2014/05/18 - 2014/05/18
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jijidarumaさん
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かつての旅ではこうした言い方をする町や、地方、宮殿など訪れた。
例えば、Bambergバンベルクを「フランケンのローマ」と言い、「Klein Venedig小ヴェネチア」と称されるかつての漁村があり、
古都Schwerinシュヴェリーンは「北のフィレンツェ」、またシュヴェリーン城は別名、「Neuschwanstein des Nordens北のノイシュヴァンシュタイン城」や「Maerchenschlossおとぎ話の城」とも呼ばれる。
シュヴェリーンの南40km南にあるSchloss Ludwigslustルートヴィヒスルスト宮殿は“das Klein-Versailles des Nordens「北方の小さなヴェルサイユ宮殿」といった言い方をしたのを思い出す。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿1806年、Gouache von Wilhelm Barth作のガッシュ 不透明水彩画。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
<ドイツの春:北方二州・シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州&メクレンブルク・フォアポンメルン州を中心に巡る旅>
期間:2014年05月09日~23日 15日間
目的地:
ブレーメンの友人夫妻を訪ね、今まで足を伸ばした事が無いシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州フレンスブルクのグリュックスブルク城、かつてのドイツ海軍の基地キールを訪ね、メクレンブルク・フォアポンメルン州の世界遺産シュトラールズントやバルト海に面したリューゲン島、ノイブランデンブルクやメクレンブルク湖水地帯、州都・シュヴェリーン一帯の湖水地方などを主に巡る旅である。
その他にも、メルヘン街道やニーダーザクセン州の州都・ハノーファー等を訪ね、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都・デュッセルドルフに至る旅である。
いわゆる私共にとってのドイツ感傷旅行は
2001年・ドイツ16年ぶりの再訪“ゲーテ街道・古城街道・ドレスデン・マイセン”の旅を楽しんで以来、定年退職後の2004年からは毎年、ドイツを訪ね、この春の旅でちょうど13回目を数える事になる。
この13回目の内訳は春が10回、秋2回、そして冬(クリスマス)が1回)で、春が圧倒的に多い。
この時期はプレシーズンにあたり、宿泊も取りやすいのだ。好物のシュパーゲル(白アスパラ)料理が春の旬の季節で、これがお目当てでもある。
<使用レンタカー;Avis>
VW Golf 5 GTD 2000cc 白 5T TDI・DSG
総走行距離2,287km
写真はKarte-Mecklenburgメクレンブルク・フォアポンメルン州の行程図 -
<Schlosshotel Wendorf 古城ホテル ヴェンドルフ城>
D-19412 Kuhlen-Wendorf 、Hauptstrasse 9
Tel. +49-(0)384863-3660
http://www.schlosshotel-wendorf.de/
5星・全21室。1号室(地上階)、Junior Suite im Residenz;
5星ながらガウンのみ。
Euro135+朝食30x2=195(27,642円)。
古城ホテル ヴェンドルフ城はロストック空港から50km、シュヴェリーンから東に30kmと近く、メクレンブルク地方の典型的な風景の中にある。
この古城ホテルにはSchloss本館、Residenzレジデンツがあり、本館内は9スイート(バロック、ユーゲント・シュティール様式の部屋)のみで、スイートを選ばず、ジュニアスイートにしたから本館には泊れなかった。
レジデンツのジュニアスイートも35㎡以上の広い豪華な居間と寝室、浴室・トイレがあり、モダンなユーゲント・シュティール様式が施されていた。
ホテルでは“邪魔をしないでください、掃除をしてください”・・・といった紙製カードを部屋前のドアノブにかけるのが普通ですが、ここは優雅な装飾カーテンタッセル(房掛け)がその役をしていました。
CH.CHEVAL BLANCシャトー・シュヴァル・ブラン(仏・ボルドーのサン・テミリオンの格付けの頂点にたつワイン:第1特別級A)の名前を取ったと思われるグルメ・レストラン”Cheval Blanc” シュヴァル・ブランがある。
歴史:
1637年、ヴェンドルフ城は騎士領主の城として初めて築城された。
その後、1895年まで、Schackシャック伯家(ニーダーザクセンの古くからの貴族)が所有していた。この一族はデンマーク、およびメクレンブルク、ポメラニアおよびブランデンブルク等に移住していた。
その後、所有者は何度か代わり、1904年 Ivan Mackensen von Astfeldイヴァン・マッケンゼン・アストフェルトが購入し、狩猟館として1904~1906年にかけて改築された。
2度の大戦の後、DDR時代は孤児院に使用されていたが、ドイツの再統一後、ホテル経営者がヴェンドルフ城を購入の上、改装を進め、2009年、古城ホテルがオープンした。
写真はSchlosshotel Wendorf 古城ホテル ヴェンドルフ城のSchloss本館Schlosshotel Wendorf ホテル
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5月18日、本館での朝食は8:00~9:00と普段の倍の1時間です。
テーブルに蝋燭の火が灯り、気分もゆったりしたくなる。5星の古城ホテルだけに朝食内容も上品で、内容も十分過ぎるほどに凝ったものでした。
お蔭でお腹がいっぱいになるぐらい食べてしまった。
Schlosshotel Wendorf 古城ホテル ヴェンドルフ城を10:11に発って、県道を真っ直ぐ南下する。
距離32kmにある小ぢんまりしたJagdschloss Friedrichsmoor フリードリヒスモール狩猟用離宮は村人に聞かないと、ちょっと分かり難い。
離宮前に数台の車が駐車してあり、近くの自然公園に散策に来られている人が多いようだ。
10:55離宮に到着し、見学した。
写真はSchlosshotel Wendorf 古城ホテル ヴェンドルフ城の朝食 -
<Jagdschloss Friedrichsmoor古城ホテル フリードリヒスモール狩猟城館>
10:55~11:15
D-19306 Friedrichsmoor 、Schlossallee 10
Tel:038757 597170、Fax: 038757 597171
http://www.jagdschloss-friedrichsmoor.de/
フリードリヒスモール狩猟用離宮はシュヴェリーンの南20km、100人ほどの村にある。
Haupthaus本館2室、Marstall別館(かつての厩舎) 6室=全8室。
フリードリヒスモール狩猟用離宮はかつての木組み建築の様式をそのまま残し、愛おしく感じるような小さなもので、離宮内部に入ってみると、中々センスの良い部屋があった。
古城ホテル・カフェ・レストランになっているので、お茶を楽しんでいる方もいた。
離宮の歴史:
1705年、Herzog Friedrich Wilhelmフリードリヒ・ヴィルヘルム公爵はニーダーラングスゲビエッツ地区にBlockhuette丸太小屋のような狩猟用の城を建てた。
1791年から93年にかけてヨハン・ハイリヒ・サイデヴィッツがメクレンブルク大公(1815年より大公国)Grossherzog Herzog Friedrich Franz Iフリードリヒ・フランツ1世に依頼されて木組み建築風に改修した。
また、 Kaiser Wilhelm I. & Wilhelm IIドイツ皇帝のヴィルヘルム1世やヴィルヘルム2世もこの城に手を加えている。
1918年まで国の狩猟館として利用されていた。
1957年にはロストック大学の研究所が置かれたりした。
1991~96年に大改造され、今ではホテル・カフェ・レストランとして利用されている。
写真はJagdschloss Friedrichsmoor フリードリヒスモール狩猟用離宮 -
更に、先に進む。Ludwigslustルートヴィヒスルスト宮殿は20kmで11:40に着いた。
生憎と小雨模様になってきた。
宮殿前に大きな駐車場があって有難い。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:縄張り図・・・
127 ヘクタールという広大な敷地図の右下には①宮殿、②人口の滝、③宮廷教会、④プリンスの宮殿、⑤カトリック教会、⑥フリードリヒ・フランツ1世の銅像、⑦フリードリヒ・フランツ3世の銅像、⑨厩舎、⑩パビリオン(茶室)、22警衛所、
中央から左に広がる庭園には⑪スイス館、⑬噴水、⑯洞窟、散歩道、運河や幾つかの池などがある。 -
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:1767年、宮廷教会建設中の場所からの眺望:Stich von Findorffフィンドルフの銅版画。
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イチオシ
「Ludwigslustルートヴィヒスルスト」とは、「ルートヴィヒの楽しみ」の意味だという。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:1806年、Gouache von Wilhelm Barth作のガッシュ 不透明水彩画。 -
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:1830年の銅版画。
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:1986年発行の東独時代の切手。
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【Schloss Ludwigslustルートヴィヒスルスト宮殿】
11:40~12:50 入場料Euro7
D-19288 Ludwigslust 、Schlossfreiheit 1
http://www.museum-schwerin.de/orte/schloss-ludwigslust/
現在、ルートヴィヒスルスト宮殿はメクレンブルク・フォアポンメルン州政府が所有し、州立博物館になっている。
*1986年以来、シュヴェリーン州立博物館及びルートヴィヒルスト城博物館、ギュストロー城博物館の三州立博物館は一体の組織になっている。
:開館10~18時
写真はルートヴィヒスルスト宮殿の正面 -
宮殿の歴史:
Herzog Friedrich von Mecklenburg-Schwerin フリードリヒ・メクレンブルク・シュヴェリーン公爵が1772~1776年にかけてメクレンブルクの田園地帯に宮殿を建てた。
その後、メクレンブルク大公(1815年より大公国)Grossherzog Friedrich Franz Iフリードリヒ・フランツ1世は自らの居城(レジデンツ)とした。
1837年にメクレンブルク大公Grossherzog Paul Friedrichパウル・フリードリヒは宮廷をシュヴェリーンに戻したため、以来、ルートヴィヒスルスト宮殿は狩猟用離宮・夏の宮殿として使用される事になった。
1986年からは宮殿はシュヴェリーン州立博物館に属している。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:広い駐車場にバロック祭で訪れた車。 -
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:宮殿前のKaskadeカスカーデ(人口の滝)
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ルートヴィヒスルスト宮殿はメクレンブルク・フォアポンメルン州地域の文化的歴史的遺産として、バロックのレジデンツ(宮殿)群であるGuestrowギュストロー、Schwerinシュヴェリーン、Neustrelitz ノイストレリッツの各宮殿に匹敵するものだそうだ。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:人口の滝 -
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:人口の滝・逆から
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:人口の滝・・・中央の彫像。
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後期バロック様式のルートヴィヒスルスト宮殿は「das Klein-Versailles des Nordens北方の小さなヴェルサイユ宮殿」と云われ、その宮廷の華麗さと壮麗な庭園が知られている。
(尚、ルートヴィヒスルストはしばしば<als mecklenburgisches Versailles メクレンブルクのヴェルサイユ>、又まれには<als Sanssouci des Nordens 北のサンスーシ>とも称されているらしい)
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:宮殿玄関前に立つメクレンブルク大公(1815年より大公国)Grossherzog Herzog Friedrich Franz Iフリードリヒ・フランツ1世の銅像 -
シュヴェリーン公家のHofbaurat 宮廷御抱え建築家Johann Joachim Busch ヨハン・ヨアヒム・ブッシュが建設を担当した。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:様々な絵画がかかる東翼の部屋。 -
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:シュヴェリーン公家の宮廷御抱え建築家Johann Joachim Busch ヨハン・ヨアヒム・ブッシュ(1720年~1802年) の人物画。
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:Christian II. Ludwig, Herzog zu Mecklenburg -Schwerinクリスティアン・ルートヴィヒ2世・メクレンブルク・シュヴェリーン公(在位:1747年~1756年)の人物画。
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イチオシ
見所は2階吹き抜けの「黄金の広間」で、ルイ16世時代の気品のある豪華さが、ロココ様式による遊び心のある快活さとひとつになっていると云われている。
大きな鏡がコリント様式による金色の柱、クリスタルのシャンデリア、金銀線細工で飾った天井を映し出し、美しい黄金の間を創り出している。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:黄金の大広間 -
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:柱時計などの展示。
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:時計の展示。
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:柱時計。
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壁や天井の装飾品の多数が、漆喰でも木でもなく、紙で作られており、「ルートヴィヒスルスト宮殿のボール紙」として知られている。
花瓶や胸像も紙で作られ、とりわけ驚嘆するのは「メディチのビーナス」さえもが紙製であることだ。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:Schlafzimmer_der_Herzogin公妃の寝室、「ルートヴィヒスルスト宮殿のボール紙」 -
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:、「ルートヴィヒスルスト宮殿のボール紙」
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:Speisezimmer食事の間
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:Speisezimmer食事の間
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:Speisezimmer食事の間の逆から
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【Barockfestバロック祭り】
毎年、5月の中旬の日曜日に主にルートヴィヒスルスト宮殿の庭園で行われ、城内でもコンサートなどが開催されると云う。
こうした祭りに遭遇するのは楽しい。
今年は日曜日の18日に “バロック祭り”が庭園で催されていた。テント・テーブル・ベンチも設営され、周囲には屋台もある。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:バロックスタイル(16世紀末から17世紀初頭)衣装の淑女たちの登場です。お願いしてポーズを取って頂いた。 -
昼頃から雨が降り出して、せっかくのバロックスタイル衣装できめていた紳士淑女の皆さんは大わらわでした。
着飾ったおば様方、お嬢ちゃんたちも気の毒だったけど、カメラを向けるとポーズをとってくれた。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:急に降り出した雨で皆さん、慌てて狩猟の間と思われるレストランに入り込む。 -
イチオシ
祭りの内容はバロックスタイル(16世紀末から17世紀初頭)衣装の紳士淑女によるバロック式のダンス、会話と礼儀作法、貴族の決闘、鷹狩ショー、道化師、城内広間での小中学生や音楽学校の生徒によるコンサート、ギタリストの演奏、そして城内の手工業品、芸術品のガイド案内もあるという。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:バロックスタイル(16世紀末から17世紀初頭)衣装の紳士淑女と道化師。実に様になった格好がすごい。 -
来年は17日である(ただ、前日から前夜祭のような催しが行われるらしい。)
尚、人口12千人のルートヴィヒスルストの町にある壮大な市教会(1770年)も建築家ブッシュの設計で建立された。
切妻は大きなキリストのモノグラムで飾られている。
http://www.stadtludwigslust.de/
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:バロックスタイル(16世紀末から17世紀初頭)衣装の紳士淑女・・・彼は多分公爵様でしょう? -
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:バロックスタイル(16世紀末から17世紀初頭)衣装の紳士淑女。
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:バロック祭りでは決闘シーンまである。
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イチオシ
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:バロックスタイルの小さな淑女も可愛らしい。
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:宮殿裏手の庭園ではテント・テーブル・ベンチも設営され、周囲には屋台もある。
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:庭園前にバラも。
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ルートヴィヒスルスト宮殿は庭園も素晴しく、
Kaskade人口の滝、噴水や2つの霊廟、スイス館、
1780年建設の石橋、長大な水路に流れる水、散歩道・・・
つまり、これら全体が文字通り“Ludwigslustルートヴィヒの楽しみ”だったのでしょう。
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:庭園を貫くKanal運河(疎水)。 -
写真はルートヴィヒスルスト宮殿:Kanal運河にはWasserspiel噴水も設けられている。
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写真はルートヴィヒスルスト宮殿:宮殿裏手とSchlosspark庭園も、秋にはこんな景観となる。
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ヴェルサイユ宮殿は最初に1624年 ルイ13世の狩猟の館(離宮)として建てられたものである。何度か改築、増築が行われ、1682年にフランス王ルイ14世(1638年 - 1715年、在位1643年 - 1715年)が建てたフランスの宮殿である。
パリの南西22kmに位置し、バロック様式の宮殿の代表として知られている。
写真は1975.12.26.フランス・ヴェルサイユ宮殿:1668年の絵 -
写真は1975.12.26.フランス・ヴェルサイユ宮殿を訪問した。
城門傍、王宮前、噴水、庭園をバックにして。ヴェルサイユの宮殿と庭園 城・宮殿
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写真は1975.12.26.フランス・ヴェルサイユ宮殿の有名な鏡の間、パリの凱旋門とノートルダム寺院のミサ。
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1871年に普仏戦争の勝利で、勝者のドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の即位式が鏡の間で行われ、ドイツ統一を達成した。
また第一次世界大戦後、鏡の間で勝者の連合軍側(仏英米など)とドイツとの講和条約であるヴェルサイユ条約が調印された、いわば因縁の場所でもある。
鏡の間は幅10m、長さ25m、廊下側の壁面には鏡が400枚もはめ込まれている。
写真は1975.12.26.フランス・ヴェルサイユ宮殿:鏡の間・・・儀式や外国の賓客を謁見するために使われた。 -
世界遺産にも登録された宮殿は総面積1,070ヘクタールと広大なもので、「北方の小さなヴェルサイユ宮殿」といったルートヴィヒスルスト宮殿が127 ヘクタールですから、比較にならないが参考のために載せた。
ドイツの領邦国家の大公国と、絶対君主のフランス王とでは残念だが、「小さなヴェルサイユ宮殿」と称せざるを得まい。
写真は1975.12.26.フランス・ヴェルサイユ宮殿:俯瞰・・・大通りがパリの方向にのびている。宮殿の西側は庭園に面している。
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ドイツ「・・・地方のローテンブルク、ヴェルサイユ宮殿」
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