2025/01/18 - 2025/02/23
121位(同エリア166件中)
montarouさん
- montarouさんTOP
- 旅行記133冊
- クチコミ4件
- Q&A回答0件
- 76,467アクセス
- フォロワー12人
2025年の1月18日に日本を出発し、チリとアルゼンチンを訪れ、2月23日に帰国した。出発はロサンゼルス、サンチャゴを経由し、プエルトモントで一泊。翌20日にプエルトナタレスに着き、パイネ山塊を訪れた。次いで23日にバスで国境を越え、カラファテ経由でエル・チャルテンに行き、フィッツロイ山塊を散策した。27日にカラファテに戻り、28日にブエノスアイレス経由でイグアスに向かった。29日は滝を見物したが、30日はBooking Com(Gotogate)の予約ミスのため、支払い済みの飛行機は実在せず、やっと夜の飛行機を探し、メンドーサに着いた。このドタバタでカメラを失い、二日間探したが回収できなかった。後日アコンカグアツアーに参加し、2月5日は飛行機でサンチャゴを経由でカラマに到着、6日はバスでサン・ペドロ・デ・アタカマに行き、温泉とフラミンゴのツアーに参加した。9日にカラマ経由で10日にサンチャゴに戻り、11日に温泉ツアーに出た。13日にイースター島に向かい、16日に戻り、18日はバルバライソに向い、魚市場や壁画の町を見た。22日はサンチャゴに戻り、ロサンゼルス経由で帰国した。この旅の計画時も旅行中も疲労感が強く、失敗や不快感のある旅となったが、この項では日本からパイネまでの経緯を記す。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 飛行機
- 航空会社
- スカイ航空 JAL LATAM航空 パラグアイ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
日本での出発空港にJALの研修生がいたが、面倒を見る職員不足で、何も知らない研修生が付き纏ったため、大損失を受けた。ところでJALのアメリカ便では、昔風なステンレスのナイフやスプーンを使う、おもてなしかな?現場出身の女性が社長で名を売ったが、現場での改革を実際に進めていただきたいものだ。
ロサンゼルス空港はトランジットであるが、トランジットであっても、後進国並みで、父親の名まで記入させるESTAが必須である。これはトランジットでも入国強要で、何でも押し付ける“ジャイアン”だ。空港出口では長い列に並び、入国に長時間を要した。エスタの導入の必要性は、アメリカが何者かに狙われる危険な国だ、との自認だろう。写真は強制的に入国させられたロス空港の出口。 -
ロスで4時間待ち、次いでLATAM(ラタム航空)でサンチャゴに向かう。食事は甘いカステラ風で好きになれなかった。チリの首都サンチャゴの空港(SCL)に朝の7時に到着、チリのサマータイム時の時差はちょうど12時間差で、日本では夜の7時だ。サンチャゴ空港SCLの正式名は、アルトゥーロ・メリノ・ベニテス・インターナショナル空港。ところで、私の全荷物はザック一つの6.5㎏なので、預ける荷物がないので素早く入国できる。イミグレで観光者レシート(Tarjeta de Turismo)PDIを貰うが、この薄紙の保持が出国まで必須であることに注意!
サンティアゴのドメスチック空港はサンティアゴ国際空港の反対側にある。国際空港の出口の写真の所を右側に折れ、数十m先で左に折れ、2百mほど歩くとホリデイ・インの横に出るが、さらに百mほど歩くとドメスチック空港に着く。これは北側の歩道で、ここから来るとエレベーターが近いが、分かり難い。それを見つければ、チェックインできる3階に直接行ける。エレベーターの位置が分からなければ、南側に歩き、階段を上る。3階でチェックインし、SKY機で、プエルト・モントに向かった。プエルト・モント空港は市内と離れているが、終点の港湾前まで、安価な公共バスが出ている。空港から市内までかなりの距離があり、タクシーでは高額になるだろう。 -
プエルト・モントは写真のような富士山形の山が二つ見える町で、またプエルト・ナタレスに行く船の出発港でもある。フィヨルドを進む船内3泊ほどの旅だが、料金は安くない。
-
この町は予想以上に大きな町だったが、多くの住宅が鉄格子で囲まれ、大型の怖い犬を飼っている。飼い犬が多い結末は、多数の野犬がうろつく事になる。家の庭からも、路上からも、激しく吠えられるので散策は恐怖で、早々に切り上げた。この鉄格子と大型犬の存在は、治安が著しく悪いからだろう。夜間も飼い犬や野犬の鳴き声が一晩中続き、時差とも相まって眠れなかった。
-
20日は朝早くチェックアウトし、野良犬と飼い犬に吠えられながら歩いて、海沿いのバスターミナルに向かった。バス停からは多くの路線が有るようで窓口が多い。空港行きのバスの切符売り場は、西端から4、5番目ほどで、バス停まり場側の窓口だ。早朝の出発便を使った理由は、飛行機からパイネ山塊を見たいと思ったからである。ところが天気が悪いうえに、プエルトナタレスの上空からの写真のように、飛行機はプエルトナタレスの南側から回り込んで着陸したので、パイネ山塊は全く見えなかった。
プエルトナタレスの空港フロアーの片隅に町まで送ってくれるミニバンの切符売り場がある。この町の住人も乗るのでボッタクリはない。そして各家や宿の前まで送ってくれる。宿に荷物を置き、パイネに行くバス停を確認に行く。バス停は町の南東の丘の上で、数社が営業している。パイネ行きの発車時間は朝の7時前後で、帰りの終バスはアマルガ発が20時前後。アマルガより先に入域するには、3日間が単位のパイネの公園入域料が必要で、外国人の料金は非常に高額だ。公園入域料はネットからPaypalで支払わなければならない。現場での現金支払いは廃止されている。
マーケットで食料を買って帰る。宿は朝食付きで、バスは7時前後だから、何時からが良いか尋ねてくれる。 -
パイネは年中、悪天だが、夏は少し天気が良い、気温も上がる。21日のプエルトナタレスの天気は曇りだったが、予報を信じ、トーレス・デル・パイネ(パイネの搭、最高峰の標高2850m)を見に行くことにした。朝6時過ぎにバス停に着いたが、既にバス停は混雑。貧乏国の日本人は皆無。二十人ほどの裕福な韓国団体のツアーガイドの後ろに並んだため、切符の入手に時間を要したが、写真のように込み合う朝7時のバスに乗れた。
-
天気は写真のように回復し始めた。路肩の石は黒く、溶岩の玄武岩かな?約2時間の乗車の間に、グアナコ?の群れを数回か見た。9時前にアマルガ・ゲートに到着、入口の建物で、Paypalで入域料を払ったプリント書式、ある人はスマホを見せる。トーレス・デル・パイネやWサーキットに向かうには、アマルガ・ゲート下の平地にセントラルに行くバス停がある。料金を払い、大小のバスに乗る列に並ぶ。待ち時間は長かったが、9時半過ぎにセントラルに着いた。
注意は帰路で、セントラルからアマルガ・ゲートに向かう終バスは7時で、セントラルに7時より遅く着くと、アマルガ発の終バスに乗るためには、有料か無料で一般車をヒッチハイクしてアマルガに向かうことになる。ヒッチハイクに失敗すると野宿か、超高額のホテル泊まる羽目になるだろう。 -
セントラルからは、車道ではなく、歩道を歩き、写真の橋を渡り、その先でWサーキットとの分かれ道に達する。トーレス・デル・パイネに向かう場合は、右側に折れて斜面を登っていく。
-
ガレバ場を削った道を登って行くと、荷物搬送用の馬が下りてきた。
-
途中で一旦下って、谷を渡ると対岸に小屋がある。ここには無料の水場があり、写真のような設置済みの貸テントも有る。朝焼けのトーレス・デル・パイネを見たいなら、小屋かテントに泊まることになるが、いずれも高額である。翌朝の好天が確実なら、価値があるだろうが、曇天なら涙雨が落ちるだろう。
-
小屋からトーレス・デル・パイネ展望地までは3時間前後で、午後4時より前に下り始めないと、セントラルの7時の終バスに乗れなくなる危険がある。私は2時過ぎに氷河湖のある展望台に到着、到着時の5分間ほどトーレス・デル・パイネの全体像が見えたが、直ぐにガスが出てきて、その後1時間ほど待ったが、全体像は出てこなかった。この写真は帰り道で小屋に近い所からのスマホによるトーレス・デル・パイネの頭。
カメラで全体像の写真を多数、撮ったが、booking com(gotogate)の存在しない飛行機の予約のために気が狂うほどのバタバタと移動の過程でカメラを紛失した。このため、この旅のすべての写真がスマホだけで、特にカメラが有った前半のスマホ写真は僅かな枚数となった。ところが、gotogateに抗議しても返金も謝罪もなく、何故かbooking comに連絡が届かず、無責任な対応を到底許せない! -
帰りのバスがアマルガ・ゲート8:20の予約だったので、セントラルまで7時半まで帰れればと良いと誤解し、写真の小屋でゆっくりした結果、セントラルに着いたのは7時半だった。ところがアマルガ行きの終バスは7時だと言う。バスの駐車場に行って頼んでみることにした。
-
バスの駐車場で運転手に頼むと、車の鍵は、会社が持って行ったと言う。ここには既20人ほどが困っていた。人数が多いので、自家用車に頼んでも1~3人ずつだから、歩いてアマルガ方向に向かい、道端に停まっていた乗用車に事情を話し、1万ペソ(約1500円)を払い、アマルガまで送ってもらい、終バスに間に合った。この写真は帰路から撮った写真。プエルトナタレスに戻ったのは、9時だったが、まだ明るい。
-
翌22日も午前中は天気が持ちそうなので、朝7時のバスで、今度はプデートまで行って、散策の予定。プデートでバスを降りて、西方向の道を10分ほど歩くと、小屋がある。ここには喫茶店?と無料の公衆トイレがある。トイレの先の百mほどの所にパイネ・グランデに行く写真のカタマラン船(無関係だが私の釣り船も小さなカタマランのサンキャット7.7)が見えた。
-
そこから数百米ほど自動車道を歩いて上っていくと、写真15のサルト・グランデ(標高3050m)がある。この滝の落差は小さいが、予想した以上の水量で見ごたえがる。
-
そこから北向き歩道を行くと、パイネ・グランデやパイネの角(クエルノス・デス・パイネ 標高2600m)が見えてくる。ただ残念ながらパイネ・グランデ北峰はガスに隠れて見えなかった。パイネ・グランデは懸垂氷河にかこまれていて、この日は暖かい昼だったので、雪崩の大きな音が数回聞こえてきた。
-
滝からMirador Cuernos(スクエルノス展望地)に向かった。途中で数匹のグアナコの群れを見た。
-
パイネの角(クエルノス・デス・パイネ)の全容が見えてきた。この辺りには、数十年前と思われる山焼けで燃え残った黒炭を残した枯木も見られた。数十年、数百年ごとに山火事に見舞われるのだろうが、それも自然の輪廻だね。
-
パイネの角が近づいてきた。昔、七十年ほど前、或る男が山に登るのに、動力機械を使って岩に孔を開けて、多数のボルトを打った。自然の岩に人工の穴をあけるのは自然破壊で、自然保護のルールに違反すると言う議論が、当時、沸騰した。単に登るためや、まして有名になるために、自然物に機械で多数の穴をあけ、ボルトを打って登ることは許されないだろう。では機械でなく、人力ハンマーで穴をあけるのは良いのか? このような事件は日本でも黒部の丸山東壁でもあった。ボルトが無いと登れない所では,人命も守れないから、登るのをやめるか、それでもボルトを打って登るのか? 昔、黒部の十字峡の棒小屋沢に挑んだが、川壁に工事用の太い鉄杭が多数打ってあった。人間のための公的電源開発のためだった。劔の大滝は遊びのためだが、電源開発なら良いのか?個人の遊びや売名行為のためなら許されないのか? どこかに適切な区切りを置くべきだろう。
next https://4travel.jp/travelogue/11976877 -
ところで、ここ辺りの基盤は花崗岩のようだが、頭の部分は黒い玄武岩溶岩のような岩が被っている。この大絶景の形成の過程が知りたいものだ。この楽しい風景を堪能し、ゆっくり戻り、早めのバスに乗ってプエルトナタレスに帰った。バス停で、明日のエル・カラファテ行きバスの発車場所がこのバス停であることを確認してから帰った。次はフイッツ・ロイを見に行く。
next https://4travel.jp/travelogue/11976877
この旅行記のタグ
関連タグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
montarouさんの関連旅行記
パイネ国立公園周辺(チリ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
20