2014/09/10 - 2014/09/10
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スネフェルさん
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PTA役員会が平日11:00などと言う中途半端な時間に開催されるため、有給休暇を取る羽目になってしまいました。しかし、せっかくの休日です。どこかに行きたいな、と思ったときに、久々に秩父の長瀞方面に行くことを思い立ちました。長瀞はカミサンと付き合っているときに、2回目のデートでツーリングで行った思い出の場所です。子育てに追われ、もうずいぶんと行っていません。
長瀞には、平日の朝8:30頃に到着したのですが、長瀞駅付近の駐車場はえらく料金が高い。どこかに安い駐車場はないものか、と地図を見ると、神社を発見。駅から1km程離れていましたが、個人的にこの程度を歩く事は苦になりません。なにより、神社の駐車場なら無料であることが期待できます。
と、言うわけで神社に向かいました。向かった神社は寶登山神社。駐車場に車を駐め、車を置かせてもらう挨拶をかね、お参りをすることにしました。社務所をみてすぐに目に付いた看板が、鎮座1900年の看板でした。
「え?1900年?」
そう、190年ではなく、1900年です。皇紀2670年が鎮座1900年だったようです。皇紀の初期数百年は伝説の要素が含まれている可能性が高く、そもそも現代の年の数え方で2600年以上あるかは疑問(一説には四季ごとに1年と数えて現代の1年=古代の4年という説も・・・)なのですが、ともかく、国府が置かれた時には神社はあったのでしょうから、1300年以上前に、鎮座していたのは間違いないようです。私の知識不足といえばそれまでですが、えらく由緒正しい神社にめぐり合えたのに素直に感動しました。
由緒正しい神社を目の前にして、長瀞の風景に対する興味はすっかり霧消し、わくわくしながら神社の境内に向かいました。正面を入って見える本殿は山のなかの神社らしく、標準的な大きさです。独特な様式の本殿というわけではありません。しかし、脇に回って欄間を見ると極彩色の彫刻が施されていました。
彫刻の題材は、二十四孝の話から八話分の話と、三国志の2場面、史記、漢武故事からそれぞれ1場面から、でした。
神社と中国の彫刻・・・二十四孝はともかく、三国志とは…
どうも噛み合いません。説明板によれば、本殿は江戸〜明治初期に立て替えられたもののようです。また、寳登山は、仏教、修験者の修行の場でもあったようですが、三国志と仏教・修験者、二十四孝と仏教・修験者はどうもかみ合いません。ほかにもふさわしいフレーズがあると思うのですが、欄間の彫刻の題材にこれらを選んだ人は何を意図して選んだのでしょうか?謎です。
ともかく、神社へのお参りを済ませ、長瀞駅に向かいました。平日朝ということもあり、人はまばらです。観光地であって、生活感が薄いのが印象的です。川岸におりても、川下りが営業していないので、妙に静かです。ゆったりと風景を楽しむには良い環境でした。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
縁起を示す看板。鎮座1900年とあります。
-
寳登山神社の鳥居。
赤くはありません。 -
寳登山神社の本殿。
まぁ、こんなもんかと思ってたら、隠しアイテムを発見… -
本殿向って左側欄間の彫刻。
二十四孝の話のうち、剡子(ぜんし)、子路、揚香、猛宗の一節が描かれています。
※Wikiより
●剡子:
剡子(ぜんし)には年老いた両親がおり、眼を患っていた。鹿の乳が眼の薬になると聞いた両親は、剡子に欲しいと願った。剡子は鹿の皮を身にまとい、鹿の群れに紛れて入った。そこへ猟師が本物の鹿と間違えて剡子を射ようとしたが、剡子が「私は本物の鹿ではありません。剡子と言いまして、親の願いを叶えたいと思い、こうやって鹿の格好をしているのです」と言うと、猟師は驚いてその訳を聞いた。孝行の志が篤いので射られずに帰り、親孝行をすることが出来た。
●楊香:
楊香(ようこう)には一人の父がいた。ある時父と山に行った際に虎が躍り出て、今にも2人を食べようとした。楊香は虎が去るように願ったが叶わないと知ると、父が食べられないように「天の神よ、どうか私だけを食べて、父は助けて下さいませ」と懸命に願ったところ、それまで猛り狂っていた虎が尻尾を巻いて逃げてしまい、父子共に命が助かった。
●孟宗:
孟宗(もうそう)は、幼い時に父を亡くし年老いた母を養っていた。病気になった母は、あれやこれやと食べ物を欲しがった。ある冬に筍が食べたいと言った。孟宗は竹林に行ったが、冬に筍があるはずもない。孟宗は涙ながらに天に祈りながら雪を掘っていた。すると、あっと言う間に雪が融け、土の中から筍が沢山出て来た。孟宗は大変喜び、筍を採って帰り、熱い汁物を作って母に与えると、たちまち病も癒えて天寿を全うした。これも深い孝行の思いが天に通じたのであろう。 -
同、脇欄間の彫刻。
長坂坡の戦いの趙雲(三国志)が描かれています。
※長坂坡の戦いは三国志のハイライトの一つです。趙雲が劉備の長男を守って敵陣を突破する場面を描いています。 -
同、後ろ側の欄間には黄石公と張良の出会い(史記)の場面の彫刻がありました。
※漢を建国した劉邦の軍師だった張良は無礼な老人(黄石公)に礼を尽くし、兵法書を授かり、その兵法書を駆使して劉邦を楚漢攻防戦において勝利に導きました。その黄石公との出会いは楚漢攻防戦のハイライトの一つです。 -
本殿裏には日本武尊を祀った神社がありました。日本書紀にある日本武尊東国平定の折、立ち寄ったという伝承が起源と説明板にはありました。日本書紀では甲斐国、武蔵国を経由して上野を抜けた、とあるので、秩父地方に日本武尊立ち寄りの伝承があるのは不思議な事ではありません。
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本殿向って右側奥の欄間には『漢武故事』にある東方朔が桃を盗むシーンを描いた彫刻がありました。
※東方朔は1300年に1回しか実らないという仙人の桃を盗んで食べ、800歳まで生きた、という伝説の人物です。あまり神社にはふさわしくない題材のような気がしますが・・・ -
同、本殿脇欄間には赤兎馬と関羽(三国志)の彫刻がありました。
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同、欄間の彫刻。
二十四孝の郭巨、王祥、帝瞬、唐夫人の話が描かれています。
※Wikiより
●郭巨:
郭巨(かくきょ)の家は貧しかったが、母と妻を養っていた。妻に子供が産まれ、3歳になった。郭巨の母は孫を可愛がり、自分の少ない食事を分け与えていた。郭巨が妻に言うには「我が家は貧しく母の食事さえも足りないのに、孫に分けていてはとても無理だ。夫婦であれば子供はまた授かるだろうが、母親は二度と授からない。ここはこの子を埋めて母を養おう」と。妻は悲嘆に暮れたが、夫の命には従う他なく、3歳の子を連れて埋めに行く。郭巨が涙を流しながら地面を少し掘ると、黄金の釜が出て、その釜に文字が書いてあった。「孝行な郭巨に天からこれを与える。他人は盗ってはいけない」と。郭巨と妻は黄金の釜を頂き喜び、子供と一緒に家に帰って、さらに母に孝行を尽くした
●王祥:
王祥(おうしょう)は母を亡くした。父は後妻をもらい、王祥は継母からひどい扱いを受けたが恨みに思わず、継母にも大変孝行をした。実母が健在の折、冬の極寒の際に魚が食べたいと言い、王祥は河に行った。しかし、河は氷に覆われ魚はどこにも見えなかった。悲しみのあまり、衣服を脱ぎ氷の上に伏していると、氷が少し融けて魚が2匹出て来た。早速獲って帰って母に与えた。この孝行のためか、王祥が伏した所には毎年、人が伏せた形の氷が出るという。
●帝瞬:
舜(しゅん)は大変孝行な人であった。父の名前は瞽叟と言い頑固者で、母はひねくれ者、弟は奢った能無しであったが、舜はひたすら孝行を続けた。舜が田を耕しに行くと、象が現れて田を耕し、鳥が来て田の草を取り、耕すのを助けた。その時の天子を堯と言った。堯は舜の孝行な心に感心し、娘を娶らせ天子の座を舜に譲った。これも孝行の心が起こしたことである。
●唐夫人:
唐夫人(とうふじん)は、姑の長孫夫人に歯がないのでいつも乳を与え、毎朝姑の髪を梳いて、その他様々なことで仕え、数年が経った。ある時、長孫夫人が患い、もう長くないと思って一族を集めて言うには「私の嫁の唐夫人の、これまでの恩に報いたいが、今死のうとしているのが心残りである。私の子孫たちよ、唐夫人の孝行を真似るならば、必ず将来繁栄するであろう」と言った。このように姑に孝行なのは過去現在珍しいとして、皆褒め称えたと言う。やがて恩が報われ、将来繁栄するのは当たり前のことである。 -
長瀞駅前まで山を下りてきました。
長瀞駅前の神社の鳥居です。 -
クラシカルな外観の長瀞駅。
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長瀞駅銘板もクラシカルです。
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長瀞駅脇の踏切を渡り、川岸に向かいます。
早朝の街にはくつろぐ猫が見られました。 -
船着場から眺める川岸の風景。
当然ながら、平日早朝のため、川下りはまだ始まっていませんでした。 -
駅に戻る途中、プラモがディスプレイされた店舗を発見しました。
趣味が自分と重なるので、店主は私と同世代と思われます(笑) -
おまけ。
長瀞のマンホールは、川下りの様子が描かれています。
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神社仏閣(関東甲信越)
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