2024/10/12 - 2024/10/12
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morisukeさん
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オッサンネコです。
霊場。
古来より日本には「神仏の力が宿る聖地」として霊場の存在がありました。
仏教としての霊場であれば、高野山や比叡山。
修験者としての霊場であれば、熊野三山や出羽三山。
そして民間的な巡礼霊場であれば、お遍路四国八十八ヶ所などなど。
生きる意味を問いただしたい、死と向き合いたい、神仏にすがりたい、
そこには千差万別の動機があり、何かの葛藤を抱えて人々は霊場へ向かうのですが、
都会から程よい距離にある栃木県に死者供養に特化した霊場があるそうな。
その名「岩船山高勝寺」と云ふ。
何でも岩船山は「亡者の魂が集まる場所」なんて魅せ言葉が付けられているそうな。
そんなおどろおどろした不思議を聞いてしまった以上は…
行かねばならぬでしょう。
果たして、関東屈指の霊場では如何なる風景が紡がれているのか?
そこには人の不安や祈りが積み重なった心の原風景があったのでした。
その時の記録です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
-
どうもどうも、オッサンネコことモリネコです。
今日は岩船山高勝寺を参拝すべく、最寄り駅の岩舟までやってきました♪
岩舟駅には8:00着、地元の高校生に混じってしばしの列車旅を堪能です。 -
JR岩舟駅から岩船山参道入口までは徒歩5分程度。
少し秋の気配が漂い始めた朝の小道をてくてく。
昨今、季節の移ろいを感じる最初の瞬間はコンビニという悲しい時代。
そんな時代、旅は五感を取り戻す良い機会なのではと思う今日この頃。 -
岩船山参道。
うっすらとした木立の中を汗を拭いながら黙々と上ります。
本堂に辿り着く前に、600段の石段が難行苦行であります (*´з`)
ちなみに… Youtubeで公開されている「昭和 あの日のニュース」に
60年前のお彼岸で賑わう岩船山の様子が映像として残っています。
興味のある方はぜひこちら
↓↓↓↓↓
https://www.youtube.com/watch?v=5OYkab9qroE -
さて、岩船山の懐に入る前に、地蔵信仰のお話を少々 (¯∀¯*)
この岩船山、とにかくお地蔵様がたくさんいます。
っていうか、お地蔵様だらけです。
その理由の一つが、幕末・戊辰戦争における戦死者の供養のため。
ここ岩船山の周辺でも新政府軍と幕府軍の大きな衝突があり、
戦死者の中には身元不明でこの地に葬られた者も多くいました。
そうした無縁仏を弔うために、地蔵菩薩が多く奉納されたとされてます。
理由の二つ目が、葬送地としての役割。
岩船山は古くから火葬地として使われていたという記録がありまして…
火葬の煙が絶えなかったと言われるほど、死と結びついた場所なのです。
死者の魂を慰める目的で、必然的に地蔵菩薩の数も増えていったのだと。
詰まるところ、人はやっぱり優しいのです (* ´-` )
理由の三つ目が、霊場としての側面。
元々、高勝寺は鳥取の大山から来た僧が霊夢によって導かれ、
この地で生身の地蔵菩薩を拝したことが開山の由来。
特に江戸時代は民間の中で地蔵信仰がピークを迎え、
「地蔵と言えば高勝寺」のイメージが定着したのも大きいとされてます。 -
石段を上り詰めたところにある赤い山門。
山門の間口に吊るされた提灯がとにかくご立派 ( *゚∀゚)=3 -
本堂に上がる前の仏像。
お地蔵様だらけとか宣っておきながら、お地蔵様ではない ( ゚Д゚) -
こちらが高勝寺の本堂。
言うてしまえば、ここまでは普通。普通のお寺 (*´罒`*)ニヒヒ
せっかくなので、安息平穏を願ってモリネコも参拝。 -
高勝寺の本堂。別名、地蔵堂とも言います。
本尊は地蔵菩薩で、岩船山における供養の中心的存在となる場所です。 -
境内に入った時から昭和テイストをどことなく感じていたのですが、
ついにその違和感の最たる例を目視で捉えましたぃ (`∀´*)
スチール網網のダストボックス、これぞ「The・昭和」ぢゃないか。
昔は公園にはコレがあって、リサイクルなんて概念なかったので、
あらゆるゴミで 溢れかえっているのがテッパンでした…。
そういや、昭和の時分にはまだペットボトルもなかったよなぁ…。 -
卒塔婆のあげ方について書かれた看板。
赤サビで原型の色を留めていない看板に時の流れを感じてしまう。
さて本題に戻りますと…
岩船山における霊場の価値を高めているのは、卒塔婆の存在がありまして
「本堂のお経が聞え、御堂が見えるところにあげてください」
これが意味するところはと言いますと… -
その答えが… コレだ (゚ロ゚;三;゚ロ゚)!!!!
本堂の裏手には小高い岩山があるのですが、
その斜面に張り付くように立てかけられた卒塔婆の数々。
この世の風景とは思えない光景にただ唖然となるしかない… ( ゚Д゚) -
その卒塔婆を横から見ると、この量ですよ (゚ロ゚;三;゚ロ゚)!!
岩船山は古来より「霊魂が集まる場所」とされており、
特にお彼岸にはあの世から霊が帰ってくると信じられてきました。
恐らく、岩船山への参拝が民間に流行ったのは戦後間も無くのころ。
当時は戦没者の供養がまだ生活の一部に根付いていたのだと思います。
そして供養のために使われたのがこの卒塔婆。
卒塔婆はさまよう霊魂への道しるべとしての役割を果たし、
霊魂が安心して供養のお経を受け取れるようにしているのです。
安寧への祈り。
それがこの唯一無二の景色を織りなす源泉となってます。 -
そしてもう一つの幻想的な光景がこちら。
正面の地蔵菩薩に続く一筋の石段、
そしてその周りを取り巻く墓石、仏塔、お地蔵様の数々。
この地蔵菩薩に辿り着く石段こそが、岩船山の霊場の象徴ではないかと。 -
せっかくなのでこの霊場に身を投じていきませう (σ゚∀゚)σ
このわずかな石段がすでにこの世のものではない雰囲気… -
霊場のお地蔵様群。
着衣しているものは故人がかつて使用していたものなのでしょう。
雨風で相当痛んでいるので、長い間衣替えはしていない模様 ( ゚Д゚) -
いや、ちょっと怖いからやめてー (゚ロ゚;三;゚ロ゚)
ここで滑ったら、ホントに霊の仲間入りを果たせそうな気がする…。 -
この霊場で一番格が高そうなお地蔵様。
お供えされた卒塔婆の数が深い歴史を物語っているかの様。
モリネコもこの数年で多くの親族が旅立ってしまったので、
彼らの行く先々が楽しく平穏なものである様に、合掌。 -
ふと隣を見上げると、卒塔婆はさらに高い方へ。
いや、この岩場を上るだけでも大変なのにと思うのですが、
卒塔婆は高いところほど死者の魂の平安が得られると言われており、
信者が危険を伴いながら卒塔婆を運んだ証跡がコレになります。
昔のニュースによると…
ちょっとしたスリルと信仰がミックスしたところに、
案外人気の秘密があるのかもしれません との事…。
不謹慎とは思うのですが、60年で人の価値観がここまで変わるとはねぇ。 -
霊場にある血の池。
おどろおどろ。
碑の文字が怖さを助長してますが、
これは血の池地獄を模したもので、悪しき魂の浄化の目的になります。
仏教的側面から見るとホラーテイストは全くありませんので悪しからず。 -
菩薩様が着ている着衣はもう布切れ状態に。
果たしてどれほどの年月が過ぎればこの状態になるのか… -
岩船山の霊場は、さらにずっと山の上へと続いています。
卒塔婆もさらに上へ上へ…。
いや、こんな上まで持ってこなくても… ( ゚Д゚)…。 -
イチオシ
卒塔婆と地蔵菩薩が紡ぐスピリチュアルな景観。
霊魂が集まる山とされてますが、不思議と怖さはまったくありません。
ただ、故人を偲ぶ純然たる祈りが形になった場所という感覚でしょうか。 -
奥ノ院。
2011年の大地震の影響で、奥の院に続く道は完全に崩落しています。
昔はあの切り立った断崖の向こうまで行けたのかと思うとちょっと残念。
ただ、風光明媚な風景の先には大量のソーラーパネル…。
情緒ぶち壊しやないかい ( ゚Д゚)㌦ァ!! -
賽の河原。
地蔵菩薩を祀る場所には、自ずと賽の河原があるケースが多くなります。
賽の河原が意味するところは童子・童女・水子の供養になるのですが、
稀に水子供養が腫れ物にさわるような感覚で扱わることがあり、
とても残念な気持ちになります。
生まれなかったこどもの冥福を祈ることは、
親(大人)としての使命を思い出すことができる機会なのだと思います。
モリネコも石を積んで、合掌。 -
賽の河原。
東北の霊場恐山を彷彿させる様な殺風景な空間。
こどもの頃、親より早く死ぬと賽の河原で永遠に石を積むと教えられました。
仏教的世界観で言うと、子どもとて親を悲しませた責任があると。
大人になった今でも、この世界観には共感できないのですが、
お地蔵様は必ず行き場のない魂を極楽浄土へ導いてくれるのです。 -
イチオシ
賽の河原の風景。
風車が風に揺られて静かに回る。カラカラ回る。 -
賽の河原の奥に鎮座する西院の河原堂。
要は、ここが本当の”賽の河原”と言うことになるのかな。
指定文化財という重要な建物にもかかわらず、見た目は廃墟の様相。
訪れる人も少なく、いつかは崩壊してもおかしくないレベル感。
もう少し予算注ぎ込んで、修繕とかできないものなのかな (´口`)
ここでしばらく見えない童子たちと戯れることにしましょう。
いや、見えたことないけど ( ゚Д゚) -
さて、この西院の河原堂、「西院」という冠詞が付いている通り、
西院信仰と大きな結びつきがあります。
西院信仰とは、阿弥陀仏が住む西方浄土を目指す民間信仰のこと。
仏教が悟りを開いて極楽浄土を目指す教義であることに対し、
西院信仰は西方浄土で苦しまず悟りを開きましょいっていう考え方。
ベースは法然が開いた浄土宗になっていますが、浄土宗の教えの中にある
死後の救済を求める事に特化したのが西院信仰の特徴になります。
そんで、西院信仰と地蔵信仰の結びつきですが、
西院信仰=苦しまず極楽浄土に行きたい
地蔵信仰=苦しみから救い、苦しみのない世界に導いてくれる存在
詰まるところ、地蔵菩薩は所謂「境界」に立ち、
死者の魂を西院に連れてくる役割へ必然的に変化していったのです。
西院信仰と地蔵信仰が密接に融合した信仰体系、
岩船山が古くから信仰されてきた霊場であることの証かと思いまふ。 -
イチオシ
高勝寺の三重塔。
参道からその姿を拝むことはできず、森の中に隠された様に建つ仏塔。
石段をのぼっていくと、木立の中から突然現れる素晴らしい演出付き。
密教における秘匿の空間みたいで、ちょっとゾワゾワする ( ゚Д゚)ハッ! -
三重塔の全容。
1751年建立。その高さは21mにも及ぶらしい。
こんな山奥によくもまぁこんな立派な仏塔を建てたもんだ (; ゚д゚)
すんばらしい仏塔を見てほっこりするのも束の間…、
蚊が生者の生き血を吸いに来た様なので、早々にこの場から撤収します。
というわけで岩船山の参拝はコレにておしまい。
そこは故人の安寧を願う人の祈りが紡ぐ霊験あらたかな場所なのでした。
この旅、もう少し続きます (`∀´*)
それではまた~。
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