2025/10/23 - 2025/10/23
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東京都練馬区の郷土史の文化財や、残された自然などを訪ねての旅
今回は「その1 北部」編 主に白子川流域を訪ねる。
山の手台地上の光ヶ丘公園から板橋区の成増方向に下り、白子川沿いに上流に向かうと、古くからの八幡神社や街道があり、中世や近世の練馬北部の姿が想像される。
表紙の写真は、白子川左岸に聳え「大泉富士」とも呼ばれる「中里の富士塚」。練馬区にある4つの富士塚で最大規模という。
南側の、標高差12メートルを誇る崖は急峻で富士山の胸突き八丁を思わせ、頂上からは足下が見えず、はるかに光が丘駅や石神井公園駅付近のビル群が望まれる絶景。富士山が見える日に再訪したくなる。
(登頂される人は、登山道からの滑落に注意が必要なほど)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
スタートは都営地下鉄大江戸線光が丘駅からで、その駅を中心に再開発をされた光ヶ丘パークタウンを南北に貫く「銀杏通り」。戦時中にこの地につくられた陸軍成増飛行場の滑走路を想像させる、光ヶ丘パークタウンを南北に貫く歩行者・自転車専用道路。
日本では珍しい石畳の舗道は、最初の東京オリンピック前に大量に廃止になった都電の線路敷の御影石の再利用らしい。こんな場所でお役にたっているとは。 -
銀杏通りの延長の歩道橋を渡った光が丘公園導入部に建つステンテス製のモニュメント「光のアーチ」。
遠目に観ると、マクドナルド店の「M」マークに見えるともいわれている。 -
光ヶ丘公園には、周辺の保育園などがお散歩に来る。ここは公園内の数少ない水辺。
光ヶ丘は地区は、歩道と車道の区分が明瞭なので、公園まで来やすいのであろう。 -
やがて芝生が見えてくる。
公園が開設されて40年ほど経ち、移植された樹々も、新たに植えられた若木も枝を広げてすくすくと育っていて、気持ちが良い。光が丘公園 公園・植物園
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公園の北西側には、広い芝生ゾーンがあり、屋外イベントなどにも使用されている。
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周辺は、今は、キバナコスモスが盛り。
光が丘公園を出て、成増駅(板橋区)方向に台地を下って行く。 -
山の手台地を成増方向に下って行く途中に「上練馬公園」がある。
左(西)側の白子川の谷に対して尾根状になっている分水尾根から谷に向かう西向き傾斜地(写真では右に下る)にある。(ここらが上練馬と呼ばれたとは、初めて知った。)
この写真の案内板の左側に「丸彫聖観音立像廻国供養塔」が建つ。 -
これが「丸彫聖観音立像廻国供養塔」で、想像していたよりも小さい。
解説文のよると、「武州豊嶌郡土支田八丁堀 加藤作兵衛」が 「享保十三戊申稔(1728年)十月吉日」の「六十六カ国廻国の成就を記念して建てられた廻国供養塔」だとされる。
昭和18年(1943年)まで、現在の光が丘地域の稲荷神社にあったが、陸軍成増飛行場の建設工事に伴い稲荷神社ごと土支田八幡宮に移転し、戦後に旭町で稲荷神社が再興されたが2015年に廃社になってここに移転したらしい、数奇な運命の供養塔。 -
「上練馬公園」から尾根を挟んで東側を成増駅に向かう通りが「兎月園(とげつえん)通り」と呼ばれる。電柱に商店会の看板があり、「兎月園通り商店会」の名前が残っている。
「兎月園」とは、知る人ぞ知るくらいで、大正時代末期に、東武鉄道根津嘉一郎社長らがここに12,000坪の敷地でつくった遊園地、レジャーランドというかテーマパークのようだったらしい。
池や滝があり、料亭や茶店、鉱泉浴場、映画館などがあって、豊島園よりも高級路線だったよう(昭和18年閉園)。現光が丘地区に、空襲を要撃する戦闘機の飛行場をつくる時代には、客も閑古鳥になったのであろうと納得。長屋門は三宝寺へ、動物園は豊島園へ譲渡された噂。
現在は、住宅などが建ち並び、「強者どもの夢の後」という感。 -
西に向かうと、出世稲荷神社から南北に延びる裏参道を横切る。
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境内裏参道側には獅子型の立派すぎる稲荷神社らしくない狛犬が向き合っている。これが名物という(稲荷神社では通常の狐型の狛犬であるが、それは別に西側にある)。
これは、前述の兎月園という遊園地内の神社に置かれていたもので、地域の歴史をものがたっているとされる。 -
裏参道を横切る道を下って行くと、出世稲荷神社の表参道に出る。
出世稲荷神社の創建は1804年以前で不詳であるが、「この北方の川越街道を通る歴代川越城主が出世の祈願をし、その後に老中や大老の要職についた」ことから出世稲荷と呼ばれるようになったらしい。同様の伝承は、各地でも聞く名称。 -
出世稲荷神社からさらに下ると埼玉県和光市に入り白子川に架かる子安橋に達する。
子安橋から白子川の上流方向を眺めると、そこそこの水量がある。
武蔵野台地のがけ下から湧いた地下水が集まるのであろう。 -
子安橋を渡って白子川左岸の道を遡り、笹目通りを渡り、再び白子川右岸の近年住宅街になった崖を練馬区側に登ると、土支田八幡宮(どしだはちまんぐう)がある。
土支田八幡宮は、社伝によれば、1192年(建久3年)の創祀とされている、練馬区内では由緒ある神社。 -
これが通称「南極井戸」。一度見てみたかった。昔の写真よりも整備されたよう。
1910年(明治43年)~1912年、白瀬矗中尉の南極探検隊に事務長として参加した元宮司の島義武氏が南極から持ち帰った氷を、 参道入口のこの井戸に納めたとされる。
八幡宮の神様たちも、びっくりされたであろう。 -
土支田八幡は、白子川右岸の崖斜面の森の中にある。
この森は、上流方向の「稲荷山憩いの森」、「清水山の森」へ切れながらもつづく。住宅開発がされる以前は、鬱蒼とつづいた森だったのであろう。
河川沿いの崖の部分は農業利用には向かず、森や雑木林とすることで浸食拡大を防いでいて、またここは神域ということで住宅開発から免れたのであろう。 -
境内の馬頭観世音は、ちょっと傾いているが大きい。
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さらに白子川右岸の崖上を西に向かう。
カタクリの花の季節は賑わう「練馬区立清水山公園」に達する。
ここも白子川の崖に残された貴重な雑木林。落葉樹が多く、春先は根元のカタクリに光が差す。
清水山から土支田八幡まで、森の中を散策して歩ける散策路があると良いのだが。
人工的な公園に整備?するのは、止めて欲しいと感じる。練馬区立清水山の森 公園・植物園
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清水山公園から西に向かうと、白子川の別荘橋へと下っていく長久保道に達する。
練馬区を東西に貫く清戸道から、石神井川の宮田橋付近で分岐し、区の北西端の長久保地区から川越街道に至る古くからの街道が、この長久保道。
現在は、この辺りから先は「別荘橋通り」と呼ばれている。 -
「別荘橋」という橋の名は、「誰かの別荘」があったわけではなく、「元禄時代まで村名主だった荘一族」とは別の「荘埜氏」が住んでいたことから名づけられたようだ。
長久保道別荘橋南詰には、二つの古い祠がある。左が庚申塔で、右が中里地蔵尊の祠だとされる。 -
別荘橋を渡り白子川左岸の谷に移ると、北に延びる八坂神社の鳥居と参道がある。
八坂神社の創建年代等は不詳だが、新編武蔵風土記稿に記載があるとされ、かなり古くからあるようで、このあたり橋戸村の鎮守社だったとされる。 -
こちらが八坂神社の東脇にある、中里の富士塚「大泉富士」。下から見上げると急峻。(頂上からの写真は表紙)
南側の基部からの高さが約12メートル、径が約30メートルあり、区内最大規模の富士塚だとされる。
明治初期に富士講中によって築造されたようであるが、それ以前の文政5年(1822)の石碑があることから江戸時代すでにその原型があったらしい。
八坂神社そのものが、白子川谷底(おそらく水田)ではなく、左岸の崖にあったのであろうから、想像するに左岸に台地の残丘のようなものがあって、それがその原型ではなかろうか? -
山麓に建つのは、富士講の本物の富士山登山記念碑であろう。
周辺には、練馬区の「風の丘公園」や、「富士下緑地」がある。 -
この辺り、両岸の台地縁の標高は40メートルほどなので、麓から12メートル登るということは、随分と見晴らしが良くなる。頂上からの眺望は雄大。
白子川の谷を挟んで、光ヶ丘から石神井公園駅方面の高層ビルも見える。
白子川の谷には高層建築物はないので、冬には富士山も見えるのであろう。 -
中里の富士塚から、長久保街道を登り返して土支田に戻り、土支田農業公園にある「旧見留家納屋」を見学のつもりが、耐震工事で外観しか見ることが叶わなかった。
この茅葺屋根に金属瓦を載せたような建物が旧見留家納屋のよう。手前の外壁に、水車が置かれている。
水車がこのあたりにあったか定かではないが、土支田農業公園の北側には、明治4年に開削された田柄用水があり、玉川上水から分水する田無用水からの農業用水が流れ、明治26年からは下流の王子村の製紙工場の工業用水まで流れたよう。近くには関口水車というのもあったようで、米や麦を搗いていたらしい。 -
土支田農業公園とは、練馬区が主催する区民農園の一種で、
①農具だけ置かれて、全く自由に自分の区画を耕す「区民農園」と、
②自分の区画に決められた園主支給の種や苗を作付け、一人(家族)で育てる「体験農園」以外に、
③カルチャーセンターのように園主の指導を受けグループ作業で農作業をする形態の「農業公園2年コース」がある。
今日は、「旧見留家納屋」までにして、田柄用水跡をたどったりして、光が丘方向に戻る。この付近はコンターに沿って微地形を迂回して蛇行している。先人の苦労が偲ばれる。
練馬区では、このような水路敷の道路入口は、水色の舗装がしてありわかりやすい。公図では青地なのであろう。この付近はコンターに沿って微地形を迂回して蛇行している。先人の苦労が偲ばれる。
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