2025/03/21 - 2025/03/21
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shinさん
この旅行記のスケジュール
2025/03/21
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電車での移動
大山崎駅
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飛び石連休だったので、3/21の平日をお休みにして4連休になりました。が、奥さんも息子も出勤で、ひとりで何処に行こうか思案した結果、近場の天王山に行ってみることにしました。
天王山は、ご存じのように京都と大阪の間にあって、秀吉が勝って「天下分け目の天王山」として知られている山です。だけど、実際の合戦は、天王山の東側の湿地帯で行われたのだそう。
この山の標高は、270mで、阪急の大山崎駅からは1時間くらいで登れるらしいです。
今回はとっーても地味で備忘録的な内容ですが、お付き合いください。
では、スタート!
2025年7月5日 投稿
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今朝は、JRで人身事故があって京阪神のJRが止まっていました。乗車している阪急は動いているんですが、JRの振替輸送で、阪急も吹田から激込み。淡路で千里線から京都線に乗り換えたんですが、阪急も10分ほどの遅れがあって、とりあえず茨木市まで普通でやってきました。
茨木市駅 駅
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茨木市では準特急が先に出るというので乗り換え。向かいのホームは梅田方面へ向かう人たち
茨木市駅 駅
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高槻市で普通電車に乗り換えて、いつもより25分ほど遅れて大山崎駅にとうちゃく。ホームから山の方を撮ってみましたが、これが天王山なのかな?
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阪急の大山崎駅前には天王山の観光案内が。天王山へのルートをGoogleMapで調べてみても表示されなかったので、駅にルートマップがないか見てみたけど見当たらず
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で、近くにあった大山崎町歴史資料館へ行ってみたけど、本日は休館日。トホホ・・・
大山崎町歴史資料館 美術館・博物館
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道しるべを頼りに行くしかないけど、大丈夫かな???
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JRの線路の前に観光案内図があったけど、天王山までのルートは沢山あるようで、どこがメジャーなルートなのか分からずじまい
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JRの踏切で遮断機に引っかかて、列車が通り過ぎるのを待ちます
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ゆっくり走って行った列車ですが、回送なのか無人でした
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踏切を渡ると天王山の登り口の石柱があったので、こちらの坂へ
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いきなり結構な坂道。でもこのくらいなら登りやすいですね
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色々な野鳥がいるようですが、一生懸命登りに集中していたので、鳥の声はあんまり記憶なかったです
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坂道を進んで行くと
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お寺がありました。宝積寺です。このお寺は、天王山で羽柴秀吉と明智光秀が戦った際に秀吉の本陣が置かれた場所だと、今調べて分かったです
宝積寺(宝寺) 寺・神社・教会
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仁王門の金剛力士像。向かって右側の阿形像
宝積寺(宝寺) 寺・神社・教会
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向かって左側の吽形像。ここで金剛力士像について調べてみたら、阿形像は口を開けていて、吽形像は口を閉じているのが特徴らしいのですが、その通りになってますね。初めて知りました
宝積寺(宝寺) 寺・神社・教会
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宝積寺はなかなか立派なお寺で三重塔がありました
宝積寺(宝寺) 寺・神社・教会
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本堂に向かう参道にはのぼりが並んでますが、参拝客を見かけたのは一人だけ。本堂へ行く前にトイレをお借りしました。で、天王山への登山道が見当たらないので本堂の方へ進んで行きます
宝積寺(宝寺) 寺・神社・教会
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本殿です。左が右に登山口がないかと探します
宝積寺(宝寺) 寺・神社・教会
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本堂の右側に天王山への矢印をみっけ
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登っていきます
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案内図があってこのまま進んで行けば良いようですね
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橋を渡っていくと
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すぐに山道に
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一応整備されていて、段になってます
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途中に青木葉谷広場があったので立ち寄ってみます
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テーブルがあったり休憩所になってますね
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乙訓景観十景のNo26になってます。十景なのに30まであるんですよ
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天王山では、この青木葉谷広場からの大阪方面の眺めが一番良かったです。でも今日が少し霞んでます。
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木津・宇治・桂の三川の合流点が見られます。なんでも、よく晴れた日には大阪城も見ることができるらしいですが、今日は全然ダメっすね。
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天王山へのルートには所々に陶板画の合戦の様子と解説があります
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天王山は左側のようだけど、距離が表示されてない。まだまだかな???
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鳥居があって酒解神社のものですが、社殿はどこにあるのか全然見えません
自玉手祭来酒解神社 (酒解神社) 寺・神社・教会
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こちらは作られた旗立松展望台。登ってみます
旗立松展望台 名所・史跡
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ここから山崎の合戦の場所が見られるよう。天王山は有名だけど実際の戦いは麓であったのでした。
旗立松展望台 名所・史跡
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こちらは写真の解説
旗立松展望台 名所・史跡
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京都側も霞んでいて眺めは今ひとつ
旗立松展望台 名所・史跡
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近道の道標があったので、石段ですが頑張って上っていきました
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石段の先は禁門の変の十七烈士の墓が
十七烈士の墓 名所・史跡
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こちらは墓所ですね。禁門の変の真木和泉守以下17名が眠っています。禁門の変の江戸時代の幕末、尊王譲位派が山崎に軍を置いて挙兵したけど、京都守護職の軍に敗れて天王山山中のここで自刃したそうです
十七烈士の墓 名所・史跡
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こちらの陶板画は、明智光秀の最期を描いたもの
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かなりの山奥ですが、酒解神社がありました。さかとけじんじゃと読むそう。変わった名前ですね
自玉手祭来酒解神社 (酒解神社) 寺・神社・教会
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酒解神社は、この山崎界隈で一番古い神社だそうですが、こんな山の中によく作ったもんですよ。参拝者が多いとは思えないですが、どうなんでしょうか
自玉手祭来酒解神社 (酒解神社) 寺・神社・教会
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酒解神社の御神木かな
自玉手祭来酒解神社 (酒解神社) 寺・神社・教会
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まだまだ坂道はつづく・・・
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やったー!頂上まであと100メートルの標識です
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ようやく天王山の山上に。登山口から頑張って登って来たので35分ぐらいかかったでしょうか
天王山 (山崎城跡) 自然・景勝地
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今は木々が茂った場所ですが、昔は山崎城が建っていたのです。どんな城かは全く想像できません。
天王山 (山崎城跡) 自然・景勝地
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本能寺の変の後に、中国大返しによって戻ってきた秀吉が1582年に山崎の合戦で明智光秀を破ったことは皆さんご存じだと思いますが、その後、秀吉はここにあった山崎城を修築して使っていて、大坂城ができるまでは、本拠としていていたそうです。
ってことは、それなりに大きな城があったのでしょう天王山 (山崎城跡) 自然・景勝地
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しかし、1583年には大坂城が完成してそちらへ移ったので、秀吉がここにいたのは1年だけだったことになりますね。そして山崎城は1584年に廃城になってしまっています。
今は木々が生い茂っていますが、当時は見晴らしが良かったのでしょうね。天王山 (山崎城跡) 自然・景勝地
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さて、時刻は10:15ですが、下山しましょう。登る時は工事の人しか見かけなかったですが、下山時は登ってくるハイカーさんとすれ違いました
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つばきの花が落ちています。見上げると木のかなり高い所に花が咲いてました
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登りと違って下りはらくちん。でも膝に負担が来ないように気を付けないと
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登ってきた道を戻るつもりが、どこかで別のルートになったみたい。下まで竹林が続いてます
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だいぶ下ってきてこの辺りは緩やかな下り
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谷の向こう側を見ると石垣の上に建物が。山崎聖天でしょうか
観音寺 (山崎聖天) 花見
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鳥居を過ぎて振り返って下ってきた道です
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これで登山道はおしまい。こちらの登山口には杖が用意されてました
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やっと平地に降りてきたと実感する風景
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大山崎駅の方に戻ろうとしたら大山崎瓦窯跡がありましたが、今は公園です
大山崎瓦窯跡 名所・史跡
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テクテクと駅の方に
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JRの特急車両が通り過ぎたりして、踏切がしばらく開かずの踏切に
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阪急の大山崎駅に戻って来ました
大山崎駅 駅
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阪急の高槻市駅で途中下車です。
高槻市駅 駅
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目的はこちらのお店。リカーショップのもりもと。
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ワインの品ぞろえが良いお店で、安ワインを4本購入して帰宅しました。ランチは家に帰ってインスタントラーメンを一人でいただきました。
今年は寒かったので、花粉症の発症が遅かったですが、ここにきて本格的に発症です。目と鼻に来てますよ。何とかしてほしい今日この頃。
ではー
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