2025/05/04 - 2025/05/04
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さるおさん
"旅に病んで夢は枯野をかけ廻る"、松尾芭蕉旅先(旅の先輩)の辞世の句です。旅好きとしては胸アツの一句です。この他にも、地図オタの伊能忠敬旅先など、旅の先輩としてお慕いもうしあげている方はいらっしゃいますが、旅先界きってのセレブと思っていた水戸光圀旅先が、まさか実際には全国を旅してなかったなんて・・・。そんな新事実が発覚する水戸の半日旅です。
行程:偕楽園→茨木県立歴史館→弘文館→水戸城大手門→プレジデントホテル水戸
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「ひたち海浜公園」を後にして向かったのは「偕楽園」。水戸駅からバスで10分程度。
先ずは「常盤神社」でお参り。明治時代に、義公(第2代藩主徳川光圀公)・烈公(第9代藩主徳川斉昭公)をお祀りするため創立された。 -
東門から「偕楽園」に入園。有名な梅林側。この時期は花は咲いていないので緑の樹木。
水戸の有名な梅、烈公こと徳川斉昭公が、その実が戦いのときの保存食となり薬効にも優れているということで梅を植えさせた。今では立派な水戸の観光資源。名君は未来にさえも利益をもたらす。 -
藤棚。
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「中門」を過ぎると「好文亭」。見学には別途料金が必要。
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「好文亭」(復元)
木造二層三階建ての「好文亭」と木造平屋作りの「奥御殿」から成る。「好文亭」はその位置から建築意匠まで斉昭公自ら定めたと言われている。斉昭公は「好文亭」を別邸として藩内の人々とともに楽しむ場にしたかったそうだ。また「奥御殿」は火事などの災害時の避難場所としての役割もあったらしい。緊急時の避難場所まで考えられているなんて危機管理もバッチシ。斉昭公、絶対仕事できる人。 -
「好文亭」の見どころの一つ、襖絵。作家は、須田珙中、田中青坪。部屋名をモチーフに制作。美術館を巡るようにアート鑑賞も楽しめる。
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「紅葉の間」
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「梅の間」
梅の「偕楽園」だもの。梅の絵は外せない。 -
「萩の間」
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「桜の間」
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「東広縁」
視界の広がる大広間。障子が開け放たれ、外からの風が心地よい。斉昭公は、この部屋に八十歳以上の家臣や九十歳以上の庶民を時々招いて慰安したそうだ。気のいい中小企業の社長みたい。 -
3階からの景色がお見事! この季節はツツジが綺麗。
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斉昭公が造園した「偕楽園」。領民みんなで楽しむ場となるようにと「偕楽園」と命名された。園内には約100品種3000本の梅が植えられている。
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「偕楽園」は岡山の後楽園、金沢の兼六園と並んで日本三名園の一つ。
美しく手入れはされているが、後楽園や兼六園の方が手が込んでいるという印象。偕楽園は、その広大さや湖の借景など自然をそのまま活かしている感じ。その分ダイナミックさを感じる。なんだか斉昭公っぽい。 -
「吐玉泉」
偕楽園一帯は豊富に水が湧き、眼病にも効く水とされている。また茶道の先生が愛用するほどの名水。斉昭公は寒水石(大理石の一種)の井筒を据えた自水泉を設置。その湧き水を「好文亭」の茶室の茶の湯として用いた。 -
「大杉森」
斉昭公は「偕楽園」の造園にあたり中国文化や日本の陰と陽の思想を取り入れた。
四季折々の花々が咲き誇る陽の世界、そして孟宗竹や杉林、竹林などの木々で覆われた陰の世界。表門へと続くこの「大杉森」は陰の世界。人間には陽と陰の両面があるものね。こういう密やかで静かな世界も必要なのよ。 -
同じく陰の世界「孟宗竹林」。合理的な斉昭公、この竹は弓の材料にも使われた。
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表門から退出。バス停を目指す・・・が、バス停の場所が判らない。案内板も見当たらない。とりあえず、こっち方向と思う方に歩いてみたが、そんなヤマ勘が当たるわけもなく。お二人ほど道を聞いてみたがお二人とも観光客でよく判らないと言う。お一人は"私も駐車場の場所を探しているの"とのこと。結局表門に戻り料金所で最寄りのバス停を教えてもらった。最寄りと言っても結構距離あり。受付の方も"10分以上はかかるかも"と言っていた。そんな遠い場所、闇雲に歩いて行き着くわけがない。
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教えてもらったバス停は"歴史館・偕楽園入口"。次のバスまで時間かあったので「茨木県立歴史館」を散策。写真は「旧水海道小学校本館」。3階に"鼓楼"を要した明治の洋風建築。
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レトロなステンドグラス。
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元教室には各時代の給食の展示。自分の時代(昭和40年代)の給食をパチリ。瓶の牛乳は、その通りだが、ソフト麺は食べた記憶が無い。
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公園のような緑の敷地にストリートピアノ。駅前やショッピングモールでよく見かけるけど。緑の中にあると素敵さを増す。
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「旧水戸農高本館」
バスが来たので乗車。途中"銀杏坂"で「弘道館」に行くために下車。そして道に迷う。なんかさぁ、水戸ってさぁ、バス停から観光地まで距離があって道が判りづらいのよね。案内板も出てないし。バスが使い辛い印象。観光地によくある巡回バスとかも無いのね。観光に力入れてないのかなぁ。 -
「弘道館」
第9代藩主徳川斉昭(ここでも斉昭公!)が開設した日本最大規模の藩校。
最後の将軍徳川慶喜(斉昭公の息子)は、幼少期に弘道館で学び、大政奉還後ここで謹慎生活を送った。正門、正庁、至善堂は国の重要文化財。 -
無料ガイドさんがいらっしゃったのでお願いしてみた。私より年上の女性の方。それ程歴史に詳しい方ではなかったが物腰の柔らかいガイドさんだった。どちらかというと世間話の方が多かったかなぁ。ガイドさんが子供の頃は、毎朝納豆売りが納豆を売りに来て、それを買って朝ご飯で食べてたとか、大河ドラマで徳川慶喜を演じた草薙クンがカッコ良かったとか。そんなガイドさんが何回も仰っていたのが、水戸藩は御三家だけど35万石しかなく貧乏だったためケチだったということ。ケチと連呼されていたけど"節約家"と理解しました(笑)。
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「正庁・至前堂・対試場」
弘道館の中心的な建物「正庁」、その奥にあるのが「至善堂」、前に「対試場」。今でいう運動場? 武術の稽古や試験が行われていた。対試場を振り返って上の方を見ると、3文字の漢字が書かれた額。「游於藝(げいにあそぶ)」と書かれている。孔子の書いた論語からとってきたもので、"凝り固まらず自由に楽しみながら学ぶのが良い"という意味。足利学校に続いて、ここでも孔子。そして、孔子の教えは、いつも納得がいく。その孔子の教えを尊重して弘道館では音楽などの授業もあったらしい。 -
水戸城、復元された「大手門」。
水戸に来て感じたこと、水戸って言えば光圀公だと思っていたんだな。でも実際に訪れてみると斉昭公の存在が大きいことに気づく。逸話や功績を聞いていると、懐の深い人間味のある方という印象。仕事も出きるっぽいし。なんか私の周りにもこんな上司が居た気がする。こういう人と一緒に仕事するの、大変だけど楽しいんだよな。今回の旅で斉昭公に無茶苦茶親近感を感じました。 -
<徳川斉昭>
御三家のひとつ水戸藩の第9代藩主。藩政改革に成功した幕末期の名君の一人。
身分に関係なく能力のある者を登用するべきだと考え、そのために藩校という教育機関(弘道館)を設けた。農業にも力を入れ、藩の財政を回復させようと特産物の生産と販売を藩で管理。軍事訓練や近代的な兵器の製造にも力を入れた。
ニックネーム:烈公
友達:島津斉彬
息子:徳川慶喜
好きな花:梅
島津斉彬とは仲が良かったと弘道館のガイドさんから聞いて笑った。やってる施策(地場産業の振興、大砲の製造など)が似ている。息子が将軍になったのは、御三家とはいえ35万石の小さな藩の藩主としては嬉しかったろう。肖像画を見るとシュッとした美男子。ちょっとイメージが違う。私の頭の中では"中小企業の社長風オヤジ"だったので(笑)。 -
<徳川光圀>
水戸藩2代藩主。ドラマでお馴染み。この葵の御門が目に入らぬか! 水戸光圀公でござります。弘道館のガイドさんと、そのドラマの話になって、"実は黄門様は旅には出てないのですよ、あれはドラマの作り話です"と教えていただく。薄々は感じていたけどね。副将軍がそんなに簡単に旅行できないよな。"暴れん坊将軍"だってホントは暴れてないし。残念ながら光圀公は、私の旅先(旅の先輩)じやなかったわけだ。光圀公が編纂を命じた「大日本史」、ご当地紹介みたいな"秘密のケンミンSHOW"書物版みたいに思っていたが、壮大なる歴史書であった。この歴史書は光圀公の代で完成せず、その後水戸藩の藩業として受け継がれる。完成したのは250年後、明治に入ってから。ガウデイもビックリのサグラダ・ファミリア越え。水戸の人は、よくこの事業を引き継いだものだ。光圀公は旅にこそ出ていないが、浪漫と好奇心に溢れた人だったようだ。 -
駅前に戻って遅いお昼。観光は、ほぼ終了したので回転寿司で一人打ち上げ。ネモフィラ以外は、期待していなかったけど大洗神社も水戸も面白かった。あまり知らなかった斉昭公のことも知れたしな。知らなかったことが、自分の目や耳で知ることができる、やっぱり旅は面白い。
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本日の宿「プレンジデントホテル水戸」。レデイースルーム宿泊プランで予約。けしてレディースルームに拘ったわけではない。予約時、この部屋しか空いていなかっただけ。GW中、素泊まり一泊15000円ほど。私にしては高い部屋。高いだけあって広い。可愛らしいシェィプのライトスタンド。さすがレデイースルーム・・・。
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レデイースルーム特典① アロマディフューザー
アロマオイルは何種類かから好きな香りを選べる。私は"ユーカリ"を選択。 -
レデイースルーム特典② フェイススチーマー
夜も朝も試そうと思っていたが、説明書に"初めて使用する方は週に2,3回が良い、長時間の使用は逆効果"と書いてあったので、到着時に一回使用したのみ。 -
レデイースルーム特典③ フットマッサージャー
こちらは入浴後、就寝前、起床後と何回か使用。ひたち海浜公園、水戸市内と2万歩以上歩いたので気持ち良かった。
他に、レディースルーム専用アメニティ、マイナスイオンドライヤー、スキンケアセット、バスローブなど。バスローブは、いらんけど。 -
ランチが遅かったので、夜は食べなくても・・とも思ったけど、ホテルの近くで、軽くラーメン。東京の名店"らぁ麺はやし田"完全監修のお店だそうで、メニューも"ポルチーニ香る塩らぁ麺"とお洒落です。スタッフは全員女性でした。
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翌日、ホテルをチェックアウトしバスで茨城空港へ。空港でお昼ご飯。レストランは一か所しかないので激コミ。早めに行っといてよかった。
メニューに「しょぼろ納豆そば」発見。しよぼろ納豆、なんか聞き覚えあるな。そういやぁ昨日、弘道館のガイドさんと水戸納豆の話をしている時に"水戸は納豆に大根を混ぜる"と聞いた。私が"ご飯に合いそうですね"と言うと、ガイドさんが"私は嫌い"と断言していた、あの「しょぼろ納豆」だ! 迷うことなく「しょぼろ納豆そば」を注文。切干大根の食感が新鮮。ガイドさん、私、この味好きですよ。
<しょぼろ納豆>
納豆の中に塩漬けした切干大根を混ぜて、醤油や調味料で味付けした茨城県水戸市の郷土料理。「しょぼろ」とは、「そぼろ」の方言。 -
<水戸のお土産>
干芋、納豆、梅干し・・・健康食品が並ぶ。弘道館のガイドさんが"水戸藩は貧乏でケチだった"と何度も仰っていたが、お土産を見て納得。安価だが栄養価の高い食品ばかり。飢饉や災害に備えての保存食の意味もあったのだろう。江戸の時代からSDGs。節約と危機管理が生んだ名産品、さすが水戸藩!
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