2004/08/11 - 2004/08/14
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ishigantouさん
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上海へは観光、仕事、研修旅行と3回ほど訪れている。
最初に行ったのが2004年、そして程なく仕事で翌年また訪れた。そしてしばらくして東日本大震災の年の2011年、仕事も少なかったため研修旅行と題して6年ぶりに中国の地を踏んだ。
それから今日に至って上海へは行ってない。国の情勢から見てもかなり変わったのだろうなと伺える。
そんなまだ現金も使える事が出来た、ありし日の上海とその周辺の旅行記です。なので2004年を中心に2011年までの写真を載せています。
2004年夏 初めての上海であると同時に初めて中国へ行く。この時は友人と共に、以前日本で働いていた中国人が起業して、会社経営をしている知人を訪ねての観光だった。
初めての上海観光らしく外難などを観光後、電車で杭州の西湖を見に行くなどした。
中国東方航空利用
2005年1月 在中の知人と仕事の話などしたいきさつから仕事の一環として再訪。合間に上海近くの水郷の町「周荘」へ。
ノースウエスト航空利用
2011年4月 震災後の仕事の少ない時期に、今後のことを見据えて顧客や社員何名かで研修旅行へ行く。同年の冬には中国・大連へ。
中国東方航空利用
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- 中国東方航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
浦東国際空港から上海の街に向かう。
映画などでは第二次世界大戦前の列強国のスパイが暗躍していた'魔都'と呼ばれていた危険な街、世界各地からジャズメンなどが集まる魅力的な街として描かれていた。
(2004年撮影) -
外灘
19世紀末から20世紀にかけて、列強国の租界地になった上海の欧米建築が残る。
車で走る中、ここはヨーロッパ?と思わせた。(2004年撮影) -
ここが今(当時)の中国なんだと痛感。(2004年撮影)
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街に繰り出す。洗濯物が窓の外に張り出して、これこそ中国のイメージ。(2004年撮影)
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日本の中華街みたいだ、いやいや本物の食堂街。(2004年撮影)
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イチオシ
通りを歩くカップル。気になった存在。(2004年撮影)
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イチオシ
日本でもそうだが古い建物をレストラン、ショッピングセンターなどに活用していたー新天地(2004年撮影)
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日本で言う「町中華」
飲食街でもない町中の食堂に入る、安くておいしい。
紹興酒もやかんから茶碗に入れて飲んだ。注文は指差し注文。(2004年撮影) -
若い店主とツーショット。
他の客もいなかったし、友人と二人で結構注文したので、突然の来客にうはうはだったかも。(2004年撮影) -
1929年創業の外灘を象徴する老舗ホテル「和平飯店」(2004年撮影)
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ここに租界時代を彷彿させる老年ジャズバンドを聴きに来た(2004年撮影)
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大理石のロビー、アールデコ調の照明など往時をしのぶ内装でジャズを楽しんだ。(2004年撮影)
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イチオシ
夜の外灘(2004年撮影)
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やはり上海に来たら上海雑技団は見逃せない(2004年撮影)
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人間業とは思えないアクロバットの数々。ハラハラドキドキだった。(2004年撮影)
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翌日電車で杭州へ。
ホテルから地下鉄で上海駅まで行き、上海駅の切符売り場で筆談にて購入を試みる。席は硬席と軟席があったが、軟席(良い席)のチケットを購入。トイレの水道はお湯が出るため、みんなそこでカップラーメンにお湯を入れてた。(2004年撮影) -
車窓から。少し変わったデザインの建物、上海風か?(2004年撮影)
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西湖に佇む
中国十大風景名勝のひとつで、2011年に世界文化遺産に登録。名前の由来は詩人蘇東坡が春秋時代の美女西施に例えたことから。
何故かここの写真はほとんどなく、雨天だったか良い写真が撮れなかったからだったと思われる。(2004年撮影) -
ホテルの窓から。何かの工場か?(2004年撮影)
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100年以上の歴史がある杭州料理の老舗「楼外楼」
杭州への旅は、西湖を見るのとこのレストランに来るために訪れたようなものだった。(2004年撮影)
この時の旅、この写真の友人と行きました。この方古本とジャズが好きで、以下URLの本を自主出版で出している人です。(本人に掲載許可済み)
https://bookbar5.exblog.jp/29186682/
https://kogoeshobo.theshop.jp/items/95944469
こちら続編には私の名前も出てきます -
2005年1月7日 上海再訪
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前回宿泊したホテルとは趣が違うアートホテル’MOTEL 168'(2005年撮影)
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床に果物が!(2005年撮影)
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客室はいたって普通だった(2005年撮影)
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ホテルの窓から。庶民の生活が伺える。(2005年撮影)
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別な方向を見ると、この頃から立ち始めたマンション群。(2005年撮影)
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900年以上の歴史を誇る水郷古陳「周荘」に行く(2005年撮影)
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イチオシ
元時代末に大富豪沈万山が、村の北にある白蜆江から水を引入れたのが始まりとされる。(2005年撮影)
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船頭が1本の櫂を8の字で漕いでいる船に、遊覧船として乗れるらしい。(2005年撮影)
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古の時を感じる食堂(2005年撮影)
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村の運河は「井」の字に走っていて、運河の上に13~14世紀に架けられた古橋が14か所ある。(2005年撮影)
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周りの住宅は1000棟程あり、その6割が明・清時代に建てられたとの事。(2005年撮影)
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周荘の歴史は1086年から始まる。それは周迪功郎が仏教への篤心から自邸の荘田を寺院に寄進、周迪功郎の名を冠とし周の荘田と称されるようになった。(2005年撮影)
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明・清代には江南地方における重要都市として発展、明の初めには約2,000人、清代になると約3,000人の人口となった。(2005年撮影)
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イチオシ
沈庁
1742年に創建された沈万山の子孫の屋敷。(2005年撮影) -
沈庁
清代の豪商の生活を再現している。(2005年撮影) -
澄虚道院
宋代創建の道教寺院。(2005年撮影) -
2005年の正月明けは、上海から始まったのであった。(2005年撮影)
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2011年4月 震災後の仕事の少ない時期に、今後のことを見据えて顧客や社員何名かで研修旅行へ行く。
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普通の観光客は訪れない、建材の卸売市場。(2011年撮影)
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こちらは家具などを製作している木工所ー上海郊外(2011年撮影)
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イチオシ
この椅子と椅子が置いてある空間が良かった(2011年撮影)
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ちょっと一服(2011年撮影)
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正式なお茶の入れ方を見せてもらった。(2011年撮影)
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豫園商城
19世紀半ばから上海の中心地だった場所(2011年撮影) -
今は土産屋、レストラン、映画館、雑貨のお店でいっぱい。(2011年撮影)
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豫園商城(2011年撮影)
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豫園商城(2011年撮影)
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豫園
有名な湖心亭にかかる九曲橋(2011年撮影) -
1559年に着工され、1577年に完成したこの名園は明代の役人’潘允端’が故郷を懐かしむ父’潘恩’のために造営したもの。(2011年撮影)
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三度に渡って訪れた上海の思い出。
これからまた再訪する事があるかも知れないが、中国はどんどん変わっていくのだろうな。
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