2025/06/05 - 2025/06/05
38位(同エリア222件中)
玄白さん
トルコ旅もいよいよ終盤になった。この日は朝、カッパドキアのパシャバー地区を訪れた後、アンカラまでバスで移動。トルコ共和国建国のリーダー、初代トルコ大統領のケマル・アタチュルクを祀る霊廟へ。途中、トルコのウユニ塩湖と言われるトゥズ湖に立ち寄った。
夜19:55発の国内線でイスタンブールに戻る。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
トルコ各地の伝統的・地域特有の食品や商品を販売する店に併設されたレストランが、今日のランチの会場だ。
YÖRESEL ÜRÜNLERというのは、トルコ語で郷土特産品という意味である。 -
隣がガソリンスタンドになっている。上段の24.99というのは、液化石油ガスの料金、中段がレギュラーガソリン、下段がハイオクガソリンの1㍑あたりの価格である。レギュラーガソリンは、現在のトルコリラの為替3.8リラ/円で換算すると日本とほとんど同じくらいだ。面白いのは、ハイオクガソリンとの価格差がほとんどないこと、また液化石油ガスが圧倒的に安いので、トルコでは、液化石油ガス燃料車の普及が進んでいるらしい。
-
ランチはいつものとおり、スープ、前菜、メインという一応コースメニューとなっている。記憶が定かではないが、タルハナスープだったような。中段の野菜と羊肉の鉄板炒めもののような料理は、とても美味だったと記憶している。メインはなんとかケバブ料理である。
-
トゥズ湖という塩湖に立ち寄った。雨が少ない今の時期は、干上がって一面の塩の原になっている。
-
手ですくってみる。岩塩を砕いたような塩の結晶である。
-
所々、水溜まりが残っている。雨季(冬)に雨が降ると、一面水鏡になり、有名なウユニ塩湖のような情景になる。
-
この湖の大きさはなんと琵琶湖の2.5倍ある。はるか彼方まで塩の平原が続いている。トルコで2番目の大きさだという。
-
トルコ国内の食塩の6割が、この塩湖で採掘されるという。食用、工業用として年間50万トンが採取されている。
-
裸足で歩くと足裏からミネラルが吸収されて健康にも良いと言われているらしい。本当かな?
-
はるか彼方を歩いているのはツアー仲間のF夫妻のようだ。
-
イチオシ
真っ白な雪原のような風景。
水が張った季節の夕方や夜の星空の風景を撮影したいものだ。ボリビアまで行くより手軽に来られそうではあるが、そうは言っても我が家にとってはハードルは高い。 -
トゥズ湖を後にして、アンカラに向かう。
車窓から、アンカラの高層ビル群が見えてきた。 -
アンカラでの観光目的は、アタチュルク廟である。ムスタファ・ケマル・アタチュルクは、オスマン帝国滅亡の後、共和制の近代トルコを築いた英雄、初代大統領としてトルコ国民に敬愛されているのである。
-
イチオシ
荘厳な作りの霊廟。
アタチュルクが行ったのは、世俗主義、すなわち政教分離による民主化、それまでのアラビア文字によるトルコ語表記をアルファベットに変更、婦人参政権の導入など。
女性に選挙権を与えたのは、日本より、はるかに早い1923年である。
霊廟前の広場は5万人収容できる。11月10日のアタチュルクの命日には盛大なイベントが行われ、大統領や政府高官たちが参拝に訪れるという。 -
広場に入る階段を上った両側に儀仗兵が警備についてる。白い制服はトルコ海軍兵、
-
青い制服の儀仗兵は空軍の兵士である。
-
霊廟の中に入ってみた。中央の棺の真下の地下にアタチュルクが眠っている。
空の棺の地下に遺体を安置するスタイルは、コンヤで見たイスラム神秘主義教団’メヴレヴィー教団の教祖、ジャラル・アッディーン・ルーミーと同じだ。
イスラムの文化として、偉人の死後の弔い方として共通するのかもしれない。 -
霊廟の前から広場を見渡す。
-
広場を囲むように回廊が作られており、その一部は博物館になっている。
写真は、1934年型リンカーン Kシリーズ で、アタチュルクが1935年から1938年にかけて正式儀礼車として利用されていた。 -
他にも数台の高級車を所有していたと言われている。ただし、これはアタチュルクが個人的に自動車オタクということではなく、自動車という近代的な移動手段を、トルコの近代化を象徴するものと位置づけ、積極的に導入・活用した指導者という側面が強いのである。
-
霊廟からは、アンカラの近代的な街並みが望める。
-
霊廟の両サイドには、レリーフが飾られている。
戦争と独立を象徴するレリーフ、共和国の建設を象徴するレリーフというテーマになっている。 -
回廊の一角
-
霊廟は高台に作られているので、街並みが良く見える。
-
アタチュルク廟に通じるライオン通りという荘厳な参道。
ライオンはトルコの古代文明、ヒッタイトの象徴であり、「力、勇気、威厳」を表している。同時に、国民の守護者・国家の威厳を示すものでもある。
ライオン像はうつ伏せで穏やかに横たわった姿勢で彫られており、「攻撃性を持たないが、守る力はある国家」という平和的メッセージが込められているという。 -
イチオシ
偶然、儀仗兵の交代式に遭遇した。衛兵の交代式を見るのは、15年前、リタイア直前にロンドンに出張した際、バッキンガム宮殿での衛兵交代式を見て以来だ。
白い制服が海軍、青い制服が空軍、濃い緑色の制服が陸軍である。 -
広い広場を一周する行進をして、
-
広場入り口のところで交代式が行われる。
-
儀式中は、広場の出入り口は封鎖されてしまうので、ツアーの集合時間に遅れてしまった。
-
衛兵のきびきびした動きは、見ていて小気味よい。
-
アタチュルク廟から、アンカラ城を見上げる場所に移動。今回はアンカラ城に入場することはなく、下から見上げて記念写真を撮るだけだった。
この城の起源は明確ではないが、紀元前2世紀ごろのケルト系の民族にによって築かれたとされ、その後、ローマ帝国、ビザンツ帝国、セルジューク朝、オスマン帝国など、さまざまな勢力によって拡張・修復されてきた。 -
少し早い時間ではあったが、イスタンブールに戻るまえに、アンカラのレストランで夕食となった。
-
このツアー最後の食事ということもあって、今までよりもちょっとリッチなメニューである。
-
メイン料理。チキンケバブだったかな?
-
アンカラ空港で、イスタンブール行のフライトを待つ。
-
19:55発のターキッシュエアウェイズ2171便で、定刻通り出発。
夏至が近いので、まだ空は明るい。 -
イチオシ
イスタンブール空港が近づいてきて、着陸準備態勢になった。川のように見えるのは、上空から見たボスポラス海峡である。
-
マルマラ海には夥しい船が行き交っている。
空港では、この日の深夜に関空に行く関西組と明日の便で羽田に向かう関東組に分かれた。関東組は、同じツアー会社の別のツアーメンバーたちと合流し、HiltonHotel に向かう。
~続く~
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
アンカラ(トルコ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
38