築き、水冷・油冷の技術革新と、レースでの活躍、「ハヤブサ」のような革新的なモデルを世に送り続けています。 -
「我が家のフロンテ「と銘打たれた、高度成長期の風景を再現した一角です。
スズキの四輪車の歴史は、1955年の軽自動車「スズライト」から始まり、軽自動車分野では1973年から2006年まで、34年間販売台数日本一を誇り、軽自動車分野を牽引してきました。
一時期ダイハツ工業に抜かれた時期がありますが、2014年に8年振りに、軽自動車年間販売台数No.1の座を奪還しています。 -
アルトは47万円という価格設定で開発され、爆発的に売れたようです。
我が家でも、倉吉では奥様の愛車として活躍していて、近畿に戻って来た時もマンションの駐車場の高さ制限から、引き続き私が使用していて、昨年買い替えるまで10年間、走行距離14万km超えまで、故障も少なく良く走ってくれました。 -
こちらには、長嶋さん&星野さんの直筆サインが入った、初代MRワゴンが展示されていました。
スズキ提供のラジオ番組に、長嶋さんが出演した際、ボンネットにサインを頂いたそうで、その番組には星野仙一さんも出演していたことから、お二人の直筆サインというレアな存在となっています。
この車両は、以前から展示していたそうですが、長嶋さんの逝去を受け、SNSで存在が広く知られることになり、サイン目当てに来館する人も増えてきているそうです。
確かに、車に書かれた長嶋さんの直筆サイン(しかも星野氏と一緒に)を見られるところは、少ないでしょうね。 -
16時を過ぎ、そろそろ帰る時間となってきましたが、盛り込み男の私、最後に向かったのは、浜名湖にある「弁天島」です。
弁天島の成立には諸説あるようですが、1498年の明応地震による津波等により、浜名湖と海が繋がる今切口が出現した際に、元の半島が切断されたか、新たに形成された砂洲が起源とされています。
江戸時代の地図では、弁天島自体が陸繋砂州形成による半島化と、人工的な開削による島化を繰り返しているようにもみえる事から、弁天島一帯は自然島ではなく、人工島として捉えられる事も多いようです。弁天島海浜公園 自然・景勝地
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弁天島の「弁天夕照」は、浜名湖周辺の歴史的・文学的・美術的背景を持つ景観を集めた「遠江八景」のひとつに選ばれています。
冬の時期には、鳥居の真ん中に夕日が沈む絶景は、美しく幻想的な風景となるようです。 -
弁天島は浜名湖の河口北にあり、面積約30,000km2、周囲約7kmの島です。
浜名湖一帯のリゾート地として、海水浴、釣り、潮干狩り等、多くの観光客が訪れ、島内にはホテルもいくつか存在していて、「弁天島温泉」と呼ばれています。
島の南側の湖面には、大きな赤鳥居が建っていますが、これは宮島や琵琶湖の白髭神社の鳥居とは違い、観光のシンボルタワー的なもののようです。 -
弁天島で、沈む行く夕陽を30分位眺め、帰路につきます。
浜名湖岸を北上し、舘山寺スマートICから東名に乗りましたが、ICまで少し迷ったので、浜松西ICの方が分かりやすかったようです。
18時過ぎに浜名湖SAで夕食を頂いて、東名、伊勢湾岸道、新名神、名神経由で無事、23時前にマンションに到着。
野球観戦と浜名湖観光、2025夏旅、これまで。浜名湖サービスエリア 道の駅
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