2025/06/11 - 2025/06/28
116位(同エリア353件中)
タブラオさん
梅雨の時期に長めの休みを取って一人でバルカン半島7ヵ国を回ってきました。
100ヵ国訪問を目指し、これまで行ったことのない国ということでバルカン半島の国々を回ることにしました。今回はバスで回りましたがどのルートで回るか悩みました。6月のだんだん暑さが増す時期であるため南から北へ移動するルートにしました。最初はアルバニアのティラナから入ることを考えましたが、その後のルート作りが難しく、結局、北マケドニアのスコピエから入ることにしました。それとコソボとアルバニアは首都のプリシュティナ、ティラナには寄らずプリズレン、シュコダルに行くことにしました。国数を増やすことが目的のため、首都に行く必要はなく、ルート作りが楽になるように行き先を決めました。
で、どうだったかというと、期待せずに行ったのが良かったのか、大満足のバルカン半島の旅となりました。正直、訪問国数を増やすことが最大の目的でしたので、事前学習も行き先の下調べもなかなかやる気が起こらず、ホテルとバスだけ押さえて、後は現地で考える方式で行きました。イスタンブールを3日間追加したのも、バルカン諸国はどうせ見るところもないだろうと思い日数を絞ったためですが、こんなことならイスタンブールを削ってバルカン半島だけにすれば良かったと後になって後悔しました。心配していたバス移動でしたが、まあ色々と気を揉んだ場面もありましたが、トラブルも不快な思いをすることもほとんどありませんでした。快晴続きで連日30℃オーバーの中、毎日2万歩ペースで歩きましたが、幸い体調を崩すこともありませんでした。特に最近はお腹の調子を崩すことが多かったですが、油っこい物を食べないようにするとか、量が多い時には頑張らずに残すように心掛けたのが良かったのか、今回は大丈夫でした。
一方、最後におまけで訪問したイスタンブールですが、かなり残念な内容でした。今回3回目の訪問で約30年振りでしたが、トラブル多発、物価バカ高、タバコ臭いetc.で、まあイスタンブールのところで書きますが、自発的に次にまた行くことはないと思います。バルカン半島7ヵ国はトラブルもなく気分良く旅行が続けられてきたのに、イスタンブールでは早く日本に帰りたいと思うほどでした。最後の方は交通事故と盗難だけは気を付けようとそればかり考えていた気がします。
これで訪問国数は66ヵ国になりました(今回は北マケドニア・コソボ・アルバニア・モンテネグロ・セルビアが新規訪問国)。7月にモンゴル、9月には昨年6月のリベンジでアゼルバイジャン・ジョージア・アルメニアに行く予定です。まずは70ヵ国をクリアしたいと思います。
1日目 朝方、スコピエ着後、市内観光。半日で終ったため予定変更しプリズレンへ。プリズレン泊。
2日目 昼前にジャコーバへ移動し終日ジャコーバ観光。木造建築群を見学。ジャコーバ泊。
3日目 プリズレンへ戻り、終日プリズレン観光。プリズレン城塞登山他。プリズレン泊。
4日目 シュコダルへ移動。シュコダル市内観光。けんたびさんと夕食。シュコダル泊。
5日目 コトルへ移動後、ペラストへ。人工島上陸他、ペラスト観光。コトルで夕食。コトル泊。
6日目 コトル城壁登山後、午後ブドヴァへ日帰り観光。夕方、コトル観光。コトル泊。
7日目 ドブロブニクへ移動。スルジ山登山他、ドブロブニク観光。ドブロブニク泊。
8日目 モスタルへ移動。終日、モスタル観光。バスで一緒になった日本人の方と夕食。モスタル泊。
9日目 サラエボへ移動。ホテル周辺を緩く観光。サラエボ泊。
10日目 終日、サラエボ観光。トンネルツアー参加。スナイパー通り見学他。サラエボ泊。
11日目 ベオグラードに飛行機で移動。ホテル周辺を緩く観光。ベオグラード泊。
12日目 終日、ベオグラード観光。ユーゴスラビア博物館に行くも閉館日。ベオグラード泊。
13日目 午前、ユーゴスラビア博物館見学。イスタンブールへ飛行機で移動。イスタンブール泊。
14日目 終日、イスタンブール観光。ボスポラス海峡クルーズ他。イスタンブール泊。
15日目 イスタンブールでお土産品購入。バザール巡り。イスタンブール泊。
16日目 午後便で帰国。
⑪は11日午後から13日目午前までのベオグラード滞在中の旅行記です。ベオグラードは何も考えずに2泊することにしたものの、特に行きたいところがあるわけでもなく、1泊だけで良かったのかなと半分後悔していました。ところが、ベオグラードに着いてからホテルでマジモードで行き先を考える内にどんどんアイデアが湧いてきました! まずはベオグラード要塞に行った後、NATOの空爆跡地を回る。元気があればそのままチトー元大統領のお墓まで行き、更に帰りにジョコビッチが経営する「Restaurant Novak 1」に寄ってみる、でした。
で、どうだったかというと、チトー元大統領のお墓は行ったその日はお休みでしたが、翌日にリベンジしました。ジョコビッチのレストランは、結局、断念しました。ベオグラードにいたのは実質的に2日間でしたが、とにかくあちこち歩きました。観光スポット以外の色んなところを歩いて、バスにも乗りました。ベオグラードが高印象だったのは、自分だけの手作りの旅が出来たのが大きかったと思います。それと、私がベオグラードで接した方々はみんな感じの良い人ばかりでした。セルビア人はバルカン半島では悪く言われ勝ちですが、実際に会って話してみて、自分で判断することが大事だと感じました。
この日の主なイベントは次の通りです;
●ベオグラード要塞観光
●NATO空爆跡地を見学
●チトー元大統領のお墓訪問
●クネズ・ミハイロ通り周辺を散策
●市内を歩き回り&バスにトライ
●夕食は絶品中華(1日目) & ローカル肉料理(2日目)
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6月22日(日)、セルビア初日です。この日は、15時10分サラエボ発の飛行機でベオグラードに向かいました。ベオグラードには16時00分に着きました。
ベオグラード中心部へは空港バスが出ていますが、行けばわかるだろうと高を括っていました。ところが、空港内のどこにも空港バスの表示がありませんでした。いかにもそれっぽい大型バスが出発間際であったため、これだと思い、取り敢えず乗り込んで周りの人に聞いてみたら、向こうの小さいバスだと言われました。その小さいバスも出発間際でギリギリ間に合いましたが、荷物を入れるスペースもない! 仕方なくコロコロバッグを膝の上に置きました! 行き先もイメージしていたものとは違い、結局、ホテルまでコロコロバッグを引いて20分位歩きました。 -
「HOTEL MAJESTIC」
Booking.comで見つけたホテルです。もう少しリーズナブルなホテルがあったら良かったのですが、良さそうなところが見つからず、ロケーション重視でここにしました。 -
1泊朝食付きで約86ユーロでした。お部屋は広くて清潔でしたし、何より、ロケーションが抜群でした。後述しますが、シャワーが残念だったのと、お値段がもうちょっと安ければ良かったと思います。
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写真では分かりづらいですが、シャワールームにはドアがありませんでした。そのためどうやってシャワーを浴びても床が水浸しになりました! シャワーの度に床の水をタオルで何度も吹いて絞ってをしましたので、嫌になりました。どうやってシャワー浴びればいいのだろ?
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夕食は中華にしてしまいました! それまで頑張ってローカルの食事を食べてきましたが、ふとローカル以外の料理が食べたいと思い、でも日本食は流石に嫌だし、半島の料理は食べないので中華しかない! ということで、Googleマップで検索して「Kineski Restaurant」というレストランに行ってみました。ところが、運悪く私の前で満席となってしまい、ここはダメ。仕方なく、他のレストランを探して歩いていたところ、運良くホテルの近くで中華レストランを見つけました(レストラン名は不明)。味は期待していませんでしたが、注文したピータン豆腐が涙が出るほど美味しかったのを覚えています。
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中華レストランの前の通り、すなわち泊まったホテルの前の通りです。夜はまだこれからでしたが、既に大勢の人が集まっていました。
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「クネズ・ミハイロ通り」
名前が覚えられないため、「ネズミ通り」と呼んでいました。ベオグラード中心部の正にメインストリートです。この通りのヨーロッパ的な雰囲気が好きで何度も行ったり来たりしました。 -
クネズ・ミハイロ通りのキオスクで買ったミネラルウォーターです。当たり前のようにWiseのデビットカードで買えました。バルカン半島の旧ユーゴスラビアの国を回ってきましたが、ユーゴスラビアに来るまでは、全ての国で、ミネラルウォーターのペットボトルの蓋を取っても蓋はペットボトルから取り外せないように出来ていました。ところが、ベオグラードでは日本と同じように普通に外れました。何だかセルビアだけが仲間外れにされているように感じてしまいました。
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翌日の朝食です。宿泊代の割には種類は多くありませんでした。
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ホテルの前の通りとクネズ・ミハイロ通りの交差する辺りです。建物自体は廃墟ビルのようですが、「THE ONLY GENOCIDE IN THE BALKANS, WAS AGAINST THE SERBS」(バルカン半島で唯一のジェノサイドはセルビア人に対するものだった)というメッセージが書かれていました。他の旧ユーゴの国の方が見たら、「はぁ~?」と目を疑うのでしょうが、国によっては捉え方も違うようです。
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まずは定番のベオグラード要塞を目指してクネズ・ミハイロ通りを歩きました。威風堂々とした重厚な建造物が建ち並ぶこの通りを気に入ったため、立ち止まって何枚も写真を撮りました。
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「デリイスカ噴水(Delijska Česma)」
クネズ・ミハイロ通り沿いにありました。水は飲めるようです。 -
クネズ・ミハイロ通り沿いの歴史的な建造物の数々。ちなみに、クネズ・ミハイロ通りは歩行者専用道路です。赤・青・白の国旗はセルビア国旗です。
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「ベオグラード要塞」
定番の観光スポットであるため、取り敢えず行ってみました。 -
ベオグラード要塞からの景色です。向こう側に見えるのはドナウ川なのだそうです。
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「軍事博物館」
要塞の中ではこんな風にミサイルやら戦車やらが屋外に展示されていました。セルビアというと好戦的なイメージが出来つつありますが、それを物語っているようでした。 -
「拷問博物館」
Googleマップで見つけた博物館です。セルビアの拷問グッズですから、さぞかし本気モードのグッズなのだろうと想像し、とても興味があったのですが、残念ながらお休みでした(ToT) 翌日に行こうとも思いましたが、結局行かずじまいでした。 -
要塞内のお土産屋でアイスクリームとチトー元大統領のマグネットをお買い上げしました。お店のおばちゃんに、覚えたてのセルビア語で「ドバル ダン(こんにちは)と「フヴァーラ(ありがとう)」を言ったら急に表情が和らいだのを今でも覚えています。最低限の挨拶くらい、現地の言葉で言えるようにしておくのが、気持ち良く旅行をする上での第一歩だと思いました。
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「聖天使首ミハイル大聖堂」
ベオグラード要塞からの帰りに寄ってみました。立派な教会でした。 -
またクネズ・ミハイロ通りです。一本入った道もザ・ヨーロッパな建物が並んでいました。ここに椅子を置いてずっと眺めていたいくらいでした。
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クネズ・ミハイロ通りで見掛けた三つ子ちゃん。お母さん、大変そう。
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「スカダルリヤ(Skadarska)通り」
お部屋で一休みした後、次に向かったのが「スカダルリヤ通り」です。オシャレな通りと口コミにあったため行ってみましたが、何もありませんでした。 -
「Nato Bombing Damange to Serbian TV Centre」
次に向かったのがNATO 空爆ビルです。Googleマップ上で「Nato Bombing Damange to Serbian TV Centre」を目指してひたすら歩きました。 -
わざと修復してないのでしょう。空爆ビル以外のビルは何も違和感なく普通に機能しているようでした。駐車場にも普通に車が停まっていました。
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「聖マルコ聖堂」
Googleマップを頼りに次の目的地である旧ユーゴスラビア国防省の建物に向かいました。途中、かなり入り組んだ道を抜けて行きました。写真は途中で見掛けた「聖マルコ聖堂」です。巨大な教会でした。中には入れませんでした。 -
途中からオフィス街というか、官庁街というか、巨大な建物が並ぶ通りを進みました。写真の建物は郵便局の建物のようですが、超巨大でした。荘厳という言葉がピッタリな立派なビルですが、実は3つの建物は1つの建物です。上の写真が正面から見たところ、真ん中は横から見たところ、下の写真は斜めから見たところです。
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政府機関っぽい建物が建ち並ぶ大きな通りを進みました。外気温計は33℃を示していましたが、どんどん歩き続けました。
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いよいよ目的地に近づいた辺りですが、道が封鎖されていました。この日は特に影響ありませんでしたが、翌日、ここを通るバスが運休になっていたため、エライ目に遭いました。
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写真中央の建物は爆撃を受け損傷した旧国防省の建物のようです。損傷した後が生々しいですが、それ以上に目が行ったのが、損傷した建物の側面一面を覆うセルビア軍と思われる兵士と戦車です。愛国心を煽るような威圧的なものでしたが、余り気持ちの良いものではありませんでした。
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この辺り一帯が旧国防省の建物群なのでしょうか? 右端と左端の建物は空爆の損傷跡がはっきりと分かりますが、中央の建物は空爆を受けたというより、建設中なのか、または解体中だと思われます。
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「旧ユーゴスラビア国防省ビル」
ネットで「旧ユーゴスラビア国防省ビル」で検索するとこのビルが出てきますので、これが旧国防省ビルなのでしょう。 -
これも旧国防省のビルなのでしょうか? 詳しくはわかりませんが、1999年のNATO空爆で破壊された時のままの状態で放置されていました。
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旧ユーゴ国防省ビルの並びの建物ですが、キリル文字で書かれたメッセージは「軍隊がコソボに戻るとき…」という意味なのだそうです。紛争はまだまだ収まっていないようです。
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さて、次はどこに行こう? かなり疲れていたものの、時間もあったため、せっかくですので、故チトー大統領のお墓まで歩くことにしました。その前に一休みして、ここのお店でアイスクリームをいただきました。トイレも貸してもらいましたので助かりました。
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「聖サワ大聖堂」
故チトー大統領のお墓へ行く途中にありました。新しい教会のようですが、とにかく巨大です。左側の教会と比べるとその大きさがわかると思います。 -
聖サワ大聖堂の内部です。中も広々としていました。
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Googleマップを頼りにひたすら歩きました。マップ通りに進めないところもありましたが、まあ、何とかしました。
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「ユーゴスラビア歴史博物館」
ホテルから直線距離にして約4キロ。あちこち寄りながら、迷いながら来ていますので、当然これ以上に歩きました。で、目的地が近づくにつれ、やけにひっそりとしていたこともあり、大体予想は付きましたが、この日はお休みでした(ToT) -
帰りは流石に同じ距離を歩く気力がなかったため、タクシーで戻ることにしました。幹線道路沿いではタクシーも止まりづらいと思い、1本中に入った道路で待ちましたが、どれだけ待っても来ませんでした。そうこうする内に、近くでおばちゃんも待ち始めたため、僕の方が前から待ってるのに先にタクシー乗られたら嫌だなあと思いつつ、更に待つことに。その後余りにタクシーが来ないため、ちょっとそのおばちゃんに話し掛けてみたところ、どうもおばちゃんはバスを待っているみたいで、言われていればバス停のようなものもありました。で、ついでにそのバスは町の中心部に行くか聞いたらどうも行きそうな返事でした。そうこうする内にバスが来てしまったため、勢いで乗ってしまいました。
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ところが、Googleマップを見ていると全く別の方向に向かって走り出しました。流石に違うと思いつつ、運転手さんにそれとなく聞いてみると、どうも違うっぽいけど、まあちょうど良いところまで行ったら合図するからそのまま乗っていろ的なことを言われたような気がしました(勝手な解釈ですが…)。そうこうする内に、Googleマップ上でも市内に近付き始めていたため、言われるがまま乗っていたら、何のことない、先程の聖サワ大聖堂の前で降りろと言われました。お金を払おうとしたら、要らないと言われたため、間違えて乗ったからご厚意で無料としてくれたのかと思っていたところ、後から知りましたが、何とバス代は2025年1月以降、無料となったのだそうです。その後、聖サワ大聖堂からも、色んな方に助けてもらいながら、無事に中心部まで戻って来れました。
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「April Beograd café & restaurant」
泊まったホテルの横のレストランです。ここのお姉さんがとっても愛想が良くて、前日から何度も声を掛けてくれていたため、夕食はここで食べました。写真は食後に撮ったものです。 -
この日はグラスワインと写真の肉料理だけにしました。お店のお兄さんに聞いたら、料理は量が多いようなことを言っていたため、これだけにしましたが、正解でした。
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今となっては覚えていませんが、お肉は美味しかった記憶があります。デザート代わりにセルビアコーヒーを飲みました。
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夕食後、またクネズ・ミハイロ通りを歩いてみました。夜はまだこれからといった感じでした。
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3日目の朝食です。
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この日は予め、Googleマップで調べて、乗り継ぎのない路線を選びました。そのため、ホテルからここのバス停までわざわざ10分超歩いてきました。ところが、待っていても全くバスが来る気配がないなと思っていたところ、たまたま通り掛かった二人連れの方が、今日はデモがあるから通りは封鎖されていてバスは来ないと教えてくれました! そういえば、昨日、官庁通りが行き止まりとなっていましたが、そういうことだとこの時初めて知りました。
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デモでバスが来ないことを知ったのが9時00分過ぎでした。途中でまたバスに乗ることも考えましたが、歩いても開館の10時00分に間に合いそうであったため、目的地まで歩くことにしました。
Googleマップに従い歩きましたが、この日もなかなかGoogleマップ通りには行きませんでした。特に二車線以上の自動車専用道路を越えるのにとても苦労しました。道路を横切ることは出来ないため、橋を渡るか地下道を通るしかありませんが、Googleマップが必ずしも正確ではなく、同じ道を行ったり戻ったりを余儀なくされました。 -
基本的には、こんな感じで幹線道路沿いを歩きましたので、景色はイマイチでした。
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「Museum of Yugoslavia」
開館時間の10時00分にギリギリに間に合いました。着いた時には既に大勢の大陸からの団体客の方が入口を占拠していました。 -
「花の家」
チトー元大統領のお墓がある「花の家」という建物です。時間的な余裕がなかったため、チケット購入後、すぐにここに走りました。 -
チトー元大統領が眠るお墓です。
「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」と言われた旧ユーゴスラビアを長年に亘り統率し、どの国からも支持され慕われた大統領です。チトー元大統領死後、ユーゴスラビアはちりちりばらばらになったことからも、その求心力、リーダーシップ、カリスマ性が窺えます。そんな偉大な大統領でしたが、その割には質素なお墓だなあと率直に思いました。 -
「花の家」とは別に、チトー元大統領関連のグッズの数々が展示される記念館がありました。時間がなかったため超駆け足で見てきました。
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「チトー元大統領の銅像」
敷地内には他にもチトー元大統領の銅像がありましたが、なぜかどれも下を向いた姿でした。 -
この日は16時00分の飛行機に乗る予定であったため、余裕を持って10時30分過ぎにバス停に行きましたが、ちょうどバスが行ったばかりだったようで、結局30分位待ちました。
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ベオグラード中心部に戻ってきて、クネズ・ミハイロ通り沿いのアイスクリーム屋でアイスクリームを食べました。
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さて、空港へ行く方法は色々ありますが、いわゆる空港バスは発着場所がホテルから離れていました。直通の路線バスがあるものの、時間が掛かリます。ということで、止せばいいのに、Googleマップの案内を信じ、途中まで路線バスで行って、途中のバス停で空港バスに乗り替えることにしました。
写真はZeleni venacという路線バスのバス停です。ホテルから歩いて6、7分でした。ここで路線バスを待ちましたが、まずは暑い。バス停でバス待ちの人が多い。それからお目当てのバスがなかなか来ない。ここで既にくじけそうになりました。 -
Zeleni VeniceからFontana Bus Stop まで行って、空港バスのA1に乗り替える予定でした。ところが、Fontana Bus Stopで降りたものの、Fontana Bus Stop にはA1(空港バス)の表示もなければ、他に空港バスに乗る気配のある方もいない。到底ここに空港バスが停まるようには思えなかったため、不安に思いながらも暫く待ちましたが、やはり来ませんでした。
流石におかしいと思い、周りの人に聞いてみましたが、上手く伝わらない。後から来た女子高生風の方に聞いたら、ここには空港バスは止まらないとのことで、他の行き方を教えられました。これはもうタクシーしかないと思い、どうやったらタクシーを捕まえられるのだろうと考え始めたところ、突然、空港バスが来ました! -
結果オーライでしたが、こんなハラハラ・ドキドキは心臓にも良くないし、本当に乗り遅れるリスクもあります。こういう思いをすると逆に良く覚えていて、旅の思い出には良いのかも知れませんが、次からはもっと確実な方法で行こうと思った次第です。
その後、16時00分発のトルコ航空機でイスタンブールへと向かいました。
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