2024/11/06 - 2024/11/06
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wabisabi2さん
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猿投山の御門杉から猿投神社の奥之院ともいえる、東の宮、西の宮の両宮を目指し、陽が傾きだした猿投山登山道を登り始めます。
登山道は丸太の階段が整備されており、歩きやすい道が続きますが、気を抜くと痛い代償を払うことになります。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
13:25
樹々に包まれた山道から、視界が開けると、簡易舗装された林道に出ます。 -
そこからは道標の休憩所に向かう登山道を進みます。
-
13:32
東の宮に向け、道標に従い上を目指します。 -
13:44
休憩所付近の東海自然歩道の解説板。
この時間の休憩所は下山者の方が多いように見えました。 -
13:56
ここも道標に従い右に進みます。
ここから少し歩くと再び林道に出るので、左に進みます。 -
14:00
林道沿いの東の宮社頭。
この付近にはトイレもあり、一息入れて水分補給するには良い場所です。 -
社標右側の東の宮解説。
「猿投山の東の峯頂上近くは、茂吉ヶ峯の地名を残し、猿投神社を本社とする東方の奥の宮です。
東方の宮は室町幕府初代将軍足利尊氏寄進の槍と鏡があったと伝えられており、室町時代の貞和5年(1349)に記録のある祭礼記にその名がみられます。
創建は不詳ですが平安時代後期と推定されます。
このお宮にも寺院が建立されて本尊は薬師如来を安置していました。
(ここから約900m先)
猿投地域会議」
石の神明鳥居をくぐり、東の宮までは約25分程の登りが続きます。 -
14:13
参道の眺め。
東の宮が鎮座するのは、この先の猿投山東方山上の茂吉峯と呼ばれる場所に鎮座します。
こうした道が続き、鈍った足は悲鳴を上げはじめる、万一フラリと左に踏み外せば・・・転げ落ちる。 -
14:20
さほど時間は過ぎていないが、この登りがやたらと長く感じます。
昔は新しい靴の足慣らしに訪れたもので、三角点までは一歩きの記憶しかありません。 -
14:23
あと5分の道標。
熊やら蜂やらの注意看板、看板にはないが猪や鹿だっている。
注意と云われてもねぇ。 -
こんな道の向こうからそれらが下りてきたら・・・どうしろと、「コンチワー」で許してくれる訳もなく。
頼むよ、熊鈴二重連。 -
14:24
東の宮が見えてきた、周囲に獣の気配なし。 -
右手に手水鉢、石段の前に一対の燈籠。
-
燈籠の寄進年を見るのを忘れましたが、以前もこんな雰囲気だったような・・・
-
境内全景。
社殿の手前に残る礎石、神仏分離以前に鎮座した薬師如来を安置した本地堂の名残だろうか。
以前は東の宮・西の宮の神輿を、山中観音堂の御旅所に安置し、猿投神社の四方殿に御遷し、神事の後に再び御輿を両宮に担ぎ上げる猿投祀りが執り行われていたといいます。
その際は近隣の三ヵ国、200近い村々から猿投神社に献馬や棒の手が奉納されたと云われます。
明治・大正期にかけて、そうした往時の盛大さは徐々に衰退していったようです。 -
14:27
・・・約40年前の記憶ではこんなに綺麗じゃなかった気もするのだが。
当時は見向きもせず左を通り抜けるだけだったので記憶は怪しいものがある。 -
本殿は2年ほど前に一部修繕されたようです。
そこまでは分かったけれど、約40年前が印象の通りだったのか、裏付けるものが今のところ見つからない。
大正15年(1926)に出版された西加茂郡誌によれば、猿投神社の勧請は「仲哀天皇元年(192)勅願により猿投山下に祀る。
東の宮は成務天皇の御代本社創立に先立つ60余年前、西の宮は未詳で一説に白鳳13年(私年号684)という。
東の宮正殿の左間には大碓尊、中間に大足彦忍代別尊(景行天皇)、右間には活目入彦五十狭茅尊(垂仁天皇)を祀り、神主一人、神官二人、社家四人が本地仏の観世音を安置し、多くの僧坊の僧侶が奉仕した」と記されていました。
また、大碓尊について「景行天皇第一皇子、景行天皇50年美濃に封じられ、景行天皇52年(122)に猿投山に登られ、蛇毒で42歳で亡くなり山上に葬られた。」とも書かれています。
次に向かう西の宮後方の高みに大碓命墓所があり、宮内庁により治定されています。 -
東の宮本殿正面の眺め。
西加茂郡誌に「三間」とありますが、こうして見ると確かにそのように見えます。
祭神は左に大碓尊、中央に大足彦忍代別尊(景行天皇)、右に活目入彦五十狭茅尊(垂仁天皇)が祀られている。 -
本殿右側の眺め。
神明造で大棟には6本の鰹木と内削ぎの千木が付き、正面の軒に向拝が付くものです。 -
本殿域全景。
東の宮には本殿の他に右側に境内社が祀られています。 -
境内社正面。
社殿の前の水が入ったPETボトルは、榊立ての水が枯れているのに気づいた方が、それで補充するため置かれているもの。
この社については社名札はなく、社頭の解説、猿投町史、西加茂郡誌に記載もなく詳細は不明です。 -
境内左から道標と東の宮の眺め。
社殿左に続く登山道から猿投山の山頂までは約1km、25分の道のりです。
陽も傾いているので西の宮の巡拝に向かいます。 -
14:35
社殿から堂の礎石と登ってきた参道の眺め。
境内は四方を背の高い杉に包まれているので、この時間でも薄暗く感じます。
静まりかえった境内に自分一人。 -
14:36
登りでは気が付かなかったが、参道の杉の樹洞に賽銭箱を発見しました。
何が祀られているのか不明ですが、賽銭をいれ「変なのに出逢わないように」と自分に暗示をかける。
西側が開けている参道ではまだまだ明るい。 -
14:50
無事社頭に到着。
西の宮へは鳥居前の舗装路を右に下っていきます。
三河国三之宮 猿投神社 4「東の宮」
創建 / 不明(仲哀天皇元年(152)以前)
祭神 / 大碓尊、大足彦忍代別尊(景行天皇)、活目入彦五十狭茅尊(垂仁天皇)
境内社 / 不明社1社
所在地 / 豊田市猿投町
御門杉から東の宮徒歩 / 約2.1km50分
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