2024/11/06 - 2024/11/06
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wabisabi2さん
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今年も残り少なくなり、商業施設や政府の補助金打ち切りによりガソリンスタンドなど、平日でも軒並み人や車が多くなってきました。
今年1年、猿投山周辺の社寺を巡ってきました。
小さな社も含め、まだまだ訪れていない場所も多くあります。
11月6日、年を越す前に区切りとして紅葉にはまだ早く、青々とした猿投山の麓に鎮座する猿投神社を訪れてきました。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
今年も残り少なくなり、商業施設や政府の補助金打ち切りによりガソリンスタンドなど、平日でも軒並み人や車が多くなってきました。
今年1年、猿投山周辺の社寺を巡ってきました。
小さな社も含め、まだまだ訪れていない場所も多くあります。
11月6日、年を越す前に区切りとして紅葉にはまだ早く、青々とした猿投山の麓に鎮座する猿投神社を訪れてきました。
猿投神社というと、山門前に建てられた金色の大鳥居が印象に残る神社です。
ここに至る道筋に鳥居はなく、初めて猿投神社を訪れるとこの大鳥居が一之鳥居と捉えがちです。
しかし、これは一之鳥居ではなくニ之鳥居となります。 -
金色の大鳥居から南へ2.3㌔ほど、徒歩40分ほどの県道349号線脇の森の中に一之鳥居は立っています。
鳥居の周辺は右手の森の先が県道で、森の西側は籠川に向け、田畑が広がる開放感のある場所になります。
猿投神社の一之鳥居は中央の森の中にひっそりと佇んでいます。 -
写真は、県道から見た鳥居の立つ森の入口です。
写真は明るく調整していますが、車で通り掛かっても案内板がないため、気付かないことが多いでしょう。
左側の森の中に鳥居の柱の一部が僅かに見えています。
現地に駐車場はないので、籠川沿いの駐車余地に駐車するか、猿投神社の駐車場から40分ほど歩くかの二択になります。 -
道路から一歩踏み込むと、入口とはかけ離れて雑草が刈り取られ、綺麗に開けた広場が現れます。
その奥にポツンと猿投神社の一之鳥居が建てられています。 -
一之鳥居全景。
鳥居の手前左に解説板が立てられ、石造の神明鳥居前には幟立てがあり、右側に「猿投神社一之鳥居」の石標が立てられています。 -
右手の解説。
「一の鳥居
加納町と舞木町の境にあり、今は舞木町で管理しています。
猿投神社の一の鳥居とも二の鳥居ともいわれています。
古くは、梅坪村に一の鳥居があり、同地にはかつて鳥居下の地名が残されていました。
江戸時代の安永8年(1779)に西宮の観音堂を建て直した際の古材を売却した代金で建てたことが始まりで、現在のものは平成6年(1994)11月に建てられたものです。
猿投神社の十月の大祭には舞木町の人たちがのぼり立てを行っています。
猿投地域会議」
解説にある、往古の一之鳥居があったとされる梅坪村は、ここから約10㌔南の籠川が矢作川合流する辺りに梅坪の地名があり、このあたりにあったものと推測すると随分長い参道が続いていたようです。
猿投神社の創建は定かではなく、白鳳時代の書物にも記された古社です。
江戸時代には矢作川の水運が盛んになり、現在の平井町に平江湊、現在の長興寺付近に下江湊という川湊が作られ、人や物資が集まったと思われます。
この川湊から猿投神社に詣でるための参道が築かれ、一之鳥居が建てられていても不自然なことではないでしょう。
ここが現在の猿投神社の一之鳥居です。 -
正面の神明鳥居や右手の「猿投神社一之鳥居」の石標は、平成7年(1995)に寄進されたものです。
鳥居の先は竹藪に遮られ、神社が鎮座する猿投山は見通すことは出来ません。 -
鳥居後方の左右に、平成以前に建てられていた鳥居の跡と思われる基礎部分が残っていました。
柱の間隔は現在のものより若干幅が広く、丸い柱の跡もくっきり見られます。 -
鳥居正面から南側の眺め。
鳥居の先には収穫を終えた稲田や果樹園が広がっています。
猿投神社や、猿投山の奥深くに鎮座する東の宮や西の宮を巡拝するための、最初の入口がこの鳥居になります。
猿投神社一之鳥居
所在地 / 豊田市加納町向井山
車アクセス / 八草インターチェンジから国道248号線、篠原町上り花交差点左折東進。所要時間20分ほど。
訪問日 / 2024/11/6 -
猿投神社一之鳥居から県道沿いに北へ、徒歩40分ほどで三河国三之宮猿投神社に到着です。
写真は二之鳥居から総門の眺め。
総門は、県道349号線と加納IC方向からの道路が交わる三叉路の角に建っています。 -
総門。
右手に大正15年(1926)建立の「猿投神社」社標が立っています。 -
総門脇の由緒。
「猿投神社
鎮座地:豊田市猿投町大城五番地
御祭神:主祭神 大碓命(景行天皇第一皇子で日本武尊と双生児)
相殿:景行天皇(第十二代)、垂仁天皇(第十一代)
創祀沿革:創祀は社伝によれば、第十四代仲哀天皇元年(192)勅願により、現在の地に祀るとある。
猿投山東峯東宮、西峯に西宮を祀り、猿投三社大明神と崇敬され、平安時代に制定された延喜の制では延喜式内社に定められた。
三河国国内神明帳に「正一位猿投大明神」と記載され、「三河三宮」と称された。
神領は776石で、三河国の神社では最も多く、明治維新まで徳川幕府より附与された。
猿投祭りと棒の手:猿投祭りは、古来旧暦九月八日、九日の重陽の節句に行われたので、「節句祭」と呼ばれ、三河、尾張、美濃三ヵ国186ヶ村は合宿をつくり、棒の手を奉納した。
東照軍鑑によれば「天文23年(1554)、岩崎城主丹羽勘助氏次、猿投神社に奉納」とあり、現在も棒の手保存会により伝承され、秋の例祭に奉納されている。」
一宮とは、平安時代から中世にかけて、令制国が自発的に付けた階級的序列で、由緒深く信仰の篤い神社が自然と有力な地位を獲得し、他の神社よりも上位に位置付けられた神社のことで、新たに任じられた国司が巡拝する順番を現しているともされています。
一宮がその国の中で最上位の神社とされ、その後に二宮、三宮・・・と階級付けられたもので、時には神社が変えられたり、同じ国内で同一格付けを2社が名乗ることもあります。
三河国の一之宮は豊川市一宮町に鎮座する砥鹿神社、二之宮は知立市西町に鎮座する知立神社になり、三之宮がここ猿投神社にあたります。 -
総門の切妻屋根を支える左右の本柱に冠木を載せ、前後に4本の控え柱を持つ四脚門で、切妻屋根に6本の鰹木、内削ぎの千木が載るものです。
-
総門から参道の眺め。
門は妻壁や天井を持たないシンプルなもので、ある意味力強さすら感じるもの。
見上げれば規則正しく組まれた垂木は丸見えです。 -
総門の先の参道は、太い幹の杉並木が三之鳥居へ続きます。
解説によれば、総門から三之鳥居までの参道は100メートルあるとのことです。 -
参道脇の神馬像。
-
手水舎。
-
龍口から絶え間なく清水が注がれていました。
今年は意図的に龍口を写真に収めてきましたが、来年の干支は蛇かぁ。 -
三之鳥居から拝殿の眺め。
猿投神社の始まりは、景行天皇から大碓命に東征を命じたが、怖気づいて逃げてしまう。
東征は弟の日本武尊により成し遂げられるが、大碓命は美濃国に封じられ、この猿投山山中で蛇毒により亡くなったという。
猿投山西峯の西宮の背後には大碓命の墓所や流れ出た血を洗い清めたとされる血洗い滝があります。
社伝によれば、神社の創建は仲哀天皇元年(192)と伝わります。 -
境内の猿投神社解説。
「猿神社
一、創祀、沿革
創祀は、社伝によれば仲哀天皇元年とあり、山麓の本社、 東峯の東宮、西峯の西宮を総称し、猿投三社大明神と崇敬されて今日に及ぶ。
神階は、三河国神名帳に正一位猿投大明神と記されている。
社格は、延喜の制(967)国幣の小社。
明治の制(1872)県社。
一宮制が行われるや三河三宮となる。
神領は、織豊時代より明治維新まで776石の朱印を与えられた。
境内外に神宮寺が建てられ猿投白鳳寺と呼ばれ、明治元年まで神仏混淆の地であった。
二、御祭神
大碓命(景行天皇第一子、日本武尊と双生児)
景行天皇(第12代)
垂仁天皇(第11代)
三、大祭
初午祭(旧?2月初午の日)
例祭(10月第2土、日曜日)
四、棒の手(愛知県無形民俗文化財)
奉納の起源は不詳だが、天文22年(1553)、岩崎城主(現日進町)丹羽勘助氏次公が村民に教え、塾達者が奉納したとある。
最盛期には三河、尾張、美濃三国よ り186ヶ村より奉納があり、現在は愛知県無形民俗文化財に指定されている。
五、宝物
太刀 銘行安 平安時代 国指定文化財
黒漆太刀 無銘 鎌倉時代 国指定文化財
樫鳥糸威鎧 平安時代 国指定文化財
神号額 鎌倉時代(1304) 国指定文化財
馬面 江戸時代(1601) 県指定文化財
豊田市教育委員会 」
猿投神社の主な社殿には、総門、神輿殿、宝物庫、太鼓殿、拝殿、四方殿、中門、本殿、回廊、神饌所が立ち並んでいます。
これらの社殿は嘉永6年(1853)の大火によって一度焼失しましたが、その後再建されました。
また、伊勢湾台風の際にも一部が被害を受け、その後再建されたものが現在の社殿として混在しています。
社伝によれば、天武天皇白鳳年間に勅願によって神宮寺の白鳳寺が建立され、本社に阿弥陀如来、東宮に薬師如来、西宮に観世音菩薩を本地仏とし、盛期には16坊があったようですが、神仏分離以降はそれら破却されたということです。 -
写真は、三之鳥居から総門方向の参道の眺め。
大きな神明鳥居から総門までの参道は、樹齢を重ねた杉が立ち並び、静かで厳粛な雰囲気が漂ってきます。 -
境内全景。
正面が拝殿で右に太鼓楼、後方が中門・本殿域になり、更に後方は神体山の猿投山です。
この日は、本社の参拝を12:30に終え、猿投山の東宮、西宮を巡拝し戻って来たのは16:30を過ぎていました。
この時期は陽が短いので、山陰では足元も暗くなります、昼過ぎからの登拝はそれなりの準備をした方が賢明です。 -
太鼓楼。
入母屋屋根で下層は吹き抜けで、貫に飾すら見られませんが、上層の貫は木鼻が施され、かなり大きな太鼓が置かれています。 -
太鼓楼から拝殿と四方殿、中門の眺め。
-
拝殿(左)と四方殿。
拝殿は切妻妻入りで梁間3間、桁行5間の大きな建物で、使われている木材も立派なものです。
各部の飾りは少なく、シンプルなものです。
それに対し右手の切妻屋根の四方殿は、建てられた年代が違うのか木鼻飾りや妻壁にも意匠が見られます。 -
拝殿から三之鳥居方向の眺め。
大きな屋根を支える柱が整然と連なっています。
10月第2土、日曜日に行われる例祭ではここで棒の手が奉納されるそうです。 -
素朴な意匠が施された四方殿から拝殿の眺め。
-
四方殿内部より中門を望む。
中門右の絵馬掛けには珍しい鎌の形の絵馬が無数に架けられています。 -
中門前の狛犬、寄進年は見忘れました。
-
中門。
切妻で平入で軒唐破風が付く四脚門。
大きな拝殿を持っていますが、礼拝はこの中門の前で行うそうです。
「正一位猿投大明神」と書かれた神号額が掛けられていますが、これが由緒に書かれている「鎌倉時代」の神号額なのか定かではありません。
奉納されている鎌は「左鎌」と称し、祭神の大碓命が左利きだったとされ、安全を祈願して「左鎌」の絵馬や鎌を付けた奉納額が奉納されています。 -
虹梁の上の蟇股は鶴が施されています。
-
境内左から回廊、中門、境内社の眺め。
中門の先にある祝詞殿や本殿の姿は見ることができません。 -
中門左の祈祷所入口と回廊。
-
蟇股には三匹の猿が施され、木鼻には獏?が飾られています。
神社HPに猿投ついて以下のように記されていました。
猿投山とサナゲの語義について「社蔵縁起書」に「景行天皇53年天皇が伊勢国へ行幸、常に猿を愛し王座に侍せしむ。
猿の不祥あり。
天皇憎みて伊勢の海に投げ給ふ。
其の猿、鷲取山に入る。
日本武尊東征の時、壮士三河国より来たりて従う。
平定の後、尊に曰く、先に慈恩を蒙れる猿なり。
勅恩に報ずる為、扈従し奉ると言い終って鷲取山に入る。猿投山の称、是より起こる」
とある。
延喜式神名帳では「狭投」と表記し、三河国国内神明帳・神号額には「猿投」とある。
由来について諸説あるようです。
・景行天皇が猿を海に投げたより起こった。
・山容が鐸ににているから。
・鐸を木の枝につけて祭祀を行った。
・大碓命薨去を悲しみ真歎山が猿投山となった。
など諸説あり、どれも定かではないようで、個人的には猿投温泉の「猿投伝説」が受け入れやすいかな。 -
中門右の境内社。
三か所の拝所があり、左から熱田社、塞神社、中央が八柱神社、右が大国社と小社の拝所になっています。 -
左の5本の鰹木と内削木千木が載る神明造りの社が熱田社。
右が塞神社、流造の大きな社が八柱神社、少し小型の流造の社が大国社。
熱田社の左奥に小さく見える神明造の社が猿投神社の本殿かも知れません。 -
八柱神社と大国社、その右に板宮造りの小社が祀られています。
神社合祀令(1906)により一時的に延喜式内社の廣沢天神社が合祀されましたが、後に廣沢川付近の元の鎮座地に戻されました。 -
社殿左側の境内社全景。
猿投山の豊かな杜の恵みが二筋の滝となって流れていきます。 -
手水鉢には小さな龍口があり、途切れることなく清水が注がれています。
-
流れの先に鎮座する厳島社(弁天社)。
-
その左の山肌に岩が組まれ、一筋の小さな瀧が流れています、これが御手洗乃滝。
流れから先は禁足地です。
右手に石標が二つありますが、それぞれ何が刻まれているようですが読み取れません。
左の石標の下部に見える赤い部分を拡大したところ、不動明王の姿が現れました。 -
以上で猿投神社本社の参拝は終わりです。
いよいよ境内三之鳥居から東に出て、籠川沿いを上流に向かいます。
その傍らに神輿殿があります、元来は猿投山上に神輿をあげ、山上のお旅所から本社に渡御されたといわれます。
12:30過ぎ、山中観音堂を訪れながら、猿投山東峯の東宮、西峯の西宮巡拝に向かいます。
猿投神社
社格 / 三河国三宮 旧県社
創建 / 仲哀天皇元年(192)
祭神 / 大碓命 、配祀 / 景行天皇 垂仁天皇
境内社 / 塞神社、熱田社、塞神社、八柱神社、大国社、不明社、厳島社
所在地 / 豊田市猿投町大城5
一之鳥居から猿投神社参拝者駐車場 / 一之鳥居から5分ほど
参拝日 / 2024/11/06
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