2025/12/20 - 2025/12/20
937位(同エリア1090件中)
kazuさん
奈良・平安時代の頃に日本の外国からの玄関口として重要な役割を果たした鴻臚館、西の都として栄えた大宰府
鴻臚館と大宰府は官道という当時の言わば国道で結ばれていました。
片道20kmちょっと、今では辿ることが難しい古代の道を歩いてみました。
- 旅行の満足度
- 4.0
-
スタートは鴻臚館跡
鴻臚館は外交・交易のための検問・接待などに用いられた施設で平安京、難波と筑紫(福岡)に設けられました。
3か所のうち、唯一場所が特定されている筑紫の鴻臚館は今の福岡城址にありました。跡地は展示施設が整備されています。 -
展示室はこんな感じです。
大部屋で中央には遺跡がそのまま展示されています。 -
こちらは鴻臚館遺跡の模型
展示館では見学することができるのはこの一部です。 -
礎石
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堀込地業
地盤改良の跡ですね -
一部建物が再現されていました。
奈良時代は竪穴住居が庶民の家として使われていたことを考えると、いかに先進的な建物だったか分かります。 -
今回辿る古代官道の推定図もありました。
官道は国が整備した主に都と地方を結ぶ道路で直線的な線形、駅(馬)が整備されており、迅速な移動ができるような制度となっていました。
鴻臚館からは大宰府までも官道が整備されていて、大宰府を目指す外国の使節は鴻臚館に暫く滞在したのち、官道で向かったそうです。 -
では、いよいよスタートです!
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古代官道は国家の威信をかけて整備されたかなり立派な道だったと思われているのですが、今ではほぼ跡を辿ることはできません。
そのため、推定のルートに近い道を歩くことになりました。
最初の寄り道は5分程のところにある菅原神社! -
菅原道真公が都から大宰府に赴任となり、鴻臚館から大宰府へ向かう際に休憩した跡と言われています。
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神社を後にして先に進みます!
古代官道は暫くは高宮通りから裏手の路地辺りと推定されています。 -
高宮通りや西鉄の線路がある辺りからは少し高くなっています。
断層の縁を切通しを作って直線的な道路を整備したと考えられており、低地には田園風景や湿地が広がっていたのかもしれません。
近くには日本最古の稲作集落と言われる板付遺跡があります。 -
西鉄の高宮駅を少し南に進んだとこにある石投げ地蔵
こちらは筑前風土記にも記載があり、この辺りの道を大宰府の宝満山に入峰する山伏達が通っていたと言われています。 -
石投げ地蔵は小高い丘にあります。
まだまだ街が続いていますね
この辺りから暫く県道31号線を南進します。 -
高宮の次の駅・大橋を抜けると那珂川を渡ります。
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段々と郊外の景色になってきました。
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都市高の環状線をくぐります。
遠くに山が見えてきましたね -
福岡市を抜けた辺りで道が狭くなってきました。
官道は幅の規格が9~10mほどあったそうなので、ちょうど3車線程度。
今の車道位の幅があり、道路脇には排水側溝も整備されていました。 -
航空自衛隊春日基地
見学できないですが、ここでも官道の遺跡が見つかっています。 -
その向かいにある春日公園
ここでも官道跡が見つかっているらしいです。 -
恐らく右手の芝生辺りでも遺跡が見つかっていると思われるのですが、どこかは分かりませんでした。
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公園の入口には官道跡を示す看板がありました。
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徐々に両側から山が近づいてきました。
この先、平野部がすぼまった場所に大宰府の防御施設として水城が設けられていました。 -
大野城駅を超えるとくねくねした路地を進みます。
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どうやら水城が見えてきました。
水城は外国からの侵略に備えて大宰府を防御するために設けられた堤です。 -
延々と土手が続いています。
古代にこれを造ったと考えると凄いですね。 -
西門跡を越えていきます。
水城を2本の官道が交差しており、東門、西門と呼ばれていました。
こちら西門を通っていた官道は東側に比べて早く廃れたのですが、その後も跡は生活道路として用いられたそうです。 -
段々と日が暮れてきました…
先を急ぎましょう -
左手は九州自動車道
恐らくこの辺りから大宰府の碁盤の目の街並みが広がっていたと思われます。 -
西鉄二日市駅近くの客館跡
客館とは海外からのお客が滞在した施設で大宰府にもありました。
鴻臚館から大宰府を目指した使節もここに滞在していたのでしょう。 -
跡地は整備された広場となってました。
こちらは道路跡
大宰府も都に倣って条坊制の街並みが広がっていました。 -
こちらは客館跡
大宰府の街では一番大きな建物だったとか -
客館を後にして最終目的地の大宰府政庁跡を目指します。
近くの歩道にかつての街について紹介がありました。
こちらは条坊制の頃の道を重ねた地図です。
地図の上、中央が大宰府政庁跡、西鉄の線路がありますが、田畑が多いので相当前の地図と思われます。
かつての碁盤の目の街並みはすっかり失われているのが分かります。
大宰府政庁の正面には中央大路(朱雀大路)が延びていました。 -
恐らく歩道の舗装は朱雀大路の位置を示していると思われます。
現在の道の形はすっかり変わっているので、当時より少し遠回りして向かいます。 -
朱雀大路
目の前の山のふもとがゴールの大宰府政庁跡です -
話題になっていましたが、大宰府は令和の由来となった歌の詠まれた町です。
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ついに到着!
休憩含めると5時間ちょっとかかりました -
正殿跡
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特に建物などが再現されているわけではないですが、礎石が並んでいて当時を偲ばせます。
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すっかり夕暮れの大宰府の街!
今回の旅はここまでです!
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