2024/12/15 - 2024/12/16
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emi_uさん
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2024/12/15
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ご覧いただきまして、ありがとうございます。
岐阜から愛知のダム巡り、いよいよ締めくくりです。
宇連ダム、馬防柵を見て、うなぎを食べてうなぎパイを買って帰ります。
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この旅最後のダム、宇連(うれ)ダム
豊川水系宇連川に設置され、大島ダムとともに豊川用水の水源となっている -
1949年着工、1958年竣工の重力式コンクリートダム
堤高65.0m、堤頂長245.9m宇連ダム 名所・史跡
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「宇連堰堤」
「昭和33年12月1日竣工」さすが歴史を感じる「農林省」の文字
1945年に農商省から農林省となり、1978年には農林水産省となっている
下の方に3枚並ぶプレートはゲートのもの
表面取水ゲート、保安ゲート、修理用ゲートといずれも平成25年3月完成 -
見学は団体のみ申し込みを受け付けているようだが、こういう内部設備を見られるのだろう
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(案内板より)
豊川用水の概要
豊川用水事業は天竜・東三河総合開発特定地域の指定により、その一環として豊川水系と天竜川水系の水資源を高度に利用し、愛知県の東三河地域及び静岡県湖西市地域の農業用水・上水道水及び工業用水を供給することを目的として実施され、昭和43年に通水を開始しました。
その後の営農形態の変化や、人口の増加と生活水準の向上及び工場の進出により水利用実態が大きく変わり恒常的な水不足が生じました。これを解消し用水の安定供給を図るために、新たな水源を確保する豊川総合用水事業が実施され平成13年度に完成し、豊川用水施設と一体的な管理を行っています。 -
左岸に見えるのが管理棟
平成初期の改築事業の際に管理棟も移設された
堤体下には発電所 -
宇連ダム発電所の歴史は、ダム本体に比べると浅く、小水力発電施設を設置し、2018年に運用を開始している
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発生した電力は、ダム管理に利用し、余剰となった電力を電気事業者に売電し、その収益は豊川用水の管理費として使用する
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発電所を出た水は宇連川に流れていく
2棟見える建物の内、右側の長めの建物が発電所
左の横向きに建っているのは、放水バルブの機械室 -
ゲートは曲線がよくわかる「テンターゲート」
ラジアルゲートとは違うの?と思ったが、同じらしい
昭和40年代くらいまではこの呼び方が一般的だったというから、歴史あるダムゆえの記載と言えるかも -
ダム湖は鳳来湖
ナゴヤドーム17杯分の水を貯められる鳳来湖 自然・景勝地
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下流の渓谷は鳳来峡と呼ばれる
また近くに鳳来寺山がある -
堤体の左側に写る3階建ての建物が目立つが、これは取水塔らしい
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右岸には「鳳来湖」の立派な看板がある
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そして「水神様こちらです」と書かれた階段
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階段からは堤頂が俯瞰できる
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ちょうど堤体のど真ん中の延長線上に立った感じ
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小さな祠に辿り着く
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豊川用水水神様
貴船神社の御祭神は、水の供給を司る「龗(おかみ)」の神で、貴船神社という名の神社は、全国に五百余りあります。
この祠は、京都府にある貴布禰総本宮貴船神社の御祭神「高龗神(たかおかみのかみ)」を分祀していただいたものであり、高龗神は降雨・止雨を司る龍神であり、生けとし生けるものが命を繋ぐために欠くことのできない、大切な水を司る「水源の神様」です。
この湖を源とする豊川用水が、末永く受益地域に水の恵みをもたらす事を願って、宇連ダム鳳来湖の守り神として昭和三十四年五月に建てられました。 -
天端がよく見える
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横方向にも、
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縦方向にも、いいパノラマだ
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大した階段ではないので、ぜひ昇ってみることをおススメする
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ダムを出て車で数分、紅葉がきれいで思わず立ち止まる
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県道424号が宇連川を渡るところ
この辺りが宇連渓谷
紅葉もさることながら、渓谷美もいい感じ -
次にやってきたのは馬防柵(ばぼうさく)
長篠・設楽原の戦い決戦跡地にある -
宇連渓谷から車で30分ほど
新東名高速が近くを通り、
それとほぼ垂直に連吾川(れんごがわ)が交わる -
近くの企業の倉庫には「設楽原古戦場」の文字
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まず目に入るのは「長篠・設楽原合戦屏風絵図」
中央付近を縦に流れるのが連吾川
その左側に馬防柵と織田・徳川連合軍
さらに左に大宮川と、再び馬防柵 -
(抜粋)
絵図は犬山城白帝文庫所蔵の「長篠合戦図屏風」を基に作成
中央を流れる連吾川の両側には信玄台地(山県陣地・内藤陣地等)と弾正山台地(徳川陣地・織田陣地)
再現の馬防柵はこの絵の中央あたりで、ちょうど織田軍と徳川軍の境に位置している -
馬防柵
天正3(1575)年の設楽原の戦いに用いられた馬防柵を再現した
連吾川に向かって右側(写真手前)に徳川軍のもの、左側(写真奥)のに織田軍のものがあり、攻口(出入口)の設け方に違いがある馬防柵 名所・史跡
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馬防柵は天下無敵の武田の騎馬隊をこの柵で防ぎ止め、鉄砲で狙い撃ちにするために造られたもので、延長2キロに及んだ
決戦の正面となったこの連吾川沿いに三重の柵を構え、背後の弾正山を越えた西側を流れる大宮川沿いには、さらに一重の柵を設けた -
長篠の戦いは天正3(1575)年、長篠城をめぐり織田信長・徳川家康軍38,000人と武田勝頼軍15,000人が戦った
中でも決戦の地が設楽原長篠 設楽原決戦場跡 名所・史跡
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設楽原古戦場いろはかるた なるものがあるらしく、
「えんえんと 柵木岐阜より かつぎくる」
丸太は岐阜や岡崎から、織田、徳川の兵1人1人が1本ずつ運んできたと言われる -
「土屋昌次 柵にとりつき 大音声」
土屋昌次は武田軍の騎馬隊の中核
家康が籠る長篠城を落とそうとしたものの、織田軍の到着で戦況一変
鉄砲で撃たれながらも、「武田不滅!」と叫びながら突撃したという -
鉄砲構え
古文献と時代考証により、乾堀、馬防柵、銃眼付きの身がくし(土塁)の三段構えとして復元されている -
そしてここから1時間ほど
本日の宿泊地、浜松まで移動
前回ここに泊まったのは昨年の夏、約1年半ぶりスーパーホテル浜松 浜松出世の湯 宿・ホテル
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そしてここに来た時にはこちら!
かねりん鰻店
人気のお店ですぐに満席になるが、1時間ほど前に来て名前を書いて待つ気があれば入れる -
夕飯はうなぎ!!
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今日は中庭の見える窓側の席
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本日は白焼きと、
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うな重
かねりん鰻店 グルメ・レストラン
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翌日、帰る途中に寄ったのは、浜松にあるスイーツバンク
見ての通りうなぎパイの春華堂の施設だが、工場ではないスイーツバンク グルメ・レストラン
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全体的に優雅な雰囲気で映えスポット
お土産やさんだけでなく、カフェの他に、なぜ同居しているのかはよくわからないが、同様に映える感じの雰囲気の信金もある -
かわいらしいキッチンのようなこちらはお手洗い
かわいくて誰もいないときを狙ってパシャリ -
ちなみにこちらは隠れミッキーならぬ、隠れうなぎパイ
建物外の柱にあるので、お探しあれ -
で、いつものうなぎパイだけでなく、季節限定パッケージのうなぎサブレを買ってみる
うなぎサブレは半面にチョコがけ、ワンポイントに塩がついている
”塩の方から食べてね”と書いてあり、”OPEN”というところから開けるとちょうど塩の所から食べられるようになっている -
さて、お土産も買ってあとは帰るだけ
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しっかりダムを巡った今回
きれいな富士山を眺めながら帰途に就く -
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