2025/05/07 - 2025/05/20
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ロッキーの母さん
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3日目は、『アンカラヒルトンSA』→アスランハネ・ジャーミィ→アタチュルク廟→トゥズ湖→昼食→カイマルク地下都市→キュタフヤ陶器専門店→カッパドキア『エクセドラホテルカッパドキア』泊、という行程。アンカラとカッパドキア間、320kmバス移動。
トルコ建国の父アタチュルクの偉大さを知りました。また今まで見たことも無いカッパドキアの奇岩の風景に驚きの連続。カイマルクの地下都市見学も体力的にキツかったけれど、他では味わえない体験でした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 2.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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『アンカラヒルトンSA』の朝食。トルコと言えばチャイ、トルコは紅茶消費世界一だそうです。元々飲まれていたのはコーヒーだったそうですが、第一次世界大戦後領土を失ったオスマン帝国は経済的に弱くなりコーヒーを輸入する力がなくなってしまったそうです。その後トルコ共和国がアタチュルク初代大統領によって成ると、紅茶が国内で安く作れることから、グルジアから持ってきた紅茶の種を黒海近辺のリゼという地域で栽培し始めたのが始まりだと言うことでした。歴史的に見てたかだか100年ほどで、国のポピュラーな飲料がここまで変化し広まるなんて凄いことですね。
日本でチャイと言うと、スパイスの香るインド式ミルクティーを思い浮かべますが、紅茶の葉そのものが違うのか淹れ方が全く違います。
基本、2段式のヤカン「ÇAYDANLIK(チャイダンルック)」をつかって、紅茶の茶葉を15分位煮出し、それに熱湯を加えて好きな濃さにして、ミルクは入れず砂糖をたっぷり入れて熱々を飲みます。
小ぶりの中央がくびれたガラスのカップ(ソーサー付き)で飲みます。煮出しても渋くなく、香りも飛ばず美味しいです。
ホテルの朝食会場にも、こんな大きなチャイのサーバーがありました。上のポットに作られているチャイを先ずカップに入れ、下の蛇口から熱湯を注いで薄めます。
トルコの紅茶文化はユネスコの無形文化遺産になっています。 -
アンカラヒルトンSAの朝食はバリエーションが豊富で、どれも美味しかったです。
今朝の出発は7:30なので、6:30から開く朝食会場に即入場、こんなに早く来ているのは日本人ばかりですね。
杏やメロンやオレンジも美味しかったし、日本の味に似ていました。リンゴだけは、ニュージーランドのジャズのような固くて酸味もある小ぶりなものでした。
世界有数の農業大国のトルコ、食料自給率は100パーセント以上とのこと、農産物が豊かなんですね。 -
朝からケーキなどのスイーツ類も沢山。
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トルコのサラダバーはとにかく野菜が大ぶりで、ドレッシング類が無いので、自分で調味。
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宗教的に豚肉を食べないので、牛のソーセージや鶏ハムなどが出ていました。豚肉になれた口には、牛のソーセージはなんか違うなーという味。
ガイドさんの話では、反芻しない四脚動物は食べないのだそうです。”反芻”?って。蹄が割れていない動物も食べないそうです。”蹄”? -
オリーブを沢山食べるのでしょう、何種類も色とりどりのオリーブの塩漬けが供されておりました。ここにもフムスがドーン。確かに材料はヒヨコ豆でも、加えられた胡麻やスパイスやなめらかさなど、色々な味わいがありました。
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チーズも多種あって、日本人好みというか、匂いの強い物は少なかったです。
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写真左上の「ヴァクラバ」は、激甘でトルコならではの味でした。甘ーいパイにピスタチオの甘いペーストが挟まり、とどめに甘ーいシロップがたっぷり掛けられている、甘さの3乗、それ以上の味です。
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特筆すべきはパンの美味しさ。ここアンカラヒルトンSAとザリッツカールトンの朝食会場のパンはどれも最高に美味しかったです。
トルコ人はパンを大量に食べるそうなのですが、バリエーション豊富で、特に「シミット」というトルコの国民食的なパンが大好きになりました。写真左に引っかけられているパンです。みっしり胡麻がついたドーナツ型のパンで、表面に糖蜜を塗ってから胡麻をまぶすらしく、ほんのり甘く思ったより重くない食感。 -
日本ではお目に掛からない、フクロタケのような茸類のソテー、こうした温かい料理もサーブされておりました。
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なんだかんだと多種多様の料理を取って、朝からお腹いっぱい大変美味しく頂けました。この真ん中にあるのがチャイ。
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フロント横の喫茶スペース「ロータス」、アンカラヒルトンSAはなかなか快適なホテルでした。
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こんな風に町中にあるモスクのミナレットから、一日5回アザーンが鳴り響くのでした。アザーンは礼拝の呼びかけなのだそうです。特に朝は特別の文言が追加になるのでちょっと長い。
「アッラーフ アクバル」(アッラーは偉大なり)から始まって「ラー イラーハ イッラッラー(アッラーのほかに神なし)」で終わるまで、アラビヤ語の大音量で流れてきます。
今朝も4:20、何事か!とアザーンで覚醒しました。 -
ホテル出発7:30、早々と出てきたので『アスランハネ・ジャーミィ』にはまだ人影まばら。アンカラのこの地域はアップダウンが激しい。バスは停車出来ない道路の狭さなので、一旦下車してアスランハネ・ジャーミィに向かいます。
モスクなので、スカーフ着用。そして靴を脱ぐので、靴の袋がツアーから配られました。 -
想像以上にこじんまりした小さなモスク。”中世アナトリアの木造多柱式モスク群”として世界遺産に登録されています。”アナトリア”とはトルコ共和国のアジア側の半島部分のこと。このモスクはトルコで最も古いモスクです。1290年に建てられたというから、日本の鎌倉時代に作られたんですね。入口も小さい、靴を脱いで女性はスカーフで頭を覆います。入場料無料です。
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この石壁、白い石はローマ時代の石だそうです。どんどん再利用して建築されたと言うことらしい。
ツアーの女性達、初めてスカーフをかぶるので三者三様、テキトーにかぶっております。後日ガイドさんから正しいかぶり方(年齢や既婚・未婚よって違いあり)を教えて貰いました。 -
確かにいろんな形・色の壁石があります。
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確かにこんなに小さなモスクでは、ツアーひとつが来たら満杯になってしまいます。早朝訪問は、礼拝の時間ともかぶらずグッドタイミングです。
決して大きくないのに、神聖な場所のオーラが漂ってます。このモスクにある壁の窪みは「ミフラーブ」といい、礼拝の方角(メッカのカーヴァ神殿)を向いているのだそうです。
偶像崇拝が禁じられているので、文字や草花の模様で装飾されていて、人物像はありません。トルコブルーの美しさ。 -
天井も木材で組み上げられていて、木と漆喰の独特のモスクの美をじっくり見ることが出来ました。ドーム状でない天井のモスクもあるんですね。
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24本もある柱の飾りも、色々な様式が混在しております。 こんな風に木造柱の天井との接合部の飾りも、いろいろな様式が混在しています。
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「ミフラーブ」の右側には「ミンバル」という宗教指導者が説教をする高ーい壇があります。
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ミフラープの向かって左のアラビア文字は「ムハンマド」、右には「神」と書かれているとのこと。
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ミフラープの廻りはアラビア文字。
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ミフラープの床下が見えるようになっていました。
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シャンデリアも滴のような形。
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礼拝所の後方二階部分は女性用スペース。
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二階に上がってみると、外から覗けないようにスクリーン的衝立が設置されている。男性は金曜日にはモスクでの礼拝義務があるのに対し、女性には礼拝義務が無いそうなので、女性のスペースは限られているのかも。
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アスランハネ・ジャーミィの「ミナレット」です。
このように初めはミナレットは1本だったとのこと。もともと礼拝の呼びかけを、肉声でこの尖塔の上から行っていたわけです。その後複数本のミナレットが登場し、ブルーモスクなどは6本、聖地メッカの聖モスクは9本のミナレットがあるそうです。 -
トルコ絨毯屋さんがようやっと店開き。
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お土産屋さんに並ぶ、「ナザールボンジュー」。邪視から守ってくれるという、目玉型のトルコのどこでも売っている御守り。今回のツアーでもお土産として頂きました。何個もいろんな所に付けてあります。
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雑貨屋さんで売っていた箒、なんだか日本の箒にそっくり。でも長い柄が無いのは、このまま使うのか?
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アンカラ駅です。アンカラはトルコ共和国の首都になってから急速に発展した都市。近代的なビルが次々と建設されていました。病院など公共の施設が大きく立派でした。
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次にアンカラ市内の「アタチュルク廟」に向かいます。うまく写せませんでしたが、アタチュルク廟直前のこの交差点の赤信号はトルコ国旗の月と星が描かれているんです。
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9:00オープンに合わせて到着したのですが、もう入口は長蛇の列。商魂たくましく、トルコ風の布ポーチやサンドイッチなどを売る人も何人もいました。結構日本語が上手で、買っている人も多かったです。
セキュリティーチェックも大変厳しく、バッグの中までチェックがあり、一人一人バーを抜けて入場しました。 -
とてもとても広ーいです。敷地面積750,000平方メートル。ムスタファ・ケマル・アタテュルクは、オスマン帝国末期にトルコ革命を主導し、1923年10月29日にトルコ共和国成立とともに初代大統領に就任した国民的英雄です。トルコ国民の父として敬われ、この廟に眠っています。
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世界各国から贈られた樹木が植えられています。リストになっています。
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日本からは桜の樹が贈られたとのこと。
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まだまだ廟は遠い。ここは「平和公園」とよばれているそうです。
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やっと廟が見えてきました。
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憲兵さんが不動の姿勢。決まった時間に憲兵交替がおこなわれるそうです。台湾の中正紀念堂の衛兵交代式のように行われるらしいです。(台湾の衛兵交代式は政治的理由から2024年7月に無くなってしまいました)私達は時間的に見ることが出来ませんでした。
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微動だにしない憲兵さん。
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アタチュルク廟はトルコ共和国参謀本部が管理しているので、憲兵さんがこうして廟を守っているんですね。
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アタチュルク廟を訪れるのは、私達のような観光客より、トルコ人の方の方が多い感じ。特に小中学生が多数見学に来ていました。
廟の前に広がる「平和広場」は63万㎡もの広さ。 -
やっと廟の中へ到着しました。トルコ軍に向けたアタチュルクの最期のメッセージと思われます。
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廟の天井部分。金貼り。
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壁のモザイクも金細工で美しい。
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アタチュルクの眠る大理石の石棺です。
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多くの方が祈りを捧げておりました。観光客として物見遊山気分は、はばかられる感じです。
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中庭は黒・赤・白の大理石を使ったキリム模様。広すぎる「中庭」を囲む回廊は、「アタテュルク・独立戦争博物館」になっていましたが、時間の都合で見ることは出来ませんでした。
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国旗掲揚のポールのようです、長ーい。
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先端はトルコ国旗のように月と星。
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トルコ国土の形に国旗の新月旗を模した植え込みの前で記念撮影。
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9:45、アタチュルク廟からカッパドキアに向かいます。途中塩湖の「トゥズ湖」に立ち寄りました。
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日本の琵琶湖くらいの大きさの塩湖。7月あたりになると、湖の水が少なくなってもっと塩が見られるらしい。
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裸足になったり、沢山の人が湖の先へ進んでいきます。
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この「トゥズ湖」からの塩がトルコの塩需要の半分をまかなっているそうです。
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5月始めの今でも、湖の縁はもう塩の固まりで白いし、砂を踏んでいると言うよりは湿気った塩の上を踏み込んでいるような感じです。
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写真スポットにて。
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日本のおみくじ風に何かが結びつけられておりました。
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小腹が空いて、トゥズ湖のドライブインでドーナツ購入、激甘でした。トルコではペットボトルの飲料が少なく、缶入りが多かったです。ジュースはプラムでしたが、果肉もかなり入っていておいしかったです。
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やっと昼食。『イェメニレストラン』、洞窟を改造してレストランになっています。いくつもお部屋があって、かなりの人数収容出来るようです。
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中央のホールではベリーダンスショーとかが出来そうです。
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お決まりのサラダです。このレストランでは、ザクロソースがあったので、自分でアレンジ。
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トウモロコシのスープ、デザートとしてライスプディングです。やはり飲み物は「アイラン」を頼みました。
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私達のツアーが入ってくると同時に食事が終了した団体があり、お客さんとお店の方がベリーダンスを踊り始めました。別に私達は無関係なのですが、こちらにダンス参加をふられたらどうしようかと、ちょっぴりドキドキしました。
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メイン料理は川マスの姿焼き、バターライスもドッチャリ。そして、何故か魚の頭が右…
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添乗員さんが、割り箸と醤油・味ぽんを配ってくれました。素晴らしい!その甲斐あって、こんなに綺麗にお魚食べ終わることが出来ました。日本ではそんなに魚好きというわけでは無いのですが、丁寧に丁寧にいただきました。
思ったより川魚臭くなく、大味ではあったけれどもポン酢の助けで最期までいただけました。添乗員さんありがとう。 -
洞窟レストランから出て、ちょっと一息。
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このレストランの周囲は、もう既にカッパドキアの奇岩群。
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テラス席からはすぐこんな景色が広がっています。
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昼食が終わり、「カイマルク地下都市」へやってきました。
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キリスト教徒がアラブ人の迫害から逃れるために作ったという巨大地下都市。8階もの階層に掘られていて、地下4階までは見学ができます。
ガイドさんから、入ってしまったら来た通路を戻ることは出来ない、閉所恐怖症の人は初めから入らないで、と説明がありました。 -
地下なのでひんやりしますが、思ったより湿気がない。
トルコ中部のエルジェス山が、紀元前6800年前後に噴火を繰り返し、その火山灰と溶岩が幾層にも重なって出来た地質です。
その地質の中でも、火山灰が積もって出来た凝灰岩砂岩は柔らかく加工しやすいので、こうして掘削されて巨大な生活の場が出来ていった訳です。 -
この地下都市に、平均して5,000人、多いときは20,000人もの人が暮らしていたそうです。中は本当に迷路、大人が立って歩けるところはほんのわずか。赤の矢印は登りの印、青の矢印は下りの印なのですが、自分がしゃがみながら歩いているので、どこがどこやら…
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ここから先は狭いですよ、との忠告の通り、這うようにして進みました。
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所々開けた場所が在りました。教会部分やワインの醸造に使った場所、台所として使われていただろう場所など、それぞれの用途に作られていました。
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ここを掘ってでた石は外に運んだんですよね?気の遠くなるような作業です。
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トイレなどどうしていたんでしょうか?
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「食料保管庫」です。地下は食品の保管に適していたのかも。
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これは石臼。
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夫くらいの男性はもう通路に挟まっちゃいそうです。
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この丸い円板はドアだそうです。外敵が襲ってきたら、転がして通路を閉鎖するとか。
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これが換気口。内部に十分な空気を送っていたんですね。地下8階まで続いているそうで、覗くとゾクリと吸い込まれそうで怖い。
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台所です。調理をすることで出る煙はどうしたのか?この洞窟の壁は煙を吸着するそうなのです。
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この丸くて平たい岩、ポコポコ窪みがありますが、どうもコップなどの食器を置いたらしいとのこと。とにかくこんな地下で、迫害から逃れるためとはいえ、多くの人が暮らし続けられていたということが驚きでした。
この中腰体勢もう限界!と思ったところで、やっと地上に出ることが出来ました、ホッ。
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もう道の周囲は奇岩ばかり。
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『ベネッサセラミック』という陶器店を見学。
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流暢な日本語の解説者が作陶の手順を説明、職人さんは足で轆轤を回してあっという間に作品が出来上がります。次にその器の蓋、これまたあっという間に出来上がり、サイズがぴったり、職人さんの技術にびっくりでした。
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陶器屋さんといっても、実用品より芸術作品が多かった。
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付いている値段も桁違い。
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でも、絵付けなどの繊細な作業を実際にみると、高額なのは納得です。
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拡大鏡で見ないと、模様が判らないくらい細かいです。
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古典的なトルコの花絵柄、チューリップやカーネーションなど。
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トルコブルーも素晴らしい色合い。
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この模様は「生命の木」というそうです。
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これはワインを注ぐ容れ物。真ん中の輪に肩を入れて担ぐようにしてワインを注ぐのだそうです。相当大きいです。
気に入ったのがあったらマグカップが欲しかったのですが、マグカップ自体がありませんでした。美術品販売のお店ですものね。 -
やっとカッパドキアのホテルに到着。もう19時過ぎているのですが、まだまだ明るいです。
ホテル入り口がこんな感じで小さい。『エクセドラホテルカッパドキア』です。カッパドキアの宿泊ホテルだけ、”洞窟ホテル”ということだけ決まっていて、最終案内までどのホテルになるのかわかりませんでした。 -
洞窟をくり抜いてお部屋を作ってあるということで、同じお部屋が無いので、ある意味当たり外れのありそうなホテル。
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ホテルの小さなロビーにて。
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2018年オープンのラグジュアリー洞窟ホテル、というウリなのですが、洞窟をくり抜いているせいで、ホールなど一つ一つが小さい。私達の到着でホール満杯。80室有るそうです。
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ルームキーは一部屋1枚のみ、これ「406」とのこと。初め反対の向きに渡され、907だと思いました。
洞窟ホテルというだけあって、4階位の階層にお部屋が点在しているのですが、そもそもエレベーターが無く、ポーターの人力運搬ではなかなかスーツケースが運ばれてこない。第一、部屋の番号が分かっても、ホテル全体図というか、部屋の場所もつかめないくらい入り組んでおり、こういうホテルは”珍しい”というだけで、快適さには程遠いなぁと感じました。ホテルの非常口.避難経路の表示も見当たりませんでした。Wi-Fiも時々つながりにくいことがありました、これも洞窟ならではでしょうか? -
私達のお部屋406の主寝室。一応天蓋付きの広めのベッド。窓が無いので、大変暗い。
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私用になったベッドは、部屋のドア開けたところすぐに、エキストラベッドのような小ちゃいベッドが置かれてました。ドアすぐなので、翌朝もアザーンで目が覚めました。
確かに洞窟感たっぷり。ひんやりします。そもそもエアコンがどこなのか分かりません。 -
ツアーの皆さん、お互いのお部屋ツアーをされていたようでした。”当たり”のお部屋の方は、猫足のバスタブがあったり、ジェットバスの付いているお部屋もあったとか。逆にとっても狭くて、別段洞窟という感じでは無かった、と言っていた方も居ました。私達の部屋は主寝室が大きめだったので、広さという点では良い方だったのかも…
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洗面所・トイレは無駄に広かった。このスペース有ったら、トイレを個室にして欲しいと思うのは日本人だからか。
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シャワールームも長ーいスペースが有り、バスタブ置けるくらいの余裕が有りました。
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広々し過ぎて落ち着かないトイレ。
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くりぬかれた壁面にチェスト(中に冷蔵庫)が設置されていました。家具類がアンティーク調。
その後当初の計画通り、ランドリーサービスを頼みにホテル受付に行きました。前もって直前にH交通社にこのホテルのランドリーサービスについて照会し、単価まで聞いていたのに、話が全く違っていました。
当ホテルにランドリーサービスは無い、外部のクリーニング屋に出すのでよければ、部屋にあるランドリーバッグに入れてフロントに持ってきて欲しい。ただ高額なのでお勧めしない、と平然と告げられました。
でもランドリーに出す予定で洋服の数を精査して持ってきているので仕方なし。実際には部屋のランドリーバッグの袋が小さい、こんなサイズみたことありません。明日夕方18時までには仕上げて持ってきて欲しい、と念には念を入れGoogle翻訳をつかって依頼しました。H交通社の回答に数日を要し、現地のことを調べての回答のように言っていたにもかかわらず、全くのガセネタでいい迷惑でした。 -
夕食はホテルの食堂でいただきました。またしても同じパターンのサラダ。トルコのサラダはこれしか無いのか…
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コーンスープかと思いきや、豆のスープでした。
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茄子と挽肉のトマト煮込みのようなもの。トルコ料理は煮込みが多い気がします。世界三大料理といわれるので、相当期待していたのですが、期待の方が大きすぎたかな、総じて味付けがシンプル且つ控えめで物足りません。
野菜扱いなのか、必ず付いてくるバターライスは口に合いました。
折角ワインの有名なカッパドキアに来たので、夫はグラスワインをいただいております。なかなか美味しいワインだったとのこと。 -
デザートはロクム、各所で出されるけれど、決して同じじゃ無い、ご当地ロクムが有るんでしょうか?
今日はカイマルク地下都市の探索がたたって、もう足元ガタガタ。トルコに来たら「ハマム」(トルコ式お風呂)を体験しようと思っておりました。市井のハマムに行く自由時間も無いし、どこかのホテルで宿泊した際体験させたいなと、夫用の水着も持ってきていましたが、今夜はその元気も無く熟睡です。
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